15
今回で第一章完結です。
目が覚めるとそこは見慣れた屋根裏部屋の天井ではなく、病院の天井でもなく、所属するギルドのアジトの天井だった。
視界の端には、こちらを見下ろす憎たらしい銀縁眼鏡の男性の顔が映ったので、露骨な舌打ちをお見舞いしてやった。
その男性の名はレイヴン。平民の二〇代後半で長身痩躯の出で立ち、肌は病的なまでに白く見ているこっちが心配になりそうな男性だ。
ただ、このレイヴンという名前は本名ではないだろう。ユウの『コルウス』みたいに、おそらくはコードネーム。本名は誰も知らないギルドマスターだ。
いつの間にユウがこんな所に居るのかといえば、ミヤが増援を呼ぶと言っていたのでその増援部隊が気絶したユウをここまで搬送したみたいだ。
「おはようコルウス。コーヒー一杯あげようか? ブラックの」
「断る」
苦味が苦手だと知ってわざと言っているのが目に見えてわかる。それにこのやりとり自体何度も行われているものだ。
──本当に嫌味ったらしい奴だ。
「事の経緯はキミの使い魔が勝手に喋るもんだから全部聞いたよ。さすがはコルウスだ」
「ふん。それより、古代兵器はどうなった?」
「それなら──」
妙に間を空ける。絶対にユウの反応を楽しんでいるに違いない。
「破壊されたよ。キミの手でね」
「……そうか」
小さくガッツポーズをとる。もちろんレイヴンに気づかれないように。
不意に、ユウが寝ているベットの上に見覚えのある二丁拳銃が放り込まれた。
「キミの戦利品だ。受け取ってくれ」
「…………」
それを黙って受け取り、身を起こして奥の扉に向かった。
指紋認証に角膜認証、そして魔力認証。この先の部屋はユウ以外の立入を許さない。
「コルウス、俺がもっとも信頼しているのは何を隠そうキミだ。キミなら間違いなく俺の期待通りに働いてくれるからね。これからもよろしく頼むよ」
──つまり、汚れ役になれという事か。
いくら敵が悪魔に堕ちたとはいえ人間だ。殺人を起こせば必ず殺した人間を恨む者が現れる。ユウはこれからも、そして一生その恨みを背負わなければならない。それをケイゴは死神と称していた。
──上等だ。
「レイヴン、勘違いするなよ。俺とお前の間で成り立っているのは『協力』なんて生易しいもんじゃねえ。『取引』と『利用』だ。それに、アンタと取引してから半年も経ってないんだぜ? 随分と安っぽい信頼だな」
奥の扉を開け、中に入る。そこには生命維持装置に繋がれた一人の少女がベッドの上で横たわっていた。装置から伸びるコードが彼女の体に貼りつき、なんとも窮屈そうである。ただこれを外してしまえば、目の前でこの少女が死ぬ。
少女の傍らにある椅子に座って、ユウは彼女に声をかけた。
「しばらく顔見てなかったから久しぶり、になるのかな。もっともお前はそんな事ないと思うけど」
コルウスの姿だが、コルウスの仮面は取り払っていた。いつもの、柔和な笑みを浮かべる。これが本来のユウの姿である。
ユウはこれからも、この少女のために戦い続ける。
●
帝都の王宮でアイリは自分の部屋で引きこもっていた。
運動会が終わって──サイガの正体がバレてから三日が経過していた。
もうみんなに会わせる顔がない。今まで性別を偽って学園に居たのだから、みんなを騙していた事になる。もうあそこに自分の居場所は無い。
「アイリ様、お客様です」
メイドの声が聞こえた。ビクッと体が震えた。
──誰だ?
「今は誰とも会いたくない。帰ってもらってくれ」
「……承知しました」
──いったい誰だったんだろう?
