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午前の部が終了時点で、現在の順位はACDBという順になっている。ここまできて三位なのは優勝を目指すD組にとって、とてもよろしくないことだ。午後の部は魔術関連の競技が多くなるため、D組には不利な環境になってくる。それに加え、いつもならこの時点でA組は三位か四位のはずなのに今年はぶっちぎりの一位。これはもはや完全にA組のペースである。
「これじゃあ優勝賞品の食堂タダ券が遠退く一方だな」
弁当をつつきながらサイガがそんなことを言ってきた。
そうだな、と、とりあえず同意しておく。ユウにとってタダ券は別に重要じゃない。なぜなら毎日リリィが弁当を準備してくれるから。昼食をとりに食堂になんて行った事がない。だが、美味いと聞く食堂の料理は食べてみたいものだ。
それでもユウは本気で競技に臨んでいる。
「でもユウっていつも弁当だからタダ券は要らないのか」
「まあね」
「じゃあ本気で頑張る必要ねえじゃん」
「そうでもないさ」
「というと?」
「……思い出づくり」
「はぁ?」
ユウはただ単に自分が生きていた証がほしいだけだ。
もう自分の体がそうとうヤバくなっている。限界が近い。来年まで生きていられるかどうか危うい。
「さ~て、対抗リレー、本気出すか」
●
対抗リレーは初等部から高等部の全学年が参加するバトン形式の競技だ。各々で代表選手三人を決め、最初は初等部からバトンが渡り中等部へ、最後に高等部へ渡される。リレーと言いつつ、内容的にはもはやマラソンか駅伝と言った方が正しいかもしれない。
そして何よりこの競技では、魔術の使用を許可されている。もちろんコースには魔術のダメージを緩和する結界が張られているため、一応安全だ。
「緊張するなー」
「ああ、そうだな」
ユウ以外の二年D組の生徒は代表選手に選ばれ、その重圧が重くのしかかっているようだ。その証拠に声が震えているし、覇気が感じられなかった。
一方ユウは鼻歌なんか歌って、いかにも余裕という感じだろう。
「ユウ、お前スッゲー肝据わってんな。こんな大舞台でよく緊張しねえな」
「ユウも俺達と同じで初出場じゃん、この競技」
「ん~、まあ負ける気はしないしね。それに俺アンカーだからむしろ燃えてるね」
「「そうなの?」」
なんか二人の声はハモった。
「だから別にビリでバトン渡しても構わないぞ? 絶対巻き返すから。幸い、アンカーの走る距離は一番長い」
アンカーはなぜか三キロも走らなければならない。足の早さに加え体力の勝負にもなるうえ、魔術の妨害も加わる。つまりアンカーは激戦区ともいえる訳だ。
ユウのポテンシャルは無尽蔵な体力プラス『強化』による脚力の増強、それに『魔魂』で底上げできる。問題は魔術の妨害くらいしか思いつかない。
「……わかった、最後はユウに任せる」
「任せたぜ」
「あ、でもさすがにかなり引き離されると逆転不可能かもしんないから」
「「えぇ……」」
アンカーの中継地点へやってきたユウは、各クラスのアンカーの面々を見た。Cは武人、ABは魔人だ。ABは徹底的に魔術で妨害する気だ。
「いやはや、ホント奇遇ですな~」
A組のアンカーはリリアだった。口では軽い調子だったものの、内心『何で居るんだよ?』と毒ついていた。
「ふん、いいか糞虫、ゼッテー負けねえわよ」
「敵は俺だけじゃないぜぃ」
「いやお前だけだよ。あたしの『強化』に追いつけるのはお前しかいねえわ」
「そりゃ『光属性』の魔力使ってるからな。ま、普通じゃ絶対追いつけないしな」
「あたしのはまだ完全じゃないからお前には追いつかれるかもだから、手を抜くつもりはねえわよ」
「……お手柔らかに頼むよ」
数度言葉を交わした後、遠くの方でピストルの乾いた音が聞こえた。対抗リレーがたった今スタートした。
ユウは軽くストレッチしながらリリアに声をかける。
「リリア」
「何?」
「俺も負ける気はないぜぃ」
「……ふん」
