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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第五章【声を失われた歌姫】
64/133

01

「なあユウ」

「ん? どったの?」

 今年もとうとう六月に差しかかり、ジメジメとした時期になってきた。気温も少し上昇してきて、そうなってくれば当然衣替えという事になる。

 今ユウの前にいるアイリという銀髪の少女──一ヶ月前とちょっと前くらいまでは男子として学園と通っており、女性と発覚する前までは地肌を露出すると白いという事でからかってきた。今となっては『綺麗だ、すごく綺麗だ』と口走りそうになる。見る目が変わると印象が全く違うものになる。

 そして只今、そのアイリとユウは昼食中である。

「お前、最近セレン先輩と仲良いよな」

 アイリが少しムスッとした表情で言ってきた。

 確かにここ最近セレンがあのギルドに入ったという事があって、セレンと行動を共にすることが多い。その多くはセレン達亜人の手伝いだった。

 亜人は亜人なりに人間との共生のために頑張っていた。でも亜人の中にも人間から酷い仕打ちを受けた者もいる。そういった者はやはり人間に対して敵意を持っているし、そう簡単には蟠りを解くことは難しい。

 それでも亜人と人間は手を取り合えるはずだ。今存在している亜人の多くは、人間と亜人の間に産まれたのがほとんどだからだ。

「仲良いのは元からだろ?」

「まあそうなんだけどさ……何ていうか、こ、恋人、みたいなっ?」

「はいぃ?」

 いやいや、それはない。確かに自分で思うのもあれだが、セレンからはわりと好かれてはいる方だとは思う。でもそれはあくまで先輩と後輩という立場上のものだと思う。

 ──いや、少し待て。

 ここ最近、セレンがユウに対する態度が変わってきている。もしかすると──。

「でもさ、俺を恋人にするのはちょっとって言ってた人だぞ」

「見方が変わったんだよ、きっと」

「やっぱそうなの?」

「やっぱって……思い当たる節があるんだな?」

「はっ!?」

 おぞましい冷気が頭上から降り注いでくる。

 恐る恐る上を見上げると、『魔術名破棄』で顕現した氷塊が今まさに落下しようとしているところだった。

「アイリちゃん、ちょっと待とうか」

「うっさい!」

 嫉妬にまみれた水属性の中級魔術『氷圧-fetire glacies-』がユウにぶつけられた。

 冷めていた弁当が更に冷えた。



      ●



 アイリの魔術の腕がメキメキと上がってきている。最近になってカガリと魔術の勉強をし始めたからだ。

 アイリの魔力と技術が上昇していくのは別に構わないが、事あるごとに『氷圧-fetire glacies-』をくらっては正直身がもたない。後で使用を控えるように頼み込んでみるか。

 ユウは先程のアイリの魔術により軽い凍傷を負い、保健室に行く途中だった。

 保健室に入ると、その中には白衣を着たピンク色のショートカットの女性がいた。別にこの人が保健医の先生という訳ではない。むしろあの保健医が仕事しているときは学生が勉学に勤しんでいるときだけだ。まあ実習で怪我をする生徒がわりと多くいるので、授業中が一番忙しいともいえる。

 だからあの保健医はこう言うのだ。『お前らが休んでいるときくらいあたしも休ませろ』と。

 という訳で、保健委員──治癒魔術を扱える生徒は強制的に委員会入り──が日替わりで休み時間に駐在している。

 今日はどっからどう見てもユウの妹だったリリスのようだ。

「やあリリス、早速で悪いけど怪我治して」

 リリスは丸椅子に座れ、と顎でしゃくってくる。

 何だか以前の関係に戻ったような気がする。心なしかリリスが不機嫌そうにも見える。前みたいに無感情な素振りが無くなったのは良い事ではあるが……。

 そのとき、保健室のドアが勢い良く開く。そしてゾロゾロと男子学生達が雪崩れ込んでくる。バッジの色を見る限り一年生だろう。

「我らのエンジェルを不機嫌にさせた罪は大きいぞ!」

「万死に値するぞ!」

「ここで葬ってくれるわ!」

 次々と男子生徒が怒りの声を上げていく。というか、エンジェルって誰だ?

