05
二つほど謝らなければならないことがあります。
まず一つ目。キャラが多い気がします。そのうえこの話でまた新キャラを出てきます。キャラが多くて混乱されている方には本当に申し訳ないです。
二つ目。次回からの更新は遅くなってしまうということです。連日の更新はちょっと無理があったようです。本当に申し訳ないです。
では、それでもおkの方は本編どうぞ。
リリアが例の武人に襲撃されてから一週間が経過していた。魔力はすぐに回復したらしく、翌日にはピンピンしていた。『あのヤロー、今度会ったらブッ飛ばす』と騒いでいたので問題は無さそうだ。
だが今はそんな事はどうでもいい。
只今の授業は高等部二年で履修する『使い魔召喚の儀』だ。
使い魔の召喚は魔術師にとっては必須でもある。戦闘での利用、また主へのサポートを行うためにだ。
この授業はA組から順に数日かけて行われ、今日は一番最後のD組の番だ。
「聞いてた話と全然違うんだよなー」
ユウは一人呟く。
メルから休み時間のときに聞いた話によれば、付き添いの戦闘学の教師全員を導入して万が一の事態に備えていたらしい。しかし今はサラを含めたったの四人。所詮D組、A組と比較すればカスみたいなものだ。
使い魔の召喚には危険が伴う。強い魔術師には強い使い魔が現れるのが常だが、強い使い魔ほどその契約条件は難しいものが多い。現に学年最強であるメルの召喚の儀には戦闘学の教師だけではなく、二学年担当の全教師が駆り出された。何でも数一〇年ぶりの事態だったとか。
メルは前の生徒会長──それも使い魔つきの生徒を撃破しているのだ。小柄すぎるくせに化け物並の強さを持つ魔術師に召喚される使い魔も、どんな化け物染みた強さを持ったのが出てくるのか想像つかない。
実際には、教師の手を借りるまでもなく契約してしまったと聞いたときは本気で驚いたものだ。
──我が幼なじみながら、ホント何者なんだよ。
平民の実力としては常軌を逸している。それでもメルは正真正銘平民である。ましてや平民に近い種族で魔力が比較的高い王家の家系である『皇族』でもない。
「次、サイガ・ランスラー」
「俺か……」
「あれ、サイガって使い魔召喚できるほど魔力あったっけ?」
「お前よりは少なくないし魔力も足りてるよ。それに魔力が足りなくても召喚できるんじゃねえか?」
「そなの?」
「そうじゃなきゃお前今日学校に来なくてもいいだろ」
「そっか、なぜか俺まで呼び出されたもんな」
「そゆこと。じゃ、行ってくる」
サイガは召喚の儀を行うため、ここ──やけに広すぎる実習室の中心へと向かっていく。そこには召喚用の魔方陣が描かれている。
ちなみに召喚する順番は魔力の高い人からだ。だからユウとサイガ以外の生徒の召喚の儀はもう終了していた。召喚されたのは下級から中級程度のレベルの使い魔だった。
たまに戦闘を契約方法として用いる使い魔もいるが、D組に関してはそれが一切ない。戦闘は上級の使い魔が現れない限りはほとんどないらしい。
使い魔との戦闘──これが危険視されている理由だ。
いくら下級中級といえど、無限の可能性を秘めているものだ。今は下級でもいずれは上級に進化する使い魔だっている。どんな使い魔が出たとしても、結局は魔術師の育成次第で使い魔は進化していくのだ。
──さ~て、サイガにはどんな使い魔が出て来んのかな。
ユウが見つめる先でサイガは召喚の詠唱を始める。
「出でよ まだ見ぬ我が戦友 我が命により姿を現せ ──来たれ!」
眩い光が放たれる。その光の元から出てきたのは──、
「なっ……!?」
思わずユウの口から驚嘆の言葉が漏れた。
現れたのは鎧を着込んだサイガと同じ銀髪の女性の姿をした使い魔──戦乙女だった。
教師全員が戦闘態勢に移行する。教師達も驚愕の色を隠せないでいるみたいだ。まさかD組の生徒から上級の使い魔が出てくるのは予想がつかなかったようだ。
「……私を喚んだのはお前か?」
戦乙女がゆっくりと口を開く。凛とした、綺麗な声だ。
「ふむ、なるほど……」
じっくりとサイガを見定めるように見ている。
「ところで、お前ホントはおん──」
戦乙女が何かを言おうとしたところで、一瞬のうちにサイガがその口を手で掴んでそのまま誰もいない隅っこの方へ連行していく。話合っているように見えるが、あの戦乙女は何を言おうとしたのだろうか?
