13
「キミはどうしてそんなに平気でいられる? 僕にはもう耐えられないよ」
「確かに魔力による差別は激しいよ。でも、俺達はそれを受け止めなくてはならない」
「でも、きっと僕らのような人間は大勢いる。このままでは世界が腐る。世界を変えなきゃ──世界を救わなきゃならないんだ」
「世界を……救う?」
「ああそうだよ。これを使ってね……」
「それは……!! ケイゴ、やめるんだ! それで世界を救うなんて間違ってる!」
「これしか方法は無いんだよ。どうだい? キミも一緒に──」
「断る」
「……そうか、残念だよ。シドならわかってくれると思ったんだけどな。これで決別か。じゃあねシド」
●
何年もの前に、ケイゴは親友であるシドと決別した。そしてその数年後にシドは死に、アコは行方不明になった。もっとも、そのアコを行方不明にさせたのは紛れもなくケイゴ自身だが。
一番厄介だった二人が消え、順調に計画を進められたが去年から邪魔をする者が現れた。名はコルウス。体格、バッジの色から見て高等部の二年で間違いないそうなのだが、二年の中で該当する生徒はいない。
そのコルウスというのが、ウィルスに感染した生徒からウィルスの魔力を吸収している──過去にシドが同じようなことをしている。
──……またしても『コルウス』か。
──どうしてまたコルウスなんだ……!
ケイゴはコルウスがシドの息子だと確信している。『コルウス』という名前が、過去にシドが使っていた名前と同じだからだ。単なる偶然じゃない。
親友の息子に計画を阻まれようとされているとは夢にも同じ思わなかった。
「夕凪-yunagi-」
斬撃が飛んできた。それを避けると、コルウスと思われる人物が立っているのが見えた。
やはり、シドの息子だった。シドと瓜二つの顔だ。
「やあ、キミがコルウスかい?」
ケイゴの問いに答える義理はなかった。
『強化』を利用して間合いを詰めて、鋒をケイゴの胸元へと突き刺す。
──手応えがない、幻影か。
ケイゴは魔力の使い方がとても上手い。実際、魔力の使い方はケイゴから教わったのだ。
これだってケイゴが魔力を使って生み出したデコイだ。
──本物は後ろか。
「夕凪 朧-yunagi oboro-」
ユウは振り向き様に刀を振るう。しかし、ただ虚しく空を切っただけだった。
舌打ちをする。
──ケイゴはどこへ消えた?
周囲を見回した。ケイゴの姿が見えない。
「遅いな。キミのその速度だと欠伸が出そうだよ」
背中にゴツリとしたものが押しつけられている。おそらくケイゴが愛用している二丁拳銃の片割れだろう。実際、使用している姿は見た事がないが。
「その体操服を着ているということは、さっきまで運動会に出てたのかな? でもうちにはキミのような生徒はいないはず。やはり誰かが変装してるとしか思えない」
「どうだかな。どのみち、お前は死ぬからそれを知る機会は永遠にねえよ」
「僕が死ぬ? キミが死ぬの間違いだよ」
ケイゴは引き金を引く。
破裂したような乾いた音が地下室に響く。
発射された魔弾がユウの体を貫く。
真っ赤な血液が噴水のように飛び散る。
「……ホントに、キミが何者か知る機会はなかったようだね」
大量に流れ込んだ魔力が暴走を起こして、サイガの体が悲鳴を上げている。
ものすごく辛い。このまま気を失えば死んでしまいそうだ。 辛うじて繋ぎ止めている意識を働かせて、自分をこんな目に合わせたケイゴを睨む。
近くに逆立った白髪の少年がいる。ユウ以上に体操服を着崩している。
一体誰だろう?
