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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第三章【救済──その代償は?】
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06

 ユウが初等部になるとある一つの問題が生じた。ユウが持つ属性についてだった。

 魔術学園に通う際、入学する前の日に入学生の魔力を検査しなくてはならない。もちろんユウも検査され、闇属性を所持していることが発覚したのだ。

 闇属性の魔術師は他の魔術師とは隔離させて教育を施すのがこの世界が定めたルールだ。

 やっと掴みかけた幸せを手放さなくてはならなくなってしまう。

 その日にユウとカイト、リリィは深夜に学園の関係者から呼び出しを受けた。

 深夜になってもユウには未だに睡魔は襲ってこない。眠ってしまえばシドが死んだ情景を鮮明に思い出し、全くといっていいほど眠れなくなってしまうからだ。

 これでも昔に比べれば幾分かは眠れるようになったともいえる。昔は一時間も眠れなかったのだが、今は二、三時間は眠れるようにはなった。それでも目の下のクマは消える気配を見せない。

 学園に到着すると校庭に設置されたライトに灯りが点いており、学園自体が暗くなっているような事はなさそうだ。

 入口付近にはすでに人が立っていた。スーツを着た長髪の女性だ。おそらく教師なのだろう。

「お待ちしておりました。中へどうぞ」

 女教師はペコリと軽い会釈をして、ユウ達を中へと導いていく。案内された場所は学園長室だ。

 中へ入っていくと、カイトの表情が僅かに曇った。

 そこにいたのはこの学園を統括するアルフ・フォルテシモという名の人物だった。白く長い髪、鋭い目つきで威嚇するように見つめる緋色の瞳。見ただけで武人である事が伺える。おそらく歳はかなり重ねているだろうが、それを感じさせない程の美丈夫だ。

「まだ校長続けてたんすね」

 どうやらカイトとアルフは顔見知りのようだ。もっとも、アルフの方は深い溜め息をついていたので本当は出会いたくもなかったのだろう。

「元問題児の息子が新たな問題児か。何の冗談なのだこれは? 二世代に渡って私の頭を悩ませるつもりか?」

 見た目とは裏腹な低い声が、学園長室に響き渡る。思わずビビってしまったユウは、その畏怖の感情を抑えるためにリリィの手をギュッと握りしめる。

「まあいい。今夜呼んだのはその子供についてだ」

「以前説明を受けました。この子は『特別クラス』に編入される事について──ですね」

 リリィがどこか寂しさを孕んだ口調で言った。

『特別クラス』──ユウも少し聞いたが、この闇属性というのは極めて危険なものらしいのだ。カイトとリリィもその危険性を充分に把握している。だからこそ一纏めに『管理』する必要があるのだ。わざわざ首都に集めさせてまで。

「まあ、ただこの子を隔離させようってだけならお前達を呼び寄せたりしない。本当の話はここからだ」

 カイトとリリィが息を呑む。そしてアルフはこう告げた。

「その子を『特別クラス』に編入させるか、それとも通常に入学させるか、どちらかを選べ」



 ユウはかなり特殊なケースらしい。人間は本来闇属性にはならない。持つことができるのは負の感情に呑み込まれ、心を壊した異端者や化物だ。その異端者ですら闇以外の属性を持つ事は許されないのだが、ユウは闇と光の『二重属性』なのである。

 人間の闇属性が他の属性を持ち合わせることなど本来なら起こり得ない。だがユウはそのあり得ないことを引き起こし、確認されている中ではたった一つの『特例』でもあった。

 まだ完全には心が壊れていない証拠なのだ。それに比較的暴走せずに安定している。だから生粋の闇属性の人ほど危険視はされていない。通常通りの入学するチャンスを学園長は直々に告白したのだった。

 決定権は保護者であるカイトとリリィに委ねられることになっており、二人でちゃんと話し合いたいからユウを初等部の校庭で待っているようにと言われ、ユウは仕方なく深夜の校庭でライトに照らせれながらブランコを漕いでいた。

 二人の話し合いにユウが参加できないのは、何か聞かれたらマズイ事でもあるからだろう。あの二人はユウ以上にユウの事を知っている。特にこの闇属性の事に関しては。

「お前がユウか?」

 突然の横から入った子供の声に思わず文字通りに飛び跳ねた。ブランコから落ちて地面に体をぶつける。地味に痛い。

「ぷっ、何してんだよ」

 無邪気に笑う少年はライオンの鬣のように髪が逆立っていた。腰の両脇にはそれぞれ両刃の剣を差して鞘に収めている。おそらくこの少年の魔装だろう。

「キミ、誰?」

「俺か? 俺はジン・フォルテシモ。ここの学園長の孫だ」

 ニィ、と笑い犬歯を剥き出しにするジンと名乗った少年はどうやら例の『特別クラス』の人間らしい。学園長からの伝でユウの事を知ったのだろう。名前を知っているのも頷ける。

『特別クラス』の人間はこの時間帯にこっそり登校し明け方になるとこっそりと下校するらしく、昼夜逆転の生活を強いられる。もしユウが『特別クラス』に編入させられたとしても、昼夜逆転の生活にすぐ慣れてしまうだろう。元々二、三時間しか眠っていないのだから。

「やあやあ、ところでジンさんはこんな所で何をしておられるのですか(そうろう)

