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「ぐぼぁ!」
なぜかリリアから腹にグーでパンチをくらわされて悶絶する羽目になってしまった。
「リリア、ユウに何をするか!」
「負けたのが悔しいからってその腹いせは良くないぞ!」
D組のみんなが「そーだそーだ」とリリアに野次を飛ばすが、
「あぁっ!?」
リリアがキレてみんなして「す、すみません」と土下座していた。ユウはこの光景を見て滑稽だな、と胸中で笑う。腹部に痛みが走っているので実際に笑う余裕はないが。
それはさておき、さっきからサイガの姿が見えない。トイレにでも行ってきているのだろうか。
そういえばサイガはどうやって用を足しているのか疑問に思った。まさか女子トイレにでも入っているのだろうか?
──もしそうだったら、見つかった時点でアウトだな。
その日から変態扱いされて、女子からは非難されて散々な目に遭うんだろうな。本当は女なのに。
リリアはただユウを殴りたかっただけだったようなので、早々にA組の連中の元に戻っていった。
「次はクラス別戦闘だな。頑張れよユウ」
その言葉を区切り次々とエールの言葉を送られてくる。
殴られた腹を擦る。リレーで走らされ、リリアには殴られ、更にこの後の戦闘にも出されるんじゃ、ユウほどタフでなければ卒倒するところだ。
たった今、ここまでの総合成績が発表された。一位はA組。やはりリレーで勝っても追いつけなかった。そして二位にD組が入り、その下にはB、Cの順になっている。
D組が二位に上りつめたのは俺のお陰だから感謝しろ、と言おうとしたが、次は最後でA組が有利な競技なものなので現在一位であるA組の優勝はほぼ確定的である。二位になっても優勝できなければ賞品は獲得できない。
それにどうせA組は生徒会の連中を選手に出場するに決まっている。この学園の最強軍団だ。普通なら勝てるはずのない相手だ。
「お、ユウそろそろ時間だぞ」
クラスメイトに言われて気づく。もう対戦カードを決める時間になっていた。急いでグラウンドの方へ走っていく。
グラウンドには既に選手達が集まってきていた。そしてなぜかリリアの姿がある。一緒に居るのはメルだ。何やら話し合いをしているようだ。近くまで行ってそっと聞き耳をたててみる。
「頼むから選手を変わってくれ」
「それは無理よリリア。もう私が出るって登録しちゃったし、今更変更なんて……」
「そこは生徒会長の力で……」
どういう訳かリリアはメルから選手の座を奪おうとしているらしい。
「おいリリア」
思わず声をかける。本当は声をかけるつもりなど毛頭も無かったのだが。
「何だよ?」
「リレーにも出てこれにも出たら俺じゃない限りぶっ倒れるぜぃ。かあさんやとうさんに心配かけさるような事するんじゃないのですよ」
「うるせえわね。あたしはどうしてもお前に勝たなきゃならないんだよ。負けっぱなしじゃ嫌だ」
「いやだからって……。なあメル、リリアってもしかして負けず嫌い?」
「うん……」
薄々そうだとは思っていたが、まさか本当にそうだったとは。
「リリア、対戦カードはランダムに決まるんだぜぃ? だから俺と当たるとは限らない。それに仮にお前がメルの変わりに出場したとして、俺と戦うことになってもお前が相手なら俺絶対降参するし」
「何だと?」
「だから今こんな所に居ても無意味だぜぃ。さ、帰った帰った」
リリアは未だに納得しない顔だったが、渋々──というか明らかに憤慨しながらグラウンドから離れていく。
「ありがとねユウ。あのままだったらホントにリリアが出ちゃうところだったわ。降参するって嘘までついて」
「嘘じゃないし」
「え?」
「アイツとガチで戦う事になったら、まず逃げるよ。アイツとはよくケンカするけど、さすがに殴り合う事はしたくない」
「……そっか」
「それに、メルが相手でも降参するな」
「そうなの? 先生達は私達の勝負に期待してるらしいわよ?」
「絶対に戦うと決まった訳じゃないのにな」
そこでユウの名前が呼ばれた。すぐに抽選してる所に向かって、箱の中に手を突っ込む。中にある紙を掴んで引っ張り出し、四つ折りになった紙を開いていく。広げた紙の中心には堂々とでっかく『1』と書かれていた。モニターで確認すると、まだ『1』の枠は決まっていなく、すぐにユウの名前が浮き上がっていく。
