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私が死ぬたびに、あなたは生き返る。そして私を忘れる  作者: ヲワ・おわり


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第1話 また、ここに戻ってきた

全30話、完結まで予約投稿予定です。本日は第9話まで更新します。どうぞ最後までお付き合いください。

 石畳に膝をつかされたとき、頬の触れた台の木肌は、朝露で湿っていた。

 晩秋の風が処刑場を渡っていく。麻の囚人服では、骨の芯まで冷える。それでもリーゼロッテは背筋を伸ばしたまま、首にかけられた枷の重みを受け止めていた。逃れられないものに、無駄な抵抗はしない。何度も学んだことだった。

 群衆のざわめきが、潮のように寄せては返す。石を投げる者はいない。ただ無数の目が、断罪された伯爵令嬢の最期を待っている。無実だと叫ぶ声は、もう出さなかった。何度叫んでも、この結末が変わらないことを、彼女は知っている。

 人垣の前方に、見慣れた顔があった。継母マグダ。扇で口元を隠しているが、その目尻はほどけている。隣で、異母妹のネリーが背伸びをして処刑台をのぞきこんでいた。姉の持ち物を欲しがるときの、あの無邪気な顔で。

 リーゼは、そこから視線を外した。探しているのは、彼らではない。

 いた。広場の奥、石柱の陰。黒い外套の男が、じっとこちらを見ている。ヴァイスハルト公爵、アルヴィス。彼女の婚約者であり、彼女がこの罪を代わりに背負った相手だった。衛兵に前を阻まれ、彼は喉の奥で何かを噛み殺している。助けに来ようとして、届かない。いつもそうだ。

 彼が無事なら、それでいい。

 繰り返し胸の内で唱えてきた言葉が、凍えた朝にもまた、静かに彼女を支える。処刑人の斧が鈍い光を弾いた。刃の下端から、水滴が一つ落ちる。石の上で、小さく跳ねて消えた。

 目を閉じてはいけない。彼の姿を、最後まで見ていたい。

 風が、ふと止んだ。

 首筋に、冷たい影が差した。


 まぶたの裏で、白い光が爆ぜた。

 次に鼻をついたのは、亜麻のシーツに染みた、乾いた陽の匂いだった。

 リーゼは天蓋を見上げていた。蔦を象った刺繍。公爵邸の客間の、見慣れた天井。窓の外で小鳥がさえずり、遠くで庭師の鋏が規則正しく鳴っている。処刑場の風は、もうどこにもない。初秋の、柔らかな朝がそこにあった。

 息は、乱れていなかった。斬られた首の感覚も、痛みも、残っていない。ただ、あの冷たさの記憶だけが、体の奥にこびりついている。

 身を起こし、自分の両手を見つめる。傷ひとつない、白い指。処刑の朝の、かじかんだ手ではない。リーゼは寝間着の襟をくつろげ、左の胸元にそっと触れた。

 そこに、痣がある。茨のように枝分かれした、細い黒。皮膚の下を這うその模様は、前に見たときより、確かに広がっていた。心臓へ向かって、また一節、伸びている。

 指の腹で、そっとなぞった。冷たくも、熱くもない。ただ、そこにある。死ぬたびに濃くなるこの痣が何なのか、彼女はまだ知らない。知らないまま、幾度もこの朝に帰ってきた。

 ひとつだけ、わかっていることがある。この黒が心臓に届いたとき、何かが終わる。そんな予感が、繰り返すごとに濃くなっていた。だから急がなければならない。けれど、何を急げばいいのかが、まだ見えない。

 「お嬢様、起きていらっしゃいますか」

 扉の向こうから、張りのある声がした。返事を待たずに入ってきたのは、侍女のニーナだ。両腕に、青いドレスを抱えている。

 「今日は婚約の儀ですよ。寝坊なんて許しませんからね」

 「……ええ。今、起きたところ」

 襟をそっと戻し、リーゼは声だけを平らに整えた。この娘の前でだけは、繕う必要がないはずなのに、それでも身についた癖が出てしまう。

 ニーナは束ねた栗色の髪を揺らして歩み寄り、ふと手を止めた。首をかしげ、リーゼの顔をのぞきこむ。

 「変ですねえ。あたし、なんだかもう何年もお嬢様にお仕えしてる気がして」

 「そう? 今日が初めてのはずよ」

 「ですよねえ」肩をすくめ、ニーナはドレスを窓辺に広げた。

 その屈託のなさに、リーゼの胸のこわばりが、わずかにほどけた。忘れているのに、この娘のどこかは覚えている。そういう者が、ひとりでもいる。それだけが、この繰り返しの中の、細い救いだった。

 窓辺に立つ。庭の薔薇が、朝の光を吸って濡れている。この庭を、彼女は幾度見ただろう。この朝を、幾度繰り返しただろう。


 婚約の儀は、王宮の大広間で執り行われた。

 無数の蝋燭が、磨かれた床に金の帯を落としている。焚かれた香が、甘く重い煙となって高い天井へ立ちのぼる。貴族たちの衣擦れと囁きをかき分けて、リーゼは祭壇へと進んだ。

 その前に、彼が立っていた。

 アルヴィスは、初めて彼女を見る目で、彼女を見た。当然だった。彼にとって、今夜が初対面なのだから。灰色の瞳がリーゼの顔をとらえた瞬間、その眉がわずかに動いた。

 彼が、小さく息を呑んだ。

 「失礼」低く、抑えた声だった。「初めてお会いする。……なのに、妙だな」

 「妙、とは」

 「いや」言葉を探すように黙り、それから彼は短く首を振った。「なんでもない」

 なんでもなくは、ないのだ。彼はいつも、この瞬間に同じ顔をする。忘れているのに、体のどこかが覚えている。その痛みを抱えているのが自分だけだということも、リーゼはもう、よく知っていた。応えてやりたい言葉は、喉の奥で溶けて消える。

 視線が、絡んだまま離れない。彼のほうが先に、困ったように目をそらした。会ったばかりの令嬢を、なぜこれほど見てしまうのか、彼自身にもわからないのだろう。その戸惑いを、リーゼは何十回も見てきた。見るたびに、胸の同じ場所が軋む。

 司祭が、二人の間に銀の小箱を捧げ持った。中には対の指輪。契りの品だ。冷えた銀がリーゼの指に嵌められる。その硬い感触に、なぜか胸の奥が引き絞られた。この品にだけは、毎度、心が引かれてしまう。理由は、わからないままだ。

 誓いの言葉が交わされ、広間に拍手が満ちた。

 そのとき、うなじの毛が逆立った。

 広間の隅、柱の陰。誰かの視線が、まっすぐにアルヴィスへ注がれている。祝福ではない。値踏みするような、乾いた目。それは人混みに紛れ、瞬きひとつのうちに消えた。

 また、始まる。彼を殺そうとする何かが、もう、この場所に潜んでいる。あの夜が来るまでに、残された時は、ひと月に満たない。

 リーゼはアルヴィスの腕に指を添え、いつものように笑ってみせた。彼の前でだけは、必ずそうすると決めている。

 ――また、ここに戻ってきた。

 けれど今度は、同じ轍を踏まない。無実の罪を着せられ、処刑台に上がるのは、もう終わりにする。今度こそ、自分が裁かれない道を選ぶ。その一点を、彼女は静かに、胸の奥で握りしめた。

第2話も同時公開しています。

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