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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第四章【魔物の王女様】
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07

誤字脱字がありましたら報告お願いします。

「おいお前、少しいいか?」

 胸部と脚の付け根にだけ布を巻いただけの扇情的な姿のイルがユウに話しかけてきた。

 イルの姿は一〇年前に会ったときの姿とまんま同じで、時の経過を感じさせない。

「お前はこの森を抜けた先にある住宅街に住んでるんだってな?」

「以前はそうだったっすけど、今は別の所に移り住んでるっす」

「そうか、まあ良い。それより、一〇年前にこの小屋に住んでいた親子を知らないか?」

 思い当たる節はある。なぜならそれは自分自身だから。

「この小屋はホントはその親子のものなんだが、父親は死に、残った子供はどこかに引き取られて、誰も居なくなったこの小屋を私達が勝手に使わせてもらってるんだが──そんな事はどうでもいい。実はその親子の子供の方を探しているんだ」

「何でっすか?」

「殺すためだ」

 記憶を甦らせるために見た夢で、この亜人はユウを殺そうとしていた。

 あのときはユウが王女様に近づいたからその王女様が死にそうになったと言っていたが、ユウにはその王女様と会った覚えがない。

「セレンは許せない奴がいると言ったよな? その中にはその子供もいる。その子供は、セレンを『トモダチ』と言っていたそうだが、裏切られたんだ」

「えっ」

 トモダチ。

 確かユウはここで一匹の仔猫と出会った。ユウはその仔猫を友達と言っていたが、魔物だったという理由で父親の手で引き剥がされた。

 そして幼少期にユウが出会った魔物はその仔猫の魔物と、目に前にイルというイルカの亜人だけだ。つまり、王女様というのは──。

「王女様って、セレン先輩の事だったんだ」

「……ああそうだ」

 水の魔力の波動を感じた。

 気づけばイルが臨戦態勢になっている。

「私は一度も王女様など言ってはないぞ? なぜ貴様が王女様の事を知っている? 私がニンゲンに王女様の事を話したのはただ一人だぞ」

 一〇年前に彼女は王女様と口にしている。その相手は幼い頃のユウ。それに王女様の事を話したのはただ一人となると──。


「やはり貴様が、あのときのガキか!」


 ユウに波が押し寄せてきた。

 外に放り出され、イルの方を睨む。

 イルの掌にはすでに水の球が形成されており、それをユウに向かって撃ち放った。

 反射的に魔力でシールドを展開しようとするが、凝り固まった魔力は全く機能しない。

 水の弾丸がユウの腹部を貫いた。

 腹部から血が流れる。口の中に不快な鉄の味が広がっていく。

「殺してやる」

 イルが再び魔術を構築しようとするが、形成されかけていた水の球が風の刃により弾けて消えた。

「なにやってるにゃ?」

 風の刃の発生源はセレンだった。

 憤慨した表情でイルを睨んでいる。

「何でユウを殺そうとしているにゃ?」

「それはっ……この男があの少年だからです」

「えっ?」

 ゆっくりとセレンがユウに振り向いてくる。

 ゆっくりとセレンがユウに近づいてくる。

「ユウがあのときの男の子なのかにゃ……?」



「それは、この男があの少年だからです」

「えっ?」

 セレンはゆっくりとユウの方を見た。

 ずっと探し続けてきた少年が、実はユウだった。

 セレンはゆっくりとユウの方へ歩み寄っていく。

 朧だったあの日の記憶が鮮明になっていく。

 仔猫の姿になっていたときに会っていた少年。自分を──魔物である自分を『トモダチ』と言ってくれたニンゲンの少年。

 さっきまで、少年の顔、髪の色、瞳の色、口調、ニオイ──それらを忘れていたが、鮮明に思い出された記憶の中にいる少年とユウにはかなりの共通点がある。

 黒い髪に黒い瞳。声変わりはしているが、喋り方があの少年と似ている。

 ずっと会いたかった少年が今目の前にいる。

 友達と言ってくれたのに刃を向けて裏切った理由、そして今でも──正体を知られた今でも『トモダチ』と言ってくれるのかどうかを聞き出したい。

「ユウがあのときの男の子なのかにゃ……?」

「うん。たぶんっすけど……いや、間違いなくそうっすね」

 いざ目の前にしてみると、言葉が見つからなかった。何を言えばいいかわからなくなる。

「……ユウは、ワタシ達の敵なのかにゃ……?」

 それでやっと絞り出した言葉がそれだった。

 ユウの口が開く。

 だがそれと同時に周囲の木々がざわめき始めて、ユウの言葉が掻き消されていく。

 この感じは──この魔力の波動は……間違いない。

 ──ハピィ!