 ──俺か!?

 一応〝堕天使〟ではある訳だし──違うか。

 リリスの方を見てみると、丁度嘆息しているところだった。情況的に見て、エンジェルはリリアだろう。

 ──白衣の天使……うん、悪くない。

 とりあえず変な事を考えている場合ではない。とりあえず、こいつらを叩く。何だかよくわからないうちにボコボコにされるのはゴメンだ。

 数秒後──。

「……兄さん、仕事増やさないでよ」

「ごめん」

 襲撃してきた男子生徒を介抱するリリス。男子生徒達はリリスの治療を受けて恍惚の表情を浮かべている。

 とりあえずリリスの兄である事を思い出して『お義兄(にい)様』と呼ぶのは止めてほしい。

 ついでで凍傷を治してもらった。ひとまずは大丈夫だろう。

 保健室から出ていこうとドアに手をかけたとき、リリスが走り寄ってきて服の袖を摘まむように握ってきた。

「……姉さんから、聞いた。……兄さんが死ぬって……」

 握る力が少し強くなってくる。

「……また、嘘だよね?」

「悪い」

 リリアからどこまで聞いているのかはわからない。それにリリアと違ってコルウスの正体を知っている。近いうちに秘密がバレるのも時間の問題か。

 リリスの手を振りほどいて保健室を出ていく。その際、「……私にとって兄さんは兄さんだよ」と聞こえた。



      ●



「先輩!」

「ぬあっ!?」

 自分の教室に戻ろとして廊下を歩いていたとき、後ろから急に誰かが抱きついてきた。犯人はきっとカガリだろう。ほら、振り返れば深紅の髪と瞳の少女が居た。

「まーた急に抱きついてきて……びっくりするだろ?」

「えー、未来の旦那様になるかも知れない人に抱きついちゃダメなんですかー?」

「ダメ、絶対」

 カガリが少し膨れっ面になった後、ようやくユウの背中から剥がれる。

「先輩ってズルいですよね」

「ん?」

「私の──いえ、今は私達ですか。私達の気持ちを知っておきながら、先輩はそれ以上踏み込んでこようとしないですよね」

 踏み込んでこようとしない──確かにそうだが、実際のところは踏み込んではならないから自制しているだけだ。

 どんなに他人がユウを好いていても嫌っていても、それに対してユウはあまり干渉しないようにしている。

 ユウを嫌いな奴は放っておいても離れていく。でも好いている奴はどんどん寄ってくる。そしてそれ以上の関係になったとしても、ユウの命はもうすぐ絶える。そうすれば一番悲しむのはその人だ。死んでから自分の事で誰かを悲しませたくない。

