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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第三章【救済──その代償は?】
36/133

02

 この世界にまた新たな命が誕生した。武人と異世界人との間にできた小さな命。その命が今、すぐに無くなろうとしている。

 武人として産まれたその命は、大量の魔力を持って産まれたのだ。武人であるがゆえに、体がその魔力に耐えきれないのだ。

 父親となった武人の男性が腰に差してあった刀を抜いた。あまりにも唐突な事だったので、看護師達は男性の動きを制しようとする。だが母親になる異世界人の女性が大丈夫と呟いた。

 男性の刀が産まれたばかりの赤ん坊の魔力を根刮ぎ奪っていく。その体が魔力に耐えきれないのなら奪ってしまえばいい。単純な事だった。

 赤ん坊の産毛が白から黒に変色する。僅かに覗かせていた緋色の瞳も黒くなっていく。

 すぐさま男性の方は慣れない呪文を呟いた後、自分の魔力を注ぎ込んでいく。これが赤ん坊の魔力として馴染み、大量の魔力は復活しない。

 赤ん坊の命が助けられた。そして改めて夫婦は新しく産まれた命に感謝した。


 産まれてきてくれてありがとう、ユウ。



      ●



 森の中にある小さな小屋。周囲には鬱蒼と生い茂った木々が立ち並び、この小屋に住んでいる二人の人間以外は誰も居ない。

 ここはユウの家だ。ここで父親と二人暮らしをしている。物心ついたときはすでに母親の存在を忘れてしまい、むしろ母親なんていなかったという事にユウの中でなっている。

 だが父親と共に森を抜け街に出てみると、別の家族にどうしても目がいってしまう。

 ユウの家族との決定的な違い。それは母親の存在だった。

 思いきって父親にその事を訊ねてみた。すると父親であるシドは困惑したような顔になる。

「あ、そうだユウ。今日は何が食べたい?」

 そして話を逸らす。きっと言いたくない事情があるのだろう。だからこれ以上は訊かないようにする。

「シュークリーム」

「それはデザートだろ。俺が言ってるのは晩飯の事な」

「じゃカレー」

「カレーな、あいよ」

「魚じゃないかんな」

「わーってるって」

 店で次々と材料を買い込んでいく。

 シドはギルドで働いている。所謂何でも屋で、要人の護衛やらペットの捜索やらありとあらゆるクエストをこなしているらしい。しかもシドはそのギルドのマスターである。シド曰く金は一杯あるからお前に不自由はさせないぞ、である。

 店の中をシドと歩いていると、とある親子を見つけた。平民の母親とその母親の側にいるユウと同じ歳くらいの子供。ただ子供の方は平民とは思えない魔力を持っていた。まだ幼いからうまく魔力を抑制できずに、だだ漏れになっている魔力の波動をひしひしと肌で感じる。

「愛……瑠……?」

「どったのユウ?」

「え? 何でもないよ」

 そしてその子供の方はどうも初めて見た感じがしない。不思議に思いながらもユウはシドと買い物を続けた。



 帰り、ユウにとっても顔なじみである人物が現れた。

 カイト・ブライト。シドの腐れ縁にして幼なじみである親友だ。

「こんちは、おっちゃん」

「おっちゃんじゃねえよ。カイトさんと呼べ」

「おっちゃんはおっちゃんっしょ?」

「……、なあシド、ユウの奴ますますお前に似てきたんじゃないか?」

「俺の子だしな」

 ユウ自身父親と似てきた自覚はあまりない。髪だってシドとは違う黒だし、瞳の色だってそうだ。辺りを見回してみてもユウと同じ髪と瞳の色の人はいない。それはともかく、ユウの中で一番格好いいシドに似てきていると言われるのは嬉しい事だ。



 シドとカイトはしばらく話した後別れを告げると、小屋がある森の方へ向かっていった。

 森に帰ってくると、辺りはすっかり暗くなっていた。シドの料理が完成するまで暇だったユウは、ランタンを持って外へと出た。もちろん森の奥までは行かない。外へ出たのは『友達』に会うためだった。