「は? そうろ……? まあいい。お前に会いに来たんだよ」

「拙者に? それは誠でござるか?」

「何だよさっきから訳わかんねえ事言いやがって」

 ユウがこういう風にふざけたくちょうになるのは相手に対して心を許しているからでもあるのだが、初対面の相手には伝わりにくいようだ。

「ふざけるのこれぐらいにして──」

「ふざけてたのかよ」

「俺に会いに来たってのはどゆ事?」

「俺と一緒に『特別クラス』に入んねえか?」

 初等部一年でさすがに『闇堕ち』している者はほとんどいない。とはいっても幼い子供の心は脆く壊れやすい。コロッとユウやジンのように『闇堕ち』してしまう年齢一桁の子供も少なからずいる。

「このままだと一年で『特別クラス』にいるのって俺一人になっちまうからさ。それだと何だか寂しくね? だから──」

「ゴメン、それ俺が決める事じゃないから」

「自分の事なのにか?」

「うん」

「……そうか」

 しばらくの沈黙が続いた後、気がついたらジンの姿が消えていた。

 ──悪い事しちゃったかな。

 また一人でブランコを漕ぎ始めた直後、カイトとリリィが姿を現した。ユウの今後の身の振り方について意見がまとまったのだろう。

「ユウ、一つ訊きたい。お前はどっちがいいんだ?」

 カイトにそんな事を訊かれた。そんなもの、すでに答えは決まっている。

「みんなと一緒がいい」

 その答えを聞いた瞬間、カイトとリリィから笑みが零れた。



      ●



 ユウは『特別クラス』にではなく、普通に登校する事となった。それでも闇属性は危険に変わりない。もしユウが暴走し闇属性の力を爆発させてしまえば、その被害は甚大なものとなるのだ。

 それでもカイトとリリィが話し合った結果、ユウなら大丈夫だという答えに至ったらしく、ユウの意見も聞いて晴れて通常の学生になれたのだった。

 クラスは最底辺と呼ばれるDクラスでリリアとは別々になってしまった。他人とはあまり接点がないまま学園に入学してしまったために、知人はほとんど居ないのだ。できればリリアや近所に住んでいるメルと同じクラスが良かったのだが、魔力が低く属性のせいでろくに魔術が使えないユウに比べ、あの二人はとても優秀な魔術師なのだ。魔力絶対の社会で、ユウがあの二人と同じ環境で学習するのには無理があった。 とはいってもD組はD組で楽しくやっていけるような気がする。ユウの中の『闇』はすっかりとなりを潜め、誰とでも分け隔てなく接する事ができたために同じクラスで友人と呼べる人はたくさんできた。まあそれはほとんどが平民だからであるからだろう。未だに魔人だけは苦手なのだ。

「おいユウ、一緒に帰るぞ」

 この学園で唯一心を開ける魔人はリリアだけで今ではすっかり和解している。ただ傍から見れば二人は恋人同士に見えない事もなく、よくクラスの連中からはからかわれている。

 今も二人は手を繋いでおり──ユウはまたからかわれるから止めてと言ったが聞き受けてくれなかった──、側で見ているだけのメルが羨ましそうな顔で見つめてくる。

「ねえリリアちゃん、私もユウと手を繋ぎたいな」

「ダメ、ユウはあたしのだ」

「ははは……」

 メルとリリアのやりとりに苦笑を浮かべると、不意に視線を感じた。メルがジーっと睨むように見つめている。

「俺の顔に何かついてる?」

「やっぱり似てるのよね……」

「え、何?」

「あ、ううん、こっちの話」

 クエスチョンマークを浮かべ首を傾げるが、まだ視線の感覚が消えない。キョロキョロして視線の正体を探して、見つけだした。

「ユウ、さっきからなにキョロキョロしてんだよ?」

「あ、ちょっと先行ってて、トイレに行ってくるから」

 リリアから手を離すと、視線の正体の方へまっすぐ向かっていった。



 視線の正体はとある一人の男子生徒からだった。歳はユウと同じで、初等部の一年。名前は確かジンだったはずだ。この学園の学園長の孫でもある。

「ジン、何でここに居るん? 『特別クラス』って一応秘密のはずじゃ? ここに居たらマズイんじゃないの?」

「誰も俺が『特別クラス』の奴だって気付きやしねえよ。むしろ『特別クラス』っていう名前を出すなバカ」

「だったらジンも二回も言うなよな」

「それにしても──」

 不気味な笑みを浮かべながらユウににじり寄ってジンの腕がガシッとユウの肩に回された。

「あんな可愛い女の子と帰るってどういう了見だコラ」

「は?」

 一緒に帰るぞと言われたから一緒に帰ってるだけだ。何でジンが少し怒ってるのかがちょっとわからない。

「まあいいさ。でもお前は良いよな、こっちにいられて。俺だって『闇堕ち』しなけりゃ……」

 ジンもユウと同じ、心に『闇』を持った少年なのだ。その『闇』に『光』を照らせるのは人間だけだ。ユウはその事をよく知っている。

 だからユウはジンに向かって手を伸ばす。かつてユウに手を差し伸べてきた人達と同じように。

「何だよその手は?」

「ジン、俺と友達になってくれないかな?」

 一瞬だけ戸惑ったような表情をしたジンは、すぐに口元を綻ばせユウの手をとった。

「どうせなら、親友になろうぜ」

 ユウはうん、と頷いた。初めての親友ができた瞬間でもあった。

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