ふと、銃声が聞こえた。
それ以降何も聞こえなくなった。
もう意識がもたない。
目を閉じる。
……その直後、嘘みたいに体が楽になってきた。体の拘束が解けて、流れ込んで溜まっていた魔力が消えている。そしてようやく口に貼られていたガムテープが剥がされた。
目を開ければ、そこには一番親しい友人が居た。
「……、ユウ、なのか?」
「よっ」
今まで視界がボヤけてよく見えなかったのだが、助けてくれたのはユウなのだろうか。
でもあの白髪の少年の可能性もあるが、いつの間にか消えている。
ついでにケイゴの姿もここには無かった。
果たしてユウにサイガの中にあった魔力をどうにかする術はあったのか疑問に思う。
ユウの体操服はだらしないが、あの白髪の少年に比べればマシな方か。耳には見慣れない無線機が装着してあるがいったいどういう事なのか。
「ユウ、どうしてここに?」
「助けに来たに決まってるだろ」
「そうじゃなくて、何でここに来れたんだよ? ここ裏の森だし、人気ないから誰も来ないし……」
「俺、コルウスと知り合いなんだよね。コルウスはケイゴ先生を追ってて、ここを知ったんだ。で、コルウスからサイガがここに居るって連絡あってさ」
「コルウスって確かあの武人だよな? お前、知り合いだったのかよ」
じゃああの白髪の少年がコルウスだったのだろう。
「まあな。とりあえず、これ着ろ。目のやり場に困る」
そう言って手渡されたのはユウの体操服の上着だった。
目のやり場に困るってどういう事だろう? と首を傾げ、下を見ると自分の胸元がはだけていた。
顔に熱が帯びていく。そして思わず、
「イヤァアアアアアッ!!」
「ぶごぁっ」
叫び声を上げながらユウを全力で殴った。
急いで上着を羽織ると、チャックをすぐさま上げて胸元を隠す。
「なにジロジロ見てんだバーカバーカ!!」
「見たくて見たんじゃないって。それに、ケイゴ先生の手でだいたいの生徒には見られてるはずだぞ?」
「ッ!!」
そういえば、ケイゴがビデオカメラ片手に服を破いていた。あのカメラはサイガが実は女性だと知らしめるための撮影だったという事か。それが放映されたから、魔力が戻ってきたのだ。
「まさか、俺の正体に最初に気づいたのってケイゴ先生か……?」
「たぶんな。それよりサイガ」
「ん?」
「その……、意外とでっかいのな」
「氷圧-fetire glacies-」
ユウの頭上に氷塊を出現させる。ユウが頭上を見上げると、「ほわ?」と意味不明な素っ頓狂な声を発するのと同時に氷塊も落下してユウを押し潰す。
「変態! 死ね!」
「助けた奴に向かって何て事を……。それに『詠唱破棄』って、お前にそんな技術あったっけ?」
「魔力が戻れば一応できんだよ。できる自信なかったけど」
そう、今魔力が戻ったという事は──古代兵器が復活した事を意味する。こうなったら、一刻の猶予もならない。
「ユウ」
「ぅえっ? な、何?」
「俺と一緒に帝都まで来てくれないか?」
「え? あ、ああ、元々帝都に行くつもりだったから別にいいけど」
「じゃあ、さっさと行くぞ!」
一人に一回だけ発動できる『幻術』でケイゴにコルウスが撃たれて死ぬという幻を見せた後、サイガの救出を急いだ。
目の前に助けなければならない人がいる。
コルウスはあの日から後悔してばかりだった。助けられたのに、助けられなかったあの日から──ずっと。
コルウスの勝手な事情でケイゴを仕留め損ねた。また文句を言われる事だろう。
──知ったことか。
魔装の力を解放し、サイガの魔力を奪い取る。これで少しは楽になるはずだ。
サイガの顔色が良くなっていく。コルウスは魔装の力を灰色の鎖で封印し、コルウスからいつものユウに戻る。
「……、ユウ、なのか?」
「よっ」
「ユウ、どうしてここに?」
「助けに来たに決まってるだろ」
「そうじゃなくて、何でここに来れたんだよ? ここ裏の森だし、人気ないから誰も来ないし……」
「俺、コルウスと知り合いなんだよね。コルウスはケイゴ先生を追っててここを知ったんだ。で、コルウスからサイガがここに居るって連絡あってさ」
