06
ゴールデンウィーク初日。リリス達が所属する魔物討伐部にとって、この日はとても重要な連休期間になる。もはや休みではないが。
「リリスさん」
呼ばれて振り返る。声の主は実母であるリリィだった。とても二人も高等部に所属している子供を持っているとは思えない若々しい美貌の持ち主で、リリスと姉妹といっても遜色ない。いくら魔人が若く見られがちだからってこれはどうなんだろう?
「最近、何か良いことでもありました?」
「……え? ……何でそんなこと訊くの?」
「貴女から消えていた表情が戻ってきたから。もしかしてユウさん絡みですか?」
最近で良い事があったとするなら、たぶんユウと連絡先を交換した事だろう。なので黙って頷いておく。するとリリィは嬉しそうにはにかんでいた。
「じゃあリリスさんはユウさんの事、お赦しになったんですね?」
「……赦すもなにも、最初から怒ってないよ。……嫌いになってただけで……、……それに兄さんはあの日に死んじゃったから……」
「死んじゃったって……、ユウさんは今確かに生きてますよ。あなたのお蔭で」
「……私は忠告を無視した。……あのときの兄さんが死んだのは、忠告を聞かなかった私への罰。……むしろ私の方が兄さんに罪悪感があるよ……」
先程とはうって変わって、リリィの顔が曇った。
──……兄さんとの思い出は、ずっと私の中で留めておくんだ。
今日から強化合宿ということで、サラの実家に泊まり込みになる。サラの実家には電車を経由して行く事になり、部活のメンバーとは駅で集合となっている。
ユウとリリスは一緒に駅へ向かっているのだが、リリスがユウから少し距離をとって後ろを歩いている。
──そんなにこんな兄と並んで歩くのが嫌なのかい?
やっぱりリリスはユウが嫌いなのだろう。この前はそんな雰囲気微塵も感じなかったのに。全然逆だったのに。
ケータイのバイブレーションが振動する。実はさっきから何度か振動しているのだが、十中八九『奴』からの電話なのは間違いない。でも今は電話ではなくメールだ。電話とメールではバイブレーションの振動のパターンが違くなるように設定してある。
早速メールを開いて中身を確認する。
『妹に正体バレるなんて何をやっているのかしら? けどそのお陰でしばらくあなたを弄れるネタができたからいいけど』
「ぶふっ」
なぜリリスに正体がバレたことを知っている? どこかで覗いていたのか?
そもそもお前は誰だ?
しかもご丁寧に文末にはハートマークをつけていた。たぶん相手は女性だろう。こんなメールを送ったのが男性だったら吐き気がする。でも女性の知り合いでこんな文面を送ってくる奴はいない。
否、一人いる。
今の生徒副会長で、ユウが所属しているギルドのマスター──レイヴンの側近の一人であるリーサという少女だ。
この少女にはメールアドレスを教えた覚えはない。なぜユウのメールアドレスを知っているのか。
──……そうか、アイツか。
──あの鴉野郎、絶対に許さない。絶対にだ。
次にレイヴンに会ったら顔面にパンチを食らわせてやると固い決意をした直後、またもやメールが届く。
『リリスを危険な目に遭わせたらぶっ殺すからな』
──何これ? 脅迫メールなの? ──それにこれも最後にハートマークついてるし!
──何なの、何なのさハートマークって!!
