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主人公が暴走します。え、ここまでやるか? とか、ふざけるな! と思う方もいるかもしれません。
三日間も眠り続けていたユウは自分が汗臭い事気づいたためシャワーを浴びに行った。
浴室にマリアとユナが突撃しようとしたときはかなり焦った。もちろん全力で阻止した。お陰で無駄な体力を消費してしまった。
その後リリアに会ったが、すぐに無視された。いつもなら何かしら罵倒の言葉を浴びせてくるはずなのだが、今回はそれが無く調子が狂う。少し顔が赤かった気がするが、ユウは何でだ? と首を傾げるだけだった。
翌日には学園に行き、とりあえず迷惑をかけたので色々な人に挨拶回りしてきた。
アイリには冗談交じりに『ちょっと見ない間におっぱいおっきくなったな~』と言ったら氷塊に潰された。
カガリに会いに行くためにわざわざ一年棟まで行ったのに、『心配かけた先輩には針千本の刑です』と言って無数の炎槍に取り囲まれた。さすがに発射まではされなかったが散々な目に遭った。
セレンに会いに行ったときは、『おもしろいものが見れたから別にいいよ』と言われた。何だおもしろいものって? とユウは再び首を傾げた。
サラからは、まだ体が本調子ではないため危険だろうからしばらく部活に顔出さなくてもいいと言われた。別に大丈夫なんだが、その言葉に甘える事にする。
何かいつの間にか発足していた『ユウのファンクラブ』の連中に捕まったときは、お菓子の詰め合わせを貰った。とびっきりの笑顔で『サンキュ』と言ったら、ファンの一人の女の子が一人倒れた。ちょっとビックリした。
そして現在放課後となり、『用事』が無かったため家に真っ直ぐ帰ってきていた。
玄関のドアを開けてすぐユナが飛びかかってきた。いつもよりスキンシップが激しい。とりあえず引き剥がす。
リリィの靴が無い事に気づいた。そういえば今日はユウが復活したとかでパーティーをするとか聞いていた気がする。となると一応あの三姉妹も一緒か。家族四人で買い出しとは、何とも仲がよろしい事だ。
「たっだいま~」
「おう、おかえり」
「とうさん、仕事は?」
「早めに切り上げた。今日はお前のパーティーだからな。一応、お前の誕生日も兼ねてるし」
「誕生日?」
そういえばそうだった気がする。じゃあ今日で一七になったという事だ。こうして祝ってもらうのは久しぶりだ。だけど──。
回りを見渡してカイト以外誰も居ないのを再確認する。あの親子はしばらく帰ってこないだろう。
好都合だ。
「とうさん、話がある」
「ん?」
「俺さ──」
記憶を取り戻してから考えていた。この家庭はユウには眩しすぎた。
「家出するよ」
「は? え、いや、は?」
まず耳を疑うだろう。カイトのこのおかしな反応は当然といえば当然なのかもしれない。
「お前なに言ってんだ? またお得意の嘘だよな? だとしたら冗談キツすぎるぜ」
「ごめん」
それだけを告げ、荷物をまとめるために自室へ向かう。そうした矢先、後ろからすごい力で引っ張られ庭に叩き出された。
「ふざけるな」
「ふざけてない。いたって大マジメなんだぜぃ?」
カイトの歯軋りが聞こえたと思ったら、次の瞬間カイトの拳が飛んできた。
脳が揺さぶられるような感覚に耐え、何とか倒れないように踏ん張る。
口の中で鉄の味がして、唾を吐くようにして赤い液体を外へ出した。
「はいはい、そーゆー事ですね、わかりました」
腰に差してある『無銘』に手を当てると、灰色の鎖が溢れ出した。
鎖を掴むと、それを強引に引き千切る。
ユウの寝ていた髪が逆立ち、黒かった髪が白く染まる。黒い瞳も鮮やかな緋色へと変色していく。
「とうさん、ホントに悪いと思ってるよ。けど決めた事なんだ」
武人の姿になったユウは『無銘』を構え──、
「夕凪-yunagi-」
刀身が漆黒に染まった刀を振るった。
『打』の特製をもった『夕凪』は、鞭のようにカイトの体を叩く。
「……何で……何でなんだよ!」
カイトが『強化』を纏い、突進してきた。
ユウも『強化』を発動し、突き出された拳を避けてがら空きになったカイトの腹部に刀を持ってない左の拳を突き出す。
