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厨二成分120%でお送りします
守りたい人、魔術を使いすぎて魔力が空になる寸前の魔人、魔力を抜かれ倒れ伏せた異世界人の親友──その人らを腐れ縁の親友に託し、シドは黒の男の前に立った。
『無銘』を構える。白銀の刃には、反射した男の姿が映る。
「何でケイゴから魔力を奪った? 何でオッサンを殺した?」
のっそりとした動きで距離を取る男性。否、どこか一点を目指しているようにも見える。
「俺達闇の眷属は──」
重々しく開いたその口から出た言葉は、とてつもない憎悪を孕んでいた。
「この世から永遠に断絶しなければならない汚点だ。闇の魔力を悪しき力だと世界は断定し、隔離されたのだ。だがしかし、俺達がいったい何をしたというのだ?」
「何を、って……、今ケイゴから魔力奪って何か企んでるんだろ?」
「それ以前の話だ! この行為は目的を達成するための手段でしかない!」
闇の眷属と名乗った男性が巨大なオブジェの所に辿り着いた。
シドは思わず目を見開いた。今までこんなオブジェがあったとは気づかなかった。それほどまでに、そのオブジェは巨大でありながら存在感は皆無だという事だ。
そのオブジェはまるで羽を休めて佇む鴉のように見えた。剥製か何かだろうか。
「この世界は俺達を拒絶した。身勝手な偏見を元に──」
ケイゴの魔力を纏ったその手を、オブジェに当てた。
すーっと、魔力が吸い込まれていく。
「だから為せねばならぬ。俺達を忌ましめたこの世に──」
ドクン、と命の鼓動を感じた。
今まで何でもなかったオブジェがひとりでに動きだし、存在感を増していき──、
「復讐を」
翼を広げ、咆哮した。
黒い闇の怪鳥は羽ばたき、球体の巣に穴を空けるとみるみるうちに巣が崩壊していく。
外の景色が露になる。
ここは満月に照された廃墟だった。建物は崩れ落ち、無機物に溢れかえった『死の世界』が広がっている。
「主よ、手始めに眼前の者共を屠ってやりましょうぞ!」
闇の怪鳥が大きく翼を広げ、風を起こすかのように翼をはためかせた。
風が闇色を帯びていく。真空の刃がシドの元へと降り注がれた。
魔力を上手く使ってシールドを作るも、耐えきれずに亀裂が入っていく。
ガラスが砕けるような音が鳴り響いたのと、シドから血飛沫が飛んだのはほぼ同時だった。
身体中に無数の斬り傷が刻まれ、制服はすでにボロボロだ。白いYシャツは血で赤い斑点を描き、体のあちこちから赤い雫が滴り落ちていた。
闇の怪鳥がシドに向かって咆哮を上げた。
追い撃ちをかけるような風圧がシドの体を叩く。
血を吐きながら、シドは吹き飛ばされた。
やがてカイトが出した土の壁に体を打ちつけ、ズルズルと下に落ちていく。
土の壁が引っ込むと、支えを失ったシドの体は仰向けに倒れた。
「シドッ」
アコが叫びながら治癒魔術をかける。心地よい魔力に包まれながら、シドの傷がみるみるうちに消えていく。
「大丈夫? シド……」
「ああ。だけど、そう何度もアレは受け続けられないぞ」
何とかしてあの攻撃の雨を止めなければならない。そのためには二人の協力が必要だ。
「カイト、まだ全然戦えるな?」
「当たり前だ」
リリィの方を見る。すぐに目を逸らされるかと思ったが、リリィは真っ直ぐシドを見てくれる。先程のカイトの言葉が効いたようだ。
「リリィ、お前の魔術の中で異空間に閉じ込めるようなヤツない?」
「え? あ、はい、『封印』するのなら一応ですけどあります」
「それを今使うための魔力はいつまで回復する?」
「えっと……、もう少しです。ただその魔術を使うためには、対象にどんな状態で封印するかの〝条件〟が必要です」
リリィの『空間支配』という魔術は、空間に術式を刻むことで条件を与え、その空間内での行動を制限、或いは別の空間へと接続させる反則級の魔術だったはずだ。
「なら条件は……そうだな……、『時間の概念無し』ってどうだ?」
「……了解しました」
「じゃ、合図したら頼む」
最後に異世界人の二人に目を向ける。ケイゴはちょっと不機嫌そうな面をして、アコは今にも泣き出しそうだ。
「悪かった。こんな事に巻き込んで」
ヘッドスプリングでシドは起き上がり、闇の怪鳥を睨みつけた。
『無銘』を強く握りしめる。これを鞘から抜いたとき、これからアコとケイゴの魔力を感じた。
最初に暴走したときにこの魔装が奪った二人の魔力だ。
シドの予想が正しければ、『無銘』の能力は魔力の吸収だろう。そして吸収した魔力を記憶し、作り出して解放できるはずだ。
これは利用する価値がある。
闇の怪鳥が再び翼をはためかせ、黒い真空の刃を無数に作り出す。
「よし俺が……」
「待てカイト、俺がやる」
「でもお前の防御じゃ……」
「ダメだ。あの刃、魔術を打ち消す」
ただの防御では防ぎきれない。
──能力、発動……!
