05
お気に入り件数が300を越えておりました。嬉しいことです。まあ言ってるそばから減っていきそうな気がしますが……。
ユウは以前、人面鳥見つけた街にやって来ていた。ルーシャの指示で住民にまた人面鳥を見なかったかと訊ねてみるが、ユウと戦闘を行ってからそのような魔物は襲ってきていないというのだ。
当然、誰も人面鳥の行く宛を知るものなど誰もいない。早くにしてユウは手詰まり状態となってしまったのだ。
「どーすっかね」
『とりあえずこの辺り捜してみよ、ね?』
ポツリ、と独り言のように呟いたつもりが無線機の向こう側にいるルーシャにも聞こえてしまったようだ。
ここでただボーッとしていても仕方がないので、ルーシャの言う通りに別の地区へと捜査の手を拡げる事にした。
それで無意識にやって来たのはブライト家がいる地区だった。引き返す訳にもいかないので、前の家族と出会わない事を祈りつつ捜索を続ける。
住宅街が並び、付近には商店街。その商店街を抜けていくと、喫茶店や小洒落た店が並ぶ交差点へと辿り着く。その反対側の方面には鬱蒼と生い茂る森があり、入れば必ず迷いこむと口伝されて幼少期から入らせないようにしてきた。そしてその森こそがユウが三歳までにシドと暮らしてきた森でもある。
実はこの地区には都市伝説がある。その都市伝説というのが、学園で結ばれたカップルが消えるというものだ。所謂『神隠し』。
この『神隠し』現象は別に首都だけで起こっている訳ではなく、世界全体に起きている。ただこの首都だけ『神隠し』が多く起きているらしいのだ。
もはや都市伝説なのか疑問に思うところだが、ユウは実際見た訳でもないので本当なのかどうかわからない。
それはともかく、ユウが辿り着いたのは交差点の真ん中だった。
休日なだけあって人通りは多く、見渡せば人でごった返していた。
ついまた自分と同じ黒髪黒瞳の女性を探してしまう。その人は異世界人であり、ユウの実母であるアコで間違いないはずだ。異世界人である証の黒髪黒瞳の人が、何の用もなくカイトに会うはずもない。
何の用でカイトと会ったのか、そしてどうしてこの世界に戻ってこられたのか──いろいろと問い質したい事はある。
けれど見渡してもめぼしい人や魔物はどこにもいない。
「ここにもいないな。そっちの方で目撃情報ってないの?」
『今探してるんだけど……、うん、無いね』
「マジで? 何も手がかりも無しに見つけられる訳ないじゃん」
ユウが嘆息した瞬間、一際強い風が吹いた。しばらくして甲高い人の悲鳴がつんざくように聞こえた。
『どうしたの? 今悲鳴みたいなの聞こえたけど』
「……もしかしたら……あの魔物が現れたかも。行ってみる」
『気をつけてね』
ユウは走って悲鳴の元へ向かうと、そこに居たのは血を流して倒れた男性とその返り血を浴びた人面鳥だった。
野次馬が集まってくる。その様子を見た人面鳥が奇声を上げる。
風圧で野次馬達が吹き飛ぶ。
痛みを堪えるような唸り声が低く響く。
野次馬と一緒に吹き飛ばされていたユウは、地味に痛む体を擦りつつ立ち上がる。
「ルーシャ……」
『何かな? 今またすごい音鳴ったけど大丈夫なの?』
「俺はな。とりあえず怪我人が出た。治癒魔術できる奴派遣して。俺はアイツを止めるから」
無線機をオフにする。今は戦闘に集中したい。無線機から声が聞こえては、どんな重要な案件であれユウの耳はノイズとして拾ってしまう。
集中するためにはノイズは邪魔でしかない。
『翼』を形成し、鞘から抜けない刀を握る。
羽ばたかせ、ユウは人面鳥に向かって一直線に飛んだ。
人面鳥が飛んでくるユウを血走った目で睨むと、迎撃のために『風の刃閃-sagitta-』が撃ち込まれる。
刀に魔力を付着させ、風矢を打ち消す。
人面鳥が一瞬怯んだ。
その隙に、人面鳥の腹部に鞘に収まった刀の先を突き出す。
手応えは──無い。
風の膜が人面鳥を纏っており、ユウの突き攻撃が弾かれたのだ。
今度は隙だらけになったユウに風鎚が叩き込まれる。
脳が揺れるような感覚に苛まれながらも、意識を繋ぎ止めて人面鳥を睨んだ。
「ニンゲン……テキ……!」
敵意に満ちた声。
その声は以前通じた心は感じられない、人間に対する完全なる悪意。
「タオス……!! 荒れ狂う暴徒の進行-typhon-」
風の凶刃がユウに迫った。
刀から灰色の鎖が舞い踊る。
暴れ狂う鎖が風の凶刃を弾き飛ばしていく。
拳に魔力をかき集めていく。強化技である『魔魂』だ。
凶刃を鎖で弾き飛ばしながら、ユウは一気に人面鳥へと接近する。
そして魔術を破壊する拳で、風の膜を取っ払った。
魔術の破壊のため、魔力を消費してしまった事により『魔魂』は解除され、何の術も施されていない拳が人面鳥の腹部を撃ち抜いた。
「悪いな、どうしてもお前の事連れて帰らなくちゃならないんだ」
それは普通の女性なら意識を失うはずの一撃だった。
しかしまだ意識のあった人面鳥が抗い、風鎚でユウを叩きつけた後どこかへ飛んでいってしまう。
無線機をオンにする。
「ルーシャ」
『え? どうしたの?』
「悪い、詰めが甘くて仕留め損ねた。目標は逃走した。どうする? 追うか?」
『たぶん今は相当弱っているはずだよ。仲間を呼ばれる前に早く仕留めた方が良いかも』
「了解」
『翼』を広げて、ユウは宙を舞った。
