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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第二章【孤独と闘う魔王候補】
20/133

02

 入学してから一ヶ月が経った。それなのにカガリは未だに登下校を共にする友達は皆無だった。

 自分が魔王の娘だから、皆が畏縮して話しかけられないのだろう。周りはほとんど魔人でも、そのせいで友達はつくれなかった。平民にしても武人にしても、魔界出身の魔人でだけで嫌悪の対象になり、その人らと友好を結ぶのは絶望的だ。

「はあ」

 思わず溜め息が漏れる。自分が思い描いていた学園生活とは何かが違っていた。こんな事なら大人しく魔界で教育を受けていれば良かった。

 だがここに来て唯一良かった事といえば、ある人と再会した事だった。そのある人とはユウ・ブライトだ。かつてある約束をしたのだが、初めて学園で会ったときは約束の事など忘れているかのように伺えた。むしろカガリの事自体忘れ去られていた。

 当然といえば当然か。かれこれ一〇年前の約束だから、あの少年に覚えていろという方が無理なのかもしれない。

 ──こうなったら、針千本飲ませなきゃいけないですね。

 そんな冗談を思いついたところで見覚えのある黒髪の少年が校門に入っていくのを見つけた。この世界で真っ黒な髪は珍しい。今までだってその少年と、先日行方不明になった教師しか見た事がない。かくいう自分も、この深紅の髪も魔王の家系である証で、珍しいといえば珍しい。

「センパ~イ」

 後ろから思いっきりユウの背中に抱きついてやった。

「うわっ、カガリかよビックリしたー」

「おはようです、先輩」

「おう。それよりカガリ、その──」

 ユウの顔が赤くなっていく。その様子を見ていると何だかおもしろくなってくる。

 カガリは調子に乗ってさらに密着しようとした。

「だ、だからカガリ、あたってるって……」

「あててるんですよ?」

「『あててんのよ』なの!? 何という役得! ヒャッハー!」

 ユウがあげたいきなりの歓声に思わず離れてしまった。何だか名残惜しい。腕にユウの感覚が残っていて何だか心地よい。

「ふぅ、焦ったぜぃ」

「全然焦ったように見えなかったですよ? それより何ですか先輩、嬉しくなかったんですか?」

「いや嬉しいよ? でもさ……」

「私じゃ不服という事ですか?」

「いやいや、そうじゃないんだよ。まずこの手の話題はおしまい!」

 んじゃ、と軽く別れの挨拶を済ませたユウはそそくさと逃げるように立ち去ろうとした。

 その背中に向かってカガリはまた後ろから抱きついてやる。

「ちょっ、何やってんのカガリ」

「一つ、お伺いしたい事があるんですよ」

「なに?」

「私との約束、覚えてるですか?」

「いや、全然。てか約束なんてしたっけ?」

 ユウの周囲に瞬く間に青く燃え上がる炎槍を配置させる。登校してくる生徒は「何だ何だ、彼氏が彼女を怒らせたか」とかの冷やかしを飛ばしてくる。

 ユウは冷や汗を滝のように垂れ流す。。

「あのカガリちゃん。俺がいったいナニヲシタンデスカ?」

「針千本の刑です」

「針じゃないよね!? 槍だよねそれ!?」

「なんてね」

 次々と炎槍が空気に溶けるようにして消えていく。

 ユウからは冗談キツいぜぃとでも言いたそうな目で睨まれる。それに対して小さく舌を出して茶化す。

 忘れているとは予想できていた。ただ、ちょっぴり胸の奥が痛くなった。だから今のはお仕置きだ。

「忘れてるなら、無理にとは言わないですけど──思い出してくれないですか? 私達、以前お会いした事あるんですよ?」

「え?」

 ユウから離れて校舎の玄関へと向かっていく。一度だけユウの方を振り返って「約束、守ってもらうんですからね」と声をかけて、校舎の中へと入っていった。



      ●



 今から一〇年前、カガリが六歳のときだった。当時のカガリは魔王城で軟禁生活を送っていた。魔王の一人娘で次期魔王候補でもあったカガリは、自由に外を歩くことを禁じられていた。魔王城の城下街にすら行ったことがない。カガリにとって城の外は未知の領域だった。

 城の中では毎日が稽古の連続で、年を経る毎にカガリに不満を募らせた。

 ──いつかこの城から出ていきたい。

 それは正式に魔王に就任したら叶えられる。ほんの一〇数年の辛抱だと家臣が言っていた。

 そんな彼女の唯一の趣味は、彼女の部屋から見える木に実っている果実の成長を眺めている事だった。

 あのとき、いつも通りに果実を眺めようと窓を開けた。その瞬間が彼との出会いだった。

「あ、ヤベ見つかった」

「……え?」

 男の子だった。カジュアルなパーカーに身を包んだ、自分より背の低そうな黒髪黒瞳の男の子だった。その男の子が木によじ登っていた。今その瞬間をカガリが目撃してしまった訳だ。

