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白い夢  作者: 山崎 空
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 何もかも白い部屋。

 窓は一つ。家具といえば大きさが変わる茶色いソファーだけ。後は白、どこまでも白。

 部屋の中には誰もいない。

 座る者がないソファーは、四人がけぐらいだろうか。

 まるで簡素な箱庭だ。上から見下ろすとますますそう思う。


 さて、私はどうしてこんなふうにあの部屋を見下ろしているのだろう?

 首をかしげると、ふと肩に置かれた手に気がついた。

 横を見るとシグがいる。同じように白い部屋を見下ろして、眉間に皺を寄せていた。けれど私に気がつくと、にこりと笑ってキスをした。


「もったいないからなあ。あれはお前達にやろう」


 水をさすように、誰かの声がした。やけに上から目線で偉そうだ。

 シグの眉間にまた皺がよって、声が聞こえるほうを向く。

 私もそちらを見たけれど、そこには白くてぼんやりした光があるだけだ。


「そう嫌そうな顔をするな。祝いだとでも思えばいい。安心せい、干渉できぬようにしてやったわ」


 光がもう一つ増えて、また違う声が言った。

 シグが私の肩を強く抱いて、私も彼の体に強くしがみついた。


「何の用だ」

「やれ、やはり稀な魂よ。どこに放り出してもとんと動じぬし、我らを見てもかけらたりとも畏れぬ。女もなあ。なかなか似合いだと思うぞ」

「我らはそなた達が気に入ったからな。加護と祝福だけにしようと思ったが、あれもやることにしたのさ。好きに使え」


 不機嫌なシグの声にたいして、二つの見知らぬ声は楽しそうだ。それを現すように、光もふわふわと上下に動く。

 誰かはわからないけれど、何かはわかった。

 これが諸悪の根源か。

 いや、シグと会わせてくれた点においては感謝してもいいけど。すればその分調子に乗りそうな雰囲気だから、絶対言葉にはだしてやらない。


「もう我らからお前達には関わらぬが、呼べば答えてやろう。楽しませてくれれば褒美もやるぞ」

「誰が呼ぶか」

「呼びません」


 二人分の拒絶は、気まぐれな声二つにはたいしてダメージにもなりえなかったらしい。

 心底楽しそうな笑い声をその場に残して、光は消えた。

 そうして眼下の白い部屋も見えなくなり、私の視界も暗くなった。

 おかしな事に隣のシグの温もりだけがいつまでもそこにあって――。






 ――目が覚めた。


 温もりはかわらず傍らにある。

 身じろぐと、夢と同じようにキスが降ってきた。

 隣で眠っていたシグも起きたらしい。

 私達の覚醒はほぼ同時で、まず互いの姿を確認してから、示し合わせたようにそろってため息をついた。

 寝起きの何ともいえぬ心地よさなど吹っ飛んでしまった。


 私がこちらの世界に来て、一日が明けた。

 昨日は昼過ぎ頃に一度、昼食を食べに外に出かけた。

 私か着ている服は目立つからと、靴と服をシグがどこからか調達してくれたようで、いつの間にか用意してあった。

 ……靴は用意してないって言ってたような気がしたのだけど。まあいいや。おかげで外に出かけられたし。

 食堂みたいな店で、私のお昼ご飯はパンと野菜と鶏肉を煮込んだスープ、サラダに新鮮な果物。真っ青な皮と果肉はおいしそうに見えなかったけど、食べてみたらさっぱりとした甘さの柑橘類だった。

 シグのご飯はコーヒーみたいなエファという飲み物。それにパンとサラダだけ。

 私の方が大食漢に見えると言ったら笑われた。元々お昼はあんまり食べないそうだ。だから、そんなに細いのか。羨ましい。


 それから少し街を見てまわって、帰ってからはずっとシグの部屋にいた。

 ……何をしていたかは突っ込まないで欲しい。

 まああれだ。いちゃいちゃしてたんだ、そう、いちゃいちゃ。うん、休日の昼とか夜って概念はあってないようなものだから、いいのだ。いいことにする。

 そうしてまあ、今にいたるというわけで。


 あまりにもあまりな夢の内容だった。最後に爆弾を落とされた気分だ。

 部屋の中を見回せば閉じたカーテンの外は薄暗く、まだ夜があけきっていない事がわかる。

 

「……また水を差された」


 夢の中と同じように、シグの眉間に深い皺ができる。


「……でも、もうちょっかいは出してこないって言ってたよ」

「どうだか。気まぐれは神の代名詞だ」

「結局、シグの予想って当たってたんだね」


 私達の出会いは神の気まぐれ。まさにそのまんまだった。

 加護と祝福やらをくれたのも、多分あの神様達だろう。何で気に入られたのかはやっぱりわからないままだけど。


「シグにも、加護と祝福くれたって言ってたね」


 明確な言葉はなかったけれど、多分それは間違いないだろう。


「そうらしい。でもどうでもいい」


 シグはばっさりと切り捨てた。

 やっぱり、自分の事はあまり気にしないらしい。それ以上にあの神様達にたいして、鬱陶しいという感情があるのかもしれないけれど。

 まあ、私も実はどうでもいい。あると便利だけど、なければそれでいい気がする。

 それにあの神様達の加護と祝福って、必ずしも便利だけじゃないような感じがするのだ。

 厄介事までついてきそうな、そんな予感が何となくする。

 

「……あの部屋、もらってもどうしよう」

「くれるというならもらっておこう。どうせいらないと言っても押し付けるつもりだ」

「確かに」

「それにあの空間があれば、セツが向うの世界に一旦戻っても、容易に話ができる」


 そう言われると、なるほど確かにもらっておいて損はないような気がする。

 それならちょびっとだけ、感謝しておこう。本当にちょびっとだけ。


 しかし散々な目覚めだった。ただでさえ怠い体が、二割り増しになった気分。

 さて、起きるにはさすがにまだ早いような気がするけど、どうしよう。


「起きる?」


 シグに聞く。


「いや、もう少し寝よう」

「うん」


 抱き寄せられて感じる温もりがあまりにも幸せで、私は猫みたいにシグにすり寄る。彼は穏やかに笑って私の背中を撫でた。

 その心地よさに身をまかせて、ゆるゆると目を閉じる。

 そうすると、一度吹っ飛んでしまった微睡みがまたそろりと戻ってきて、私の意識を程なく捉えた。


「おやすみ」


 完全に眠りに落ちる前に、シグの声がした。額に暖かな温もりも。

 同じようにおやすみと、返したいのに言葉はもう出てこなくて。「ん」と小さな声しか返せなかった。


 ごめんね。そのかわり、次に起きたら私から「おはよう」と言うから。


 だからそれまで、隣でまっていてね。





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