表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「君は正しすぎる」と婚約破棄された私は、もう自分を責めない  作者: 黒猫と珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/21

番外編 ロッサ島で、あなたと未来を歩く

 結婚式から一か月ほどが過ぎた。


 共同事業も落ち着き、ヴァレンティア商会には、いつもの忙しい日常が戻ってきている。


 そんなある日、エマが書類を机へ置きながら言った。


「会頭」


「はい」


「そろそろ休んでください」


「休んでいますよ」


「昨日も一昨日も商会へいらっしゃいました」


「……そうでしたか」


「覚えていないのですか」


 エマは小さくため息をついた。


「リディア様も同じです」


「え?」


「お二人とも働きすぎです」


 ぴしゃりと言われ、カイルは苦笑した。


「共同事業も一段落しました。今しかありません」


 そう言って差し出されたのは、二枚の船券だった。


「これは?」


「ロッサ島行きです」


 エマは満足そうに微笑む。


「新婚旅行へ行ってきてください」



 数日後、二人は王都の港から船へ乗り込んでいた。


 潮風が頬を撫で、白い帆が風を受けて大きく膨らむ。船はゆっくりと王都を離れ始めた。


 リディアは手すりへ寄り、遠ざかる街並みを眺める。その横顔は少し緊張していて、けれど瞳はどこか嬉しそうだった。


「船旅は初めてですか?」


 隣へ立ったカイルが尋ねる。


「はい」


 リディアは少し照れながら笑った。


「少しだけ緊張しています」


「実は私もです」


「カイル様も?」


「妻との旅行は初めてですから」


 その一言だけで、頬が熱くなる。


 まだ「妻」と呼ばれることには慣れない。そんなリディアを見て、カイルは少しだけ楽しそうに笑った。


 ロッサ島は、まるで一枚の絵画のようだった。


 どこまでも続く青い海。白壁の家々。石畳の坂道。風に揺れるオリーブの木々。そして丘一面に広がる、真っ赤なルビー・ロッサの畑。


「なんて、きれい……」


 リディアは思わず立ち止まる。


 夕日に照らされた果実は、本当に宝石のようだった。


「すべてはここから始まったのですね」


「ええ」


 カイルも畑を見渡す。


「この島で育った果実が王都へ運ばれ、共同事業が始まりました」


「そして、私たちは出会いました」


 二人は自然と顔を見合わせた。


 もしあの日、共同事業がなかったら。もしあの日、あの商会へ行かなかったら。きっと今はなかった。


 翌日、二人は島をゆっくり散策した。


 市場には焼きたてのパンの香りが漂い、店先には色鮮やかな果物が並ぶ。島の人々は笑顔で二人を迎えた。


「おふたり、新婚さんですか?」


「おめでとうございます」


「末永くお幸せに」


 祝福されるたびに、リディアは照れながら頭を下げた。


 歩き疲れた頃、小さな海辺の店へ入る。運ばれてきたのは、ルビー・ロッサを使った冷たい果実菓子だった。


「甘いですね」


「ええ。でも少し酸味もあります」


 二人で顔を見合わせる。


「どこか似ていますね」


「何がですか?」


「人生です」


 カイルが真面目な顔で答えた。


 リディアは思わず吹き出す。


「それは少し大げさではありませんか?」


「そうでしょうか」


「ええ」


 二人の笑い声が、店内へ優しく広がった。


 夕暮れ。


 二人は宿へ戻った。


 部屋へ入ったリディアは、思わず足を止める。


「あ……」


 広い部屋の中央には、大きな寝台が一つだけ置かれていた。カイルも同じように寝台を見つめ、小さく咳払いをする。


「……新婚旅行でしたね」


 その一言で、二人とも顔を赤くした。


 しばらく目を合わせられない。やがてリディアがくすっと笑う。


「ちょっとだけ、緊張しますね」


「ええ」


 カイルも照れたように笑った。


「ですが……こうしていると、夫婦になったのだと実感します」


 その言葉に、リディアの胸はじんわりと温かくなった。


 夜。


 二人は宿の近くの海岸を歩いていた。


 波の音だけが静かに響いている。月明かりが海を銀色に照らしていた。


「夜の海、静かですね」


「ええ」


 リディアはゆっくり海を眺める。


「私、この島が好きです」


「私もです」


「でも」


 少し照れながら微笑む。


「一番好きなのは」


 言葉が止まる。


「……?」


 カイルが首を傾げた。


「あなたと一緒に見ている、この景色です」


 その言葉に、カイルは少しだけ目を見開いた。


 それから照れたように笑う。


「そういうことを、さらりと言うようになりましたね」


「そうでしょうか?」


「ええ」


 カイルは視線を少し逸らした。


「私ばかり、どきどきしています」


 その姿が可笑しくて、リディアは笑ってしまった。


「笑わないでください」


「ごめんなさい」


 笑いながら謝る。


 その穏やかな時間が、何より愛おしかった。


 やがてカイルが立ち止まる。


「リディア」


「はい」


 そっと彼女の頬へ手を添えた。


「今日は、もう答えを聞かなくてもいいですね」


「え?」


「あなたは私を選んでくださいました」


 リディアは優しく微笑む。


「もちろんです」


 カイルも穏やかに笑った。


「でしたら」


 少しだけ照れながら言う。


「夫として、一つお願いがあります」


「何でしょう」


「……口づけをしてもいいですか」


 リディアは頬を赤く染め、小さく頷いた。


「はい」


 カイルはゆっくり距離を縮める。


 唇がそっと重なった。


 短くて、優しくて。


 お互いを大切に想う気持ちが伝わる口づけだった。


 離れたあとも、二人は照れくさそうに笑う。


「新婚旅行らしくなりましたね」


 カイルが照れ隠しのように言う。


 リディアは吹き出した。


「そういう感想なのですか」


「他に何と言えばいいのでしょう」


「ふふ」


 笑いながら、そっと彼の手を握る。


 その手は温かかった。


「カイル様」


「はい」


「私、この島へ来られて本当に良かったです」


「私もです」


 迷いなく答える。


「景色が変わっても」


 カイルは繋いだ手を少しだけ握り返した。


「仕事が変わっても」


「年を重ねても」


 穏やかな笑顔で続ける。


「あなたと一緒なら、きっと幸せです」


 リディアの目元が少し潤んだ。


「私もです」


 それだけで十分だった。


 しばらく二人は波の音へ耳を傾ける。やがてカイルが静かに尋ねた。


「次は、どこへ行きたいですか?」


 リディアは少し考え、それから優しく笑った。


「あなたと一緒なら、どこへでも」


 その答えを聞いたカイルも、嬉しそうに微笑む。


 二人は寄り添いながら、月明かりに照らされた海を眺めた。


 ロッサ島から始まった共同事業。そこで結ばれた縁。そして、自分たちで選んだ未来。


 波の音は、これからも続いていく二人の人生を祝福するように、静かに響いていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

面白かったら、ブックマークや評価(★)をいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
イチャイチャ回はこうでなくっちゃ! この二人だから、ほんのり爽やかで甘やかで。 エマ!! グッジョブだよぉぉ! 場所のチョイスも最高だよぉぉ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