02
新学期となり、また一つ学年が上がる。
二年D組──このクラスにユウは居る。そして腐れ縁であるサイガもこのクラスだ。ちなみにユウはランキングビリでサイガはその一個上と後ろからのワンツーフィニッシュである。
「サイガさん、アンタもこのクラスですかい? もっと努力しましょうや」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
新学期初日でこうしてふざけ合うのはいつもの事でそれはもはや日常の風景と化している。
「で、部活のことなんだが、先輩達が引退して今じゃ俺達とセレン先輩の三人だけだろ? ってことはだ……二人以上新入部員を入れないと廃部が決定しちまう」
「ああ……そうだったな……」
学園の部活は五人以上の部員がいなければ部活として認められない。ユウが所属する部活は現在三人。最低でも二人は入部してもらわなければ廃部が決定してしまう。
「廃部は困るんだよなー」
高等部に上がってやっと見つけた学園での自分の居場所なのだ。誰からも文句は言われない。みんな自分を仲間と認めてくれる、居心地の良い場所だ。
「何とかして部員を引き込まないと……」
「珍しく真面目だな、ユウ」
「……俺、普段からふざけまくってるように見える?」
「まあな」
確かにいつもはふざけてはいるが、珍しいと言われるほどマジメになる事は少なくないはずだ……たぶん。
それはさておき、まずは部員不足の問題を解消しなければならない。
誰かを無理矢理入部させるという手がある。ユウ達がそうだったみたいに。
「ユウ、今日は新入生の入学式だろ。だから勧誘してこようぜ」
実際、勧誘といってもただの勧誘ではない。拉致してきて無理矢理入部届にサインさせる──もはや勧誘の域を超えた別の何かだ。
ユウとサイガもこの方法で部活に強制的に入部させられ、最初は嫌で仕方がなかったが今では入部して良かったと思っている。
「バカ共、さっさとホームルーム始めるぞ」
勢い良く教室のドアを開けて入ってきたのは長身でジャージを着込んだモデルのような女教師だ。あまり化粧っ気はないが誰もが『美人だ』と評する端正な顔立ち、ポニーテールに結わえられた白い髪、切れ長の目の瞳は緋色で、腰には刀を差している。まるで女性版の侍のような人だ。
この人は『武人』と呼ばれる種族の人間だ。武人の特徴は髪が白く瞳が緋色だということ。そして許容魔力量が少ない。その変わり『魔装』と呼ばれる魔力が込められた武器を扱うことができる唯一の人種だ。そのため、魔力測定をする際は少し特殊な方法で測定される。
ユウは一度武人と間違われた事がある。ユウの魔力の性質が武人の魔力の性質とほとんど一致していたからだ。だが、何度も髪を脱色しようとしても白くはならないし、黒いカラーコンタクトもつけていない。その結果、ユウはかなり武人寄りな平民として認知された。
「あれ、姐御が今度の担任?」
「ユウ、いい加減私を姐御と呼ぶのはやめろ」
「え? 姐御は姐御っしょ?」
「……もういい」
実はこの女教師、ユウが所属する部活の顧問でもある。ユウとサイガをあの部活に入部させた張本人である。
「まあそんな訳で今日からお前らの担任になったサラ・アルティナだ。よろしく」
「先生っ!」
「何だ?」
一人の男子生徒が勢い良く手を挙げる。
「スリーサイズを教えてください!」
「セクハラで帝都の騎士団に突き出すぞコラ」
男子なら誰もが思ったことを代表として勇気を振り絞った彼だったが、サラはこの手の話題を極端に嫌う。勇気を出した結果が牢獄行きなら本末転倒だろう。
大丈夫、キミの勇姿は忘れない、とユウは心の中で敬礼した。
