BS-01
今回から3話かけてもう一つの第五章を始めます。ちょっと試験的な意味もあります。
要は本来の第五章で、あえて書かなかった部分があるのでそこを書いていく感じです。
お気に入り登録してくださった読者の皆様には感謝を。より一層精進できるように頑張ります。
実質ギルドのナンバー2でもあるジン・フォルテシモの部屋で、同じギルドの仲間でもあるミヤから相談を受けていた。その内容というのが、先日前に届けられた『脅迫状』の事だった。
脅迫状にはかいつまんでいえば、今度行われるライブを中止にしなければミヤの声を奪うという内容だった。ミヤの声という事はミヤの『歌属性』そのものを奪うというと同義である。
ギルドにとって──というより『裏ギルド』にとって、ミヤの歌属性を失うのはあまりにも痛手すぎる。
「で、この事知ってんのは誰だよ?」
目の前にいる青い髪のツーテールの少女──ミヤに訊ねる。すると彼女は少し萎縮した感じで答えた。
ジンとミヤは仲間同士ではあるが妙な距離感がある。ミヤ曰く、ジンは少し怖いとの事。
鏡を見る度、自分でも目つきが悪いとは思っている。ユウから言わせたら百獣の王らしい。
でもコルウスだっていつも仏頂面で人相が悪い。いったいどこが違うんだ、とミヤに問い質した事もあるが、返ってきたのは『コルウスとアンタを一緒にするな』だった。地味に傷ついた。
「ルーシャとクレアは知ってるよ。あと私達のマネージャーしてくれてるリーサさんも」
「なるほど」
とりあえず今はそれほどまでこの事件の事が広がっている訳ではなさそうだ。
事が事だし、あまり公にするといろいろと不都合ができてしまう可能性もある。これ以上この事が広がってしまう前に不必要に口外することをミヤに禁止にすると、大人しく彼女は頷いた。
「それで相談ってのは?」
「コルウスにも護衛頼めないかなって……」
コルウス──『裏ギルド』で悪魔殲滅の要となる人物に与えられるコードネームだ……とレイヴンは言っている。
半年間前まではその人物は『裏ギルド』には居なかった。そして急に現れて急に『コルウス』になったのがユウだったらしい。
ユウがこのギルドに入った事自体にも驚いたが、それよりもジンを驚かせたのがユウの人格の変化だった。ユウがコルウスになったときの性格はジンの知るユウとは真逆で、どこか近づき難い雰囲気を纏うようになっていたのだ。
「コルウスか……」
事が事だからコルウスも今回の事件には関与してくるとは思うが……。
「でもアイツ、たまに連絡とれなくなるんだよな。マジで連絡とれないときなのか、無視してるのかはわからねえけど……。とりあえずさ、ユウにも相談したらどうだ? アイツが一番コルウスと近いし」
ミヤはコルウスの正体については何も知らされていない。というより教えてはダメらしい。もしミヤが敵に捕まった事を想定すれば、コルウスの正体がバレてしまうのが『裏ギルド』にとっては一番の打撃となる。だからコルウスの正体はごく限られた一部の人物──マスターのレイヴン、そしてその二人の側近であるジンとリーサだけなのだ。
無論、ジンとリーサは敵に捕獲されるような失態にはならないし、捕らわれたとしても情報を漏洩するような事はしない。
「ユウ……ねぇ」
ミヤがユウという人物の名を聞いた瞬間、少し顔をひくつかせた。
ミヤ自身がユウに対して良いイメージを持っていないからかもしれない。ユウの学園生活がどんなものかは知らないが、聞いた話によればいつも女性を連れ回しているとか。
まさかそんな奴が実はコルウスの正体だと知ればどうなるのだろう。
「私だって最初はアイツに頼もうとしたんだよ。でも……」
「でも?」
「アイツの周りってば女の子しかいないんだよ!? 帝都のお姫様と次期魔王候補! 亜人の女王に生徒会長! そしてあの三姉妹のどっちか! 一人でいるときなんて滅多に無いんだよ!」
