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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第三章【救済──その代償は?】
38/133

04

「ユウ」

「なに?」

「笑え」

 シドが死んでから、カイト以外の家族がようやくできたのにも関わらず、ずっとブスッとした仏頂面のユウ。原因はその新しい家族が魔人だったということだけだ。

「お前の魔人嫌いもシド並だな。余計なところまでアイツに似やがって」

「別に嫌いな訳じゃないよ。あの人達はまだ俺のことバカにしてきてはないから」

「じゃあ何で?」

「今はそうだけど、時間が経ったらあの人達だって他の魔人のように……」

「そんなことねえよ。アイツらはお前が思ってるような奴じゃねえさ。だからいい加減、アイツらにも心開いていいんじゃねえか?」

「…………」

 ユウが心を開かないのはあの人達が魔人だからじゃない。ついこの間まではそう思っていたが、本当の理由は違っていたと今更気づいた。

 あの場面を鮮明に思い出す度に思いしらされるのだ。

 ──俺は、本当は……。



      ●



「…………」

 また今日も眠れなかった。充分な睡眠もとれずに頭がぼーっとする。体がうまく動かない。

 段々と衰弱していくユウを見て、皆が心配して声をかけてくるがいつも『大丈夫』と即答する。

 見ただけで大丈夫な訳がないのは見てとれるのだが、ユウ自体が今の家族とも呼べる人達と距離をとるように接しているため誰も彼もがユウの中へ踏み込めないでいた。 唯一心を開いているカイトでさえもだ。

 ただ一人、それでもユウの心を抉じ開けようとする女性はいるのだが──。

 朝食をとっているときだった。箸を持っている手が覚束ないのでご飯をうまく口へ運べない。当然誰かが指摘する訳だが、ユウは無視を続けていた。結果、あまり食べられずにいつも多くの量を残してしまうのだ。

 そして遂に、段々と弱り痩せこけていくユウを見かねたリリィが動き出した。

「ユウさん、食べ辛いのなら食べさせてあげますよ?」

「いい……」

「でも、このままだとまたご飯を食べられませんよ?」

「──いいって言ってんだろ……っ」

 体力が落ちたユウの怒号には一切の覇気が感じられない。自分が思っていたよりも声に力が入らない。

 だから代わりにに、自分に用意された食事を払い除けて床にぶちまけた。

 たったそれだけの行為で息が上がる。肩で息をしながら、僅かにしか光が灯っていない黒い瞳でリリィを睨みつける。

「リリィさん、あんたは俺の何?」

 もう、うんざりだった。

「本当の母さんでもないのに母さんぶるな!」

 絞り出したその声は、自分でも驚くくらいに強かった。もうそれほどの体力が残っているとは思えなかったからだ。

「……ごめん。ごちそうさま」

 ほとんど口にせずに、ユウはその場を去ってしまった。元々ご飯は床にぶちまけてしまったのでもう食べる事はできないだろうが。



      ●



「はあ、はあ……」

 ふらふらした足取りでユウはある場所を目指していた。朧な記憶を頼りに本当の自分の居場所を目指していた。

 あの家にはもう自分の居場所はどこにもない。いるべき場所はあの森に囲まれた小屋だ。

 鬱蒼と生い茂った森。入り込めば必ず迷いこむといわれ、近づく者は誰もいない。ユウの小屋はそんな森の奥にあるのだ。

 なぜそんな所に小屋が

あるのかはわからない。産まれてからシドが死ぬまで何の疑問も持たずに住んでいたのだから。

 ──着いた。

 何度もこの森をシドと歩いてきた。森の入口からこの小屋までのルートは完璧に覚えている。

 久しぶりに戻った実家は何も変わっていなかった。その事にひとまず安堵した瞬間、体から力が抜けた。

 ──ここで死ぬのかな?

 とてつもなく眠い。このまま眠ってしまえば簡単にこの世から切り離されてしまいそうだ。

 ところが、草を踏み潰す音がどこからともなく響き渡る。ユウの意識が無理やり覚醒させられる。

「嘘、だろ?」

 恐怖に染まった声が零れた。

 ユウは完全に魔物に包囲されていた。

 黒い体躯、ギラギラと真っ赤に染まった目がユウを射ぬいていた。

 かつて友達だと思っていた魔物よりもはるかに獰猛で凶暴だ。

 ──食われる……!

 ギュッと瞼を閉じる。

 だがいつまで経っても肉を食い千切られる感覚が襲ってこない。

 ゆっくりと瞼を開く。

 視界に入ったのは人間だった。正確には人間ではないのだが、ユウと目が合ったその少女は限りなく人間に近かった。茶髪のショートのボブカット。その頭の頂点には二つの突起物──まるで猫の耳のようなものがあった。尻の方からは尻尾のようなものが伸びていて、その先端はハートの形のように膨らんでいる。

 首だけを動かして回りを見れば、魔物達に混ざってこの少女と似たような少女達がいた。

『誰?』という一言すら言えない。彼女達は何者なのか。そもそも、魔物に囲まれてるのに彼女達はなぜ平気なのか?

「……キミは、まさか……?」

 猫耳の少女が声を出した瞬間、何かがユウの中で滾ってきた。声帯がユウの意思とは関係なしに、勝手に詠唱を紡ぐ。

「suscitatio obscuritas pugna memo──」

 ユウの詠唱が途中で止まる。

 猫耳の少女の足元に一つのナイフが突き刺さったからだ。あまりにも突然な事だったので、思わず詠唱の途中でつっかかってしまったのだ。こうなれば詠唱がキャンセルされ、発動する魔術が不発になってしまうのだ。

 少女の舌打ちが聞こえたかと思えば、すぐに森の中へ消えていく。

「大丈夫ですか?」

 虚空から現れたのは継母となったリリィだった。

 同時に、ここに止まっていた魔物達が一斉に牙を剥いた。

 大気が震える程の咆哮を放ちながら、ユウとリリィの肉に食らいつこうと襲いかかってくる。

 ──危ない!