初等部の一年からのスタートで、魔術による妨害はありだといってもほとんどは下級魔術ばっかなので、少し派手さに欠けていた。これが徐々に学年が上がるにつれて魔術のクラスが上がり、より激しいリレーとなる。まるで戦場の中を走り抜けているような感じだ。
初等部の全部の学年が走り終えた地点で、順位はCBDAだ。Dは魔術に妨害されていまいち力を出し切れていない印象を受けた。
中等部の一年の代表選手の中にマリアがいた。マリアの使う魔術の属性は確か風だった気がする。証拠にマリアの周りには可視状の緑色の風が渦巻いていた。そしてその風を纏ったまま、彼女は前にいる選手達に突撃していった。
まさに台風だった。
マリアが近づけば風に吹き飛ばされる。前の三人を吹き飛ばして、一気に先頭に躍り出た。
その後はA組の独走だった。順位はACBDの順だ。最後の最後でB組からの妨害でビリになってしまった。
そして最後にバトンを託されたのは高等部だ。高等部だけは学年順ではなく自由に走る順番を決めてもいいルールがある。だからこそユウもリリアもアンカーに選ばれている。
D組は未だに前に出られずにいた。だが、ビリということで魔術の妨害の被害が少ないので、トップの差はだんだんと縮まってきている。
アンカーの前の走者がやってきた。先頭はA組。続いてB組が後ろをぴったりとついてきている。その離れた所にはC組、更に離れた所にはD組、しかもユウのクラスメイトがいた。
「ユウ、後は任せた……!」
先頭から三十秒遅れでようやくアンカーのユウにバトンが渡る。ここまではなかなか良い感じだ。
「任されたぜぃ」
マリアが作ったA組の独走状態をここまで縮めてくれた。ムダにするわけにはいかない。
今まで誰にも言ってこなかったが、ユウにはもう一つの属性を持っている。ただ使う機会があまりなかったために知る人は片手で数えられるほどしかいない。
最近では、サイガの部屋にお見舞いに行ったときに目眩ましとして使ったが、ルーチェはあれを『光属性』のものとわかっていたのかは知らない。
ユウの足元には白い魔力。『光属性』の色だ。ただユウもこの属性を使いこなしていない。出力を上げすぎると制御できなくなる。
だからあくまで制御できる範囲で魔力を解放していく。それでも、先頭を走るリリアに追いつくには充分すぎる。
地面を蹴って前へと走り出した。
すぐにBCの生徒をごぼう抜きにする。そしてトップのリリアの姿が見えた。
──一位はもらったぜぃ!
リリアは横を走り抜けようとしたそのとき、ギロリ、とブルーの双眸がユウを睨みつけられた。
──捉えられた……?
「炎の豪雨-lancea-」
天空から炎の槍がユウめがけて降り注ぐ。しかもユウのスピードに合わせて真上に落とすように調整してあり、すぐさま方向転換して直撃を免れた。しかし、炎槍が着弾と同時に爆発し、爆風を受けたユウは吹き飛ばされる。
「くそぅ……殺す気かよお前は!」
「緩和結界が張られてるだろ。それにその体操服の魔術防御は最高クラスだ。大したダメージなんてねえわよ」
それはそうなのだが、高温のため焼死しかねないところだった。それにもし仮に最上級魔術だったら、この魔術防御力や結果があったとしても相当なダメージを負う。
「それにしてももう追いついてくるとはな。やっぱりお前は油断できねえわ」
「俺も、お前が今の俺のスピードを捉えられるとは思わなかった」
「お前の魔力くらい感知できるっての。いくらカスみてえな魔力でも、もう何年もの付き合いだからだいたいわかる」
「そうかいそうかい。んじゃ」
まともに相手してたら体力のムダだ。ここは一気にスパートをかけてゴールへと走り抜けてやろう。
再度、足に光属性の魔力を集束させる。
「逃がすかよ。執拗なる風の抱擁-obligatio-」
一陣の風がユウの体にまとわりつく。
すぐさま脱出しようと試みるも──、
「!」
リリアに腕を掴まれていた。逃げることができない。
足には白い魔力。リリアの魔力の集束が圧倒的に早い。
否、油断したのだ。