「それでお前はその中に入りたいと?」
「そんな訳ないでしょ、どうなったら今の話でそうなるの?」
冗談で言ったのに、その冷ややかな視線が痛い。
「普通に考えてよ。一応私、有名人でしょ?」
「ああそうだな」
「そんな私がユウに個人的な頼みって言って連れ出したらどうなる?」
「……学園中騒然だな」
「でしょ」
人気グループの一人でもあるミヤが、一般人であるユウと一緒にいるところを見られればスキャンダルになる。それはパパラッチの格好の的にもなるだろう。
「でもお前らって部屋隣だったよな? 頼みに行くくらい余裕じゃね?」
「最近、アイツ亜人達とくっついて依頼のとこ行くんだよ」
確かにユウは最近入ってきた亜人の団体が受注した依頼に補佐として同行する事が多くなってきている。それも夜遅くまで従事することもある。
「帰ってきたらすぐ寝ちゃうし。なかなか頼めるときがないのよ」
「そうか……待てよ、確かアイツ今日用事あるって言ってたな。だから仕事全部キャンセルにしてたぞ。夕方過ぎには帰ってくるらしい」
「ホントなの、それ」
「マジだって。とりあえず待ってみろよ」
「……わかった」
「それと、俺も今回はこの事件にあたる。いいな
?」
「うん、わかった」
ミヤが部屋から出ていくと、ジンは早速ケータイを取り出す。
メールの作成画面を開くと、宛先をユウに設定して本文を打ち始める。
『ミヤがお前の部屋の前にいる。コルウスに用があるみたいだ。とりあえず、適当に口裏合わせてくれ。得意だろ、そういうの』
と打ち終えると、そのメッセージを飛ばした。
●
「来ないわね」
ギルドの本部にある部屋の中、ジンの隣で薄い黄緑色のショートカットで可愛いよりも綺麗に分類されるだろう少女──リーサが呟いた。頭には魔人特有の角、左目の下には泣き黒子があるのが特徴だ。
「もう来ているはずなんだがな」
「わかってるわよ、仲間の魔力の流れが変わってるから」
先日ジンがメールを送り、返ってきたのはその日の深夜だった。とりあえず協力する、みたいな事が書かれていたので、今日ミーティングをするために呼んだはずだったのだが──いっこうにコルウスが姿を見せない。
部屋の外の魔力を感知したところ、ギルドの構成員の魔力が異常な臨戦体勢を示していた。
ジンやリーサも、魔力の感知精度を限界まで鍛え上げている。それはユウ(コルウス)も同様だ。
ギルドのメンバーがこうも昂っている理由はだいたい二つある。
一つ目は敵襲。もう一つはコルウスが現れたときだ。
前者ならすぐに戦闘が始まるが、そうではないので後者という事がわかる。
『鮮血のホワイトクリスマス』──これにより当時のトップだった仲間が死んだ。理由はコルウスにあるらしく、そのときから居るメンバーにとってみればコルウスは仲間を殺したとされる仇でもある。中には恨んでいる者だっている。
ようやくそのコルウスが姿を現す。
「やけに遅かったじゃねえか、コルウス」
「待ちくたびれちゃったわ」
「すまない。少し用があったんだ」
──用、か。
レイヴンの部屋にあるあの部屋に行っていたのだろうと予測する。
あの部屋はユウにしか入れないらしいが、そのユウが私用で使う部屋でもないらしい。とはいっても、ジン自身その部屋に何の興味も抱かないのであまり気にしていない。
コルウスが来た事により、ジンはやっと話を進めれる。
「とりあえずミヤを襲う奴の正体がわからない以上、対応するのは少し厄介だ。だから──」
ジンの人差し指がコルウスの方に向く。それに伴い、元々不機嫌そうな面のコルウスの顔が更に不機嫌そうになっていく。
「お前はミヤの側にいろ。いいな」
「は?」
今度は思いっきり嫌そうな顔をした。
コルウスとミヤのやりとりを見ている限り、コルウスの方はミヤに苦手意識があるようだ。理由は何となくわかるが、露骨にそんな顔をしないでほしい。
「それでいいんじゃないかしら。その方があの子も喜ぶと思うし」
