09
今回で第五章終了です。
※短めです。
体が浮き上がるような感覚がした。その後には強烈な吐き気を催す。
やっと地に足がついたような感覚に戻ると、黄昏に染まっていた空はいつの間にか青く澄んでいた。
本当に時間を巻き戻ってきたのか?
逆に進みすぎてしまったのではないかと不安に苛まれるが、後ろには死んだように気絶しているコルウスの姿があった。
さっきまでの自分である事を理解し、時間跳躍の魔術が成功したと少しの安堵を覚える。
ただこれで終わりではない。
右手には今も尚、ミヤの歌属性の魔力が残っている。
背中の方を見ると、翼の数が八枚減っていた。時間跳躍の魔術を使うだけで約八割の魔力を消費するという事か。
そんな事よりも、早くミヤの元に向かわなくては。
●
楽屋に戻ってくると、すでにライブ用の衣装に着替えていた『Shout』の三人とリーサ、そしてなぜかボロボロで不貞腐れた表情のジンが居た。
何があったのかは後で詮索するとして、今はミヤに魔力を返す。
「いいか、ミヤ?」
コクりと頷くミヤ。コルウスはミヤの体にそっと触れる。すると、コルウスの手にまとわりついていた魔力がミヤの中へと入り込む。
「どうだ、声……戻ったか?」
「……うん」
ミヤの元に声が戻っていた。
「コルウス、ありが──」
「早く行け。お前の歌を待っている奴がいるだろ」
「……うん……!」
ライブの公演はもう間近まで迫ってきている。
それに礼を言う相手はコルウスではないはずだ。
『Shout』の三人がステージへと向かっていく。それを見送るコルウスは静かに武人化を解いた。
「もうコルウスにならなくてもいいのかよ?」
ジンがそう訊ねてくるが、ユウがコルウスになる必要は今じゃどこにもない。コルウスの今回の役目はもう終わったのだから。
「それより、何でジンはそんなボロボロなのさ?」
「またあの悪魔の子が現れたのよ」
答えたのはリーサだった。よく見てみると壁に穴が空いて外の景色が丸見えになっている。
「弁償確実じゃないですかヤダー」
「全額負担するのはジンよ」
「ちっ」
それでジンが不貞腐れていた訳か。そしておそらくその悪魔の少女を仕止められなかったのだろう。仕止められていたら、もう少しテンションは高いはずだ。
「ん? ユウもうどっか行っちまうのか?」
ユウが楽屋から出ようとするとジンに呼び止められる。ユウはポケットから一枚の紙を取り出す。それは今日のライブのチケットでもあった。
「お前、ファンじゃないって言っておきながらホントはファンじゃねえか?」
「違う、違うぞ断じて」
「どうだかな」
「うるさいな。あ、そうだ。今回の報告は俺がやっとくから。じゃあな」
本当は段々と聞いているうちに良いと感じてしまったとは、この二人には絶対に言えない。
●
スーツ姿から私服姿に着替えて何とかギリギリで受付に間に合ったユウは、指定された席に向かっていた。しばらく探して見つけると、その席に座る。そして隣からは突き刺さるような視線が。
恐る恐るそちらの方を見ると、何とびっくりリリアが睨みつけているではないか。
「や、やぁリリア様。お久しぶりじゃないですか」
冷や汗を垂らしながら、引きつった笑みを浮かべるユウ。対してリリアは不機嫌そうな顔をするだけですぐにユウから視線を反らした。
「……やっぱり来てたのか」
「何か言ったかい?」
「うるせえわよ糞ゴミ虫」
クラスチェンジしてしまったその呼び名を聞けば、間違いなくこの人はリリアだということがわかる。
何かいつもとリリアの様子が違うから一瞬だけ別人かと思っていた。まあこれ以上刺激する必要はない。平和が一番。
「ふぅ~」
何やら疲れた様子で小動物のような少女──セシルがやって来た。そういえばさっきから姿が見えなかったような気がする。そういえばリリアの隣にいるメルがなぜか目を合わせようとしない。それはそれで少し寂しい気がする。
「セシル、もう用事は済んだの?」
「うん」
メルが訊ねると、セシルは答えて自分の席へと向かっていく。