 城下街の子かと思った。けど違う。ここは魔界である。基本的に魔人以外の人間が居るはずないのだ。この男の子には魔人特有の角が無ければ、武人特有の白髪緋瞳でもない。つまり平民。特に秀でた能力を持っていない凡人止まりの低脳な種族。自分達魔人が一番嫌う種族。

「な、何で平民のあなたがこんな所に居るんですか!?」

 男の子は人差し指を立てて口元へ持ってきた。『静かにしろ』というジェスチャーだ。

 思わず口を閉じる。素直にこの男の子に従う必要はないはずだが、初めての同年代の子供を見て、少し混乱しているみたいだ。むしろ興味をもった。種族が平民だろうと関係ない。

 改めて少年の姿を観察する。まず気になったのが目の下のクマだった。よく眠れていないのか、くっきりではないが確実に残っている。そのくせ表情は眠たそうである。

 背中には男の子の身長とほぼ同じ全長の鞘に収められた刀を背負っており、何とも不格好である。

「あなた誰です?」

 ようやくその言葉を出せた。

「ユウ」

「ユウ?」

「俺の名前。ね、これ食べていい?」

 そう言ってユウという名の男の子が、木に実っていた赤く熟れた果実を指差していた。この時期になればその果実は収穫するのだが、別に一個だけならとっていっても黙っていれば問題ないだろう。

「一個だけならいいですよ」

「サンキュ」

 ユウは果実をむしりとり、それを頬張った。その果実はかじると甘い密が口一杯に広がる。カガリの好物だ。ユウが食べているのを見ていると自分も食べたくなってくる。でも我慢だ。収穫すれば食べられる。

「あなたどこから来たんです? 平民が魔界に居るわけないですし……」

「首都」

 首都といえば唯一の交流都市で魔術学園がある所だ。魔人の他種族への見下しもここほど酷い訳ではなく、むしろ魔人が他の種族と結婚しているとも聞く。

「今はちょっと訳あってここに来てるんだ。もう少ししたら帰る……と思う」

「そうなんですか……」

 カガリにとっては初めて出会った同年代の子供。城の中では周りがみんな大人ばかりだ。

 もっとユウと話をしたい。ユウと仲良くなりたい。ユウと友達になりたい。

 そう思ったらカガリの行動は実に早かった。帰ろうとしていたユウを無理に言って引き止め、ユウと共に城からの脱出を決行したのだった。



 隣に並んで改めてユウを見てみると、ユウの頭の天辺が丁度目線の先にあり、自分より小さいのは見立て通りだった。先刻ユウに歳を訊いたときはカガリの一つ歳上らしい。だが、一つ歳上のお兄さんというより弟という感じだ。発育があまり良くないのだろう。

 背負っている刀が重いせいか、若干前屈みだ。それに鞘の先端が地面を擦っており泥が付着している。なぜその装備を外さないのか理由を訊ねたら、突然胴に巻いていた紐をほどいて刀が地面に落ちた。

「えっと……何するんです?」

「説明するより、見せた方が早いと思って」

 そう言った直後、ユウは走り出した。すると、地面に横たわる刀が急にカタカタと音を立てて揺れた後、ものすごい勢いでユウの方に飛んでいった。

「おぅふっ」

 正面を向いていたユウの腹部に突かれて、体がくの字に折れ曲がった。

「えぇ!? ちょっと、大丈夫ですか!?」

 すぐさま近寄ってみると、痛みで悶絶しているユウが地面を転がり声にならない叫びをあげていた。

 これが外せない理由みたいだ。外したくても外す事ができない。常にユウの側にしか置けないのだ。

「まあ、今のとは他に理由があるんだけど……」

「え? 何です?」

「大切だった人の形見」

 重いものがのしかかった感覚に襲われた。

 ユウは暗い顔を一切見せず、表情一つ変えない。ましてや呑気に欠伸をして「眠い」と呟く。

「そんなに眠いんですか?」

 この空気から抜け出すために話題を変える。

「ちょっと眠れなくてさ」

「何でです?」

「さあ?」

 さあ? ってわからないのですか? と訊ねようとしたとき、城の人間の姿が視界に入った。早くも脱出した事がバレてしまったみたいだ。カガリの姿を見つけて追いかけてくる。