「出ておいで」

 ユウの呼びかけに出てきたのは一匹の黒猫だった。まだ仔猫で体は小さい。ただそれを猫と呼ぶのはあまりにも変だった。まずその猫の背には翼が生えていたのだ。けれどまだ小さいため、飛ぶ事は叶わない。そして異様に長い尻尾の先がハートのような形をしていた。だから見た目だけでは猫とは言い難く、だが仕草はどうも猫っぽいのだ。

「やあ、相変わらずキミはいつも一人……いや、一匹? まあいいや。キミも寂しい奴だね。俺もさ、ここでずっと父さんと二人で暮らしててあんまり外にでないから友達いなくてさ。キミが俺にとっての初めての友達なんだ」

 異形な仔猫はただにゃあとだけ鳴いた。この猫なりに相打ちしているつもりなのかもしれない。

「父さんがさ……言ってたんだ。友達ができたら一生手放すなって。俺にとってはキミがそうなのかな……?」

 呟いても、この仔猫が人語を話せる訳がなく、ただにゃあにゃあと鳴くだけだ。せめてこの仔猫の言葉がわかれば、心から信じ合える友達になれるのだろうか。

「ユウ、飯できたぜぃ──って!」

 刹那、ユウの視界が回転したかと思えば、あっという間に仔猫との距離が離されていた。シドがユウを抱えあげて一気に移動したのだろう。シドの足元には白い魔力の残滓があった。

「ユウ、まさか夜な夜なあの魔物と会ってたのか?」

「う、うん……」

「もうあの魔物とは会うな。殺されるぞ」

 シドが腰に差してあった刀を抜く。白銀の刀身が漆黒に染まるのを見てユウはゾッとした。

 シドのこんな力を見たのは初めてだった。

 シドが魔物と称した仔猫も僅かながら震えたようにも見え、やがて走り去ってしまった。

「ふぅ」

 シドが一息をついてユウの方を振り返り、ガッチリと抱きしめられた。

「良かった……無事で本当に良かった。ユウにもしもの事があったら俺は──」

 シドの声はひどく震えていた。初めて見たシドの姿に戸惑いながらも、ユウに新たな認識が加えられる。

 魔物は悪だと。

 あの仔猫は魔物だった。ならばもう友達じゃない。



      ●



 ユウが寝静まり、夜の闇の帳が森を支配する。

 まさかこの森の中に魔物が生息していたとは思わなかった。ずっとここで暮らしてきたシドでさえ知らなかった事実だった。

 この無限とも思えるほど広がる森の中で、魔物を全て殲滅するのは不可能だろう。ユウの安全のためにもここから引っ越す事もやむを得ないだろう。ユウにもし何かあったら……。

 ──アコに合わせる顔がないよ。

「──誰だ?」

 草を踏み潰す音がシドの耳に入ってくる。

「僕だよ。久しぶりだねシド」

「ケイゴ……!」

 数年前まではずっとこの家で暮らしてきた異世界の少年だった男性だ。そしてシドにとって三人目の親友でもあった。

 ケイゴはある日突然姿を眩まし、その消息を絶っていた。

 ユウが産まれる前に一度姿を現していたが、そのときはもうケイゴはシドの知っているケイゴではなかった。

「いや、今はシドと呼ぶべきじゃないな。今はこうか、『コルウス』」

「……知ってたのか、コルウスの正体」「今までは確信が無かった。けれどどう考えても魔力を吸収するなんていう芸当を扱えるのは、キミの持つその魔装だけなんだよ」

 ケイゴの魔力色は無色だ。すなわち彼の身は悪魔(ファントム)に堕ちている事を意味する。

 シドは各地で拡がる悪魔(ファントム)化の被害を食い止めるために行動してきた。表向きは何でも屋のギルドのマスター。裏ではギルド内で事実を知るメンバーだけで構成された『裏ギルド』でコルウスとして暗躍していた。

 悪魔(ファントム)化を食い止める方法、そして裏ギルドの設立を提案したのはギルドの仲間であるレイヴンだった。 レイヴンのお陰で各地の悪魔(ファントム)化の被害は最小限に留められている。