 叫びたかった。だがもう叫ぶ程の体力は残っていない。

 しかしその牙はリリィにもユウにも届かない。

 ユウは知らなかった。リリィがかつて最強の称号を持っていた事実を。リリィが持つ『個有属性』のことを。

「空間転移-vagatio-」

 気がつけばユウは小屋の中にいた。シドが死ぬ前まで住んでいたあの小屋だ。今では誰も住んでいないはずなのだが、家具の配置が記憶と違うような気がするが──ただの記憶違いか。

 寝不足、空腹でまともに思考回路が働かない。

「大丈夫ですか? まったく、ろくに食べ物も食べてなくて体力が落ちてるのにこんな所まで来て、おまけに魔物襲われるなんて……、あまり心配かけさせないでください」

 リリィの口調は厳しかった。今まで優しい態度をとっていたリリィがようやく叱ってきた。

「でも──」

 リリィの腕がユウの体へと伸びて、ギュッと抱きしめられた。豊満な胸がユウの頭に押しつけられる。悪い気分ではないが呼吸がやり辛くて苦しい。

「本当に良かった、貴方が無事で」

 あまりの苦しさにリリィから体を離すと、彼女のその顔はどこかシドと同じような雰囲気を感じられた。

 そう思った瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。

 ──この人も父さんと同じだったんだ。

 今までユウを息子同然に育ててくれていた。それなのに、ユウはいつも差し伸べられた手を振り払っていた。本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。

 再び抱き寄せられる。

「怖かったんですよね」

 耳元で囁くような声が聞こえた。

 そう、ユウはただ怖かったのだ。

 魔人の新しい家族のユウに対する態度がではなく、また失ってしまうのではないかと思ってだ。

「私達が居なくなるのが」

 だから家出したのだ。あの家には自分の居場所なんて無い、そんな風に自分の心に嘘をついてまで。

 失うのが怖ければ、最初から何も要らない。ずっと独りでいようと決心して。

「だから貴方は私達を敢えて遠ざけてきたんですよね。失うのが怖い。なら何も要らない……そう思ったんじゃないですか?」

 ユウですらやっと気づいた感情を、リリィは簡単に見抜いていた。

「でも大丈夫ですよ。私達は貴方を置いてどこかには行きませんから。ずっと一緒です」

「……あり、がとう……」

 残った体力で絞り出すように言葉を紡ぐ。どうしても言っておきたい言葉がまだある。

「それと、今まで、ごめん……、かあ、さん」

「……やっと、呼んでくれましたね」

 ユウの中の『闇』に、じんわりと温かい『光』が差し込んできた。



      ●



 数週間が経ち、ある日の夕飯。

「リリア、チミはいったい何をしておるのかね?」

 ユウの皿に次々とグリンピースが積もっていく。

「妹二人より背が小さいユウのために、大きくなるように食べ物を分けてんだよ。まさか文句がある訳じゃねえわよね?」

 犯人はグリンピースが嫌いなリリアだった。スプーンで器用にグリンピースだけを掬って、ユウの皿のはしにグリンピースの山を作っていく。

「文句ならあるよ……」

 ボソッと唇を尖らせながら呟く。リリアの方がケンカが強いのだ。逆らったところで返り討ちに遭うだけだ。

 ふと、グリンピースの山とは反対の皿の端には細かく切り刻んだニンジンの山ができていた。

「リリスまで……」

 黙々とユウの皿にニンジンを乗っけていく。ユウの視線に気づいて顔を上げて目が合うと、ブルーの瞳が涙で濡れた。

「……兄さん、食べて」

 ──だが断る。

 とは言えない。なぜか言えない。なぜなんだ?

「こら、いい加減好き嫌いはダメですよ」

 ようやくリリィが注意してくるが、構わずに二人はそれぞれ苦手な野菜の山を作っていく。

 カイトは見ているだけで「器用なもんだな~」 と呑気な言葉を発する。呆れてものも言えない。

「リリア、リリス」

「んだよ?」

「……?」

「いつ食べるか? 今でしょ!」

「うっせ」

「……食べて」

 どうやらこの二人は嫌いなものは絶対に口に入れたくない主義のようだ。もうこの二人にも呆れてものも言えない。

「にぃに、あ~ん」

 マリアが差し出したスプーンに乗っかったグリンピースとニンジン、そしてピーマン──マリアが嫌いな食べ物だ──を見つめ、盛大に溜め息を漏らす。

「今に見てろ、絶対超してやる」

 そして一口頬張る。

「にぃに、おいし?」

「……にがっ」

 何かよくわからんがピーマンの味が強すぎる。ユウだって苦いものはあまり好きじゃない。 だがやっと手に入れた幸せをユウは感じているのか、口の端が少し緩んでいた。



 この場面はいったい何だ?

 俺が覚えている場面とそうでない場面がいろいろとごっちゃになって俺に見せてくる。

 まさか、前に疑問に思った俺の『穴が空いていた記憶』なの?

 今の最後の場面、マリアが嫌いな食べ物を俺に食べさせようとするところだったけど、あれは覚えてる。けどグリンピースとニンジンがリリアとリリスの嫌いなものだったという記憶はない。

 これは本当に俺の記憶なのか?

 ……そうだ、俺はちゃんと『ヒント』を貰っていた。次々と現れるこの場面は『俺の記憶』なんだ。

 なら、ずっとこの夢を見続けていれば、俺の抜けた記憶を取り戻すことができるのかな?

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