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一言で言い表せば、それは『変化』だった。
ユウの手がユナに触れた途端、視界を覆い隠すような黒い光が辺りを包み込む。
光が消え去ると、ユウの手には長刀が握られていた。その刀身は漆黒、鍔は竜の顎、峰と柄には黒い竜鱗がびっしりと覆われていて刀全体が真っ黒だ。
使い魔が武器に変わる。
それはあまり見る事がない光景だ。それをできる者があまりにも少なすぎるためである。
「使い魔の『武器変化』……、使えるのはこの学園ではサラ先生しかできないはずですよね?」
「は、はい……。という事は、私のをユウは見ただけで会得したことになりますよね……? そんな事、できる訳……」
やはり恐ろしい才能を秘めていると、ケイゴとサラは確信した。
長刀を一薙ぎすれば、黒い焔がリーサの暴風を掻き消していく。闇と火の複合の属性、それがユナの『黒い焔』だ。魔術の打ち消しに攻撃力がプラスされたようなものだ。
「何なのそれ?」
見た事のない使い魔の変化に、リーサの余裕が消え失せたように見えた。
『武器変化』。それが今起きた現象の名だ。使い魔を武器に化けさせる事で主の戦闘力を上げる事ができるのだ。ただ、その発生条件は今のところ不明である。『武器変化』ができる本人ですらいつの間にかできるようになっているのだから。 ユウは一気にリーサとの間合いを詰める。
オートで発動される岩壁は黒焔を纏った刀身で斬り崩す。
岩壁が消え、リーサの姿が露になる。
しかし、すでにリーサは魔術の呪文詠唱を紡いでいた。
焔の防御が間に合わない。
風鎚がユウの腹部を的確に撃ち抜く。昼に食べた物を吐き出しそうになり、またもや弾き飛ばされた。ユナによって破壊されたはずの結界がいつの間にか復活していて、それに叩きつけられる。
吐き出しそうになったものを強引に飲み込む。
「やっぱ、そう簡単にはいかないか。なあなあユナ」
『何ですかご主人様?』
「ちょっと試したいことがあるんだけど……」
『試したいこと?』
「魔術を発動させる」
『えっ? どうやって?』
「いいから俺に合わせて魔力を解放させればオーケーだから」
「荒れ狂う暴徒の進行-typhon-」
リーサが上級魔術を放ってきた。
風の凶刃がユウを襲う。
「目には目を。上級魔術には上級魔術でしょ常考! 爆炎の園-eruptio-」
鋒から黒い光が射出され、黒い輝きを放ちながら爆ぜた。
「なっ……!?」
黒い爆焔が凶刃を消し、爆風がリーサを襲い体を吹き飛ばす。
ユウは吹き飛ばされたリーサを追いかけ長刀を構える。
すかさず岩壁がリーサを守る。
「そらっ」
それを『強化』した拳で破壊する。
そして、壁の向こうで牙を剥いている風鎚には黒焔で対応する。
「二度も同じ事は効かないって習わなかったすか?」
リーサの背中が結界に衝突すると同時に、長刀を彼女の顔面の真横に突き刺す。
結界が再び音を立てて崩れていく。
「降参よ。そこまで魔術を無効化する能力を使いこなされちゃ、勝ち目ないじゃない」
決着の瞬間、歓声が起きた。おそらくD組の連中だろう。
「騒ぎすぎだろ。まだ優勝したって訳じゃないのに」
「ねえ貴方」
リーサが話しかけてくる。ユウとしてはあまり話したくはないのだが。
「もっと本気出しても良かったのに」
「いやいや、これでもケッコー本気だったぜぃ」
「そう?」
リーサがゆっくりと口許をユウの耳にもっていき、囁くようにして言葉を発する。
「本当の力の事を秘密にしているくせに、よくもまあそんな嘘がつけるわね」
「!!」
ユウの表情が曇る。漆黒の瞳で『なぜその事を知っている!?』と訴えるように睨みつけた。
「それじゃ」
ユウはただ、リーサの背中を睨みつけていた。なぜ自分が秘密にしてきている事を知っているのか。
場合よっては、消さなくてはなくなる。あの秘密は一部の人間しか知らないはずなのに。
●
結局、優勝したのはA組だった。一年と三年のD組もユウに触発されて奮闘したものの、勝利には至らなかった。
それはもういいとして、ユウの身には『生徒会の勧誘』という火の粉が降りかかってきた。きっぱりと断ってやったが、生徒会の奴らはしぶとく今も追われている。
ユウは振りきるためにこうして人気のない所までやってきていた。ここからだとグラウンドが一望でき、今まさに運動会の閉会プログラムに組み込まれている『Shout』のライブを始めようとしているところだった。何か後ろには巨大なモニターが設置している。
そういえば、まだサイガが姿を見せていない。トイレにしちゃ長すぎる。っていうか、なぜにトイレと決めつけているのだろう?