「コルウスって確かあの武人だよな? お前、知り合いだったのかよ」
「まあな。とりあえず、これ着ろ。目のやり場に困る」
体操服の上着を脱いでサイガに渡す。
サイガは不思議そうにそれを受け取り、ようやくユウが言った意味を理解してみるみるうちに耳まで顔が真っ赤になっていく。
「イヤァアアアアアッ!!」
「ぶごぁっ」
殴られた。たぶん全力で。
「なにジロジロ見てんだバーカバーカ!!」
殴られて仰け反っている間に体操服を着たみたいで、さっきまで丸出しだった胸元が完全に隠れていた。着ているのにも関わらず、胸の前で腕を交差している。
「見たくて見たんじゃないって。それに、ケイゴ先生の手でだいたいの生徒には見られてるはずだぞ?」
「ッ!!」
またサイガの顔が赤くなっていく。まあ見られたといっても男子勢はほんの一瞬だっただろう。周囲の女子勢から目潰しの刑をくらっていた。
「まさか、俺の正体に最初に気づいたのってケイゴ先生か……?」
唐突にサイガがそんな事を呟いた。
確かに今までサイガの様子は正常だったから、一番最初に気づいた奴とユウ以外にはサイガが女性だとわからないはずだ。
「たぶんな。それよりサイガ」
「ん?」
「その……、意外とでっかいのな」
今朝、残念と言っていた自分が憎い。
「氷圧-fetire glacies-」
「ほわ?」
サイガの魔術によって床に押し付つけられた。大したダメージにはならないが、地味に痛い。
「変態! 死ね!」
「助けた奴に向かって何て事を……。それに『詠唱破棄』って、お前にそんな技術あったっけ?」
「魔力が戻れば一応できんだよ。できる自信なかったけど」
そうなの? と答えようとしたが、さっきオフにした無線機をオンにして、ミヤの歌を聴こえるようにする。そろそろ連絡をとらないとミヤが暴れだす。
《ちょっとコルウス! 勝手にリンク切らないでよ!》
《こっちが生で喋ってるときに切っとかねえと素の俺がお前にバレるかもしれえだろうが。レイヴンの側近以外には俺の正体は秘密だろ?》
《そうだけど……。それより、ケイゴの奴逃がしたそうね》
《俺なら捕まえられると思ったか? 生憎、ケイゴは強いぜ。正直な話、ガチでやって勝てるかどうかすらわからない相手だ》
《…………》
《なに、奴の行き場所くらいわかってる。そこで決着をつける》
ケイゴが古代兵器を使おうとしているのなら、目的地はただ一つ──。
「ユウ」
「ぅえっ? な、何?」
慌てて無線機をオフにする。素の声があっちに聞こえていないか心配だ。
『Shout』にすらコルウスの正体を明かしていないのは、レイヴンが人をそう簡単に信用しない性格だからだ。いつ裏切られてコルウスの正体が敵に知られるのはマズイ。だから信頼の寄せる二人の側近にしか教えていない。
それよりサイガの話だ。
「俺と一緒に帝都まで来てくれないか?」
「え? あ、ああ、元々帝都に行くつもりだったから別にいいけど」
それにしてもサイガまで帝都に行こうとしているのはなぜだ? 古代兵器の事ならそっちの身内で何とかしろって話になる。ユウまでつれていく必要はない。
「じゃあ、さっさと行くぞ!」
ユウの腕を掴み、強引に引っ張っていく。その最中、無線機をオンにする。
《コルウス、あなた何してるの? 急にリンク切らないでって言ってるでしょ?》
《用事》
《用事って……、まさかモニターに映ってたあの子を助けるため?》
《ああ。あいつとの『約束』なんだ。放ってはおけない》
《……とにかく、ケイゴは帝都へ向かったのよね? あなたはすぐに向かうんでしょ? だったら後で増援を向かわせてあげるようにレイヴンさんに頼んでおくから。そろそろリンク切れそうだから、またね》
ミヤの声がまったく聞こえなくなった。歌が終わったのだろう。無線機をオフにしてこっちの声を聞こえなくしておく。
気づけば地下室の外に出ていた。ここで問題が一つ。
帝都までどうやって行く?