「なあケイゴ、今すぐその力を棄てろ」

「なぜ? これは世界を救うたった一つの力だ。この腐った世の中を救済できる唯一無二の力だ」

「いいから早く棄てろ。でないと──」

 思い浮かぶのはもう一人の親友。唯一の魔人の友。


「フリード・レア・ウィリアムのようになるぞ!」


 実力を認め合い、武人であったのにも関わらずシドと友好な関係を築いた魔界育ちの魔人──それがフリード・レア・ウィリアムだ。

「知ってるさ。キミもこの力に染まればいい。そしたら僕たちは再び理解し合えるはずさ」

「断ると言ったはずだ。もし捨てれないのなら──殺す」

 悪魔(ファントム)になった人間──それもケイゴ並にウィルスが進行した者は殺す以外の対処はない。

 シドの足元に白い魔力が噴き出す。この時代ではシドしかできない技法──『魔魂』。魔力を付加することで己の身体能力を底上げする『強化』の完全上位互換に相当する。

『光属性』の魔力を帯びた脚力は、常人なら目で追うことはできない程の機動力を得られる。

 ケイゴの背後に回り込んだシドは抜刀し、首を狙いにいった。

 しかし切断する直前でぐにゃりと軌道が反らされた。

「なっ……!?」

 無理矢理反られたせいで体勢を崩すも、『無銘』を構える。

 白銀に輝いていた刀身が漆黒の輝きを放つ。

「夕凪-yunagi-」

 闇の黒い魔刃がケイゴに噛みつくが、またしてもねじ曲げられる。

 あらぬ方向へ飛んだ魔刃は回りの木々を粉々に粉砕していく。

「『夕凪』、か。あの日から完全にその魔術はキミのものになったんだね」

 本来なら存在するはずのない『闇属性』の攻撃魔術。術者の意思次第で打撃にも斬撃にもなる魔術だ。

 今の『夕凪』が斬撃の特性だったら木はあんな風にはならない。つまりシドが放ったのは打撃特性の『夕凪』だ。

「ただ、殺すつもりなら『打』より『斬』じゃないか? ここで『打』を選択したという事は、まだ僕を殺すかどうか迷っている証拠だ」

「…………」

 シドは何も答えられなかった。ケイゴの指摘が正しいからだ。

 この期に及んでなぜまだ迷っている?

