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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第三章【救済──その代償は?】
35/133

01

※注意※


今回は主人公の出番が全く無く、視点変更が多く、展開が早く、極めつけは文字数が一万字を軽く超えています

 一人仏壇の前で合掌し、亡くなった弟を想う。

 弟が大好きだった。もちろん弟としてだ。倫理的に考えれば当然の事なのだが。だから自分が周りからブラコンと呼ばれるのは当たり前だった。

 烏丸(からすま)亜子あこの弟である烏丸(ゆう)は一年前事故で死んだ。修学旅行の帰り、バスが高台から道を外して転落した。それなのに死傷者が四人だったのは不幸中の幸いだとニュースでは報じられていた。普通なら全員が死んでもおかしくはなかったという。なのに死んだのは四人で済んだなどとふざけたことをほざく報道者。

 何も良くない。亜子はやり場のない怒りを必死に堪えるのが精一杯だった。

「行ってくるね、夕」

 仏壇にある夕の写真に別れを告げると、亜子は自分が通う高校へと向かった。



「何だろ、これ……?」

 渋谷(しぶや)圭吾(けいご)は自宅で見覚えのない物を発見した。それは鍵のようで、色は金色。そしてこの鍵は圭吾の家のものではない。

 ──誰かの忘れ物?

 そんな訳がない。友と呼べる人は誰もいない圭吾には、この家に誰かが訪れることはない。唯一の肉親である父親は海外単身赴任。今この家には圭吾しかいない。

 つまり必然的にこの金色の鍵は圭吾の物なのだが拾った覚えは全くなく、いつの間にかそこにあっただけなのだ。

 だから今こうして困惑している。

 ただその鍵はなぜか圭吾を惹き付ける。そんな感じがする。

 そして圭吾は何を思ったのかその鍵を制服のズボンのポケットの中に押し込んだ。



      ●



 烏丸亜子。高校三年生で生徒会長。一つ違いの年子の弟がいてその弟を溺愛している。自他共に認めるブラコン。

 それが亜子のプロフィールだ。ちなみに好きなタイプは弟みたいな人である。ブラコンだからと誤解されてしまうが、あくまで弟みたいな人である。弟本人ではない。それだとただのキモ姉だ。弟に彼女ができたって自分の事のように喜んだ。……本当は寂しかったけれど。

 目の前にいるのは渋谷圭吾。亜子のクラスメイトの一人で、いつも一人でいる変わった人だ。クラスではいつも浮いており、その異端さからいじめに遭っていたらしいが、ものともせずにいつも飄々と生きている。それが亜子が圭吾に抱く印象だ。

 そんな二人が今同じ場所で立ち尽くしていた。今まで歩いていた住宅街は姿を消し、気がつけば森の中だった。正確には鬱蒼と生い茂った木々に囲まれた小屋の真ん前に突っ立たされていた。

「つまり、どういうことだってばよ?」

 急に訳のわからない所に居て混乱状態に陥った亜子は、近くにいる圭吾に説明を求めようとした。

「僕が知るわけないだろ。それにリアルにそういうの言わないでくれるかな?」

「うるせェ」

 しかし圭吾も何があったのかわからないらしい。その代わりに何やら金色の鍵を取り出した。

「何なのそれ?」

「知らないよ。なぜか今日僕の家にあったんだ。さっきこれを取り出したときにここに来たようだから、同じ事をすれば戻れるかと思ったんだけど……、簡単にはいかないもんだね」