この学園から帝都までは随分と距離があり、正直、行こうとしてほいほいと簡単に行ける所じゃない。陸路を使うにしても海路を使うにしても移動手段によっては非常に時間がかかる。
ケイゴはどうやって帝都に行くつもりかはわからないが、ケイゴが先に古代兵器の所に行けば、兵器を使用されてアウトだ。ケイゴより先に古代兵器の元に辿り着かなければならない。
「帝都までの足はどうするんだ?」
「船。それが一番早い」
「ぶっちゃけ、急いで行かないと世界がヤバくなるんだけど」
「え?」
「コルウスから聞いたんだけど、ケイゴ先生が悪魔化を促すウィルスをばら撒いていたらしい。で、古代兵器使って世界に向けてウィルスを発射しようとしている。先生より先に着かなきゃダメなんだ。先生の移動手段がわからない以上、船でちんたら行ってる暇はないんだ」
「……じゃあどうするんだよ?」
「手がない訳じゃない」
問題は奴が都合良く現れるかどうかだ。使い魔のくせに肝心なときに限って居ない。まあ、生徒会役員から逃げるまでは一緒に居たから、逃走した際にはぐれてしまった訳なのだが。
「くそ、どこに居るんだよ」
小声で毒つく。そして、それに応えるかのように「ご主人様~」と少女の声が木霊した。
「ぶへっ」
空からものすごい勢いで突進してきたそれは、ユウに抱きつくなり猫みたいに頬擦りしたり犬みたいに尻尾をブンブンと振り回したりしている。竜なのに。
「おいユウ、まさかそいつで?」
「ああ、ユナなら数分で帝都まで飛べる。ってことでユナ、竜の姿になってくれ」
ユナから黒い光が放たれる。その光が膨張していき、やがて竜の形を成す。光が消えると、巨大な体躯の黒竜が姿を見せる。
「さ、行くぞ帝都に」
黒竜にサイガを乗せると、ユウも乗り黒竜に命令を出す。
黒竜はそれに従うと、黒い翼を広げて帝都へと飛び立っていった。
●
帝都に到着すると、時差のせいでまだ帝都が昼だという事がわかった。この時間帯なら商人達の声が響き渡っていて、都市全体が大いに賑わっているのだが、今都市全体にはどよめきが走り回っていた。
騎士団達が市民達の懸命に落ち着かせようとしている。
こんな騒ぎになっているのは、王宮のすぐ側に巨大な砲台が佇んでいる
からだ。破壊に成功したといわれる古代兵器だ。
ケイゴがもう来ているのかどうかだけが気になる。
「ユウ」
不意に、サイガに話しかけられた。
「一緒に王宮まで来てくれないか?」
「何で? 俺急いでんだけど?」
「頼む、すぐ……終わるから」
「…………」
正直、困った。
いつやって来るかわからないケイゴを迎え撃たなければならない。でも、サイガの方もユウに大事な話があるようだ。だからユウを連れてこようとしていた。
とりあえず、ユナには古代兵器の所に向かって迎撃を任せるとして、サイガの用事をとっとと済ませよう。
「ユナ、先に行ってくれ」
ガウ、と竜の鳴き声で返事したユナは翼を広げて古代兵器の元へ飛んでいった。
「悪いユウ。そっちも用事あったんだろ?」
「別にもういいよ。それより早く行こうぜぃ」
「……ああ」
王宮に着くや否や、使用人達から手厚い歓迎を受けた。本当にでサイガが皇族だと改めて認識した。
そしてサイガに案内されながら客間へと導かれ、そこで使用人から「こちらにお召しくださいませ」と一着の服を手渡された。サイガの話によれば、これから皇帝に謁見するとの事だ。つまりこんな体操服すがたではなく、正装しろという事だ。確かに、体操服のまま謁見するのはよろしくない。
サイガは後で迎えに来るとだけ言って、どこかへ消えていった。
客間に一人残されたユウは、とりあえず手渡された服に着替えて、大人しくサイガを待つことにした。ただ、こんな所にいると萎縮してしまう。
しばらくしてノックと共にサイガの声が聞こえた。迎えに来たようだ。客間の扉を開けるとサイガが立っていた。けど、いつものサイガの雰囲気ではなかった。ブルーを基調としたドレスを身に纏い、うっすらと化粧しているように見えた。本当に女の子に見えた。実際女の子なのだからそれが普通だけれども。
「じゃ、行こっか」
サイガについていくと、やけに広い部屋に辿り着いた。ここが謁見の間だろう。奥には恰幅の良い男が玉座に座り、こちらを睨んでいるように見えた。この人が皇帝──そして、サイガの父親である。
皇帝の近くまで歩いていくと、皇帝が野太い声を発した。
「戻ってきたか、我が最愛なる娘よ」
「ただいま戻りました、お父上」
「して、その者がお前が選んだ『婿』なのだな?」
「はい」
──ムコ……?
