03
メルと言い争いになっていたらいつの間にかユウが消えていた。また一人で学園に向かっていってしまったのだろう。
最近、ユウがアイリに対する態度が冷たくなってきたように思える。男性として生活していたときはこんなことなかったのに、今となっては口を利く回数は段々と減ってきている。
もしかしたら、素直に好意を向けているせいで煙たがられているのかもしれない。
少し距離を保って歩いているメルを一瞥する。よくも懲りもせずにユウに何度も告白している彼女を、ユウはウザいと感じとっているかもしれない。でもユウがメルと付き合わないのは『妹みたい』と言っていた訳で、決して煩わしいとは思っていないはずだ。
じゃあ、ユウにとって自分はどう思われているのだろう?
ただの友達かもしれない。親友、もしくはそれ以上だとはしても恋人にはなれない関係かもしれない。
あのとき、無理にでも自分と結婚させようとしていた事もあった。その件でユウに引かれているのかもしれない。
だとしたら、ものすごく落ち込む。
あの事件の後、古代兵器は無くなりアイリは本当の名前と自由を取り戻していた。それでも帝都存続のためには『婿』がどうしても必要である。父親が決めた結婚相手と無理矢理結婚させられるか、それともアイリが決めた結婚相手とハッピーエンドを迎えるかの瀬戸際に立たされている。
アイリが魔術学園に通えているのはユウのお陰でもあるのだが、父親から言い渡された婿探しという側面の方が大きい。
ユウがアイリの気持ちに応えてくれる様子はない。だが諦めたくもない。必ず振り向かせてみせると固く誓った。
アイリが学園に到着すると反射的に身構える。ここ最近になって『奴ら』が現れたからだ。
その『奴ら』がアイリの存在に気づく。
「アイリ様のご登場だぁ!」
その一言が、『奴ら』全員を覚醒させた。
わらわらと群がる非公式のファンクラブや親衛隊。それが『奴ら』の正体だ。
一度捕まれば逃げ出すのはそうとう苦労する。サインやら握手やらを求められるからだ。
更に今日はメルのファンクラブや親衛隊までいる。校庭が人混みでごった返していた。
アイリとしては今後はなるべく穏やかに学園生活を送りたい。そうなると『奴ら』は非常に厄介極まりない。
今ここにユウがいなくて安堵する。ロリコンだらけのメルファンクラブと親衛隊、男女が混ざったアイリファンクラブと親衛隊の共通の敵はユウなのだ。
両ファンクラブと親衛隊の信条はアイリあるいはメルは『みんなのもの』である。『奴ら』にとっては、ユウはアイリ(メル)を独占しようする輩でしかない。今日この場に居たら、間違いなく集中砲火を受けていただろう。
ユウの実力は運動会で前生徒会長で今は生徒副会長であるリーサを撃破したことから周知されているらしいが、聞いた話によると使い魔であるユナの力のお蔭で勝てたとまで言われている。自由に召喚できないため、ユナの力を借りる事ができないユウはあっという間に『奴ら』の餌食になる。
とにかく、ここで黙って突っ立ってしまえば、『奴ら』にもみくちゃになってしまうのは目に見えているので早く離れた方が良さそうだ。
「メル、アンタは逃げないのか?」
「……もう慣れてしまったから……」
重い溜め息をついていた。
確かに、メルは随分と前からこんな風にファンクラブや親衛隊に追っかけ回されている。
「それに、彼らを侮らない方がいいわ。なぜか逃げた先に先回りしてるから」
「もうストーカーの域だな」
アイリはもみくちゃになるのはごめんなので、さっさとこの場から逃げ出した。ファン達の間を縫うようにくぐり抜ける。ユウほどではないにしろ、アイリも『強化』をひたすら鍛えてきたのだ。そう簡単には捕まらない──はずだ。
正直、侮っていた。素直にメルの忠告を聞いておけば良かった。まさか『奴ら』がここまでしぶとく、しつこいとは思いもしなかった。
逃げながら『奴ら』の目をかいくぐっても、教室の前まで張り込みされてたら逃げ場を失ってしまう。
どうしようかと考えていたとき、不意に肩を叩かれた。思わず身震いする。恐る恐る振り返ると、その人物が無害であると知り、胸を撫で下ろす。
「ビックリさせんなよユウ」
「サーセン。で、アイリはここで何してんの?」
「『奴ら』から逃げてた。お前と一緒ならこんな事にはならなかったぞ」
「そうか?」
「現に昨日まではなんともなかった」
「あー、そういえばそうだ」
さっきはユウが『奴ら』の餌食になるとは思っていたが、『奴ら』から見ればユウは実力未知数の敵でもある。返り討ちに遭うという危険性を持っている訳で無駄に攻撃する事はないみたいだ。