疑問に思うが、もし学園の人間だったらどんな顔をして会えばいいかわからない。どんな風に接したらいいかわからない。
すでに退学届は書いてある。後は騎士団にでもメイドにでも投函させておけばオーケーだ。
──楽しかったな。
ユウが居たからこそ学園生活は充実していた。けれど、そのユウに会う事はもうなくなる。
窓の方を見やる。そこからならば古代兵器が見えていたが、今はキレイさっぱり無くなっていた。今度こそ、破壊に成功したらしい。けれどその破壊の瞬間は見ても、破壊者は誰も見ていないのだ。
アイリはきっとユウの仕業であるに違いないと思っているのだが、会うことができない以上、確かめることができない。
誰がやったにしろ、本当に感謝している。お陰で、殺されずに済んだのだから。
「誰か、その人を止めてください!」
「止まれー!」
王宮の中が騒がしくなってきた。メイドや騎士団の声が慌ただしく聞こえる。
「ドーン」
自分で擬音を口走りながらアイリの部屋のドアを破壊して入ってきたのは、アイリの最も愛した男で、最も親しくなった友人であるユウだった。
「ゆ、ユウ。どうしてここに……?」
「どうしてもこうしてもあるか。何で学校休んでるんだよ? 三日もだぞ。ウラヤマ」
「いやだって、本当にみんなに会うのが怖いんだ」
「そんな事気にしてんのかよ。でーじょーぶだよ」
「そんな事って……。俺、女なんだぞ──ずっとお前らに嘘ついてたんだぞ……! きっとみんな裏切られたって思ってる」
「そりゃあまあ、お前が女だったって事にはビックリしたけど、今までお前が偽り続けたのって、意味があった事だったんだから仕方ないさ。だけど、俺達が過ごしてきた時間は間違いなく本物だろ。お前は俺の親友だ。お前を──失いたくない」
そうだ。どんなに自分を偽っていようと、時間に嘘や偽りはない。
「みんなお前を待ってる。裏切られたと思ってる奴なんかいないぜぃ」
「……ホント?」
「それはガチ。じゃ、行くぞ」
「え? いやちょっと!?」
ユウはアイリをお姫様抱っこで抱えて窓を開けると、何を思ったのか急に飛び降りた。そして黒い物体──黒竜の体が真下に飛んできてしっかりと着地する。
「ユウ、俺行くなんて言ってないぞ!」
「うるさいな。どっちにしろ強引に連れ帰るつもりだったんだ。別に良いだろ」
「良くねえよ。まだ心の準備が──」
「そんなもんあっちでしろ」
ユウが学園がある首都へ行こうと黒竜に指示を出そうとしたとき、メイドや騎士達がアイリを呼んでいた。
「……またしばらくの間帝都を離れるんだ。挨拶くらいしとけ」
「うん」
深呼吸。そして、はっきりと、みんなに伝えるように大声で叫ぶ。
「俺、学園に行ってくる!」
しばらくして、行ってらっしゃいませ、アイリ様。と聞こえた。
「何だよ、心の準備できてるじゃん」
「うん。ユウと一緒なら、大丈夫な気がしたんだ」
「そうか? じゃあ、首都まで飛ばしていくぜぃ!」
ユウの指示で黒竜が帝都から飛び立つ。そしてあっという間に学園に到着した。三日ぶりにも関わらず、やけに懐かしく感じる。
とりあえず、新しい制服を受け取り、ユウに覗くなと釘を刺して着替えておく。
「どう、かな?」
「いいじゃんいいじゃん」
新しい制服は女子の物だった。どこか変じゃないだろうか、と心配になってくる。
ユウに引っ張られるようにして教室の前までに連れてこられた。いざとなるとかなり緊張する。
「ほら、早くは入れよ。後がつかえてるぞ」
「わっ」
ユウに押され、思わずドアを素早く開けて教室の中に入る。みんながアイリを注目する。
「お、おはよう」
すると、なぜかみんなが歓声を上げた。突然の事で混乱する。
サイガくんが帰ってきた。あれ、くんじゃなくてちゃん? そもそも名前ちがくない? サイガの女子の制服姿……ありだな。いやいや、サイガは女だからあれが本来あるべき姿だろ。会長も良いけどサイガもいい、ハアハア。
とクラスのみんなの声が聞こえる。変なのも混じってはいるが、アイリを非難する言葉は一つも聞こえない。
「お前が思ってるほど、世界は残酷にはできていないさ。何はともあれ、おかえり、アイリ」
「うん……!」
何年と続けてきた嘘の自分がようやく終わりを迎えるときが来る。
嘘というメッキが涙ともに零れ落ち、本当の自分を取り戻した。