「あー、くそぅ」
「……兄さん?」
リリスが『どうかしたの?』とでも言いたそうな顔でこっちを見ている事に気づいた。
「嫌な奴二人から一気にメール来た」
「……あ、えと……ごめんなさい」
「? なぜに謝るん?」
「……その……、嫌な奴って一人は姉さんでしょ? ……姉さんに兄さんのメルアド教えたのは私だから」
「ああ、そゆこと。別にいいよそんな事」
「……そう。……ごめんなさい」
「だから何よ、急に謝ったり──」
振り向いて、ユウは思わず言葉を詰まらせた。リリスの顔が今にも泣き出しそうだったからだ。彼女の表情の起伏が少ないため、このような表情を見ると新鮮さを覚える。
「……兄さんと姉さんの仲が悪くなったのって、たぶん私のせいだから……」
「……たかがそんな事で謝らなくていいよ」
リリスの頭に自分の手を乗せ数回撫でてやる。次第に顔が真っ赤になっていく。大丈夫か、と訊ねると「……大丈夫」といつもの抑揚の無い声で返事がきた。
●
駅に到着するとすでにセレンとカガリがいた。すぐに合流してまだ居ないアイリの事を訊ねてみたが、まだ来ていないとの事。連絡をとろうとしても彼女はケータイを持っていないため連絡する手段がない。
ちょっと迎えに行ってくる、とだけ皆に伝えるとちょっと離れた場所でケータイを見る。
不在着信一二件。
相手は全て『Shout』のボーカル&ギターであるミヤからだった。さっきからケータイのバイブレーションが暴れていた原因はこの少女からだったようだ。予想通りである。
無視しようにもこのままだと不在着信の数が次々と更新されそうなので、かけ直すことにした。その矢先、すぐにバイブレーションが震える。
「お前、いい加減にしろよ」
姿は黒縁眼鏡の黒髪黒瞳だがミヤと話すときはいつもコルウスの声で喋っている。ミヤはコルウスの正体は知らないし、知らなくてもいい。というより秘密なのだ。
『コルウス~、何でギルドに来てくれないの? 寂しいよぅ。せっかくのオフなのに……』
「せっかくの連休をお前なんかのために使えるか。それに俺は忙しいんだよ」
『じゃあ私から会いに行くからどこにいるか教えて』
「スキャンダルになるぞ」
『Shout』のボーカル&ギター・ミヤが男性と密会、なんて物がゴシップ誌に掲載された暁には外に出れなくなる。
通話を終了させ、本来の目的であるアイリの迎えにいく。
ふと魔力を感じた。誰かが魔力を解放している。そしてその誰かがユウにはハッキリとわかった。
──迎えに行かなくても良かったか。
数メートル先で戦乙女が魔力で具現された翼をはためかせて舞い降りた。その背には銀髪少女のアイリがしがみついている。
「よっす。今日はえらく遅いね。それにルーチェは久しぶりだよね」
アイリの使い魔である戦乙女のルーチェ。戦乙女は女性にしか召喚されないらしく、当時男性だと偽っていたアイリには召喚不可なのでケイゴに女性だとバレてしまった。
「うむ、久しぶりだなユウ殿」
「すまん。遅れたのはちょっと訳あって……」
「訳?」
「カガリと二人っきりにはなりたくなかったんだよ」
あー、なるほどね、と納得する。
アイリは帝都の姫様、カガリは魔界の次期魔王──そして帝都と魔界では争い事が絶えないのだ。いつ両国の間で戦争が起きても不思議ではない。そういう関係からアイリはカガリを避けていたようだ。一方カガリは誰とでも分け隔てなく接している──否、ユウにだけは過剰なスキンシップをとろうとしてくる。
「だからこうやってわざと遅れて来たんだよ」
ルーチェの姿が小さな銀色の光の球となる。今までルーチェが立っていた足元には魔方陣が描かれており、光の球はそれに吸い込まれるようにして溶け込んでいく。
「さ、行こっかユウ」
「うん」
皆の元へ急ぐ二人。電車の発車はあと僅かである。
遅いですよ、アイリ先輩と言うカガリはやっぱりアイリが帝都の姫だというのはお構い無しのように見える。アイリさえカガリを受け入れれば、将来は帝都と魔界のいざこざもなくなるだろう。ユウはこの二人を見ていてそう思った。
ただ、その未来にはユウは居ないだろう。使命がある限りユウはずっと命を削り、果てるまで続けなければならないのだから。
セレンから切符を渡される。どうやら買っておいてくれたらしい。すぐにお金を徴収されたが。
発車時間ギリギリとなって、魔物討伐部の五人は駆け足で電車の中に乗り込んだ。