「ユウ」
呼ばれて体をビクリと震わせ、声が聞こえた方へ振り返ると白髪緋瞳の少年が立っていた。ライオンの鬣を思わせるような逆立った髪。口から覗かせる八重歯。ジャングルから人間界に迷いこんだ獰猛な獣のようだ。ユウと歳は同じだが、彼は『特別クラス』の人間だ。だからほとんど交流は無いはずなのだが、ちょっとしたきっかけでこの少年とはそれ以来の付き合い──サイガとは別のもう一人の親友でもある。ちなみに、開会式のときにユウと教室で喋っていたのはこの少年だ。
「お前、レイヴンからケイゴって奴を連行しろって言われなかったか?」
「……俺には無理だ」
「そうか。じゃ、俺が──」
「待ってくれよ」
まだ、ケイゴが犯人と決まった訳じゃない。勘違いだったという可能性だってある。
「もう少しだけ、様子見よう」
「そんな悠長なこと言っても良くって?」
別の声、聞いたことがある。聞いているだけでイライラする。
「生徒会副会長様が俺に何の用? 生徒会の事なら諦てくれぃ」
「用件はそんな事じゃないわ」
「じゃあ何? で、お前は何で隠れないの? 一般の生徒に見つかるとヤバいんじゃなかったっけ?」
「リーサなら大丈夫だよ」
どうやらこの二人、顔見知りのようだ。でもいったいなぜ?
「やっぱり知らなかったか。リーサも俺達と同じギルドの一員だぜ。ついでに言うなら俺と同じレイヴンの側近だ。フブキさんの代わりだぜ? だから何度か会ってるはずなんだが?」
「ちゃんと覚えてくださる?」
「最悪、レイヴンと『Shout』の顏さえ知ってれば仕事はできるんで。ま、今覚えたよ。どうりで俺の正体知ってる訳だ」
同じギルド内でもユウの正体を知ってるのは、レイヴンとレイヴンが信頼を寄せる二人の側近だけだ。
ユウは再びグラウンドの方に目を戻す。ライブの準備が終わり、今まさにライブが始まろうとしていた。
観客の多いこと多いこと。この学園の生徒の半数以上は『Shout』のファンなのだろうか。
「で、リーサは俺に何の用だっけ?」
「レイヴンさんに背くな、と言いたいだけよ」
「……別に逆らうつもりはないよ」
そんなことより、『Shout』が今ライブを始めるという事は、レイヴンが何かを仕掛けようとしているのか?
そんな指示は聞いていない。が、準備はしておく。そろそろ連絡がくるだろう。
ユウは腰に差してあった刀を掴むと、灰色の鎖が現れた。この鎖は魔力が具現化したものだ。つまり普段は目に見えないもの、ユウが解放する事によってやっと見えるようになる。鞘から抜けなかったのもこの鎖のせいだ。
「おい、何だよありゃあ……?」
武人の少年がグラウンドの方を見て驚きの色を見せている。隣にいたリーサも同じ顔をしている。ユウもグラウンドの方を見てみた。
「!!」
驚きを隠せなかった。
まだライブが始まっていないのにも関わらず、モニターに映像が映っていた。映っていたのは中性的な顔をしたこの学園の生徒だった。
「サイガ……!!」
見間違う訳がない。
「あの子、いつも貴方といた子よね?」
「俺も今朝見かけたな」
何でサイガが映し出されている?
撮影してるのは誰だ?
その問いには誰も答えられない。答えを知ってるのは口にガムテープを貼られ、手足を拘束されたサイガとそれを撮影している者だけだ。
ふと、画面の右下からキラリと輝くものが見えた。
ハサミだ。
そのハサミがサイガの体操服を切り裂いていく。
『んーーーー! んーーーーっ!!』
サイガが必死に抵抗しているが、ハサミは止まらない。
そして、遂に──サイガの上半身が露になった。
「あれ、何かしら? サラシ……?」
リーサの言う通り、サイガの胸元にはサラシが巻かれていた。女である事を隠すためのものだろう。
「マズい……!!」
思わず口走る。それを二人は聞き逃すはずがなかった。
「マズいって何がマズいんだよ?」
「説明して頂戴」
そんな二人の言葉はユウには届いていなかった。今は画面に映るサイガの姿を凝視していた。
ハサミがサラシを切り裂いていく。このままだと、サイガが女だとバレてしまう。
「見るなああああああああっ!!」
獣の咆哮に近いユウの叫び。だがその叫びは届かなかった。
晒しから解放されたサイガの乳房が姿を現した。
その瞬間、みるみるうちにサイガの顔色が悪くなっていく。
サイガには女性だとバレた瞬間、己の魔力で作った認識阻害の魔術が解除され、一気に還元されて魔力の熱暴走が起こる。
そしてたった今、ほとんどの者に女性だとバレた。
サイガに全ての魔力が還元されていく。
『うあーーーーーーっ!!』
サイガの悲痛な呻き声が、ユウの心臓を抉るように突き刺さる。
サイガが女性だという事を隠しているを知ってて何もできなかったのだから。
それどころか楽観視していた。
そこで、撮影は終わった。
「まさかあの子が女の子だったなんて……」
