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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第一章【偽りの姫君】
3/133

01

 魔術──それはこの世界で根付いた文化である。魔術と一括りにしてもその種類は多種多様で、『機械魔術』と呼称される特殊な魔術も存在する。

 魔術が無ければこの世界はたちまち崩壊してしまうだろう。それほど魔術によってこの世は繁栄を重ねてきたという事だ。

 そして、魔術を生み出す素となる『魔力』が絶対的な世界であるということだ。

 魔力の許容量によって、待遇はまるで違ってくる。それに魔力の量は親による遺伝子で決まってしまうのが異例はあるが常だ。魔力量の高い者は住みやすく、少ない者には住みにくい世の中なのだ。

 特に『魔人』と呼ばれる連中は皆、許容魔力量が多いため優遇されている。だから他の種族を平気で見下す傾向がある。

 ここにユウ・ブライトという名前の少年がいる。年齢は一六歳。この世界では珍しい黒髪黒瞳で、中肉中背の黒縁眼鏡をかけた少年だ。その他の特徴らしい特徴は持っていないが、敢えて他の人と違う所があるといえば、鞘から抜けない刀を携えていることくらいだ。魔力は極めて少量でこの世界で生きていくには不利である。

 そんなユウには三人の妹がいる。その仲は非常に険悪なものだ。三人のうち二人が魔人という事も相まってユウの事を嫌っている。もう一人の妹はユウのようなごく普通の種族である『平民』と魔人の間にできた子供で、この妹は特に嫌っている様子はない。むしろなついているくらいだ。

 ユウの父親は魔人と結婚し、相手側にに子供が二人いたのだ。後に一人の子供ができた。ユウの家庭はちょっとだけ複雑だ。



       ●



 ユウは『魔術学園』に遅刻になりそうなギリギリな時間になって目が覚めた。この時間なら妹達といちいち顔を会わせなくて済む。一度顔を会わせれば、一番上の妹の口から罵詈雑言が飛び出てくるのは目に見えている。

 目が覚めてすぐ側に置いてあった卓袱台に目を向けると、一切れの食パンが皿の上に乗っていた。これがユウのいつもの朝食だ。

 少し湿気っているパンを強引に腹の中に流し込んで急いで支度を済ませると、学校に向かって猛ダッシュする。

 約五分。これくらいあれば魔術学園に到着する。いつも走っているお陰で体力だけは人一倍ある。

「よう。今日もマラソンお疲れ」

 教室に入ってすぐ声をかけてきたのはユウの悪友──もしくは腐れ縁であるサイガだ。サイガも平民である。銀色の髪、男性か女性かよくわからない中性的な顔立ちの少年だ。ちなみに女子からの人気はすごく高い。

「朝っぱらからアイツと顔会わせたくないからさ。時間ギリギリじゃないと家で鉢合わせしちゃうんだよねえ。そしたらケンカになるわで大変だし」

「毎度毎度思うんだが、どんだけ仲悪いんだよお前ら」

「サイガの想像を遥かに超えてるね、うん」

 腐れ縁ではあるが、付き合いは中等部の頃からだし、ユウとその妹達のやりとりをあまり見たことがないはずだ。サイガと一緒にいるときでさえ、妹達と会わないように注意を払ってきた。その妹達はおそらくサイガという人をユウの友人と認知しているくらいだろう。

 ユウが言うアイツというのは一番上の妹であるリリア・ブライトのことだ。リリアがユウに罵倒を浴びせ続けている張本人だ。

「そんなことよりサイガ、何か今日みんなピリピリしてるな。何かあるの?」

「今日は魔力測定の日だろ? 学年末試験の翌日に初等部の頃からやってただろ、忘れんな」

「そうだっけ?」

「いっつも魔力によってクラス分けしてるだろうが。ま、俺達には関係ないか」

 ユウ達が住む『首都』には、世界で唯一の魔術学園がある。学園では魔力量によってクラスが編成される。

 魔力測定をしてその魔力量をランキングにし、上位四〇名がA組、その下の四〇名がB組という風に四クラスに分けられる。ユウがいるのはもちろんD組で、同じ教室にいるサイガも無論D組である。ユウは最下位で、サイガはその一つ上。今更魔力を上げても上のクラスにはいけない。