しばらくしてサイガが戻ってきた。戦乙女を連れて。
「紹介するよ、コイツが俺の親友のユウだ。変な奴だけどよろしく頼むよ」
「サイガくん? 変な奴とは何よ? 失礼しちゃうわまったく」
「そういうところが変だって言ってるんだよ」
「二人共ケンカは止さぬか。紹介が遅れた。私は今日からサイガに仕える戦乙女のルーチェだ。よろしく、ユウ殿」
「あ、どうも、ユウ・ブライトです。はじめまして。今後ともうちのサイガをよろしくお願いします──って、コイツと契約したの?」
「まあな」
あの話し合いで何があったのか気になるところだが、詮索するなオーラをバリバリに解き放つサイガにそんなことを訊ねる事はできなかった。
サイガは契約した旨を教師に伝えると、間もなくして魔方陣を消し始めた。
「あれ~? 何だよ俺ってただの見学かよ」
「チゲーえよ」
帰ってきたサイガが告げる。
「魔方陣をお前専用に描き換えるんだと」
「俺用に?」
教室の中心にあった魔方陣は、ただ模様を変えたみたいだ。とはいっても元が召喚魔術なので大きな違いは無い。どのみち、幾何学的な模様に刻まれた術式などユウは読み解けないが。
「ユウ、出番だ」
サラに呼ばれて魔方陣の方へ向かっていく。
周りの生徒全員が興味津々で見守る。『学園最弱』と言われる生徒がどんな使い魔を出すか気になるところだろう。生徒達だけじゃなく、ここに居合わせている教師も興味があるようだ。
「さて、こっちのブライトからは何が出てくるか……」
「リリアの方のブライトは確かあの二属性を持つケットシーだったな」
「ああ。コイツ、『学園最弱』と言われているが、あのメル・シュバルツァと同等──あるいはそれ以上の戦闘技術を
持っているからな」
「メルであの使い魔が出たんだ。もしかしたらユウも……」
教師達の会話が耳に入ってきた。決して盗み聞きではない。たまたま耳に入ってきただけだ。どうやらリリアもメルもそれなりの使い魔が現れたようだ。リリアの『あの二つの属性』を持つ妖精猫が少し気になるところだが、訊ねたところでリリアが答えてくれる訳がない。
魔方陣へ着くと、二人の戦闘学の先生がいた。一人は我らが担任の先生で部活の顧問でもあるサラ。もう一人はケイゴ教諭だった。ユウと同じく黒髪黒瞳の四〇代の教師だ。だが、実年齢を感じさせない若々しく美形な風貌で女子生徒からは絶大な人気を誇る。そのため男子からの嫉妬の対象になっているのだが、ケンカを売っても返り討ちに遭うのが火を見るよりも明らかなので誰も手を出せないでいる。
ユウにとってケイゴは尊敬に値する教師の一人だ。というより師匠に近い。
「ユウ、これを」
ケイゴから手渡されたのはナイフだった。はて、これでどうしろというのか?