「つまり私達はその鍵のせいでここに飛ばされたんですね、わかります」

「……どうだろ?」

 圭吾はジッと鍵を睨みつけた後、すぐにポケットに戻した。

「とりあえずどうするんだい? 生徒会長さん」

「う~ん、とりあえずその小屋の人に話を聞いてもらった方がいいかも。幸い人の気配はするし。下手に動いて森で迷子になるよりはマシだよ」

「そうか。じゃ、後は頼むよ」

「なっ……? アンタも事情の説明に協力してよ! ここに飛ばしたのはアンタのせいかもしれないんだから」

「そんなのしらないね。それに僕は人と話すのが苦手なんだ。初対面の人だとまず話すのは無理だね」

「ぐぬぬ……」

 とりあえず『こんにゃろー』と圭吾の頭をワシャワシャしてやりたい衝動を抑える。今はここはどこなのか聞かなくてはならない。

 亜子は身を翻し──思わず硬直した。

「じ~」

 小屋から出てきたであろう少年がこちらを観察するように睨んでいた。この少年の歳はおそらく亜子と圭吾とそう変わらないだろう。

「よっ」

 睨んでいた険しい顔から一変して、ニパァとした笑顔になると軽い挨拶をしてきた。

「ところで、お前らどちら様?」

 亜子から一筋の涙が零れた。それに気づきゴシゴシと拭う。

「ちょっ……、どうしたんだよいったい!?」

 いきなり泣き出した亜子を見てオロオロし始める白髪の少年。

 亜子自身も何が何だかわからないので混乱する。どうしてここにこの人が居るのかわからない。だってもうその人は死んでいる。葬式だって参加した。なのになぜ?

「夕……!!」

 小屋から出てきた少年の顔は夕と瓜二つだった。髪が白くツンツンして本当なら黒髪で寝ているはずだが、緋色の瞳で本当は黒いはずだが、彼は亜子の弟である烏丸夕とそっくりだった。というか本人しかありえない。

「夕! 生きてたんだね! もう、お姉ちゃんにこんなに心臓に悪いイタズラしてぇ、いつからそんな悪い子に──」

「えっ、お前何言って……?」

「まだ惚けるの夕?」

「ユウ……? いやいや、俺はシド。シド・ルークスだぜぃ」

「シ……ド?」

 夕は確かに死んだ。もう動かなくなった弟の体をこの目で見たのだ。

 何て酷い現実逃避だろうか。弟の面影がある赤の他人を弟に塗り替えようとしたなんて──。

「す、すみません、取り乱してしまいました。私烏丸亜子っていいます。あっちにいる奴は渋谷圭吾って名前で──あのっ、ここはどこなんですか?」

「はい?」



 どうやら亜子と圭吾は異世界に飛ばされてしまったらしい。シドの話を聞く限り、ここは日本でもなければ地球にあるどの国でもない。

 マンガアニメでみる別世界。それも魔術が文化として根付いた世界。二人はそんな世界に迷い混んでしまったらしい。

「いや~、初めて見たわ~異世界人」

 物珍しそうにジロジロと二人を見つめるシドと名乗る夕に似た少年。

 しかし見れば見るほどそっくりだ。世界中には似ている人は三人いるというが、よく考えればここは異世界だ。

「異世界人の名前って姓が先なんだな。アコとケイゴだっけ?」

「うん」

「…………」

 亜子が頷き、圭吾はずっと黙ったまま首を縦に振る。

「しっかしどうやって俺らの世界に来たんだ? 時空間を飛び越えて別の世界に行くなんて聞いた事ないけどな」

「たぶんこれだ」

 さっきからずっと黙っていた圭吾はシドに金色の鍵を見せた。それをシドは受け取るとまじまじと見つめる。

「さっきそれを取り出したら急に光ったんだ。それでこの世界に来てしまったようなんだ。彼女はたまたま近くにいて巻き添えを食らってしまったんだと思う」

「ふぅん。でも、これもう魔力を感じられないぜぃ? おそらくお前達をこの世界に飛ばす事ができたのは一回だけだったって事だ。もうお前達の世界には帰れないかもな」

 帰れない。その言葉を聞いた途端、亜子に何ともいえない感情が芽生えた。もう自分が居た世界には戻れない悲愴もあるが、元の世界に戻る方法があったとしても戻ったところで夕はどこにも居ない。帰れたとしても結局心のどこかに穴が空いたような感じに苛まれる。