視界を覆い尽くすかのような死の刃の雨が容赦なく降り頻る。
しかし刃が斬り裂くのは空だけだ。無数の刃は全て『無銘』へ吸い込まれていく。
降り止んだ頃、『無銘』の白銀に輝く刀身は黒く染まった。
「夕凪-yunagi-……だっけか?」
見様見真似で魔術名を唱え、『無銘』を振るった。
刀の軌跡が刃を生み、三日月型の黒い魔刃が大気を噛み砕きながら闇の怪鳥に向かって飛翔した。
断末魔のような悲鳴が闇の怪鳥から放たれ、空気がピリピリと震える。
「カイト、今だ!」
「岩山-terra comu-」
屹立した土の針が闇の怪鳥の双翼を貫いた。
シドの眼前で土の針が交差するように次々と飛び出し階段を作っていく。
シドは階段を駆け上がっていく。
行き先は──怪鳥の脳天だ。
跳び上がり、『無銘』の鋒を突き立てた。
噴水のように黒い血が噴き出し、力を失った怪鳥が黒の男性に覆い被さるように倒れ込む。
「バカな……主を凌駕する力など……!」
「もう終わりだよ」
最後の仕上げだ。
『無銘』の能力で強引に闇の眷属の全ての魔力を奪い取る。
この連中に奪われた魔力は元の持ち主の所へ還っていく。
「リリィ!」
「はい!」
回復したリリィが魔力を練り上げ、詠唱を始める。
「汝が投獄されるのは無情なる永久の監獄 其処は〝時間無き〟空間 我 汝を封印す」
紡がれた詠唱によって顕現したのは、赤紫色に輝く巨大な魔方陣だ。
中心部で人の手のようなものが蠢いている。
「──眠れ 強欲女王-carcer-」
蠢いていた手が伸び、闇の眷属を掴み取り、異空間の中へ引き摺り込んでいく。
巻き込まれそうになったシドは急いで刀を引き抜くと、怪鳥の上から降りた。
「お前らが行くのは、時間が存在しない牢獄だ。魔力は奪った。魔力が回復しない空間じゃ、お前らの魔術でリリィの魔術が破れることは絶対にない」
「……見くびるな。闇はどこかに必ず存在する。俺達の意志を継ぐ者が必ず現れる」
そして、黒の男性が最後の力を絞り出すように呟く。
「因子は、もう植えつけた」
黒の男性、闇の怪鳥が消えた。
シドの餞別の言葉に対して向けられたのは、果たして何なのか──シドに確かめる術はない。
『死の世界』が音を立てて崩壊し始めた。
「ッ!」
シドの体にも魔力が逆流していく。シドの体に蓄積し、侵食し、蹂躙する。
シド達が知る青い空が姿を現したのと、シドが倒れたのはほぼ同時だった。
無機質な空間が文字通り崩壊し、亜子達の視界に飛び込んだのはどこまでも青く広がる空と、見慣れた校庭の風景だった。
まるであの世界が嘘だったかのようだ。だがようやく戦いが終わったのだと、亜子に教えてくれるようでもあった。
シドの姿を探す。キョロキョロと首を動かし、見つけた。
横たわるシドの姿は、まるで人形のように動いていなかった。
俯せに倒れていたシドの体をひっくり返す。
顔が青ざめていた。急いで下級の治癒魔術をかけるが、一向に良くならない。
「彼の者の 穢れを祓い給え ──至福を与えよ 快復の雫-vivatus-」
亜子が使える魔術では最上級の中級治癒魔術。だがそれももってしても、シドは目を覚めるどころか更に顔色が悪くなっていく。
リリィが言うには、これは魔力の熱暴走が臨界を超えたときに出る症状らしいのだ。そうなった魔術師が辿るのは決まって死だ。
もう嫌だった。弟が死んだときも、亜子は何もできずに現実を享受するだけだった。
また大事な人が死ねば、今度こそ亜子は発狂してしまいそうだ。
そっと隠し持っていた水晶を取り出した。
「アコ……、貴女まさか大魔術を……!?」
