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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第二章【孤独と闘う魔王候補】
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10

 麓で無事合流できたユウ達は、サラの家に戻ってきていた。まだサラとは合流できていないが、何度も言うようにあの人は大丈夫だ。

 今は就寝時間。それなのにユウはケータイにずっと耳を当てて、スピーカーから聞こえてくるミヤの鼻歌を黙って聴いていた。

 実際には『ディーバ』によってリンクされた(こえ)を聴いている。

《コルウスが前に言ってた感染進度(レベル)5の子の事だけど、その子の特徴と合致する中等部の子はいなかったよ》

《そうか。それで、その女の力の正体はわかったのか?》

《魔術をねじ曲げて無効化する魔術、だね》

《魔術かどうかわからねえけどな》

《たぶん、それが『無属性』の力だと思うよ》

 もしその予想が本当だとしたら、同じ感染進度(レベル)5のケイゴはなぜその力を使用しなかったのかが不思議なところだ。

《条件があるんじゃないかな》

 つい考え込んでしまったようだ。『ディーバ』を使用されてはこちらの思考が漏洩してしまう。

《勝手に読むな》

《しょうがないでしょ》

《で、条件ってどういう事なんだよ?》

《『歪曲』は、ある条件下でしか使えないって事。コルウスの『朧』と似たようなもんだよ》

 ケータイを耳から遠ざけ、スピーカーを指で塞ぐ。

 ──条件……か。

 ユウの『朧』はトリガーを引いた後に自分の魔力の波動をぶつけることで、一回だけ任意のタイミングで幻術をかけれるというものだ。

 あの魔術をねじ曲げる魔術──便宜上『歪曲』と呼称──も何かしらの条件があるのだとしたら、その条件とはいったい何なのか。

『無属性』の魔術だとしたら、なぜケイゴは使わなかったのか。なぜあの悪魔(ファントム)の少女は途中で『歪曲』の使用を止め、逃亡したのか。

「魔力切れ……、な訳ないか」

 考えても無駄だった。しかし『歪曲』の謎を解かなければ、次に戦うときに勝ち目が無いのは確かではあるが。

『コラーッ!!』

「……っ」

 スピーカーから指が外れた途端、ミヤの怒号が飛んだ。慌ててケータイを耳に戻す。

『コルウスのバカ! 急にリンク切るなんてどういうつもり!?』

「うるせえ」

『ディーバ』を使って連絡しろという事を忘れてしまったらしい。あまりにも大音量だったので周りにも聞こえているはずだ。部屋に自分一人だけなのを確認して胸を撫でおろす。

『うぅ──~♪』

 間もなくしてミヤの鼻歌が聴こえてきた。『ディーバ』のリンクが再開される。

《とにかく、その条件を把握しない限りコルウスに勝ちはないね。ケイゴのときはユウがたまたまその条件を潰してたんだよ、きっと》

《なるほどな。後はこっちで対策法を考える。それじゃあな》

 電源ボタンを押して電源を切る。これでしばらくはミヤから連絡が来ないないだろう。これでじっくり考えれる。

 まずはケイゴと戦ったときを思い出す。だが『歪曲』の決定的な条件が見つからない。もう一度あの少女と戦えば何か掴めるかもしれないがリスクも伴う。

「くそっ……」

 ユウの小さな呟きは誰かに聞かれることなく、虚空に消えていく。

 その直後に物音が聞こえた。ユウが使っている部屋の襖が開く音だ。肩がビクリと震えた。

 急にビビらせられると、仮に『ディーバ』で会話をしているとき、たまに思わず声を発してしまう。コルウスのときの肉声が聞こえていても不思議じゃないかもしれない。

「ユウ、話があるんだ」

 入って来たのはアイリだった。アイリに『今俺が誰かと会話していたの聞こえた?』と訊ねるのは簡単だが、そんな事すれば疑われるのは必至な訳だから無駄にこっちから訊く必要はしない方が良いだろう。

「なんだアイリか、ビックリしたじゃんかよ~。ノックくらいしろよ」

「わ、悪い。てかユウ怒ってる?」

「うんにゃ、そんな事全然ないのでございますのよ」

「なら、いいんだけど……」

「んで、何か用があるんじゃないの?」

「ああ。リリスってさ、魔物の事嫌いなんじゃないかって」

「魔物が好きな奴なんてあんまりいないと思われ……」

「そうじゃなくて……、魔物に向ける感情がどす黒いっていうか……何て言うか──怖かった」

「…………」

 そんな事を言われてもユウには何もわかるはずがない。ユウにはリリスと交流した記憶は最近のものしかない。それ以前は全く無い。幼い頃から話したことはなかった──はず、だ?