 この世界では本物の夕ではないにしろ、どことなく夕と雰囲気が一緒なシドで空いた穴を埋めようとしている自分がいる。

 感情が矛盾しているうえに最低だと自己嫌悪に陥る。ただの現実逃避でしかないのに。

「……本当に帰れる方法は無いのか……?」

 必死に、訴えるような表情で圭吾がシドに詰め寄る。こんな表情の圭吾は初めて見た気がする。

「俺じゃ何ともできないのは確かだよ。でも──」

「でも……?」

「知り合い……でもないか。ちょっとした顔見知りにさ、空間を司る魔術を使える奴がいるんだけど、そいつなら元の世界に帰れる方法を知ってるかも」

「紹介してくれないかな?」

「ん~、でも俺そいつと話すの嫌なんだよね。だから自分で頼んで」

「無責任だな……で、その人はどこに?」

「魔術学園。俺らが通ってる学校にそいつは居る」



      ●



「シド・ルークス、遅刻だぞ」

「勘弁してよオッサン。今日は事情があってだな……」

「その言い訳は今回で何度目だ?」

「七四回目ですっ」

「数えてたのかっ!? しかもやけに自信満々に答えやがったぞこいつ! それに儂はオッサンではない」

「え? オッサンはオッサンっしょ?」

 シドについていって魔術学園に来てみれば、校門には筋肉隆々の熊みたいな先生がいた。明らかにジャージが似合いそうなのに、きっちりとスーツを着こなしている。

 その先生に対してほとんどタメ口で接するシドのふてぶてしさにも驚くが、相手の先生もまだ二〇代というのだ。どうみても老け顔である。

 ──だからオッサンなのか。

 とりあえず納得するが、先生に対してオッサンはどうなんだろうか?

 それに話を聞く限り、シドは遅刻の常習犯らしい。至極どうでもよかった。

「で、シド・ルークスよ、後ろにいるその黒髪の二人は誰だ?」

「入学希望者だぜぃ」

 シドの思いもしない返答に驚いたのは熊のような先生ではなく亜子と圭吾の方だった。

「なっ、何言ってんの! 私は別に入学するつもりは……」

「僕もだ。僕らはキミの言う人に会いに来ただけで……」

「いや、だから俺はそいつ嫌いなんだって。頼むから自分から会いに行ってくれないかな? 自分からの方が手っ取り早いと思うぜぃ」

 ──やっぱりこの人、無責任だ。

 亜子がそう思った矢先、圭吾もろとも熊先生の太い腕が肩に回されていた。

「この学園はいつでも入学を希望する奴を募集しているぞ。例え魔力が全く無い奴でも大歓迎だ」



 亜子達が連れてこられたのは何も無い真っ白な空間だった。どこもかしこも見えるのは白という色だけ。時間の流れも、その空間の広さも掴めない。

「しかしお前ら二人はどこから来たというのだ?」

「おいオッサン」

「魔力が無いとはあり得ないぞ。それも二人共……」

「聞いてんのか~?」

「まあ無いのなら、与えてやればいいだけの事だ」

「なあなあ、何で俺までここに連れてこられたの~? ねえねえ何で~?」

「あの先生」

 遂に我慢できなくなった亜子は熊先生に話しかける。

「さっきからシドくんがすごく、ウザイです」

「気にするな。相手にするだけ無駄だぞ」

「ちょっ、オッサンそれは酷いって!」

 空間の隅──そもそも隅がどこだかわからないが──でいじけて不貞腐れてるシドは放っておき、今この熊先生が言ったことの解釈に努める。

 今この先生は何て言った?

 マリョクを与えると言ったのか?

 マリョクってあの魔力の事なのか?