「ユウ……お前は魔力上げようとは思わねえの?」

「前も言ったろ? 俺の魔力はもう上がんないって」

 ユウは少々変わった体質をしている。一定以上の魔力をその身に宿すことができないのだ。しかもその一定量というのが限りなく少ない。精々魔力で身体能力を上げたり、初歩的な魔術を発動したり、ランクの低い魔術を行使したりすることにしか使えない。

 無論、そんなことくらいは誰にだってできる。

「そうだったな。ていうかお前も不幸だよな。『武人』でもないのにそれ以上魔力を上げられねえんだから」

「今となったら別にどうでもいいけどね。だからかな? 魔力が上がらないことを棚に上げて、何の努力をしない俺をリリアは嫌ってるんだと思うよ」

 今更仲良くしようだなんて思わないけど、と付け加えてユウはふと窓の方を見た。今日も空は青い。



       ●



 魔力測定を終えたユウは放課後に用事を済ませた後、薄暗くなった通学路を歩いていた。帰りは急ぐ必要は皆無なので走る事はしない。

 自宅まであと少しという所で──、

「帰ってくれ!」

 怒鳴り声が聞こえた。声の主はよく聞き慣れた人のものだった。

 怒鳴り声の直後、ユウの自宅から黒い髪の女性が飛び出てきた。よく目を凝らして見てみると、瞳の色も黒い。

 ──俺と同じ髪と目の色の人だ。珍しいな。

 その女性はこちらに向かって走ってきた。すれ違った際、その女性の頬に涙が伝っていたのが見えた。

 ──あーあ、なに泣かせてるんだよ、とうさんは……。

 父親とさっきの女性の関係を言及するつもりはないが、女性を泣かせるのは感心しないと思った。

 家の前に立ったとき、女の人が走り去って行った方向を何となく見てしまった。すると、街灯に照らされたさっきの女性と目が合った。

 ──すごい美人だ。

 その美人さんがユウと目が合った瞬間、にっこりと──男性なら誰もが見とれるような微笑みを見せた。その黒い瞳に吸い込まれそうになる。そして何かを呟いた。

 当然、離れた距離にいたユウには聞き取れなかった。

 ──あの人、まさか……。

 考えて、すぐに思考回路を放り捨てる。何だか考えるのが面倒になったからだ。

 家の中に入ってすぐ、仕事から帰ってきた父親が居るであろうリビングに顔を出した。

「とうさん、さっきそこで──げっ」

 ──あー、やってしまった。

 リビングに入ってすぐ、ソファに腰かけて『機械魔術』の粋の結晶である『ケータイ』を操作しているリリアと遭遇してしまった。ピンク色の髪を腰まで伸ばしており、魔人特有の角が二本生えていた。その角は羊の角とよく似ている。そんな彼女のつり上がった目の中心に輝くブルーの瞳と視線が重なる。

「何で帰って来たんだよ?」

 ──帰って来た兄に向ける第一声はそれかい。

 心の中でツッコむ。

 今のユウは疲れていて、彼女に反論する気力は残されていない。

 見た目は完璧な美少女。でも中身が最悪だとユウは常々思う。

 ユウとリリアは歳が同じで同学年であるが、ユウの方が誕生日が早いため一応兄という立場になっている。

「…………」

 ふと誰かに見られてるような感覚がして、その正体を探す。

 黙ってユウを見ていたのはリリアの妹であるリリス・ブライトだった。こちらもピンク色の髪であるが、リリアと違って彼女はショートカットだ。彼女もブルーの瞳で羊のような角が二本生えている。

 リリスもきっとユウの事を嫌っているはずだ。 なぜなら、一度も口を利いた記憶がないからだ。彼女との会話が無いのは嫌われているとしか思えない。そして彼女はすぐにプイッとそっぽを向く。