 仲間である鳥の亜人──ハピィのだ。



 木々のざわめきがユウの言葉を消していく。それに何度も感じた魔力の波動が急接近してくる。

 あの亜人だ。

 亜人がユウにめがけて突進してくる。

 彼女の目は完全にユウに対して敵意を向けていた。

 可視状の緑色の風が彼女を中心に渦巻いている。

「俺は──アンタを救ってやる」

 そしてユウは、生身で彼女の突進を受けた。

 ユウは魔術攻撃による耐性は極端に低い。今まではそれを補うために攻撃を見極めて躱す技術や、闇の魔力操作による『強化』でダメージを緩和したりシールドを作って防いだりしていた。

 今のユウは魔力を全く操作できない状況にある。

 だが避けようと思えば避けれるはずだった。

 それでもユウが無防備に攻撃を受けたのは、彼女に敵じゃないとわかってもらうために咄嗟に思いついた事だった。

 ここで迎撃してしまえば、彼女はきっと一生ユウを敵として見なすだろう。

 ならば攻撃しなければいいという短絡的思考の元で出たものだ。

 森の奥まで吹き飛ばされた体が、木の幹に強くぶつけられる。

 肺の中の空気が一斉に追い出される。

 それにイルによって貫かれた腹部から気絶しそうな激痛が這いずり回る。

 木の幹がボッキリと折れ始め、辺りに木が倒れた音が低く鳴り響いた。

 ユウは何とか意識を保ち、虚ろになりながらも鳥の亜人を見つめる。

「先輩に、協力するって言ったからな……」

 今ここで倒れる訳にはいかない。ユウが敵ではないと理解してもらえるまで。

 とはいってももうユウの体はもう限界に達している。攻撃を受け続けるのも苦しい状態だ。このままではマズイ。何か手を打たなければならない。

 大気が震えるのを感じる。

 ──来る!

 空を切る暴音を共に、鳥の亜人が奇声を発しながら突っ込んでくる。

 そのとき──、


 ユウの左目の奥がズキリと痛んだ。


 眼球の裏側から細い針で刺されたような鋭い痛み。それと共に、魔力が勝手に動き出す。

 魔力が形を成す。その形は──『翼』。

《それがお前の闇の型だ。歓迎するぞ、我らと同じ闇の眷属〝堕天使〟》

 頭の中にまた謎の声が響く。その声は以前よりより鮮明で、よりクリアに聞こえる。

 そしてその声は間違いなく、過去に父親達が封印したはずの闇の眷属の男性の声だった。

 力がユウの意思に関係なく溢れ出し、それはシールドを作り出す。

 突進してきた鳥の亜人がシールドに激突すると、「きゃん」という声を発して気絶した。

《今ここでお前を失う訳にはいかぬ。待っているぞ、〝堕天使〟》

 そこで男性からの交信が途絶えた。

 ──誰だよ、何なんだよ〝堕天使〟って。

 意味がわからない単語を突きつけられて軽くパニックになるが、すぐに鳥の亜人に目をやる。

 目立った外傷は無いようだが、一応治癒魔術をかけておいた方がいいだろう。

『無銘』の鎖を引き千切り、刀身を露にする。水の魔力を引き出すと、刀身が青に染まる。

「癒しの雫-curatio-」

 青い色彩の魔力の塊が鳥の亜人を包み込む。ついでに自分にもかけておく。これでひとまずは一安心だろう。

 それよりもこの『翼』はどうしたものか。イメージした訳でもないのに勝手に展開された。それに併せて魔力も使えるようになっている。

 とりあえず『翼』を引っ込めてみる。すると『翼』は消えて無くなるが、また魔力が使えなくなってしまう。

 なぜこんな事になってしまったのかは謎だが、とにかく今はこの子をセレン達の元へ送り届けるのが先だろう。



      ●



「あ、起きた~」

 ハピィが目覚めると、目の前には自分と同じ亜人であるナインがいた。狐の尻尾がまるで犬のようにゆらゆらと揺れている。

「あのニンゲンは? あの黒髪のニンゲンは?」

「ユウの事かにゃ? ユウならワタシ達の味方だにゃあ」

 そう答えたのは、王女であるセレンだった。

 見渡せばここは、以前住んでいた小屋の中だと知る。いつの間に帰ってきたのだろう?

 確かハピィはあの黒髪の少年と交戦し……その後が思い出せない。

 でもセレンはその少年は味方だと言う。それにここまでハピィを運んできたのは、おそらくその少年。

「黒髪のニンゲンはどこ? 話がしたい」

「今はイル姐と外でお話し中だよ~。またケンカにならないといいけど~」

「外だね、わかった」

 とりあえずちゃんと話がしたい。そう思って外へ飛び出すと、その黒髪の少年とイル、そして二度と会いたくなかった顔がそこにはあった。

「ほう、やはり隠れ家を見つけていたか。さすが、と称賛するべきか?」

 ──どうしてあのニンゲンがここに居る?

「礼を言う。確かユウという名だったな」

 ユウ。セレンが言っていた名前だ。そしてその名前の持ち主はあの黒髪のニンゲン。

 あの少年があの男を連れてきたというのか?

 やはりニンゲンは信じるべき者ではなかったようだ。一瞬でも信じてみようとした自分が情けない。

 イルが黒髪の少年に掴みかかっている。

 ──退いてよ、イル姐。

 ──ソイツは、アタシが殺すから。

 黒髪の少年はイル姐をふりほどくと、腰に差してあった刀を掴み取る。けれどその刀は鞘から抜けていない。

 そして少年は鞘から抜けない刀の先をハピィ達ではなく、あのニンゲンに向けていた。

 ──どういう事……?

「ゴルドーさん、だっけ? 悪いんだけどアンタの依頼、破棄させてもらうわ」

 その少年はこちらを振り向く。左目の白目部分が真っ黒に染まり、瞳の色が黒から金色に変わっている。それはまるで、夜空に昇った月のようだ。

「俺はこれから、お前達を守る。そう決めた」

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