しかし土属性の『強化』には防御力を極限にまで高める作用がある。
こんな一発じゃ、カイトは落とせるはずはなかった。
カイトがユウの腕を鷲掴みにして、空高く投げ飛ばされた。
「決壊の岩石砲-rupes curis-」
『詠唱破棄』された上級魔術。
今のカイトには『容赦』という二文字は存在しないのだろう。
いや『完全詠唱』じゃないため威力は下がってる。
それにたかが平民の『詠唱破棄』の上級魔術は怖れるに足りない。
それでも上級魔術を『詠唱破棄』で唱えるのは、魔人の奥さんから魔術のノウハウを学んだからだろう。
それに例え空中に投げ飛ばされても、ユウに逃げ場は存在するのだ。
魔力を背中の方に集束して真っ黒な『翼』を形成する。見て呉れではく、本物の空を飛ぶための翼だ。
空中移動を可能にしたユウは落石を躱し、地にゆっくりと降り立った。
「何で家出するとか言い出したんだ!?」
「ここには……、俺の居場所なんて無かったんだよ」
「何言ってんだ……!?」
地竜のような二つの土拳が這い上がった。
その一つがユウに襲いかかる。
ユウは刀を左手に持ち替えると、右手に全ての魔力を送り込む。
魔力が圧縮し、黒い紋様が右の拳に刻まれた。
魔力供給による肉体強化最強の型である『絶破』だ。
ユウは『絶破』を纏った拳を土拳に叩き込む。
土拳に亀裂が走る。
ボロボロと破片が落ち、やがて粉砕して消えていく。
今度は足に『絶破』を施し、もう一つの土拳を蹴り飛ばす。
同様にして土拳は消え失せた。
「俺、あいつらに酷い事言ってたんだ」
「……?」
「俺はあいつらに拒絶の言葉を言い捨てたんだ! それはあいつらが一番聞きたくない言葉だったのに!」
カイトの目が見開いていく。
やがてユウが何の事を言っているのか察していく。
「ユウ……記憶が……?」
ユウは頷いた。
倒れていたときユウは忘却していた記憶を取り戻していた。
忘れていた新しい家族との記憶、そして──自分が何者なのかも。
「だったら……
それを全部あいつらに話せよ! 思い出したんなら、あいつらに謝れよ!」
「遅いよ、遅すぎたんだ」
時間の流れはあまりにも残酷だ。
「一〇年だぞ……、俺はその間何も知らなかった。知らないままアイツらキズつけ続けていたんだよ……。一〇年経って、今思い出したからってすぐ頭下げたって赦してもらえるかよ!」
「それはお前が記憶を失ったからで──」
「もういいんだ。ユナ!」
ユウの呼びかけに駆けつけたユナは、すぐさま人の形態から長刀の姿になる。
『無銘』を鞘に収めて長刀を掴み取る。
これでユウは勝負を決めるつもりだ。
黒い焔が舞う。
「其れは主を守る鉄壁の城 幾先もの攻撃を阻む無情な砦 今此処に 屈強なる盾を築き上げよ ──我を守れ 絶対なる要塞-terra arx-」
カイトを包み込む土属性最強の防御魔術。それも一度闇属性の魔術を防いだ鉄壁の盾だ。
「いくぞ、ユナ」
『……!? ご主人様……この力は……!?』
ただユナの魔術を発動するだけなら、ユウはトリガーとなる魔術名を唱えるだけで充分だ。ユウの魔力は必要としない。
だが『夕凪』の発展技と同様に、ユナにユウの魔力を喰わせることで魔術の威力が増すことができ、新たな魔術──『共鳴魔術』を完成させる。
これはシドがやっていた事を真似しているにすぎないが。
「知らなかったのは罪だ。忘れてたのは罰だ。俺はもう家族としてアイツらに会わす顔がない……!」
黒焔が鋒に集束していく。
もう止められるものは何も無い。
「竜哮黒焔-ryuko kokuen-」
射出された黒い熱線が最強の盾を貫いた。
憂いを帯びた『ユウ・ルークス』の瞳は、左の方だけ金色に輝いていた。
●
せっかく一つになったカイトの家族なのに、たった一つだけ欠けてしまった。
初の親子ゲンカにしてはかなり大仰で、そのうえ息子に敗北した。
守れなかった。大事な家族をカイトはこの手で守れなかった。
──謝らずに、逃げることが贖罪だというのか、あのバカ息子は……。
足音が近づいてくる。愛する妻と娘達が帰ってきたのだろう。
家族一人居なくなって、庭で大の字で倒れている一家の大黒柱を見てどう思うだろう。
「なあ、ユウの奴──家出しちまった」
すみませんでした。