その疑問はすぐにサラが答えてくれた。
「それでお前の指を切れ」
「はいぃ!?」
「いいから早くしろ──っていうか私が切ってやる」
「ギャアアアッ」
サラはケイゴからナイフを奪い取るようにして持つと、すぐにユウの指に赤い一文字が刻まれた。
赤い血がドロリと流れだし足許の魔方陣に飛び散る。
すぐさまケイゴが治癒魔術を使える者を呼び出してユウの手当てをさせる。
「魔力が無いお前の変わりに私が代わりに詠唱してやる」
いくら魔力が少ない武人といえど、使い魔を召喚できるくらいの魔力を持っている。ユウだけが極端に少ないのだ。
「でもそうしたら姐御の使い魔が出ない?」
「そのための改造魔方陣とお前の血だ。それに初めて使い魔を出すときと契約した後の呪文詠唱は違うから、私の使い魔は出ることはない。じゃあ始めるぞ」
「……準備はオーケイなんだぜぃ」
少し涙ぐむユウはサラにゴーサインを送ると、間もなくして彼女は呪文詠唱を始めた。
「出でよ まだ見ぬ我が戦友 我が命により姿を現せ ──来たれ!」 直後、派手に大きな爆発音が学園中に轟いた。爆発により生じた煙の向こう側で、召喚された使い魔のシルエットが輪郭を成す。
「オイオイ、これどうすんだよ……?」
背中に嫌な感覚が駆
ける。冷や汗が止まらない。
我ながらとんでもないものを喚び出してしまったようだ。
生徒達は教師達の指示でこの部屋から逃走する準備を始めている。その間にサラとケイゴは臨戦態勢を整える。
「えっと……姐御、ケイゴ先生、俺はどうすればいい?」
「お前も逃げろ。『あれ』は私達が相手になる!」
という訳でユウもさっさと逃げ出そうとするが、喚び出された『それ』はユウめがけ突進を仕掛ける。
二年A組の生徒達は今、魔術の実技の授業のために第二グラウンドに居た。
その生徒達の中で一人だけぼんやりと実習室の方を眺めている者がいた。このクラスで唯一の平民であり最強の名をほしいままにしているメル・シュバルツァだ。
確か今日はD組の使い魔召喚の授業のはずだ。A組と違ってD組はすぐにこの授業が終わる。今の時間帯ならおそらく一番最後のユウの番だろう。でもユウに使い魔を召喚できるかどうか、リリアは疑問に思っていた。
「おいメル、なにボーッとしてんだ?」
「あ、リリア。今実習室でたぶんユウが召喚の儀をしていると思って」
「アイツが? はっ、アイツに使い魔は出せねえわよ。それにもし仮に出たとしてもゴキブリだわ。アイツ糞虫だし」
「それは言いすぎよ……」
メルは嘆息し、再び実習室の方を眺めると、ものすごい爆発音が聞こえた。実習室の方からだ。
『何だ何だ』と周りが騒ぎ出す。
その喧騒を鎮めていた教師は唐突にケータイを取り出し、何があったのかを問い質す。みるみるうちに教師の顔が青冷めていくのがよくわかる。
「マジでゴキブリ出したんじゃねえか? そうでなきゃこんな騒ぎにはならねえわ」
最初のメルのときと類似した騒ぎだが、ユウに限ってアレ程のものを召喚できるはずがない。
「リリア……ユウのこと家族って思ってる?」
「あぁ? 思ってねえわよ。アイツは家族じゃねえわ……家族だったら『あんなこと』言う訳……」
「リリア?」
昔はこれほどまでに仲は悪くなかった。当時の事はメルも知っているはずだ。
ここまで仲が悪くなったのは一〇年前の『あの事件』からだ。
あの事件はリリアの自業自得な部分はあるが、それでもあのときユウは──。
「今日の授業は中止だ。即刻に教室に戻るように」
教師がそれを伝えた直後、実習室の壁が破壊された。
開いた穴から黒いものが飛び出してきた。
それはゴキブリなんかではなく、竜族──すなわちドラゴンであり最強種。それも、災厄と破壊の権化と伝えられている黒竜だ。
「とんでもないものを喚んでしまったな……ユウ・ブライト……」
教師が呟いた今の言葉を、リリアとメルは聞き逃さなかった。
「よっ」
ユウは黒竜が突進を仕掛けた際、躱してすぐに黒竜の角にしがみついていた。そのせいでまっすぐ壁の方に激突してしまったのだが、竜の体は頑丈のようだ。全然何ともないみたいだ。
角にしがみついていると、黒竜の血のように真っ赤な瞳と目があって軽く挨拶をする。
だがそれがマズかったようだ。