「とりあえず今日の予定だが、この後すぐに始業式だ。それが終わったらホームルームだ。……とまあ、このくらいか。わかったらさっさと体育館に集合しろ。以上。じゃ」
サラはとりあえず伝えることを伝えるだけ伝えた後、さっさと教室から出ていった。かと思えば顔だけひょこっとだけ出して「遅れた奴と途中で居眠りした奴は鉄拳制裁だ」と物騒な事を言い残してすぐに去っていく。
「みんな急げ! あの人の鉄拳制裁は気がついたときには保健室だ! 男だろうと女だろうと容赦しないぞ!」
何度か制裁をくらったユウにはわかる。あの制裁の恐怖を。
ユウの稀にすら見ることのない真剣な面持ちを見たクラスメイトの面々は、すぐに冗談じゃないと察してソッコーで体育館に向かった。
●
始業式。ユウは辺り見回してみると、学園長の長い話に飽きた数人の生徒達が居眠りを始めていた。ただ、二年D組の生徒だけは誰一人として居眠りをしていなかった。一見すれば優秀な生徒達の集まりだ。中身ただの社会の底辺の集まりだが。
途中、何となく周りを見回すとリリアと目が合った。すぐに嫌な顔をされて顔を逸らされる。
──そんな露骨に嫌な顔しなくてもいいだろうに。
ユウが正面を向き直ったのと同時に学園長の話が丁度終わった。続いて生徒会長の話だ。
壇上に上がったのは──幼女だった。初等部の高学年くらいの。
うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
男子達の鬱陶しくて耳を塞ぎたくなる雄叫びが上がる。
「会長っ! 今日も可愛らしくて最高です!」
「会長っ! 結婚してください!」
「会長っ! ハァハァ」
童顔で金髪のツインテールの彼女は見た目は限りなく幼女だが、彼女は間違いなくユウと歳は同じだ。それは一緒に過ごした時間が証明している。
「み、皆さん! お静かにしてくださいっ」
年端もいかない幼い女の子の声がスピーカーにより、体育館全体に響き渡る。
ユウは相変わらずのロリボイスだな~、と心の中で呟いた。
今のでこの体育館を揺るがす程の男子の歓声は一瞬にしてやんだ。さすがはロリ会長信者共だ。彼女の言葉には素直に耳を傾ける。
「え~とじゃあまず、ユウ・ブライト。上がってきて」
「ユウ、呼ばれてるぞ」
サイガに肘で脇腹をつつかれる。
ユウは嘆息すると、「またか」と呟いて壇上に上がっていく。
「単刀直入に言うわ。私と結婚を前提に付き合いなさい!」
「やだ」
こういう集会になれば必ずこの幼なじみの少女はユウに告白をする。これはいつもの光景だ。そして「会長をフる男は死ね」とか「会長と結婚したらマジぶっ殺す」と、どっちにしろ俺死ぬしかないのかよ、とツッコみたくなる暴言が聞こえるのもいつもの光景である。ある意味公開処刑だろう。
「いいか、俺はまだ誰の物にもなるつもりはございませ~ん」
「むぅ……、じゃあどうやったら私の物になってくれるの?」
かなりおどけた態度をとるユウに対して、ロリ会長は真剣な表情でユウを見つめる──ちょっと涙目で。
「う~ん」
ユウはわざとらしく腕組みをしながら考えて──、
「お前がもうちょっとおっきくなったらな」
すでに身長が伸びる見込みの無いロリ会長に語りかけた。
「~~~~~~」
とうとう大粒の涙が零れ始めた。さすがにこれもユウは驚きを隠せないのと同時に殺気を感じる。
「ちょっ……!? テメッ、コラ、ユウ!」
「貴様は余程命が要らないと見受けるッ」
「ここがお前の墓場になるだろう……」
ロリ会長の信者共、もとい親衛隊が呪文の詠唱を始めた。しかも長い。上級魔術を発動しようとしている。
──コイツら、殺す気だ!