「本来ならこの魔術は、何らかの理由で魔力を失った者に使うのだが……、反応を見る限り二人共魔力には疎いらしいからな。まあ何とかなるだろ」

「いい加減な人だな」

「ケイゴ・シブヤといったか。全くもってその通りだ。ガハハハ!」

「……笑い事じゃないんじゃ……?」

 圭吾の最後の小声はおそらく熊先生には届いていないだろう。

 ふとピリピリとした感覚が亜子の肌を撫でた。

 熊先生の方を見れば『見えない力』を纏う先生の姿があった。これが魔力というものだろうか。

「彼の者に 再び戦う活力を与えよ」

『見えない力』は徐々に色彩を帯びていく。その色は青。

「──その身に宿せ 復活の雫-resurrectio-」

 青い光が亜子と圭吾を包み込み、すぐに弾け飛んだ。

 体の中で何かが暴れ出す。足元がふらつく。己を支え切れずに遂にはその場で倒れてしまう。体が熱い。

 隣を見れば、同じように苦しむ圭吾の姿があった。

「成功だな」

 これのどこが成功なのかと叫びたいが、反論する力が出ない。

「心配するな、その症状は魔力による熱暴走だ。じきに良くなる」

 熊先生の言う通り、少しずつであったが体の熱が引いていく。魔力が体に馴染んでいくのが直で伝わる。

「改めてようこそ、アコ・カラスマにケイゴ・シブヤ。本校はキミ達の入学を許可する」



 魔力の奔流に苦しむアコとケイゴの姿を見て、魔力の熱暴走ってどんなもんなんだろうなと疑問に思う。武人であるシドにとっては熱暴走が起きる程の魔力を持っていないので、その感覚はわからないものだった。

 ただ一つわかるのは、魔力は面倒だという事だ。

 魔力絶対の今の社会。魔力で人の価値が決められてしまうこの世界が嫌だった。いっそのこと魔力なんて無くなってしまえばいいのに──。

「シド・ルークス」

「はいはい、何の用だよオッサン」

「次はお前の番だ」

「は?」

 武人でも一応魔力はある。だから魔力を再度植えつける必要はまるでないはずなのだが。

「魔力を植えつけるのではない。いい機会だからお前の魔装を精製する」

 それがおそらくシドもこの部屋に連れてこられた理由だろう。

 シドは武人でありながら自分の魔装を携帯していない。その訳は単純である。そういう儀式的なものが嫌いだからである。だから使い魔召喚の儀ですら逃げてきている。だから未だに使い魔はいない。

「やだよ。俺、別に今のままでも全然平気だし」

「お前という奴は……」

「あの~……」

 割り込んでくるかのようにアコが熊のような先生に質問をした。

「マソウって何ですか?」

「シド・ルークスのような人種に与えられる装備の事だ。魔装の能力を引き出せるのはシド・ルークスのような奴だけだといわれてる」

「じゃあ、魔装を精製するってことは錬金術ってことですか」

「魔術に疎そうなのに錬金術を知っているのか……?」

 正確にいえば錬金術ではない。錬金術で作る魔装も存在するが、あれは誰にでも使える『レプリカ』でしかない。本物の魔装は『レプリカ』を軽く凌駕する力を秘めている。

 だからこそ怖くもある。シドが魔装を手にしたとき、シドの戦闘力はかなり跳ね上がる。どんな魔装が出てくるかはわからないが、強すぎる力を手にしたとき果たして自分を保てるかどうか。

 魔術師の儀式とは、己を強化することだ。

 強くなれば人は変わってしまう。力を手に入れ、変わり果てた者をシドは見てきた。だからもしかしたら強すぎる力に陶酔し、自分を無くしてしまうのが怖い。それがシドが儀式から逃げる理由でもある。