いったいどういう事かわからない。やけに萎縮したせいでいつも饒舌な口が動かない。説明を求めるようにサイガを見つめる。
「ごめんユウ……、騙すつもりはなかったんだ。……一生の頼みだ。ユウ、この帝都の皇帝になってくれ」
「……は?」
やっと口が開く。でも出せたのはほんの一言だけだった。
「もしや、婿殿に何も説明してないのか?」
「……はい」
「まあ良い。私から説明しよう。我が国の古代兵器はわかるな? そして起動の鍵も」
それはサイガから聞いた。黙ってコクコクと頷く。
「帝都の皇族に女性は産まれてはならないのだ。もし産まれた場合、即刻殺している」
それだと話がおかしい。じゃあ、何でサイガは今こうして生きているんだ? サイガは皇族の女性。今の皇帝の話が本当なら、サイガはもうこの世には居ないはずだ。
「本来なら、な。しかし、我が愛する妻が出産の後に他界してしまってな……殺せば、跡取りがいなくなり帝都は滅ぶ」
「それを避けるために俺に一つの使命が与えられた」
「使命?」
──使命って何だ?
ここから先の話を聞きたくなかった。耳を塞ぎたかった。だが、無情にもサイガの声はユウの耳に侵入して食い込んでいく。
「伴侶となる人間を探せ、といものだ。俺自身が選んでだ。そして俺が選んだのはユウ、お前だ。だからユウ……俺と結婚してくれ」
「ちょっ、待ってくれよ。じゃあサイガは、あの学園で結婚相手を探してたって事?」
「ああ」
「何で結婚しなくちゃいけないんだよ? 意味わからないよ……」
「跡取りをつくるためだよ。俺とお前で男の子産んで、その子を将来の皇帝にする。そうすればひとまず帝都は滅びる事はない」
そういう事か、ととりあえずは理解する。だが、何かが頭の中で引っ掛かるような気がした。
帝都を存続させたいのなら、誰かと無理矢理にでも結婚させて子供をつくらせれば良いのだ。こんなしがないユウでも帝都の姫と結婚してもいいと言っているのだから。
なぜわざわざサイガに選ばせる?
どうせ本来なら不要な人間のはずなのに。結婚相手を選ばせているのは、ただ単にサイガのワガママなのだろうか? せめて好きな人と結ばれたいがために。
──不要?
ユウの中で一つのワードが出てきた。
もしユウとサイガの間に男の子ができたとして、無事に出産してしまえばサイガは用済みになるのではないか?
帝都の皇族の女性の血は古代兵器の起動のキーだったはずではないか?
たまたま出てきたワードのお蔭で、引っ掛かっていたものがするするとほどけてくる。
「サイガ、もしかしたら……お前殺されるんじゃないのか?」
「……お前、変なところで鋭いな……」
「おい、マジなのかよ……!」
皇帝の方を見る。皇帝は後ろめたい顔をして目を逸らした。
──もう、疑いようないじゃんかよ……!