「姐御! 助けてください! コイツらぶっ飛ばしてよ!」
教師の席に居るサラに助けを求める。何かもう、周りの教師達は苦笑いを浮かべているがこの際どうでもいい。どっちにしろメルをフった時点で親衛隊の魔術の的になる。これもいつもの光景なので誰も止めようとしない。
「自分で撒いた種だろう? 自分で何とかしな」
「そんな冷たいこと言わずにさあ。ほら、カワイイ教え子が大ピンチだぜぃ」
「何かすごくムカつくな、それに結構余裕あるだろ。っていうか誰がカワイイ教え子だよ」
「俺だよ俺」
「わかってはいたけど、本人の口から聞くと腹が立って仕方ないな。ま、しょうがないか──」
ゆらり、とサラが立ち上がる。すると──。
親衛隊の生徒の脳天めがけサラが拳を次々と降り下ろす。
頭に血が昇った生徒にはこの鉄拳で鎮めるのが一番だ。
「うわーお、さすが姐御。驚くべき早さで瞬殺ですな」
こうして、始業式の騒動はとある女教師の鉄拳制裁で幕を閉じた。
●
「アンタも毎度のことながら、よくあの子をフることができるねぇ」
向かい合った茶髪でショートのボブカットで猫目の先輩の女生徒からそんなことを言われた。
「だってセレン先輩、俺とメルは幼なじみなんだぜぃ? だから、どうもそういう関係になるのはちょっと……。現状を維持したいっていうか何ていうか……。それにほら、メルって妹のような感じしません?」
「そりゃそうかもしれないけどねぇ」
始業式を終え、帰りのショートホームルームも終えた今、ユウは部活の存続のためのミーティングを行うため部室にサイガと共に顔を出していた。部室には既に三年生であるセレンが居る。
「でもあの生徒会長もよく何度もユウにアタックしますよね。まったく、この黒髪眼鏡のバカのどこが良いんだか」
「あっはっは、サイガくん、チミには俺から溢れ出てくるこの魅力がわからないというのかね?」
「何だそのキャラ、うざっ。で、セレン先輩はユウのこと、どう思います?」
「え? う~ん──」
セレナは腕組みをしながら考える。そしてたっぷり時間をかけて──、
「友達にするにはいいけど恋人はちょっとねぇ」
「ですよね~」
「ちょっと待ってなに今の時間。すっごい時間を無駄にしたよ? そんで地味に傷つくよ?」
そもそもこの部室に集まったのはこんな無駄話をするためではない。廃部を回避するためのミーティングやるためだ。
だけど、ちょっと──ほんのちょっと気になることがあってまだこの無駄話を続ける。
「ところでさ、サイガは彼女を作ったりしないの?」
「ふぁっ?」
やけに甲高い声がサイガの口から出た。中性的な顔のくせして声変わりしていないから、そんな声を出されたら女の子ように見えてしまう。
たまに本当に男かどうか疑わしくなるときがある。
「そういえばそうだねぇ。サイガからそんな色気ついた話を聞かないねぇ」
「セレン先輩もそう思うっすよね」
「うん。で、実際どうなの?」
「えっと、それは……」
歯切れが悪い。それにチラチラとユウの方を見てくる。これはひょっとしてまさかの──、
「うほっ、男色か?」
「ちちち、チゲーよ……!」
明らかにサイガの様子がおかしい。何かものすごく変な雰囲気になっていた。
その変な雰囲気をぶち壊すかの如く、部室の扉を開く音が響き渡る。扉の方に目をやると、そこに立っていたのは我らが生徒会長でロリでユウの幼なじみのメルだった。
「メル、何か用?」
「話があるの。着いてきて」
「……わーったよ。サイガ、先輩、ちょっくら出ていくわ。戻ってくるまでよろー」
とりあえずミーティングはあの二人に任せて、ユウはメルの金髪のツインテールが歩く度に揺れるのを見ながら後を着いていく。
メルがユウを連れ出し、着いた場所は部室から少し離れた廊下だ。ここなら、あの部室にいる二人に聞こえることはないだろう。
「また告白か? さっきしたばっかだろ」
「告白じゃなくて──その、いつまであの部活にいるつもり?」
「卒業するまでだろ常考」
即答された。
「何でなのよ? 私はあんな部活認めない」
「それでも、前までは立派な部活だったさ。今は部員がいないから廃部寸前ってとこだけど」
「だったら廃部にして。どうしてあそこを自分の居場所と拘るの? 居場所だったら生徒会が……私が居場所になっ──」
「メル」
「ッ!」
少し強めの、だが静かなユウの口調で、メルは次に言おうとした言葉を飲み込んだ。
幼なじみだからこそわかる。この口調のユウは──怒っている。ユウは感情を剥き出しにして怒ることはほとんどなく、ただ『静かな怒り』を向けるだけだ。ふざけた態度とは想像がつかない怒り。
メルを見下すような、冷ややか目線を送り続けるユウは、メルを制したときと同じ口調で話始める。
「いくらメルでも、俺から居場所を奪うような真似は絶対に許さない」
そしていつもの口調に戻って、
「ま、マジで廃部になったら生徒会のこと、考えてやるけどな~」
「う、うん」
メルは部室に戻っていくユウの背中をただ黙って見ることしかできない。
それにユウに気圧されてしまった。これでは『学園最強』の肩書きが台無しだ。
メルは改めてユウが所属する部活のことを思い出す。
『魔物討伐部』。生徒会から部費を一切貰わずに、世界に蔓延る魔物を倒した際の賞金を部費に充てている、ただ強さを求めることだけに執着し目的とした部活だ。活動は常に死と隣り合わせの危険な部活──そんなところにユウを置いておいたら気が気でない。だからこそ連れ戻さなければならなかったのに、何一つ言葉をかけることができなかった。