『Shout』のマネージャーというだけあって、さすが彼女をわかっているようようだ。
「ちょっと待て、俺の意見は──」
「オメーの意見なんか聞いてたら埒が明かねえよ」
どうせその役から外せとか言うに違いない。はっきりといえば外すつもりは毛頭ないし、その事で不毛な言い争いが起きる前に──、
「だから決まり。頼んだぜコルウス」
ほぼ強制的にコルウスが意見する前にこの話を切る。
コルウスは呆れたような溜め息を出した後、ジンとリーサを睨んできた。
「お前らはどうすんだよ?」
「私達はライブ会場の外で怪しい奴がいないか見
張ってるから」
コルウスの問いにリーサが答える。コルウスは
「そっちの方が随分と楽そうに聞こえるな」とぼやいていた。
●
手筈通りにジンとリーサは会場の外を見張っていた。今のところまだ怪しい人物はいない。
「ねえジン」
「何だ?」
「今更だとは思うのだけれど、あの脅迫状を送ってきたのって、アンチによるものかしら?」
「……どういう事だ?」
大抵あんな脅迫状を寄越してくるのはアンチの仕業だとは思うが、違うというのだろうか?
「もしかしたら、内部の人間の仕業かもしれないって事よ」
確かに、その可能性は無くもない。それに、敵の正体が判明しない今ではあらゆる可能性を考えるべきだと思う。
「でも、中にはコルウスが居るんだぜ? 平気だろ」
「……だといいんだけど」
リーサは僅かに不安を煽るように呟いた。
確かにコルウスは命令違反というか、無視して自分の意思で動く事がある。一個の団体で動く事よりも、自分自身の行いが正しいというように。
そもそもどうしてユウがコルウスに選ばれたのかが気になる。今となってはユウがいるからこそ犠牲者の数が激減し、この手を感染者相手に真っ赤に染めるような事は少なくなったそうだ。
耳に装着した無線機が反応する。
『ジン、こっちは今のところ問題ねえよ』
コルウスの声が入ってくる。
「こっちもだよ。とにかくお前は内部の人間を見とけ」
『?』
「脅迫状を送ってきたのは、アンチじゃなくてそこのスタッフって可能性もある」
『なるほど。気をつけておく』
「……にしても──」
『あ? 何だよ?』
「お前もよくそうコロコロ人格変えられるな」
『うるせえよ』
交信が断たれた。
ユウの人格の変化は本当に驚くべきものである。口調や性格、ましてや声色まで変えられる。見た目の変化と合わせても、ユウとコルウスが同一人物だとは初見では見破られにくい。ジンも教えてもらうまではコルウスがユウだとは気がつかなかった。
ふと視線を感じた。どうやらリーサからのようだ。
「さっきのって私が言った事よね? なに自分で考えたような感じで言っているの?」
「あれ? そーだったかなー……?」
あまりリーサの事は刺激したくない。怒らせてしまえば、ジンの中では要注意人物トップに躍り出る人なのだから。
「な、なあリーサ、どうしてユウはコルウスになったんだろうな?」
「知らないわよそんなこと。でもフブキさんに少し聞いた事あるわ。あの子、最初は『コルウス』っていう仕事に消極的だったみたい」
「え? そうだったのか?」
フブキはレイヴンの側近の前任者だった女性だ。ユウがコルウスになって、グレンという男性と合わせて三人で暗躍していた。
今ではバリバリコルウスとして仕事をこなしているユウに、消極的な時期があったとは思わなかった。否、魔力を吸収した後体調が悪くなるみたいだし、嫌になるのもわかるような気がするが。
「まぁ、あの子が変わったのは『鮮血のホワイトクリスマス』かららしいし」
その日フブキとグレンが死んで、なし崩しにジンとリーサが側近となった。そのときユウがコルウスだという事を知った。
ユウはその日を境に変わった。何があったのかは一切伝われていない。真相を知るのは、ユウとレイヴンだけなのだから。