「なぜお前が儀式から逃げる理由はわからんが、お前の才能は儂が一番買っている」

「評価してくれんのは嬉しいけどさ、やっぱいいよ」

「そう言うと思ったさ。だからすでに(トラップ)は仕掛けている」

 突如、足元から術式が飛び出した。それは蛇のようにシドに巻きつき、魔方陣を描き出す。

 シドがこの部屋に入った時点で、この教師はこの魔術をいつでも発動できるようにしていた。それもシドに逃げる隙も与えないように。

「さあシド、これでお前は呪文を唱えなければならなくなったぞ」

「儀式を行わない限り解放されないって訳かよ……やってくれるじゃん」

 シドとしてはいつまでもこの教師と共にいるつもりはない。ならばやるしかない。

 果たして、力を得たときその力に溺れるような事があるのだろうか。

 ──いや、俺に力なんて必要ない。使わなければいいんだ。そうすれば俺はずっと俺のままでいられる。

 決意のもと、シドは魔装召喚の呪文を唱え始めた。

「俺の呼び掛けに答えろ 俺の分身として一緒に戦え ──来な」

 無茶苦茶な詠唱。それでもシドの言葉には魔力が籠り、魔術を完成させた。

 光が部屋全体を覆い尽くす。何も見えないし、そもそも目を開けられる状態ではなかった。

 光が消え、目を開けると目の前には鞘に収まれた刀があった。派手な装飾は一切無く、何の特徴もない。

 シドの魔装──『無銘』。それがこの刀の名前だと知る。否、知るというよりそう直感したという方が正しいかもしれない。

『無銘』に手を伸ばす。見た目の割には重い。けどこれなら普通に振り回せそうだ。何より初めて触ったのにも関わらず、昔から使ってきたかのようなしっくりとした感じがあった。

 鞘から抜くとその刀身は白銀に輝き、傷や刃こぼれが一つもなく美しい。

『無銘』がひとりでに揺れた。そう思った頃にはすでに遅かったと後になってシドは思い知る。



      ●



 亜子は保健室にいた。クラスの転入は明日からになるそうだ。

 保健室にいるのは別に怪我をした訳ではない。確かにさっきまでなら気分が悪かったのだが、今ではすっかり回復している。

 傍らにはベッドで寝ているシドがいた。圭吾はぼんやりと窓越しの景色を眺めている。

 あのとき──シドが魔装の召喚に成功した直後、何が起こったのか亜子にはわからなかった。急に力が抜け、倦怠感に襲われた。後にシドは気絶し、今に至る。

 シドの眉が僅かに動いた。

「シド……?」

 呼び掛けるとゆっくりと瞼が開かれていく。緋色の瞳と目が合った。

「シド、気分はどう?」

「……ちょっと気持ち悪いかな……」

「……彼の者に 祝福を ──幸あれ 癒しの雫-curatio-」

 青い魔力がシドを取り囲む。

 亜子が使用したのは回復魔術だ。宿した魔力の属性は水だったため、水属性の魔術を専攻していた熊先生から簡単な魔術を教えてもらっていた。熊先生が回復魔術を使えるのは意外だったが。

「ありがとなアコ。それとケイゴも……」

「僕は何もしていないさ」

 外は薄暗く、部活に打ち込んでいた生徒達が次々と帰り支度を進めている頃、亜子達は保健室を後にした。

「あ、そうだ。シドに伝言あったんだ」

「オッサンから?」

「う、うん。そうなんだけどね……、無理矢理魔装召喚しておいて悪いんだけど、その魔装は捨てた方がいいって」

 シドの腰には先程召喚した無銘が差されてある。シドは徐に掴みあげると、次の瞬間には白い鎖が巻きつけられていた。

「捨てたらバチが当たるだろ。だったら力さえ封印しちまえばいい」

 鎖はすぐに目に見えなくなった。

「さ、帰るか。どうせお前ら帰る家ないんだろ? 家に来いよ」


      ●



 高等部三年D組。そこが亜子と圭吾が配属されるクラスだ。D組といえば魔力の最底辺が入れられるクラスだとか。魔力を身につけたばかりの亜子と圭吾はまだ魔力は弱い。だからこのクラスに配属されることになった。

 軽い自己紹介を済ませるが、皆が物珍しそうな視線を投げてくる。原因はこの髪と瞳だろう。黒髪黒瞳の人間はこの世界にはいないらしい。それが一気に二人もやって来たものだから嫌でも目立つ。