──メルが相手じゃなきゃいいな。
とりあえずメルが『1』さえ引かなければ、メルとの対戦を避けられる。という訳でメルが『1』を引かないことを全力で祈る。
その結果、メルは『1』を引かなかった。だが代わりに『1』を引いてしまったのは三年A組の最強。前生徒会長であり、現在の生徒副会長──リーサという名の女子生徒であった。
「ユウの相手はリーサさんか、強敵だね」
「俺、あの人苦手なんだよね」
魔人のほとんどは苦手であるが。リーサといえば、噂によればドSな性格をしているらしい。更に魔界出身ということもあって、平民を特に見下す。
本当に、ユウが大嫌いなタイプだ。
しかもユウとリーサが引いた『1』というのは対戦の順番を示している。つまり第一試合であるという事だ。
●
「どうやらユウの相手はリーサのようですな」
「ふむ、個人的にはユウとメルの対戦が見たかったのだが、これはこれで面白いかもしれん」
学園の教師が全員見守る中、ユウとリーサの対戦が始まろうとしていた。
去年まで学園最強をほしいままにしたリーサと、学園最弱とまで言われていたのにも関わらず、最強種の黒竜を倒して手なづけたユウ。どちらが強いのか、教師達にとってこれはこれで興味をそそる対決となった。
「ケイゴ先生」
「おや、サラ先生じゃないですか。何の用ですか?」
「どっちが勝つと思いますか?」
ケイゴは考える素振りを見せて──、
「わかりませんね」
と呆気なく答えた。
「だって、どっちとも勝てる要素は持ってますから」
「……そうですか」
「逆にお訊きします、どちらが勝つと思いますか?」
「ユウ一択ですね」
「即答ですか。もしかしてそれは勝ってほしいという願望では?」
「そうかもしれませんね。ユウは私の愛弟子でもある訳ですし」
「それは僕にとっても同じですよ。まあ僕らは教師という立場上、贔屓はできませんけど……ユウには勝ってほしいですね」
サラもケイゴもユウを最強にするつもりで鍛えてきたのだ。たかが元学園最強にすら勝てなくてどうする。
教師や大勢の生徒が見守るグラウンドの中心にはユウとリーサが対峙していた。薄い黄緑色のショートカットで、顔が綺麗に整った女子。相変わらず性格がSそうな顔をしている。頭には魔人特有の角、左目の下には泣き黒子がある。
リーサの表情は余裕そのもの。実際、ユウみたいな奴に負けるとは思ってもいないだろう。
──どうすっかな~。
こんな魔術をバンバン撃ってきそうな相手に勝てる訳がない。
よし、とりあえず降参安定だな、と意気込む。何ともダメな決意だなと自分でも思う。
そして戦いの火蓋が切られる。
「あ、俺降さ──」
言い終わる前に暴風が吹き荒れ、ユウの体を大きく吹き飛ばす。
例によってこのフィールドには結界が張られており、第三者が侵入できないようになっている。更に中に居る人物も結界から出られないように細工を施してあり、決着あるいは降参するまでこの結界は解ける事はない。
その結界に体を強くぶつけ、肺の中の空気を強制的に吐き出される。 失った酸素を取り込むために荒い呼吸を繰り返す。
ようやく落ち着いたところでリーサを睨みつけた。
「いきなりキッツい攻撃かよ、ホントびっくりだぜぃ」
「これ、そこまで強い魔術じゃないんだけど……。っていうか、貴方、噂によればそこそこ強いんでしょ? ガッカリさせないでくださる?」
本当に腹が立つ。頭にくる。言い方というか、ユウに対する見下した態度というか。
自分の力に絶対の自信がある魔人ほどムカつくものはない。
相手が女性だろうが関係ない。戦場に立った時点で性別は関係ない。対等な戦士だ。
ずっと腰に差していた鞘から抜けない刀を構える。
「鞘から抜かないのかしら? っていうか、そのままそれを使うつもり?」
「だって鞘から抜けないから、このまま使うしかないじゃん」
地面を蹴る。
足には白い魔力が付着している。
あっという間にリーサの背後に回り込む。
まだ気づかれていない。
リーサの脇腹を狙うように、刀を横に薙ぎ払う。
鈍い音が響く。
リーサの骨が軋む音ではない。
ユウの打撃が、岩肌に叩きつけられた音だ。
何が起きたのか理解できなかった。
気づいたときには地面が隆起して、リーサを守る壁となっていた。
リーサの属性は風のはず。けどこの防御の魔術は『土属性』だ。
──まさか……!?