「……リリスが魔物の事どう思ってるかは知らないけどさ、そんな事よりアイツ怪我とかしてない?」

「してないよ。魔物を圧倒してた」

「リリスに怪我は無いんだな、良かった良かった」

「ああ。俺がサポートする必要もなかったよ。妹の事心配するなんてお前お兄ちゃんしてるな」

「どゆこと?」

 まあこっちはただ単に灰になりたくないだけというのもある訳だが、実際のところアイリの言う通り兄として妹のリリスの事を心配していた。

 それによく考えてみたらリリスなら怪我したところで自分で治してしまいそうだ。

 ──……客観的すぎるか。

 とりあえずリリスが無事ならそれに越した事はない。

 それより、ユウの頭はパニック寸前のところまで陥っていた。

 もしかしたら記憶喪失なのかもしれない事実に辿り着いていたのだ。

 例えばユウの記憶を一つのフィルムにしたとして、所々に穴が空いているような、またはジグソーパズルのピースが紛失して完成しそこねたような──。

 とにかく曖昧なのだ。それもリリスの事だけではなく、リリアとリリィの事もすっぽりと抜け落ちているように思える。

 確かに昔の事を鮮明に覚えている奴はなかなかいないだろう。ただ何となくボヤッと覚えている者も少なくはないはずだ。ユウにはそのボヤッとした記憶さえない。

 気がついたらリリアは罵倒してくるようになり、リリスは寡黙になっていた。そしてリリア、リリス、リリィを家族として認識したのはマリアよりも後だったりする。

 ここにきて初めて自分の記憶に疑問を持った。否、もっと早くから持っていてもおかしくはなかった。

 今までは目を反らしていただけなのだ。ヒントはいくらでもあった。例えば彼女らとの会話、そしてあの悪夢。全身血塗れになって倒れている幼い自分。それを泣きじゃくりながら見下ろすピンク色の髪の幼女二人。

 あの二人はやっぱりリリアとリリスで、おそらく真実。過去に起こった事をユウはよく夢で見る傾向があるからだ。

 あの悪夢が真実だとしたら、あれだけの怪我でなぜ今もピンピンと生きているのかは謎だ。

 過去に何が起こったかは訊ねればわかるかもしれないが、同時に今の彼女らとの関係が壊れそうで怖くもある。ユウの欠落した記憶には、ユウの知らない彼女らがいる。今のユウとは別の感情を向けた彼女らがいる。それを知るのが何となく怖いのだ。

 ──やっぱり、今のままでいいや。

 失った記憶を取り戻そうとは思わない。ユウはまた真実から目を背けようとしていた。



      ●



 カガリは現魔王である実母に宛てる手紙を書いていた。もはや日課となっている。カガリはこうして毎日母親に手紙を書いていた。学園で孤独な生活を送るカガリには、母親こそが心の支えでもあった。

 同じ歳のリリス。今相部屋している彼女とは友達とは言い切れず、いつも微妙な距離を保っている。

 そんな彼女は今ケータイの画面とにらめっこしていた。もっとも彼女はいつもの無表情な訳だが。

「何見てるんですか?」

 リリスのケータイのディスプレイを覗き見る。メールの作成画面のようだ。ただ宛先だけしか打ち込んでいない。それ以降手が止まっているのだ。

「ユウ先輩に送るメールですか?」

 訊いてみるとリリスはコクリと頷いた。けれどリリスはそれ以上文章を打ち込もうとはしなかった。

「リリスちゃんって不思議ですよね。ユウ先輩の事好きなのか嫌いなのかわからないですから」

「……そう、だよね」

 完全にメールを作るのを止めたリリスは布団の中に潜っていった。

 カガリはまだ途中だった母へ送る手紙を書き出した。それほど長くない文章。ただ今日何があったかを書き記した日記のような手紙。けれど母親は毎日それを楽しみにしているようだった。

「親愛なる贈り物-datum-」

 簡易な転送魔術をかけると、手紙はカガリの目の前から消失した。実際には母の元へ送られただけではあるが。

 もう夜も遅い。母からの返事は恐らく明朝になるだろう。

 だが母からの返事は、もう二度と届く事はない。

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