静かに頷いた。リリィは意味を知っているのだろう。
治癒魔術の中には、絶対の回復力を持つ魔術が存在するのだ。使用すれば、蘇生が可能とまで伝えられている。級でいえば大魔術──最上級魔術の上だ。
当然、魔人にしか使えない最上級魔術の上の大魔術を平民の魔術師──それも異世界人が使えるはずがない。
そのために用意されるのがこの水晶なのだ。
水晶の別名──魔力増幅器。すでに一般では普及されなくなったが、使えば一度きりの消耗品で一時的に魔人の魔力を超越する魔力を手に入れられる。
亜子の切り札だ。
「ダメです! そんな物使わなくても私の魔力を貸します! 魔術を構築する中心となる魔術師が水属性なら、その特性でどんなに属性の違う魔術を混ぜたって魔術は構築され発動するはずです!」
「だ、だったら俺の魔力もやるよ。どういう状況かよくわかんねえけど」
「……僕も」
リリィ、カイト、圭吾が魔力を差し出そうとするが亜子は首を振って断った。それでも魔力が足りないのだ。
リリィが魔力を差し出そうとしたのは、水晶のデメリットを知っているからだろう。
そのデメリットが水晶の普及にストップをかけた。
デメリットというのは、使用に伴う激痛なのだ。激痛が元でショック死した人だっている。
亜子がなぜそれを持っているのかといえば、熊先生から託されたのだ。大魔術と共に。
大事な人が居なくなってからでは遅いと。
最初は激痛が嫌だから、大事な人がいなくなりそうな場面には遭遇したくないと思っていた。それに託した熊先生本人ですら、使用するような場面に直面しないように立ち回れと念を押されている。
そう、水晶はあくまで保険だ。
だが実際そんな場面に遭遇してしまうと、救う術がある以上どんな痛みを伴ってでも救いたいと思ってしまう。
それにリリィもこの大魔術自体のリスクを知っているだろう。
シドの顔を見る。
──私達は、ちゃんと強い絆で結ばれてる?
亜子が使おうとしている大魔術には、たった一つの発動条件があった。それは、術者と対象との間には強い絆が必要である事だ。
水晶の恩恵を借りて、発動したい魔術のイメージを作る。
淡い青を放つ光が灯る──発動準備が完了した。
「愛する人 我の前に再びその双眼を開けよ 愛する人 我は汝の快活を所望する」
強く光る青い光がシドを包み込む。
亜子の全身には鋭い痛みが駆けずり廻る。
だがこんな痛み、シドを失う事に比べれば大した事はない。
「──死の淵から帰還せよ 救済の雫-amor salvatio-」
シドの瞼がゆっくりと開いていく。魔術は成功した。
けれど亜子の顔は曇ったままだ。
治癒の大魔術──最高の回復力を持つが、それに伴う代償が存在する。それを知るのは、この場では亜子とリリィしか知らないだろう。
シドが首を動かして他の皆の存在を認め、最後に亜子を見た。
「お前、誰だ?」
視界が霞んだ。もうシドを直視できなかった。
わかっていた。こうなるとわかっていたのに、止めどなく涙が溢れる。
治癒の大魔術の回復力は絶大だ。しかしその代償は、対象が術者との記憶を抹消するという一種の忘却魔術でもある事だ。
強い絆で結ばれた人を助ける代わりに、記憶を消して絆を無かった事にする。
最高で最悪な魔術だ。
もう激痛すら我慢できなくなり、亜子はその場で倒れた。
●
闇の眷属との戦い以来、カイトはリリィに猛アタックされ続けていた。クラスの連中は『こんなのあり得ない!』『幻術だ! そうに決まってる!』などと嘆いていたが、当の本人であるカイトもリリィの急な態度の変化に戸惑っているところだ。