逃げる人面鳥を追いかけるが、再び頭の中で謎の声がユウに呼びかけてくる。
《見つけ……我が同胞……》
魔力が掻き乱されていく。
『翼』が形を保てなくなり、四散する。
空を飛ぶ術を失ったユウは地上へと落ちていった。
●
ユウが落ちたのは森の中だった。
木の枝がクッションとなったお陰で強く地面に叩きつけられなかったが、身体中に激痛が走り動く事がままならない。
それに今の衝撃で無線機が壊れてしまい、連絡がとれなくなってしまったようだ。
それだけならまだましだった。それよりも深刻な問題が発生した。
魔力が使えないのだ。
魔力自体が凝り固まったように、魔力を供給できなくなってしまった。
魔術も使えないうえに、唯一の武器である『強化』やその発展技──その他諸々使えなくなってしまったのだ。
これではただの人と変わらない。
手元に残ったのは『無銘』だけ。武人に変化すれば魔装の魔術は使えるだろうが、不必要に武人になる事はできない。
それにこの森は──ユウが幼い頃に住んでいた森でもある。それに確か魔物も生息していたはずだ。
ここで黙っていても魔物に襲われる可能性もあるし、脱出を試みようと移動したときに出くわす可能性だってある。
だがここでじっとしていても仕方がないので、魔物に遭遇しない事を祈りつつ、動きづらい体を何とか動かして森からの脱出を敢行した。
だが早速運が悪い事に動物の尻尾みたいなものを踏んでしまった。狐のような尻尾だ。
ここには魔物が住み着いているため、ただの動物は喰われているので生息はしていない。つまりこの尻尾は──。
「あぅ~、痛いじゃないですか~」
一四か一五くらいの歳の涙目の女の子が出てきた。
てっきり魔物だと思って身構えていたユウは思わず拍子抜けしたが、すぐにまた身構えた。
その女の子が人間ではないからだ。
金色の長い髪、その頭の頂点には髪と同じ色の犬のような耳が姿を見せていた。赤い目に縦割れの黒い瞳孔──それはまるで獣のような瞳だ。そして先程ユウが踏んづけた尻尾は、彼女の尻の方へと繋がっているのだ。
「はわっ、に、ニンゲンさんです~っ。どうしましょう!?」
「えっと、俺に言われても……。とりあえず見逃してもらえると助かるかな」
「はいっ、ではそうします~」
事なきを得たユウは、また出口を目指す。とはいってもルートが全くわからない。ここに住んでいたにも関わらず、ユウが通っていたのは森の出入り口と小屋までの道のりだけなのだから。さっきの狐少女に出口まで案内してもらっても良かったのかもしれない。
ふと背中に柔らかいものが押しつけられた。更にユウの胴には二本の細い腕がガッチリと回されている。
首だけを動かして後ろを見ると、頬を紅潮させたさっきの狐少女がしがみついていた。
「見逃す訳にはいかなくなりました~」
「なに……?」
「だってあなた、怪我してるじゃないですか~」
「へ?」
「なのでちゃんと手当てします~」
ユウの体をよく見れば、所々に血が滲み出ているのだ。
「ちゃんと手当しないとダメですよ~」
「あ、ちょっと!」
胴に回されていた腕が今度はユウの腕に絡みつくと、強引にユウは引っ張っていく。見かけによらずこの女の子は力が強かった。
彼女に導かれて着いた場所に、思わずユウは目を見開いた。
森の中でひっそりと佇む小屋。その小屋には見覚えがあった。だってその小屋は──以前のユウの自宅だった小屋だからだ。
ただ記憶には無いものがある。まず水が引かれているのだ。水は池のような溜まり場があり、その池にはまるで風呂に入っているかのように全裸の女性がいた。
ユウの記憶にはこんな池なんて無かったし、ましてや全裸の女性などいなかった。決して。
「イル姐~」
狐少女が呼びかけると、池に浸かっていた女性が振り向いた。そして──全裸のままこっちに近づいてきた。
「お帰りナイン。アンタ食いもん採りに行ってたはずだろ? まさか男を捕まえてくるとはね」
「イル姐、この人怪我してるの~。治してあげて~」
「わかったよ。ニンゲン、ちょっと怪我見せな」
「ていうか服着てから出てこいよ!」
思わず叫んでいた。
「健全な童貞男子高校生の前に全裸のまま現れるなんてどういう神経してんすか!? 鼻血が飛び出たらどう責任とってくれるんですか!? まったくもー、とにかく目の保養になるから早く服着て!!」
「何で怒ってんのこのニンゲン?」
「さあ~?」
わーわーギャーギャー騒ぐユウを尻目に、二人の女性はただ首を傾げるだけだった。
その騒音に紛れて、軋むような音を立てて小屋のドアが開いた。
出てきたのは茶髪のショートのボブカットの少女だった。ただ頭には猫のような耳、獣のような赤い瞳、背中には翼、尻からは異様に長い尻尾が生えていてその先端はハートの形のように膨らんでいる。
「騒がしいと思えば……ナイン、帰ってきてたんだねぇ」
ユウはその姿形、そしてその声に身に覚えがあった。
小屋から出てきた女性もユウの姿を見て、顔を驚きの色に染めている。
「ゆ、ユウ……? どうしてここにいるのかにゃあ……?」
「いや、それはこっちのセリフっすよセレン先輩……って、にゃあ?」
その少女は寸分の狂いもなく、ユウの先輩であるセレンで間違いなかった。
とうとうあの悪魔がやって来てしまったようです。「スランプ」という怪物が……。