 ならば今からでもユウの方から離れていくべきなのだが、父親が言っていた『友達を離すな』という言葉がいつまでもそうさせてくれない。

 だから結局は今のままの関係で──現状維持という形で今までの距離を保って甘えてきた。

「まあ、先輩が誰を選んでも文句は言いませんよ? ただいつまでも思わせぶりな態度を見せるのは、感心しませんけどね」

「悪いね。ただ自分の中で踏ん切りがつかないだけだから」

 いずれ答えは出す。否、もう出ている。それで誰も幸せにはなれないとわかっている。



      ●



 カガリと別れた後、二年棟で金髪ツインテールの幼女──ではなく、どう見ても幼女にしか見えない幼なじみであるメルに会った。

 こっちを威嚇するように睨みつけてくるが、いったいメルに何をしでかしたのか全く身に覚えがない。

「ユウ、あなたあのコルウスという奴と知り合いなんでしょう?」

「そうだけど……アイツが何かしたん?」

「今まではただ魔力を奪うだけだった。だけど今は違うのよ」

「は……?」

 違うって何が違うのかよくわからない。

 コルウスはユウ自身。ユウ自体魔力を奪い、ウィルスに感染された魔力を取り込んでいる行為は何も変わっていない。

「魔力を奪われた人の魔力が戻ってこないのよ」

「どういう事だよ……それ……?」

 例え魔力を奪われたとしても、体の中では魔力を生成し続ける『器官』みたいなものが存在するのだ。

 魔力を奪われて気絶したとしても、その『器官』──『魔泉(ません)』が魔力を精製し続けて、ある程度時間が経てば意識は戻るはずだ。

 無論コルウスの魔力奪取の行為は『魔泉』そのものを奪う訳じゃない。というか奪う事自体無理な話だ。

「どういう事って……あなたなら知ってるでしょ……コルウスが『魔泉』を奪ってるのよ。アイツ……とうとう本性を現したわ。お願いユウ、コルウスにこれ以上魔力の奪取を──」

「ちょっと待ってくれ!」

 ユウは──コルウスはそんな事をしていない。

「コルウスは『魔泉』まで奪うような事してないって!」

「けど実際に被害者はいるの。コルウスがユウの知らないところで『魔泉』を奪ってるのんじゃないの?」

「そんな事──」

「ないって言いきれる?」

「…………」

 言いきれるのは簡単だ。だが証拠を提示するにはユウがコルウスでした、とバラす他無い。

 コルウスの正体をバレる訳にはいかない。

「そういう事だから、ちゃんと止めるように言っておいてね」

「……ああ……」

 ──何がどうなってる……?

 今コルウスは濡れ衣を着せられようとしている。しかし無実だとどうやって説明する?

 説明できる訳がない。

 ふと過去にも同じような事がこの学園に起きていたのを思い出す。

 ユウに流れ込まれたシドの記憶を辿る。

 二〇年以上も前、『熊先生』と呼び慕われた教師の殺害事件。その熊先生は『魔泉』を奪われた挙げ句に『夕凪』で斬り捨てられた。犯人は闇の眷属。

 となると今メルが話した事件の犯人は──。



      ●



 部活が終了し、ジンとの特訓も修了している。感染者も見当たらなかったのでユウはさっさと帰り支度を始めて、仲間とある程度雑談、談笑して帰路に就いていた。

 ユウとセレンは同じギルドの寮に住んでいるため、他の連中がブーブーと文句を垂れるを軽く聞き流す。

 時折リリスがしつこくどのギルドに所属しているのか訊ねてくるのだが、それを教えたら最後きっとギルドに足を運んでくるだろう。これでは何のために距離を置こうとしているのかわからなくなってしまう。

 やっと和解し始めた頃なのに、ここは我慢してリリスには少し辛くあたってしまう。正直心が痛む。

 ちなみにセレンは自分が亜人だという事を明かしており、それに伴って亜人という存在が世の中に浸透し始めてきていた。とある国家のある所では魔物である亜人を受け入れてはいるが、別の所ではやはり敵だと反発している。まだまだ共生は難しいところだろうが、少しずつではあるが人間と魔物の間で少しの絆は芽吹いてきている。

「ユウ」

「何すか?」

「明日なんだけど、時間空いてるかい?」

「また仕事入れたんすか? ほどほどにしといた方がいいっすよ。でないと体壊すよ」

「大丈夫さね。亜人は人間が思っているよりずっとタフだから」

「ならいいんすけど……」

 それより明日か。

 明日ならば一応用事がある。とはいってもすぐに済みそうな用事だが。

「明日は一応用事あるっすね。まあ、早く終わったら手を貸すっすけど」

「いや、用事があるならいいんだ。いつも手伝わせて悪いねぇ」

 ユウの用事というのは、一週間前にケイゴのであの二丁拳銃を改造してやると言って名乗り出たレンディという女性鍛冶屋に会う事だった。明日がレンディが指定してきた日でもある。

 果たしてどんな変貌を遂げているのか、期待を微妙に胸を膨らませていた。

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