「おっ帰り~お兄ちゃん」

 そう言ってすぐ抱きついてきたのが、三人の妹の中で唯一(ユウ)になついているマリア・ブライトだ。彼女は平民と魔人の間に生まれた子供で、姉達のような角は生えていない。だが魔力は魔人並みだ。見た目は平民で中身は魔人──正式な名称はないが『隠れ魔人』というヤツだ。

 セミロングの髪の色がピンク色なのは母親譲りでブラウンの瞳は父親譲りだ。マリアが美少女なのもきっと母親に似たのだろう。つくづく父親に似なくて良かったなと思う。

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」

『お兄ちゃん』と連呼しながら猛烈な勢いでユウの胸板に顔を擦り付けるマリア。別に悪い気はしないが、このままではいくら何でもマズイだろう。

「マリア、お前ももうすぐ中等部になる訳だし、いい加減兄離れしようぜぃ。な?」

「ヤダ!」

 ──そんな全力で拒否しなくても……。

「それに最近、お兄ちゃんとのスキンシップが足りないせいで私のお兄ちゃん成分が急速に失われつつあるんだよ!? そろそろ摂取しないと私──壊れちゃうよ?」

「何だよお兄ちゃん成分って……。とうさん、アンタの娘が変な方向に突っ走ってるぞ」

 キッチンの方に目をやる。そこには仲睦まじく一緒に料理をしている両親の姿があった。見ているこっちが恥ずかしいくらいのラブラブっぷりだ。

 ──全く、二人だけの固有結界張りやがって……。

 しかしそれはしょうがない。母親曰く、私達は結ばれるべくして結ばれた、らしい。その過程が結構凄まじかったとか。特に興味はそそられない。

「う~ん、別にいいんじゃないか? 変な男に嫁がれるより、ユウに貰われた方がずっとマシだ」

「とても父親の台詞とはありえない発言キターッ! かあさんからも何か言ってよ」

「私もユウさんがマリアの夫になるのはとても賛成ですけど」

「えぇ……」

 うちの両親はまともではないようだ。冗談だとしても、それは正直冗談のレベルではない。

 地べたに這いつくばって項垂れたい気持ちを抑えつつ、本来の目的を果たすことにする事にした。

「とうさん、さっきここから綺麗な女の人が出ていくところを見たんだけど──ひょっとしてもしかすると、とうさんの愛人かい?」

 ユウがそう言いきった瞬間、ユウのこめかみのすぐ横で、包丁が壁に突き刺さっていた。髪の毛の数本が床に落下する。更に首にはもう一本の包丁の刃が添えられていた。

 包丁の持ち主──リリア達の母親であるリリィ・ブライトは、背筋が凍りそうな不気味な笑みを浮かべている。横にある包丁を投げたのは彼女仕業だ。

 娘達と同じピンク色の髪に羊のような魔人の角 。娘達と違うのは大人の色気がムンムンである点だ。そのくせ実年齢より若く見られるため、リリア達との四姉妹と言っても通じそうである。そもそも魔人は実年齢より若く見られがちだとか。

「ユウさん、言ってはいけない冗談とそうでない冗談の区別はわ・か・り・ま・す・よ・ね?」

「も、ももも、もちのろんですよ。すみませんでしたおかあ様」

 ユウの首から包丁が離れた。すぐ横に突き刺さっていた包丁も回収していく。

 ──とうさん関係になると相変わらずおっかないね~。

 さっきから冷や汗が滝のように流しながら胸中呟く。

 リリアは「そのまま死ねば良かったのに」とユウに聞こえるように物騒な事を呟き、リリスは我関せずといった感じでずっと黙ってるし、マリアはずっとユウと密着して鼻息を荒くしている。