「驚いたかしら? 私、『二重属性』なのよ」
ユウの足元の土が拳の形を形成する。そしてそのまま隆起してきてユウの顎にアッパーを叩き込む。
咄嗟に顎を守るが、直撃の反動で上空へと弾き飛ばされる。
空中でも体を動かす術はあるのだが、もう遅かった。
「これで試合終了ね」
ユウは目の前で可視状の緑色の風が渦巻くのが見えた。確か『風の戦鎚-malleus-』という中級魔術だったはず。その風鎚がまっすぐ、ユウに直接叩きつけられた。
ユウの体が地面に落下し、土煙が派手に舞い上がる。
「はい、これでおしまい」
これが生徒副会長の力。黒竜を圧倒したユウを圧倒的な力でねじ伏せた。
「おや、これは意外な結果になりましたね」
「…………」
今の試合をただ見守っていたケイゴとサラ。改めてリーサの強さを思いしる。
中級以下の『魔術名破棄』。
詠唱から魔術名まで全ての呪文を紡ぐのが『完全詠唱』。
魔術名だけを唱えて魔術を発動するのが『詠唱破棄』。
そしてただ念じるだけで発動するのが『魔術名破棄』。
通常『完全詠唱』、『詠唱破棄』、『魔術名破棄』と段階的にその魔術の威力は下がっていく。
リリアとメルは下級魔術なら『魔術名破棄』ができる。中級になると、『詠唱破棄』までしかできない。上級以上は『詠唱破棄』はできても、威力は下級魔術よりちょっと上くらいだ。
「メルはよくあのリーサに勝てましたね」
「ただ単に相性が良かっただけです。メルの属性は水。水ならリーサのオートで機能する岩壁の防御を崩せる。メルにかかれば、防御の崩れたリーサを仕留めるのは造作のない事なんです」
「なるほど。僕はあの戦いに立ち合えなかったので。それにしても、ユウがここまでいとも簡単にやられるとは思いもしませんでしたよ」
「いや。まだ終わってないですよ」
サラはちゃんと見ていた。ユウの属性は闇。そして今の一撃を受ける直前、ユウは魔力をぶつけていた。
闇の力の事はユウから直接聞いている。あの力は少し特殊だと。
闇の力──それは魔術を打ち消すというもの。
ただ、ユウ自信その力を使う事は少ない。その力を使うという事は、魔力を消費するという事。ただでさえ魔力の低いユウにはそう何度も使えないうえに、消費量も多い。
今のユウの魔力数値は五〇くらい。そして闇の力を使うために必要な魔力の量は二五以上。ユウはその力を二回ないしは一回しか使えないのだ。
「終わってない、ですか。確かにユウは今の魔術を打ち消していましたが、完全には打ち消せていない。それに一度使えば、残りの魔力で『魔魂』を発動するのは不可能になる。ユウにとっては諸刃の剣ですよ」
確かにそうなる。さて、ユウはこの後どうするつもりなのか。
土煙が晴れて、視界がやっと開く。今の魔術は少し打ち消すことはできた。その代償にもう『魔魂』は使えない。
リーサはまだ立っているユウを見て表情を驚愕の色に染めていたが、すぐにまた余裕の表情に戻すと高らかに笑い出した。
「あはははっ! 貴方、噂通り本当にタフなのね! いいわ、すごくいいわ貴方! もっと私を楽しませて頂戴!! 徹底的にいたぶってあげる!!」
彼女の顔は悪辣──というよりサディスティックで、今から目の前の獲物をなぶろうとする女王様そのものだ。
背中がゾクリとする。
──俺にそんな趣味はないぜぃ、っと。
「荒れ狂う暴徒の進行-typhon-」
「おいおい、それ上級魔術なんじゃ……しかも『詠唱破棄』!?」
フィールドに吹き荒ぶ無数の暴風の爪がユウに襲いかかった。
その魔力の波動は、とても『詠唱破棄』された上級魔術のものとは思えないほど強い。
そのとき、結界の割れる音が聞こえた。外圧、ましてや内部からでも破壊できない結界が。続いて漆黒の焔がフィールドを焼き尽くす。
「この黒い焔……。まったく、良いタイミングで現れたもんだよ」
現れたのは黒いドレスに身を包んだ美少女。だが、手足は竜の鱗や爪、真っ赤な瞳も竜そのものである。
まだ幼体で、力も語り継がれてるようなものを持っていないが、立派な黒竜の個体である。
「ようユナ。早速で悪いけど、力貸してくれぃ」