 ケイゴを救うには殺す以外ないのに。

「出てこい ルナ」

 悪魔(ファントム)に対抗するために、嫌いな儀式──使い魔召喚の儀をやってのけた。

 使い魔召喚の詠唱を紡ぎ、召喚されたのは白い竜だった。

「自分では殺せないから使い魔にでも頼むのかい?」

「違うさ」

 白竜の形態が長刀へと変貌する。

 純白の刀身、鍔の部分は竜の顎のようで、柄と峰は白い竜鱗でびっしりと覆われている。

『武器変化』。魔術師が従者である使い魔を己の使いやすい武器に変化させる。これを使える者はごく稀だ。

「そうか、それなら僕を斬り殺すことができなくても、焔で焼き払う事はできる訳だね」

「……竜哮白焔-ryuko hakuen-」

「我が呼び掛け応じろ 我と共に戦う勇敢なる戦友よ ──現れ出よ 蒼寅!」

 白い長刀の先から熱線が射出するのと同時に、ケイゴが青い体毛の虎の使い魔を召喚した。

 虎は召喚されるのと同時に咆哮し、その咆哮の衝撃波が熱線を掻き消していく。

「……ケイゴ、お前今なぜ使い魔を召喚した? お前にはさっきの防御技があったじゃないか」

「あれは使い勝手が悪いんだよ」

「何だと?」

 それにしても変だ。先程からケイゴは全く攻撃を仕掛けようとはしない。まるで時間を稼いでいるような、そんな感じがする。

「何が目的だ?」

「悪い芽を、早めに摘みに来た」

「悪い芽……? ──まさか……!!」

 ケイゴの本当の狙いはユウだ。

 ユウがいずれ驚異となると判断したのだろう。だからさっさと始末しに来たのだ。

「くそ……っ」

 家へ戻ろうとした矢先、乾いた銃声が森に木霊する。

 聞こえた瞬間には、ケイゴの魔弾がシドの体を突き破っていた。

 鋭い痛みが体中を駆けずり回る。

「今は僕との戦いに集中してもらおうか」

 ケイゴを倒さなければユウを救いには行けない。だが防御を念頭においたケイゴを仕留めるのは容易くはない。

 急がなければユウが危ない。

「おおおおおおっ!」

 獣のような人の咆哮。

 それと共に現れたのはカイトだった。

 カイトの拳が的確にケイゴの腹部を捉える。

「かはっ」

 ケイゴが吹き飛ばされ、森の中へと転がり込んで奥へ消えていく。

「おいシド! 何があった!? それにさっきの男はまさか……って、シド!」

「話は後だ。早くユウの所へ……」



 ユウの部屋に辿り着くと、そこには苦しそうに呻き声を上げるユウが居た。すでに感染が始まっていた。このままでは悪魔(ファントム)化してしまう。

悪魔(ファントム)にさせてたまるか……ユウは俺が守る!」

無銘を引き抜き、『魔力吸収』を発動させる。

「くっ!」

 思ったよりも注入されたウィルスの量が多い。早くしなければユウの体がもたない。

「くっ……おおおおおおおおっ!!」

 吸収する速度を早める。もう少しで完了するはずだ。

「はあ、はあ……」

『魔力吸収』が終了する。ユウの全ての魔力を奪ってしまったが、仕方がない。

 全身の力が抜ける。もう、限界のようだ。

 武人は生まれつき魔力を多く持てない。武人は魔力が上がらない体質だからとされているが本当はそうじゃない。

 魔力を上げてはならないのだ。

 武人は自分の魔力の器を越える魔力を手に入れると死に至るのだ。普通の武人は体がそれを理解しているのか、本人の意思を無視して魔力の上昇を無理矢理抑えている。それを魔力が上がらない体質だと勘違いしている輩が多いのだ。

「まさか……ユウの魔力でアウトとはな」

 体が焼けるように熱い。息が苦しくなる。

 わかってはいた事だが、これ以上ユウの成長を見守る事ができないようだ。

 ユウを叱る事も、褒める事も、笑い合い語り合う事も、大人に成長したユウと酒を交わす事もできない。

「シド……!」

 カイトが駆けつける。倒れ伏したシドを抱き起こす。

「カイト、か……。いいとこに来た」

「おいシド、何でお前そんな死にそうなんだ?」

「死にそうなんじゃない。死ぬんだよ……俺は」

「は? どういう事だ?」

「頼む、ユウをお前の子供として育ててくれ……。決して……俺の子だと、誰にも言わないでくれ……」

「な、何でだよ?」

 今回はユウがシドの息子だという理由だけで狙われた。たったそれだけの理由で。

 おそらくケイゴ達はまだユウの顔を知らないはずだ。なら今のうちにユウを自分から切り離してしまえばいい。その事をカイトに説明する時間は残されていない。

 ──ユウ、お前をこんな形で遠ざける父親(おれ)を許してくれ。

「父……さん?」

 気がついたユウの微かな声を聞くと同時に、シドの命の灯火は消えていった。



 ぼんやりとだが覚えている。自分の中におぞましい物が侵入して感染されゆく感覚を。

 ウィルスに侵された体を救うために父親が必死で魔力を吸収した事を。

「父……さん?」

 これだけははっきりしていた。自分の魔力を吸収したせいで、シドの様子がおかしくなったのを。

「父さん? 父さん!」

 呼び掛けても父親は何一つ反応を示さない。まるで死んでしまったかのように。

 否。

 本当に死んでいた。こんな冷たい体をしたシドは今までなかった。

「あ、ああ……」

 自分の魔力を吸収したせいでシドが死んだ。自分のせいで。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 ユウの心が音をたてて壊れ始めた瞬間だった。

 ユウの慟哭が、心の崩壊を加速していった。

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