 こんな妹達と一緒に暮らすようになって溜め息をよく吐くようになったとつくづく思う。本気で妹達と向き合わなければならない日は近いのかもしれない。

「で、結局誰なんだよ?」

「ユウには関係のない人だ」

 ──関係ない、か……。

 嘘だということはすぐにわかった。この人は嘘をつくとき相手に目を合わせない癖がある。

 ──よほど聞かれたくない事なのかね。ま、理由は何となくわかるけど。

 ユウの予想通りなら、確かに言いにくい事だ。相手が言いたくないのなら、無理に聞き出すこともない。

「ところでユウさん、今日は魔力測定の日ですよね? 結果はどうなのですか?」

 魔力が気になるのは魔人たる所以か。

「リリィ、何度も言うがユウは──」

「魔力が上がらない体質でしょう? だからといってそれで諦めてしまうのはどうかと思いますけどね」

「それはそうなんだが……」

「で、ユウさん、結果はどうだったんです?」

「ああ、うん……」

 少し言いづらい。リリィと父親の会話を聞いた後じゃ本当に言いづらい。

 適当に嘘でもつこうかと思ったが、どうせすぐにバレると思い至り正直に告白した。

「ちょっと上がってたんだよね~……」

 一瞬だが時が止まったような感覚に囚われた。無表情を貫いているリリスと、なぜか満足そうな顔をしているリリィ以外は口をあんぐりと開けて呆然としている。

「ほら、ユウさんだって魔力は上がるんですよ」

「かあさん、上がったっていってもほんのちょっとだから。数値にすれば三〇から五〇になっただけだから」

「それでも大した成長ですよ」

 五〇といえば、初等部入学直後の生徒の魔力の平均値だ。下級魔術なら一〇回程度、中級なら三回、上級なら一発撃てるか撃てないかくらいの魔力だ。

「たったちょっと上がったからってはしゃぎすぎじゃねえの? ママ」

 口を挟んできたのはリリアだった。

「それに、魔力が上がってもコイツが弱いのは変わらねえわよ」

 ここでは魔力が絶対主義。魔力が無ければ待遇は良くない。だから他の人間は必死こいて魔力を上げようとするのだ。

 魔力イコール強さ。

 それが魔力社会で築かれた常識。

 ユウがせっかく魔力の数値が五〇になったとしても、大人の社会じゃクズと罵られる最底辺クラスの魔力しかない。対してリリアは魔力の数値は約五〇〇万──リリアくらいの年頃では規格外の魔力だ。

 ユウは弱くリリアは強い。それは誰もが見てもわかることだ。

「そこまでだリリア」

 リリアのユウに対する罵倒を止めた父親の面持ちは真剣そのものだった。こちらは四〇代半ばの歳相応な顔立ちで、割りと平凡などこにでもいる普通のお父さんに見える。稀に見るその真剣な顔を見たリリアは思わず黙り込んでしまった。

「少しユウと話をさせてくれ」

 ユウは未だに密着していたマリアを引き剥がすと、父親と共にリビングから出てそこから少し離れた所で小さい声で話を始める。

「どういうことだ、ユウ……?」

「知らないよ。俺はいつも通り何もしてないよ。ホントは魔力が上がらない体質じゃなくて、上げちゃダメな体質だってよくわかってるから」

「なら何でだ……!?」

「だから知らないってば。はい、これでこの話はもうおしまい。じゃ、俺部屋に戻ってるよ」

 ユウは二階へと昇り、その一角にある梯子を伝って上へ昇っていく。その先がユウが自室に使っている屋根裏部屋だ。

 この部屋に向かう途中、父親は「それは嘘じゃないよな? 信じていいんだよな?」と言っていた。ユウは何とも言えない表情で返している。

 ここを自室にしたとき、最初は埃臭かったが、掃除をした今では随分と居心地は良くなった。住めば都。ここに居れば煩わしい妹達と会わずに済む。わざわざここまで来るほど、あの妹達も暇じゃない。飯は父親が持ってきてくれる。家族団欒なんてものは知らない。

「……ッ」

 ぐらり、と視界が歪む。

 近くにあった小さめのソファーにもたれ掛かる。

 実は先程からずっと倒れそうだった。あんな妹達だけど、あんな家族だけど──ユウが倒れて大事になって変に心配はかけたくない。

 ──そろそろ……ヤバい、かもな……。

 混濁していく意識。ユウは抗うことができずに、気絶していった。

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