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21話 チャーム・ガーネット

 朝食後、マーシアは早速父の部屋へ足を運ぶ。


「見てもらいたい物というのは、これなんだがね」


 イライアスは、埃っぽい布の掛かったカゴを書斎机の上に置いた。


「あら、これは……」


 カゴの中に入っていたもの。それは、まだ研磨もされていない、拳大ほどの無骨な宝石の原石。

 角度によっては黒く見えるほど、深い赤色の。


「これはな、【チャーム・ジュエリー】と呼ばれる魔力を含んだ宝石の一種、チャーム・ガーネットの原石だ」

「チャーム・ガーネット……」


 マーシアは目をまん丸に開け、昨夜見た夢の内容を思い出す。


 あれは、この原石のことを差す予知夢だったのだろうか。

 一度は首を傾げたが、けれどまあ、一応自分は魔法使い。予知夢を見ることくらいあるだろう。そう思い、あまり深くは考えなかった。


「チャーム・ジュエリーは宝石によって備わる力が異なるんだ。このガーネットの場合は、体内の魔力の流れを穏やかにし、魔法の効果を安定させてくれる。昔、リラックス効果をもたらすベッドでも製作してみようと思案し取り寄せてみたのだが、どうにも上手くいかなくてな。貴重な品ゆえ捨てるのも勿体なく、以来ずっと倉庫の肥やしになっていたんだよ」

「まあ、そうだったのですか」


 イライアスは困ったように眉根を寄せた。

 表情から、原石(これ)を厄介者扱いしているのが見て取れる。

 

「そこで! お前の勤め先で、この原石を活用してくれないものかと思ってな。魔法道具、ないしは魔法服。何らかの開発で使用する機会があることだろう。いや、絶対ある。あるある、あると信じている。というわけで、マーシア。これを会社に持っていき、皆さんに使わないかどうか聞いてみてはくれないか?」


 イライアスは、原石をマーシアのほうへススッと寄せた。


「それは構わないのですが、お父様。この原石、少し重たいです……」


 拳ほどの大きさとはいえ、原石はそれなりに重い。ずっと鞄に入れて移動するとなると、中々堪えそうだ。


「はっはっは、安心しなさい。ボーレン社の【羽スプレー】を使えば、重量のある物でも軽々と持ち運べる。後で私がスプレーをかけておこう」

「ほっ……。でしたら、よかったです」


 それなら、重量問題は解決したも同然。

 マーシアは胸を撫で下ろした。




 ****




 その後、部屋に戻ったマーシアは荷物整理を進める。


 持ち帰る荷物は思いの外あったが、原石は鞄の中に優に入りそうだ。

 イライアスから受け取った原石は、羽スプレーの効果で紙のように軽くなっていた。効果は一プッシュで二十四時間作用するらしい。


「ええと。パスポートに服に本でしょう。それに、原石も入れて、後は……」


 部屋を見渡して、持ち物の最終確認をする。 

 ひとまず、忘れ物はなさそうだ。

 

 

「では、そろそろウィノアへ戻りますね」



 昼食を済ませ、一頻りベルと遊ぶと、いよいよマーシアは帰り支度を始めた。


「また近いうちに、顔を見せにいらっしゃいね」


 そう娘に伝えるエルザの顔は、どこか寂しげだった。少しでも明るく応えようと、マーシアは「勿論です」と、柔和な笑顔を見せる。


「マーシア、気を付けて帰るんだよ。それと原石のことも、面倒事を押し付けるようで悪いが、よろしく頼んだよ」

「はい。明日、各開発部の皆様にお聞きしてみます」


 マーシアの微笑みに、イライアスは「ありがとう」と、感謝の意を示した。



 そしてマーシアは、両親とドロシー。ドロシーの逞しい腕に抱えられた寝ぼけ眼のベルに見送られ、家を出る。

 最後にナイジェルと挨拶を交わし、マーシアの電撃実家訪問はこれにて幕を閉じたのであった。




 ****




 その夜、娘の去ったウォルジー邸では、イライアスとエルザが寝酒と称し、ワインを飲み交わしていた。



「──まあっ! ではあの子にも、仲の良い男性がいるということなのですね!」

「う゛う゛ぅっ……。ぞう、ぞうみだい゛……!!」


 昨日聞いてしまったマーシアの交友事情を、イライアスはエルザに報告していた。

 酔いが回り泣きじゃくるイライアスを尻目に、エルザは報告を受け、キャッキャと弾んだ声を上げる。


「ねぇ。マーシアはその方のことを、どんな男性だと言っていたのです? 知的? 寡黙? 誠実? 端正?」

「うーん……。聞いただけでは、それらとはだいぶ真逆の性格ではありそうだったな……」


 少し落ち着きを取り戻したイライアスは、改めてジニ・エラとやらの人物像を振り返ってみる。

 一言で言うなら、彼は聞く限り色々な面で"心配"が勝ってしまうような男だった。大切な娘に変な嘘も付いているし、正直心証も良くない。

 ただ、唯一今安心出来るのは、マーシアが彼と交際はしていないと断言していたことだ。


 ということは、それ以上の関係にはならないだろう。ならない。なるはずがない。ないったらない。


「まあ、そうですか。けれど、交際の有無は別として、マーシアとしてはエラさんと一緒にいるのはとても楽しいのでしょうね。わざわざベルに話をするくらいですもの」

「びい゛ぃぃーーん!! やっ、やっぱりそうなのぉっ?!」

「そうでしょうとも」

「うびいいぃぃぃぃん!!!!」


 イライアスはぶっ倒れた。


 

「あら、奥様? 旦那様、まーた倒れられたんです?」



 台所の片付けを終えたドロシーが、前掛けで手を拭いパタパタと現れた。

 そして床にめり込む主人に気付くや否や、彼を冷ややかな目で見つめる。


「ええ。マーシアのこととなると、この人ったらいつもこうなんだから。放っておきましょう。それよりドロシー、あなたもワインをいかが?」

「まあ! よろしいのですか?」

「勿論よ。ナイジェルも呼んできましょうか」

「では、私が呼んでまいります」

「ありがとう、お願いね」


 ドロシーは、ナイジェルのいる二階へご機嫌にいそいそと上がっていった。



(……分かってる。マーシアも、そりゃあいつかは、運命の相手と出逢うんだ)


 

 床に伏せながら、イライアスは娘への想いに耽る。


 幼い頃からわがままも言わず、自分の教えの通り誠実で、心優しい性格に育った愛しい娘。

そんな我が子の人生、自分が決めていいものではないことだって、重々分かっている。


 

 仕事にせよ、共に生きる相手にせよ。



(ならばせめて、安心してマーシアを任せられる男性であってくれ……。あの子を、幸せにしてあげられる男性であってくれ……)



 イライアスの、娘に対する切なる想い。

 届くことを祈らんばかりである。


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