まさかこんな事でユウと一緒に登校する意味があったとは思わなかった。どっちにしろこれからも一緒に登校する口実ができた事だから良しとする。
「ところで、何でお前ここに?」
「メルから連絡あって」
そう言って、ユウはケータイのディスプレイを見せてきた。差出人はメル。内容は『あなたの友達がものすごく大変そうよ?』と書かれてあった。
「という訳。じゃ、行きますかお姫様」
「ああ」
差し出されたユウの手を握る。まだ男性して生活してたら絶対にありえない光景だと思う。
ユウと一緒に教室に向かうと、ユウを邪悪な存在だと認識しているファンクラブと親衛隊からまさかの猛攻が仕掛けられた。魔術の砲口は全てユウに向いてきている。つまり『奴ら』が黙視できなくなったのかもしれない。
しかし、無許可での魔術の使用は禁止されている。これは当然校則で決められており、正当な防衛と見なされない場合三日間魔力を封印する腕輪の装着を義務づけられている。
その腕輪のデザインが生徒の間では不評で、身につける事を拒絶したくなるものだ。
そんな物を装着しなくてはならないのにユウに魔術を放ってくるという事は、そこまでして消したい──否、ボコボコにしたい奴なのだろう。
ユウは顔色一つ崩さず、魔力でドーム状の黒い結界を張る。アイリが見たこともない魔力の使い方だ。いつこんな芸当できるようになったのかを訊くと、ケイゴ教諭が失踪する前に教わったらしい。だが運動会前で防御壁を作れるようになったとは聞いていない。アイリが知らなかっただけという事もあるが。
それにしてもさすがは『闇属性』の性質をを持った結界だ。飛来してくる魔術をことごとく打ち消していく。
『稀有属性』である光と闇は珍しすぎる属性のため、魔術が開発されていない。だから未知の属性なんて言い方もされている。
『個有属性』は比較的オリジナルの魔術を作りやすいらしいが、『稀有属性』とは勝手が違うみたいだ。だからユウみたいな奴は魔術が使えないぶん、こうして魔力を利用するしかない。
ユウは魔術が使えない。それで最弱なんて言われ続けてきたが、黒竜に続き生徒副会長も撃破したユウは今じゃこの学園の生徒の最強の五人衆とまで言われている。
ユウ、メルにリーサとリリア──そしてコルウスと名乗る例の武人。最近は現れてはいないが、今も二年の教室で潜伏中であると専らの噂だ。
魔術の雨が止む。『奴ら』は瞬く間に生徒会に拘束され、例の腕輪をつけられていた。
やっと教室まで来ると、アイリとユウは戻ってくるなり自分の席に座る。アイリの後ろからユウの溜め息が聞こえた。振り返ってみると机に突っ伏しているユウがいた。
「どうしたんだ?」
のっそりと顔だけを少し上げてきた。
「何かさ、自分の力を知らしめるのって嫌なんだよな、魔人みたいで。それに悪目立ちするし……」
この世界では魔力が絶対の社会である。故に魔力が高い魔人は他の種族を蔑ろにする。その圧倒的な力を見せつけて。魔力が少ないユウは魔人からすれば格好の的である。
「魔人なんて糞食らえだ」
ユウの魔人嫌いはかなり有名だ。
リリアはユウに罵詈雑言、リリスはあまり口さえ利いていない。そしてユウの魔人嫌い。互いに嫌いの矢印を向けあっている状態だ。
ユウの魔人嫌いは正直計り知れない。
「ユウの魔人嫌いはそうとうだな。確かに魔人の事毛嫌いしてる奴はかなりいると思うけど、お前の場合毛嫌いしてるっていうより恨んでいるような……」
「恨んでない。ただムカつくだけ……」
「え?」
もっと詳しく聞こうとしたところ、唐突に肩を叩かれた。誰かと思えばクラスメイトの女子数人だった。
「えっと、何?」
「アイリちゃん、見えてる……」
「え?」
これは男性として生活していたときの弊害だ。足をガバッと開いたままにしてしまうのは間違いなく弊害だ。そのせいでパンツが丸見えなのも間違いなく弊害だ。
「せっかくの役得を……。絶対に許さない、絶対にだ」
「許さねえのはこっちだバカ」
氷塊がユウの後頭部に落ちる。通りで目線が下に向いていた訳だ。
そんなことより、氷塊がユウの頭に落ちて顔が机に衝突すると同時に何かが割れる音が聞こえた気がした。その音の正体はユウが顔を上げたことにより判明する。
ユウの眼鏡が壊れていたのだ。
でもそれは些細なことで、アイリは謝辞を述べる事を忘れてユウの顔を見つめていた。それはさっき忠告してきた女子達も同じだった。
「今のはマジで痛かったぞ。謝れ、月島さんに謝れ」
「いや誰だよ月島さんって! そんな事よりユウさ、眼鏡外した方が良いんじゃないか?」
「……つまり、どういう事だってばよ?」
何年も一緒にいたのにまったく気がつかなかった。まさか、ユウが眼鏡を外すと、こんな美形なイケメンになるとは思いもしなかった。