どこで知ったのかカイトの家に朝来ては起こすところから始まり(実はストーカーされていた)、一緒に登校して、昼には一緒にリリィの作った昼食を食べ(好みの食べ物は調査済み)、帰りも一緒に下校して、一人暮らしをしているリリィのアパートに招かれてはベッドに押し倒れそうになって脱出して、雑談して、締めは家に帰れば寝るまでメールに付き合わされる──いろんな意味でビックリだ。
そして今日もカイトはリリィと二人きりで昼食をとっていた。
「はい、あーんですよあーん」
「あーん」
カイトの好物である、焦げ目のない卵焼きが放り込まれる。
「美味しいですか?」
「うん、スッゲーうめえ」
甘さがカイト好みだ。文句のつけようがない。
「あれ? あれれれれ?」
ひょっこりと小動物のような深紅の髪の女の子が現れた。魔王の家系の娘だろう。深紅の髪と瞳がその証だ。
「リリィが平民の男とおる! ビックリなのじゃ!」
「ほ、ホムラさん……」
爺臭い口調を使うホムラ・レア・フォルセット。次期魔王の最有力候補の少女だ。とはいっても実力はリリィより低いが、魔王家系はだいたい晩成型だ。いずれ魔王の器に相応しい力を身につけるとか。
「う~む……、リリィはフリード殿と婚約してたはずなんじゃがのぅ。これはどういう事じゃ?」
「それは……」
カイトがリリィの猛アタックに応えられないのはそれが理由だ。
フリードの存在──リリィには婚約者がいるのだ。
結局何事も無かったかのように回復したアコからは『YOU 奪っちゃいなよ』と言われたが、正直無理な話だ。
「そういえば、アコとシドさんはどうなったんですか?」
都合が悪いのか話を逸らそうとするリリィ。
あの一件から、カイトの回りの環境は変化した。まずはリリィの劇的な態度の変化。シドのアコに関することの記憶の消失。そしてケイゴの失踪。
ケイゴは何を思ったのか『この世界は腐っている』と言いだし、急に消えた。それ以来全く会っていない。
アコとシドはといえば──。
「アコとシド……? ああ、あの学園公認カップルじゃな!」
アコは記憶を失ったシドと一からスタートしたのだ。最初はかなり落ち込んでいたようだが。もしあのとき魔力を差し出してアコが断らなかったら、シドは魔力を分けた全員の記憶を忘れてしまっていたらしい。アコはそれを知っていながら大魔術をかけた。
シドがカイトの事を忘れてしまったら、カイトはきっと耐えられないだろう。それなのにアコはずっと献身的にシドと接していた。アコは強い娘だと思った。
それでもシドの記憶は蘇る素振りは全くない。そんな簡単に記憶は甦らない。そもそも戻るかどうかもわからない。
だが相変わらず──。
「あの二人は見てるだけでアッチーよ」
●
数年後、アコが消えた。シドと産まれたばかりのユウを置いて。
アコがそんな事をするはずがない。なのに無性に腹が立った。何で二人を捨てたのか、カイトにはまるでわからない。
リリィは結局フリードの元へ嫁いだ。子供も居る。今は二人目がお腹の中に居るそうだ。
カイトは何もできずに、リリィが望まない結婚を見る事しかできなかった。
そんな中ケイゴが久しぶりに顔を出した。世界を変えるとは言っていたが、どうやら学園の教師になるらしい。ここから世界を変えていくと言っていた。
バラバラになっていく。そんな気がした。
もう一度一つになる事があったら、もうバラバラにならないように俺が繋ぎ止めるとカイトは誓った。
そして、最後の場面切り替えが始まった。
やっと第三章の核心部分まで来ました。いやー、長かった。