しばらくしてライブの公演が始まった。
姿を現したミヤはマイクを自分の口元に持っていく。
「今日は、私達のライブに集まってくれてありがとう!」
歓声が沸き上がった。
一気に鼓膜が揺すぶられて思わずユウはたじろいだ。ユウ自身こういったイベントに来た事が無かったので、その歓声の迫力には心底驚く。
──何だ、ミヤの奴……もう俺の手の届かない所に居たんだな。
今までは身近にいる奴として接したきたが、今回このような場に来て改めて『Shout』という存在が大きく感じた。
──それに、ちゃんとわかってるじゃん。
ミヤが本当にお礼を言うべきなのは──今までミヤを応援してくれているファンだという事に。
『Shout』の一曲目の歌が始まる。
●
『Shout』のライブが終わって、ユウはリリア達から変に絡まれないうちに会場を後にすると、レイヴンと連絡をとろうとケータイを手に取る。しかしいくらレイヴンに繋げようといっこうに出る気配はない。一応ユウからレイヴンに電話をかける事は禁じられているから、出ないのは当たり前なのだが。
ただ一言言っておきたい事があったのだが……。
「アンタさ、そそくさと会場から逃げるようにして出なくてもいいじゃん」
「あっ……ミヤ」
癖で慌ててケータイをポケットにしまい込む──本当はもうその必要はないのに。
「私さ、アンタに訊きたいことあるんだよね」
「なに……?」
「アンタがさ……コルウスなんでしょ?」
ユウは今回の戦いが終わったら、レイヴンからミヤに宛てての伝言を託されていた。
それは──コルウスの正体を明かせというものだった。
レイヴンが言うのだから、後この先ミヤは危険な目に遭う事はない──つまりミヤが例えコルウスの正体を知ってしまっても、敵に捕まって情報を漏らす事態にはならない。
「隠したってムダだからね。私のケータイからコルウスの番号にかければすぐにわかる事だから」
間もなくして、ユウのケータイから着信音でもある『Shout』の曲が流れる。
「やっぱりアンタが……」
「そうだよ。失望でもしたかい?」
「……わかんない」
「そう」
ただいつの間にコルウスの正体がユウだという事に気づいたのだろう?
謎だ。一応バレないようには振る舞ってきたはずだが。
《教えてあげるよ》
頭の中にミヤの声が入ってくる。いつの間にか『ディーバ』でリンクさせられ、思考を盗撮されていたみたいだ。
すぐに遮断する。
「人の考えてること覗くなんて趣味悪すぎだぜぃ」
「うるさいな、アンタが適合者なのが悪い」
「何だよそれ」
「……知らないようだから教えておくけど、人にはねそれぞれ固有の音があるんだよ。私達歌属性の魔術師はその音を聞き分けられるし、それで人を識別できるのよ」
だったら、最初からバレていた訳だ。
「でも最初は信じられなかったよ。ただ微妙に音が違うだけで、私が聞き分けられないだけじゃないかって思ってた。だから丁度今アンタがケータイ持ってたから確認させてもらった」
「そうか」
「それで、一個確認したい事があるの」
「なに?」
「レイヴンさんって何者なの?」
あのとき預かった伝言はもう一つあった。それはレイヴンの『正体』についてだ。ミヤがレイヴンの事について訊ねるようであれば答えてほしいと頼まれていた。
「『ディーバ』の適合者って原則一人だし、ただレイヴンさんからはアンタは特別だって聞いてたんだけどさ……、実は適合者って同年代に出てくるんだって。だから私の本当の適合者はアンタで、特別なのはレイヴンさんなんじゃないかって思って。でも特別ってどういう事なのか──」
「いや、レイヴンもミヤの『ディーバ』の適合者で間違いないよ」
「え……? どういう事?」
今の『時間軸』でレイヴンの正体を知る者はユウのたった一人だけだ。『レイヴン』はユウがよく知っている。
「レイヴンは──最悪な結末を変えるために未来から来た俺なんだ」
……あくまで主人公サイドはですよ?
実はこの五章、まだ続きます。