「よっ」

 この世界で初めての知り合いであるシドがいた。どうやら同じクラスのようだ。

 そして休み時間。

「シド」

「んあ? ケイゴか。ていうか初めて名前呼んだな」

「お前が前に言ってた奴の所に案内してほしい」

「……一緒に行くのは勘弁してほしんだけど……」

「頼む」

「……わーったよ」

 のっそりと立ち上がるシドに一人の男子生徒が声をかけた。

「シド、お前A組の所に行くのか?」

 茶色い短髪の少年だ。滲み出ているオーラのようなものの色が黄色ということはおそらく『土属性』の魔術師だろう。

「なぜA組だとわかった?」

「いや、何となく? 何かそんな気がした」

「さすが腐れ縁だなカイト」

 どうやら彼の名はカイトというらしい。シドの親友みたいだ。

「いくぞ烏丸」

「え? あ、ちょっと!」

 亜子は圭吾に首の後ろを掴まれて強引に連れていかれる。

 連れていかれた先はA組の教室だった。亜子に圭吾にシド、そしておもしろそうだからとついてきたカイトがA組の前で突っ立っている。

「そこにリリィって奴がいるはずだよ。呼べば出てくる」

「シド、代わりに呼んでくれないか?」

「何で俺が? 用があるのはケイゴだろ?」

「僕は初対面の人と話すのは無理だ」

 ケイゴとシドがワーワー揉めている間に、そんな時間がもったいないので亜子が呼ぶ事にした。

「すみません、リリィさんいますか?」

 直後、冷たい感触が首もとから伝った。それが何なのかわからない。ただ体が動こうとしない。

「テメ、何してる!?」

 次の瞬間、岩の針が隆起した。そして冷たい感触が消える。

 後ろを振り返ると、カイトとピンク色の髪の毛を腰まで伸ばした美少女が居た。瞳の色はブルー、制服の上からでもよくわかるスタイルの良さ。ちょっとだけ羨ましかった。ただその少女の頭には羊のような角が二本生えていた。

 ──角? 人間に角ってどゆこと?

「ゲスな平民に制裁を加えようとしていたのですよ? 見てわかりませんか?」

「ナイフでコイツの首かっ切ろうとしてたのが制裁かよ? さすが魔人様はやることが違うな」

 さっきの冷たい感触はあの少女のナイフだったようだ。体が震えだしてくる。もしカイトが守ってくれなかったら──。

「平民はいるだけで罪と思い知りなさい。なぜ平民がこの世を徘徊してるのが不思議でなりませんね。そして──」

 少女がナイフを投げる。その先は──。

「シド、ケイゴ、伏せろ!」

 カイトが叫ぶ。未だに圭吾と言い争っていたシドはすぐさま反応して、圭吾の頭を上から押して一緒に頭を下げる。

 シドと圭吾の頭があった場所をナイフが空を切り、壁に突き刺さる。

「さっきからワーワーうるさいんですよね、そこのお猿さん二匹が」

「なあなあケイゴ、お前猿扱いされてるぜぃ?」

「シド、キミもだよ」

 少女が深い溜め息をつき、こちらを睨む。ものすごく敵意を持った目だ。

「戦闘バカのコンビに、黒髪の二人が私に何の用ですか?」

「……ちょっと訊きたい──」

「うるさいので消えてもらいます」

「なっ……!?」

 シドの言葉を遮ったかと思えば、赤紫の魔力が亜子達を包み込む。

「空間転移-vagatio-」

 視界が暗転したかと思えば、いつの間にか校門の前に立たされていた。

「え? ちょっと、これどういうこと?」

 混乱する亜子をよそにシドとカイトは「やっぱりダメだった」「あの女が俺達の話なんか聞いちゃくれねえよ」と会話している。

「シド! 何が起こったのか説明してよ」

「空間支配使われた」

 クウカンシハイ?