その瞳でとユウを鋭く睨みつけ、振りほどくようにして暴れだした。
「わっ、ちょっ、おまっ」
角から手が離れる。当然、ユウは重力に従って落ちていき、地面に叩きつけられた。
結構な高さから落ちたはずなのに、体が地味に痛いだけで特に目立った外傷は無い。
「ふぅ、まったく何でこんな奴が出てくっかな~」
「ユウ」
「ん? メルか?」
呼ばれて振り返って見ればそこにはメルがいた。ついでについてきたであろうリリアもいる。お前はお呼びではない。
ここは第二グラウンド。今の時間なら二年A組の生徒が使っているはずだから居ても不思議ではないが、今頃避難勧告を受けているはずだ。
「アレ、ユウが出したの?」
「そうらしいな。何か実感湧かないけど」
ポケットにしまっていたケータイのバイブが振動する。確かめてみれば相手はサラだった。
「ヘロー」
『こんなときにふざけている場合か! で、今どこに居る?』
「黒竜にぶっ飛ばされて第二グラウンドに居るぜぃ」
『そうか。なら早くそこから離れろ!』
「え? なん──」
ユウの体が小さく揺れた。
空気がピリピリと、しかも震えているようなこの感覚──間違いない、最上級魔術の発動だ。
「メル、リリア、ここから離れるぞ。巻き込まれるからな」
とりあえず二人を連れて避難した直後、黒竜に向かって教師達が最大級魔術が撃ち込まれた。
しかし──、
「黒い、焔?」
ユウの目には黒竜が黒い焔を吐き出しているところが映っていた。
その焔が最上級魔術と衝突し──魔術が消える。
「なあ姐御、魔術効いてないけど?」
『……そうだな』
「どうすんの?」
『残された手は一つだ』
「ほうほう、で、その手段とは?」
『ユウ、お前の出撃だ』
いくら魔物討伐部の一員でも、さすがに竜族は無理だ。魔物の頂点と謳われる最強種をたかが人間風情──それも魔力をろくに持っていない一般の男子高校生が何とかできるはずがない。
それでも──、
「いいじゃんそれ。そろそろドラゴンと戦ってみたいと思ってたんだ」
不気味にくらい不敵に笑う。側に居たリリアが「キモッ」と言葉を漏らすほどに。
電話越しの会話なのでユウとサラが何の事について話し合っていたのかはメルにはわかっていないようだが、ユウがあの黒竜と戦おうとしている事を理解したようだ。となると、今までの会話の内容も何となく予想できてしまっているだろう。証拠に彼女の顔が段々と青ざめてきている。
メルが強引にユウのケータイを奪い取り、口元にもってきて大声で叫ぶ。
「ふざけないで!! ユウになんて事させるんですか!?」
『ッ!! その声、メル・シュバルツァか……』
「……サラ先生?」
『悪いな。だが、ユウがあの黒竜を何とかできなければ、誰にもあの黒竜は止められない』
「どういうことですか? でしたら私が──」
『教師の中ではお前かユウ、どちらが最強か? という事で話し合ったことがあるんだ。で、出た答えが無魔術戦闘ではユウが勝っているという結論に至った。これがどういうことか──わかるか?』
「……純粋な戦闘力ならユウの方が強い」
『そうだ。それに今見ただろう? 奴は魔術を消す。お前は素手であのドラゴンに勝てるか? ユウなら、おそらくできるぞ。ほら、もう黒竜も待ってくれそうにないぞ』
咆哮を轟かす黒竜。
空気がピリピリとする。
最上級魔術を発動したかのような重圧がのし掛かる。
「メル、リリア、死にたくなかったら離れてろよ。それとケータイ返して」
「ユウ……」
「何だよメル、そんなに心配なのかよ? 大丈夫だって。生き残れたらお前に伝えなきゃならないこともあるしな。早く逃げろ」
メルはケータイをユウに返して走り去っていく。その後を追うようにリリアも走り去ろうとするが、一度ユウの方を振り向いて「いっその事死んでいけば?」と言われる始末。いつも通りだ。
ここから先はユウの独壇場だ。
ユウの魔力は少ない。下級なら一〇発程度、中級なら三発くらい、上級は撃てるかどうかの魔力の保持者である。
だがユウはその僅かに使える魔術を一切封印し、『強化』だけをただひたすら極めた。
『強化』こそがユウの武器となる。
魔力を右拳に集中する。
黒い魔力が爆発するように噴き出て拳に纏う。
『強化』──魔力を乗せることで身体能力を飛躍させる魔術師の基本技法。当然誰にでもできる。