「ユウ、こっちです!」

「お、おう?」

 ユウの手を引いて路地裏へと入り込んだ。大人では通りそうもできない細く狭い道を通り追跡を振りきっていく。

「なあなあ、どったの?」

 ユウは逃げている理由がわかっていないみたいだ。というかわかる訳がないか。

 とにかく捕まってしまえばユウとは引き離される。せっかく初めてできた友達が居なくなる。そんなのは、イヤだ。

 人気のない広場へと躍り出る。でも、それは失敗だった。

「やっと追いつきましたよ、カガリ様」

 城の人間に捕まった。瞬く間にユウと繋いでいた手が引き離される。

「それにしても、平民──それもガキにくせにカガリ様を誘拐しようとは大した事をしてくれる」

「ち、違っ、ユウは私が──」

「いくら子供でも誘拐は立派な犯罪……ちゃんと罰しなくてはならないと」

 その男性が腰に吊るしてある剣を鞘から抜き出す。血の錆がついた両刃の剣。

 男性の狂気に染まった眼と併せてカガリは身震いした。

 ユウに逃げてと叫ぼうとするが、恐怖でうまく声が出せない。

 ユウもユウで腰が抜けて体が動かせないようだ。

 ──ユウが死んじゃうです!

 ──誰か助けてくださいです!

 男性が高笑いしながら剣を降り下ろす。

 刃が、ユウに迫る。

「……ッ!!」

 目を瞑った。見たくない。それでもユウの体が斬り刻まれ、血の飛沫が舞う像が瞼の裏に映る。

「ギャアアア!!」

 響いた悲鳴にカガリの体がビクリと震える。

 ──ユウの悲鳴……?

 違う。ユウのじゃない。

 あの男性のものだ。

 瞼を開ける。目に入ったのは無傷のユウと悲鳴を上げる男性。その間に聳え立つ岩槍。

 ユウのものじゃない。ユウに魔術を発動した痕跡がないからだ。じゃあ誰のだろう。

「危ないところだったな。怪我ないか?」

 現れたのは二〇代後半から三〇代前半までの茶髪の平民の男性。ユウの側に寄って怪我がないか確認している。

 剣が地面に落ちる。そこでようやくあの茶髪の男性が岩槍で剣を弾き飛ばし、その大きな拳で城の男性を殴り飛ばしたのだと知った。

 城の男性が茶髪の男性を睨みつける。その瞳に映るのははっきりとした敵意。

「平民の癖に、魔人であるこの俺をぉ……、許せん……許すものか……!!」

「喋ってると舌噛むぞ?」

 黄色の魔力を纏った茶髪の男性が城の男性の顎を拳で撃ち抜く。

 見るからに重い一撃。

『強化』と下級魔術だけで魔人を倒すその実力は素直に驚く。

 外にはこんな人がいるのだと認識する。

 もっと世界を見てみたいと思った。



 城の男性は拘束されて牢屋の中へ入れられた。あの兵士は普段ならあそこまで好戦的ではなかったみたいで、なぜ急変したのかは謎だった。それ以上の事は子供のカガリには教えられなかった。

 城から脱出したことについては後で母親から叱られた。でもどうしても外に出たいと改めて強く思った。もっと世界の広さを知りたい。

 あのとき助けてくれたのはユウの父親だった。首都では知る人ぞ知る実力者らしい。平民であるがその戦闘能力は帝都の騎士団長にも魔王城の近衛兵にも引けをとらないと聞いた。

 そしてユウは──。

「ユウ」

 あの事件から数分後、魔界を発とうとしていたユウに声をかける。どうしてもユウに伝えたい事があって、特別に護衛をつけてもらってユウの所に連れてもらった。

 ユウの父親もいる。あとは女の人の魔人が三人。大人が一人、子供が二人。あとはユウにしがみつくようにして抱きついてるピンク色の髪の女の子だ。家族だろうか?

 ユウを呼ぶと、抱きついていた女の子を剥がしてすぐにやって来てくれた。

 あの後聞いた事なのだが、ユウは魔人嫌いだと判明した。魔人嫌いなのにも関わらずなぜカガリについてきたのかは不明だ。

「ユウ、あのね……」

 そこで、カガリはユウとある約束を取りつけたのだ。もうあんな事を起こさないためにも。



      ●



「約束、かぁ」

 過去にカガリとある約束をしたそうだが、思い出せない。そもそも過去にカガリと会っていたかどうかさえわからないのに、約束だと言われても意味がわからない。

 もし昔カガリと会っているのなら、たぶん魔界で会っているはずだ。

「え? あれちょっと待てよ」

 ──あれ? あれれれれれれ?

 昔魔界に行ったときに魔人の女の子と仲良くなった気がする。まさかそのときの魔人がカガリという可能性がある。

 だとすると約束っていうのは──。

 ──マジ……かよ……。

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