 亜子は頭の中が?だらけになった。

 熊先生から聞いた亜子の『水』、ケイゴの『火』、そして『風』『土』の四属性のことしか知らない。

「そっか、アコ達って『四大属性』しか知らないのか。実はさ、火水風土の他にさ『個有属性』っていって、その人にしかない激レアの属性があるんだ。で、さっきの女──名前はリリィっていうんだけど、リリィが使ったのは空間を司る魔術な。A組とこの校門前の空間を繋げて無理矢理校門前に飛ばされたんだ」

 その人にしか持ちえない属性──だから魔力色が『四大属性』のどれにも当てはまらない訳だ。

「あの女に訊けばアコとシドがこの世界に飛ばされたことわかると思ったんだけど……」

 その結果が門前払い。リリィは聞く耳すら持ってくれなかった。

「え? お前ら異世界から来たのかよ?」

「あれ? 言ってなかったっけカイトくん」

「聞いてねえよ。どおりで黒い髪に黒い目って見た事ねえなって思ったら、そういう事か」

 と、興味津々に亜子の黒い髪をじっとカイトは眺めていた。

 そんな事より──。

「あの女はいったい何なんだ!」

 圭吾がシドに詰め寄る。

 それは亜子も思ったことだ。威圧的な態度といい、人をゲスや猿呼ばわりする。最悪だ

「あれが魔人っていう奴らさ。この世界じゃ魔力が絶対だ。だからアイツら、魔力が強いのををいい事に俺のような武人やカイトのような平民を平気で侮辱して見下してるのさ」

 今になってシドがさっきの少女に会うのを躊躇っていた理由がわかった。確かに亜子もできれば二度と関わりたくないくらいだ。

 圭吾とあの少女を会わせたのはおそらく、空間を司る魔術の持ち主なら、別空間にある亜子と圭吾の世界に戻れる手掛かりを得られるかもしれないからだろう。でも結果はこのザマだ。話すら聞いてもらえない。

 また平民とか武人とか魔人とか訳のわからない単語が出てきたが、それは後で訊ねるとしよう。

「とはいっても、魔人がみんなあんな奴ばかりじゃないんだぜ。ここは交流都市の首都だから、ちゃんと俺達に理解のある魔人だっている。アイツらみたいのはほとんどは魔界っていう国の出身の奴らだ。特にさっきの女は魔人の貴族に成り上がった奴だ。他の魔人に比べりゃやりたい放題だな」

 カイトが補足説明を入れてきた。だが、最初の魔人──きっとさっきの少女みたいに角の生えた人達だろう。教室の中の人達はほとんど生えていたし、何かいかにも魔人っぽい──があんな印象だと、とても仲良くなれる自信は微塵もない。



      ●



 亜子達がこの世界に迷い混んでから数週間経ったある日の事だった。この世界でずっと頼りっぱなしだった熊先生が死亡した。

 実は熊先生ことゴウ・クライドは死亡する数日前から行方不明で、行方を追っていた教師がようやく学園の地下で発見された。

 死体は刃物のようなものでバッサリと体を分断されていたらしく、魔力が根刮ぎ奪われていた跡があった。

 犯人は不明。殺人犯はまだ学園の地下に潜んでいると専らの噂だ。

 という訳で、亜子達はその噂を頼りに地下へ潜入していた。ゴウの敵討ちのためにだ。

「馬鹿なの? 死ぬの?」

「確かに馬鹿かもな」

「でも死にはしねえよ。何てたって俺とシドが手を組んでるからな」

 亜子の呟きに対してシド、カイトの順で答えた。

 亜子と圭吾はこの二人に無理矢理連れてこられていた。圭吾の方を振り返ると、深い溜め息をつかれた。

 それにしても薄暗い。まだ犯人がこの地下に潜んでいたら、不意を突かれた瞬間に四人ともあの世行きだ。

「……止まれ」

 唐突にシドが皆を制止させる。

 この世界に来てから魔力が宿り、他人の魔力を感知できるようになっていた。ここにはシドとカイト、そして圭吾の他に別の魔力を亜子は感知していた。すなわち、自分達以外の魔術師がここに居ることを示すのだ。

 ──まさかもう殺人犯が現れたの?