だがそれを用いたユウの戦闘の腕は、戦闘学の教師が全員認めるほどだ。
魔力を乗せるだけなので消費することはなく、ユウの体力が尽きるまで戦うことが可能だ。
足に魔力を集束させて──跳ぶ。
そのあまりの速さに黒竜は目ではついていけず、懐にユウに侵入を許す。
ユウは構えた右拳で黒竜の顎を撃ち抜くように突き上げた。
「グブッ……!!」
口から血を吐いた黒竜の体が大きく揺らぐ。
一度後ろに下がり、高速で接近、同時に拳を突き出す。
黒竜の腹に拳が深くめり込んでいく。
「いっちょ上がり、と」
拳を引き抜くと、黒竜がゆっくりと倒れる。
黒竜の倒れる低い音がグラウンドに虚しく響いた。
●
「あの黒竜を倒したのかよ? さすがだな」
「うんにゃ、つかあの竜ってまだ幼体らしいぞ」
使い魔召喚の儀はA組なら一日中かかるらしいが、最低クラスのD組は午前中だけで全員終了してしまった。午後からは使い魔とコミュニケーションをとる時間にあてられた。
「だいたい三百歳くらいだってさ。それなのに幼体って、人間の常識じゃ計りしれないよ」
「へえ、それでも最上級魔術を消してしまうんだろ。スゲーな」
「あの竜が吐く黒い焔には魔術を無効化する能力があったらしいぜぃ。ただ単に魔術が効かないってだけさ」
「なるほど。で、お前が倒した黒竜って今どうしてんだ?」
「グラウンドで様子を見ているらしいぜぃ」
本来、召喚された使い魔は強制的に送り返すことができるのだが、正規の方法で喚び出した訳ではないので送り返す事が不可能な状態だ。だが、ユウは普通に倒してしまったのであの黒竜は忠誠を誓うらしい。自由に喚び出せないが。
突如、ユウのケータイが震える。サラからの電話だ。
「今度は何?」
『黒竜が脱走した』
「は?」
『急に目を覚ましたと思ったら急に翼を広げてどこかへ飛んでいってしまったんだ。てっきりお前の所に飛んでいったのかと思ったのだが──お前の反応からするとそうじゃないみたいだな』
「さすがの黒竜も、俺みたいな奴の従者にはなれないって事かね。まあいいけど」
「そんな訳ないよ?」
「そんな訳あるって。社会の最底辺に位置する俺が……って、今姐御カワイイ声出さなかった?」
『いや、出してないしお前が一人で喋っているものだから混乱しているのだが……』
──あれ? じゃあさっきの声はいったい誰が?
気づけばクラスのみんながユウの方を見て、口をだらしなくあんぐりと開けて驚いたような顔をしている。それは一番近くに居たサイガも同じだった。
「えっと……、どったの? みんなして変な顔してさ。変顔大会? じゃあ俺も混ぜてよ」
クラスの連中がみんなして首をブンブンと横に振った。どうやら別に大会を開催していた訳ではないようだ。
今度はみんな一斉に『後ろを見ろ』とジェスチャーを送ってくる。それぞれ違うジェスチャーだが、どれもこれもちゃんと意味は伝わる。
そしてジェスチャー通り後ろを振り返ってみると──、
「…………」
思考が停止した。
「なあ姐御──」
ケータイを耳にあて、再びサラとの会話を始める。
「竜が擬人化することってあるの?」
『何を言っているんだお前は?』
●
「ご主人様、なぜ私から逃げ回っているのですか?」
ユウは今自分のことを『ご主人様』と呼ぶ美少女から追いかけ回されていた。無論ユウには見ず知らずの少女に『ご主人様』と呼ばせる趣味は持っていない。
実はこの少女が先程ユウが召喚した黒竜なのだ。
黒いドレスのような服を着込んでいてスカートの部分がやけに短い。そのせいで振り返ってみる度に足の根元にある黒い布地が見え隠れしてて──ああああああああああっ。
顔は同姓から見れば嫉妬してしまうほど白くて端正に整っているし、スタイルだって抜群だ。黒い髪はさらさらしていそうに見える。
これだけ見ればただの美少女のようだが、見ただけで一発で竜だとわかってしまうのだ。
まず、肘から手にかけて、膝から足にかけて竜の鱗がびっしりと覆われていて、爪は竜のそれと同じだ。更に赤い瞳は明らかに人間のものではなく竜の瞳のように縦長の瞳孔をしている。そしてスカートの後ろに穴が空いているのか、そこからは竜の尻尾が見てとれる。
──人間に上手く擬態しているつもりだろがバレバレなのだよフハハハーッ!