ユウの中で何かが切れた。いつもような怒りではない。
本当に心の底から溢れだす怒りだった。
「ふざけんなよ……ッ!!」
大声が出た。自分の声なのに自分のじゃないような感覚がした。
ここまで感情に身を任せて怒鳴ったのは──もしかしたら初めてかもしれない。怒っても感情を押し殺したような『静かな怒り』のような状態になってしまうのが常だ。特にコルウスとしての人格を身につけてからは、ここまで感情的になるのはほとんどなかった。
「何ッだよそれッ!! 男の子供ができたら古代兵器を使わせないためだけにサイガを殺すってのかよッ!? サイガだけじゃない、サイガの前の人も、これから産まれて来る皇族の女の子も、お前らは平気で殺すのかよッ!?」
「……、そうだ」
「何が最愛なる娘だよ!? 元々殺す気のくせによ!!」
一気に皇帝との間合いを詰める。とにかくこの皇帝ぶん殴りたくて仕方がなかった。
『魔魂』を発動させて、皇帝の顔面めがけてその拳を突き出した。
だが防御用の結界によって拳は皇帝には届かなかった。
その結界越しの皇帝は、一切ユウと目を合わせない。
力を込める。
結界に徐々にだが亀裂入る。
そこでようやく騎士達が動いてユウを押さえ込み、皇帝から遠ざけた。
ユウの目は皇帝を睨みつけている。このまま睨み殺してしまいそうになるくらいきつく。
「いずれ、私はお主に殺されるやもしれんな」
皇帝はそれだけ言い残して奥に消えていった。ユウは騎士にされるがままに王宮から追い出された。その間、サイガはユウについてきていた。
王宮から追い出されたユウはその場に立ち竦んでいた。しばらくしてフラフラした足取りで段差に近づいて座り込んだ。その隣にサイガが座り込む。
「俺のために本気で怒ってくれてありがと」
「そんな事で礼を言うなよ」
「でもすごく嬉しかった。俺さ、お前のこと好きだよ。だから、俺は死ぬ瞬間まで幸せでいられると思う。死んでも、後悔はないと思う」
「何それ? もしかして俺を説得しようとしてる? だとしたらそれ全く意味ないから。何でわざわざお前を殺すために結婚しなきゃいけないんだよ? 何とかならないのかよ……?」
「無いよ、方法なんて」
あっさりと、サイガはそう言いきった。サイガの中ではもう死への覚悟をとっくの昔に覚悟していたようだ。
死への覚悟なんてそう簡単にできるものじゃないのに。
「頼むよユウ」
受け入れてしまえば、いっその事楽になれるのだろうか。
ここでユウがいつまでも渋っててもいずれ決断の日はくる。あるいは無理矢理にでも迫られる。
──本当に、本当に何とかならないのかよ?
──また目の前で失ってしまうのかよ?
──そんなの、絶対に嫌だ。
「サイガ、俺はお前を絶対に救う。お前が死ななくてもいいように、最後の最後まで絶対に諦めないからな」
ユウは今年で一七歳。結婚できる年齢に至るまであと一年以上もある。まだ時間はあるのだ。
それよりも目の前の問題だ。それを解決できなければサイガを救うどころの話じゃない。
ケイゴを殺す。
「サイガ、皇帝にさっきは殴ろうとして悪かったって、伝えておいてくれないか?」
「ああ」
サイガは立ち上がって王宮の中へと入っていった。
今なら誰もいない。存分に力の解放ができる。
刀に取り巻いていた灰色の魔力の鎖を具現化させ、手で掴むと一気に引き千切る。砕ける音と共にユウの姿が変わっていく。
「俺の覚悟、ホントに脆いな」
誰に語る訳でもなく、ただポツリと低い声で呟く。
「もう迷わないって、約束したのにな」
瞼を閉じ、深呼吸。そして開く。
覚悟を決めたユウの緋色の瞳には、迷いが綺麗サッパリ消えていた。