 薄い闇の先を凝視する。すると光るものが見えた。だがそれがナイフだと気づくのが遅すぎた。

 ナイフが寸前にまで迫っても動くことができない。

 そして──亜子の皮膚を突き破る直前、ナイフはシドの人差し指と中指の間に挟まれていた。それなりの速度があるのに、よくいとも簡単に掴めるものだ。彼曰く、自分が速くなると周りが遅く見えるとか。

「大丈夫か? アコ」

「なんとか」

 ナイフを見る。どこかで見た事があるような気がするのだが──まさか……。

「何で貴方達がこんな所にいるんですか?」

 もう二度と話すことは無いだろうと思っていた人物が闇の中から現れた。長く綺麗なピンク色の髪にブルーの瞳、抜群のプロポーションを誇り、頭には角が生えた美少女──リリィだ。

「それはこっちの台詞だよ。お前こそ何でここにいるんだよ?」

 カイトの言う通りだ。亜子達は熊先生の敵討ちのために来ている。対して彼女には理由が見当たらない。好き好んでこんな所に足を踏み入れる奴はそうはいない。

「……ちのためです」

「え? 何だって?」

「だから……敵討ちのためです!」

「……は?」

 どうやら彼女も熊先生の敵討ちのためにこんな所に来ていたようだ。けれど熊先生は平民である。彼女が最も嫌う人種のはずだ。でも熊先生は平民の割には魔人並みの魔力を持っていた。そういう平民なら彼女達は認めるという事なのか。

「何だよ、お前も熊公の敵討ちかよ、俺達と同じじゃん。俺達だって熊公を殺した奴は許せねえんだ。だから一緒に来ないか?」

 カイトがリリィに手を差し伸べる。だがリリィはその手を振り払った。

「お断りします。貴方達二人なら、まあ組んでもよろしいんですけど……、そこの黒髪の二人は邪魔です」

「うっ……」

 確かに亜子と圭吾はまだ魔術師になってから日が浅い。戦闘になれば足手まといになるのは目に見えている。亜子だって熊先生を殺した奴は許せない。けれど敵討ちに行こうとは思わなかった。それをできるだけの実力が伴っていないのだ。なのにシドが亜子と圭吾を連れ出したのだ。その真意はわからないが。

「だからそこの二人を──」

「ふざけるな」

 リリィが現れてからだんまりを決め込んでいたシドが口を開いた。あれだけ魔人と話すのを嫌っていたシドがだ。

「あんたから見れば確かにアコとケイゴは要らない存在かもしれない。けど俺にとっては大事な仲間だ。その仲間を侮辱する奴はどんな奴だろうと許さないから。今度またこの二人を邪魔者扱いしてみろ、ぶっ潰すぞ」

 鬼気迫る表情でリリィを威圧するシド。リリィも怖じ気ついのかシドから一歩離れる。

 亜子もこんな怒ったシドを初めて見た。けれど既視感すら覚えていた。この感じは夕が怒ったときと酷似しており、たかが他人のために本気で怒れる姿もダブって見える。

「あんたは知らないだろうけど、この二人は異世界から来たんだ。だから最初は魔力なんて持ってなかったんだ。だけど二人はこの世界で生きていくために、必死で魔力の使い方を覚えたんだ。それに今回は俺が必要と感じたからこの二人を連れてきたんだ。ホントはこんな所に連れてきたくはなかったんだけどさ」

 シドがリリィの側まで歩み寄り、スッと右手を差し出す。

「とりあえず、今は俺らで争ってる場合じゃない。戦力は少しでも欲しいんだ。だから無条件で俺達と来てほしい」

 リリィは少しの間考える素振りを見せた後、ゆっくりとシドの手を握った。

「しばらくなら、貴方達全員と組んでもいいですよ」

 この魔術学園で最強と謳われるリリィと、魔力イコール強さを覆したらしいシドとカイトが手を組んだ。

 おそらく、史上最強のチームとなるだろう。



 そこで場面が途切れ、別の場面へと切り替わる。

次回から主人公の幼少期の過去話になります

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