いくらリリアが光属性を合わせた五つの属性を扱えるといっても、彼女が得意なのは火。だから得意でもない風属性の魔術をいとも簡単に詠唱破棄で発動したことに驚き、ユウの魔力を集束が遅れてしまった。
「蒼き空を紅く染め 天空より放たれるのは無数の災厄」
「ちょっぉ……!」
このバカは今とんでもないものを使おうとしている。魔人だけに許された魔術を。
「もたらすのは崩落 残るのは虚無 この地に絶望を刻め ──滅びを迎えろ」
「いくら何でもやりすぎだろ……!」
「火葬流星-meteorites finis-」
リリアが詠唱を完了した直後、空から炎を纏った無数の隕石が降り注いできた。隕石の標的はユウの後ろ。つまり、BCのアンカーを狙っていた。
反撃を避けるため、一発で決めるための『火属性』の最上級魔術──『火葬流星』をチョイスするリリアには恐れいる。
「優勝はあたしらのもんだ」
完全に拘束されたユウは為す術もなくリリアに先を行かれてしまった。
「参ったな~、まさか拘束魔術に最上級魔術を撃ってくるとは思わなかったな。いや、予想すべきだった。これでリリアの一位は確実か」
ユウは拘束され、他は最上級魔術でやられた。起き上がってくるまでもうちょい時間がかかる。
「どう見てもA組の勝利です。本当にありがとうございました──けど、ここから劇的に逆転するのもまた一興だよな」
ユウが刀に目を向ける。いつも肌身離さず持っている鞘から抜けない刀。
鞘ごと振って棍棒代わりに扱ってきたがそれだけではない。それこそユウにしか扱えない特殊の能力。秘密事項の能力。今その力を発動させる。
完全に独走状態となったリリアはラストスパートをかけていた。『強化』を発動させて、自分が出せる最高のスピードを出していた。
これならもう誰も追いつけない。
A組達の歓声が聞こえる。今頃、D組の切り札であるユウがまだいない来ていないことに驚いているだろう。
──ざまあみろ。
コルウスに負けてから、彼を目標にひたすら『強化』を極めてきた。義父であるカイト・ブライトには筋が良いと言われた。だが、コルウスには簡単には会えないから目標のラインは全然曖昧だった。
そこで目につけたのがユウだった。『強化』 のみで黒竜を倒したアイツは、口に出すのはかなり躊躇するがスゴかった。だから今は勝手にアイツを超える事を目標としてきた。
この対抗リレーは願ってもないチャンスだった。『強化』ではまだ勝てない。けど、魔術を仕掛けていけばきっと勝てるはずだった。
ユウに勝てば、コルウスにも一歩近づける。
「!」
背中に気持ち悪い感覚が走る。この感じは間違いなくユウの魔力だ。
──何でだ……!?
どうしてこんなに早く拘束が解けた?
そもそもユウに、こんなに早く拘束をほどく術はあるのかどうか疑問にも思う。
考えていても仕方ない。迎え撃つ。
魔力を練り始め、魔術を発動する準備を始めようとするが、ユウはそれよりも早くリリアの横を走り抜けていた。さっきより、断然速い。まさに疾風のようだった。
すぐに足止めをくらわせようとするが、もう遅かった。
どんなに小さな魔術を発動しても、ユウに届く前にゴールしてしまっている。リリアはユウに負けてしまったのだ。
練っていた魔力を霧散させて、ゴールに向かって走り出した。
とりあえず、何かムカつくからユウを殴っておこう。
ゴールしたリリアにA組の連中が集まってきた。「惜しかったな」という言葉が聞こえてくるが、何が惜しいものか。
──結局あたしは、ユウにも全く勝ててねえんだから。
ユウを凝視する。最後に追い越されたとき、ユウは『魔魂』を使っていた。本来なら魔力色は黒のはずだが、なぜか白になっていた。
光と闇の『二重属性』──絶対にありえない。『闇堕ち』してしまえば、属性は確実に闇だけになってしまうのだから。
だからといって、ユウにどういう事か問い質してもきっと適当にはぐらかす。
コルウスの事についてはちゃんと答えてくれたものの、それ以外に関しては適当だ。適当すぎる。今も──昔も。