心の中で叫んでみる。そもそも擬態しているつもりなのか疑問にも思うが。
そもそもなぜユウが逃げているのかといえば、本能が逃げろと叫んでいるからだ。
足に魔力を付与する。全力で逃げるべし。
この学園の教師なら誰もが知っている。ユウは学園最速だということを。
ユウの全力のスピードを捉えられる者はそうはいない。
「ふぅ」
ユウは屋上に逃げ込んでいた。立入禁止だがそんなことは関係ない。
大の字になって寝転がる。黒竜から逃げきった疲労感から瞼が重くなる。
昼はサボってしまおう。
ユウは睡魔に任せて眠りに就いた──が就けない。
何か重い。誰か覆い被さっているような、そんな感じだ。
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「おはようございます、ご主人様」
「えぇぇぇ?」
何で黒竜がここにいるのかがわからなかった。どうやって追ってきたのか不思議でたまらない。
「ご主人様のニオイは覚えましたよ。どこへ逃げようと無駄です」
──ニオイって……そんなに匂ってますかね俺って。
「あのさ」
「ユナ」
「ユナ……?」
「私の名前です。私を呼ぶときはちゃんと名前で呼んでください」
「そうっすか、じゃユナ」
「はい、何ですか?」
「俺に何か用ですか?」
「使い魔が主に会いに行っちゃダメなんですか?」
「ダメ……じゃないと思うけどさ、ホントに俺でいいの?」
いくら最強種といわれる竜族を倒したとはいえ、主は魔力数値はたった五〇の学園最弱。そんなのが主だと竜族のプライドとかがズタズタになるのではないだろうか。
まだ契約は済んでいない。考え直すのなら、引き返すのなら今しかない……というのに──、
「まあ竜族が低種族である人間の言いなりになるのはプライドが許しませんけど、竜族の中では『自分より強い者には忠誠を誓え』って言葉が口伝されてるんです。ご主人様は私を倒しました。なら私はその言葉に従います。あ、無理して従う訳じゃありませんからね?」
ふう、と思わず息を漏らす。
「わかったよ」
契約の言葉は魔力を必要としない。だから何の助けも要らずに行うことができる。
「なあなあ とりあえず俺の従者になる?」
「……何ですかその詠唱……?」
「詠唱って要は言葉に魔力を乗せることで魔術を発動するんだろ? 他の奴らはあんなカタッ苦しい言葉で魔力を乗せやすくしてるけど、魔力さえちゃんと乗せてれば言葉なんてどうでもいいんだよ。ま、これは魔力の要らない詠唱だけど。で なるの? ならないの?」
「なるに決まってますよっ」
閃光が迸る。
ユウとユナの間で契約が交わされた証拠だ。
「これで契約完了だな」
「うんっ」
とはいっても正規の方法で喚び出した訳ではないので、ちょっとした仮契約みたいな感じに近い。
だが今はそんな事より──。
「なあ、とりあえずそろそろ降りてくれない?」
●
部活の後の用事が終わって帰路に就いたユウは、やたらくっついてくるユナに頭を悩ませていた。
正規の方法で召喚しなかったために自由に喚び出したり、送り返したりすることができないので、別行動をとらない限りずっと一緒なのだ。ユウの腕に竜の腕を絡ませて傍からみるとまるで恋人のようだ。
並んで初めてわかったのだが、ユナの背丈はユウと同じくらいだ。中肉中背のユウと同じくらいなのだから女子としては高い方だ。とはいってもユナは人間ではないので人間を基準にして比べても意味が無い気もするが。
今は夜で人気が無く誰もいないから良いのだが、これが朝間だったり昼間だったりすると誰かに目撃されて『ちっ、リ ア充爆発しろ』と陰口されるに違いない。明日からどうしようと本気で悩む。だが『くっつくな』と言ったところで、なぜかこの命令だけは言う事を聞いてはくれない。こうなったら『俺の嫁』と堂々とアピールするしかないのか。嫁ではないが。
そんなこんなで自宅に到着。家に入るといつも通りマリアが登場する。 だがいつもみたく抱きついてはこない。むしろ目つきを険しくして、ユナの方を睨んでいるように見える。
──うん。思いっきり敵意を向けているねこれ。
「おいコラ、お兄ちゃんから離れろよ」
口調がまるでリリアのようだ。いつものマリアじゃない。
「ご主人様、この女は誰?」
「妹のマリア」
「そ。初めまして。私は黒竜のユナ──妻です」 「妻じゃないよね!? 使い魔だよね!? 語弊にもほどがあるよ!」
「お兄ちゃん退いて! そいつ殺せない!!」
──もう何だよこの修羅場。勝手にやってろ。
ユウはいがみ合う妹と使い魔を置いて屋根裏部屋へと向かっていた。