「リーサもお前も、何で見たんだよ? 見るなって言ったろ……」
「でも……」
「ユウ、何が何だか説明しやがれ」
直後、軽快なリズムの音楽が聞こえた。どうやら『Shout』がライブを始めたようだ。
そして、ユウの頭にボーカルとギターを担当している女の子の声と全く同じ声が直接響く。
《とりあえずレイヴンさんから伝言。こうなったのは全てキミのせいだ。だって》
《……犯人は誰だよ? レイヴンの先見の力で全部見たんだろ?》
《ケイゴ》
ケイゴを連行しろと言われたにも関わらず、躊躇したのがこの結果。
こんな事態を招いたのはユウのせいだ。本当に無様だ。
《ケイゴの目的は悪魔化のウィルスをばら撒く事じゃ……? こんな事して何になる?》
《この学園にかけられてたサイガって子の認識阻害の魔術と、古代兵器を隠蔽する魔術はリンクしているみたい。認識阻害の魔術が解除されたから、古代兵器の方の魔術も一緒に解除された。だから今、帝都じゃ大騒ぎになっているっぽいよ。古代兵器が復活したーって》
《そんな事はどうでもいい!! 目的は何だって訊いてんだよ!!》
《古代兵器の起動、だよ。どうやってか認識阻害の魔術と隠蔽の魔術を解析して、リンクしていた事を知ったみたい。だから古代兵器を出現させるためにこんな事したのよ。認識阻害魔術が消えれば、隠蔽魔術も消えるから》
《古代兵器を出して、アイツは何をするつもりなんだよ?》
《古代兵器ってのはね、大砲なの。で、弾は魔力。その弾をウィルスで代用して世界に向けて発射するつもり》
《それで、奴は今どこに居る?》
《……ケイゴは地下に居るよ。場所は口頭で案内するから。次は失敗は許されないからね、『コルウス』》
ユウは鎖に手を伸ばし、思い切り鎖を引き千切る。
鎖が割れ、砕け散る音と共にユウの髪と瞳が変色していく。
髪は真っ白くなって逆立っていき、瞳は緋色に染まる。
その姿は武人──コルウス。
「ユウ──いや、今はコルウスか。どこに行くつもりだ? その前にちゃんと質問に……」
「悪いなジン、急いでるんだ」
ユウの声、口調、態度が一変した。まさしくコルウスのものである。
「後でちゃんと説明する」
ユウことコルウスは走り出した。
親友の元へ向かうため、恩師を倒して止めるために。
●
頭の中に響く声を頼りに、コルウスとなったユウは学園の裏の森の中へ来ていた。
『Shout』のボーカルでもあるミヤはかなり変わった属性を持っている。その属性とは『歌属性』。既存する属性のタイプどれにも当て嵌まらない。
歌っている途中でも『ディーバ』という歌魔術で適合者と会話ができる能力を有している。ただし術者の歌が聴こえる範囲でだけだが。
適合者は今のところコルウス(ユウ)とレイヴンの二人だけ。今、ミヤは『ディーバ』を発動してコルウスとレイブンに同時にリンクしている状態だ。
『ディーバ』の利点はただ一つ、適合者でない限り盗聴は絶対にされない事だ。更にミヤの意思でリンクする人物を限定する事もできる。秘密裏に行動しているコルウスとレイヴンにとって、この『ディーバ』というのはとても都合が良いものなのだ。
ミヤの声に従い森の奥へと進んでいく。
ふと、不自然な穴を発見した。覗いてみると地下へと繋がっているようだ。この奥にケイゴとサイガがいるに違いない。
《じゃあその穴に潜って。その奥がケイゴのアジトだから》
《わかった》
《コルウス……》
《何だよ?》
《レイヴンさんの命令に背くなんて去年のクリスマス以来だよね》
《……そうだな。むしろそれまでは反抗的だったよ》
《コルウス、個人的な理由で命令を無視しないで。でないと大変な事になって取り返しのつかない事にだってなるから。現に今だって……》
《そのための『コルウス』なんだよ》
ただ命令を遂行する人形となる。それがコルウス──ユウが作り出したもう一つの人格。
《コルウス、今レイヴンさんから命令がきたよ》
《何だよ?》
《ケイゴを殺せってさ》
《了解、と伝えてくれ》
例え相手が恩師でも、命令は必ず遂行する。だから殺せと言われても絶対に殺す。
地下の中へ侵入していく。無線機を装着して『Shout』の歌が聞こえるようにしておく。歌が聞こえなければ、リンクは強制的に切れる。
奥に進むにつれてサイガの魔力を強く感じる。
ここまで強く感じた事は無かった。サイガの魔力が全て戻ってきたからだろう。
鞘から刀を引き抜く。今まで隠されていた白銀の刀身が剥き出しになる。
その白銀の刀身が漆黒に染まった。
「夕凪-yunagi-」
刀を振ると一陣の斬撃が舞い踊る。
その黒い魔刃の行方はケイゴだ。
ケイゴは咄嗟に『夕凪』を躱し、こちらの存在を認めた。
今のケイゴの顔は、狂気に染まっているように見えた。いつもの優男風な感じじゃない。ただの──獣だ。
「やあ、キミがコルウスかい?」




