35 カイル・バートン②
「カイル」
切なそうに、或いは救いを求めるように。カイルは私に訴えかける。
その表情はなんだか『予言』の世界でルーナ様に見せた表情みたい。
あのカイルと、今ここにいるカイルは確かに同じ人間なのね。
なら、セシリアが願ったからじゃなく、私は彼の幼馴染として言うべきだわ。
「カイル」
私は首を掴んだままのカイルの手に、そっと自分の手を添える。
「──私は貴方に殺されないわ」
「……クリスティナ」
「私を殺すのは貴方じゃあない。だから絶対に。私は貴方に殺されない。だって私、強いもの」
「…………」
「私を殺すのはね、きっと」
一瞬。私の視界に、いつもとは違って、ほんの一瞬だけの光景が映る。
それは私の心臓を貫く黒い剣。その剣を手にしているのは、かつて対峙した騎士の姿。
私は、その光景に思わず微笑んだ。
「金髪の騎士が私を殺すみたい。だから私はカイルには殺されない」
「クリスティナが言うと、本当にそうなるみたいだ」
「フフン! 私の勘は当たるのよ! それにこれは予言も込みなんだから!」
「予言、か。君も視えるそうだけれど、本当に?」
「ええ! だからね、カイル。もう一つの予言の光景を教えてあげる。貴方は将来、医者になるわ。人を殺さない、人を生かす医者になる。なれるのよ。……その時は一緒にいてくれる人を捜した方がいいかもしれないけど」
なにせルーナ様が一緒にいる未来だったから。
カイルとルーナ様ってどうなのかしら? うーん……。わからないわね。
ルーナ様の好み、知らないもの。ただまぁ。
「セシリアが一緒にいてくれるわ、きっと。カイル、貴方に私を殺させたくなくて、セシリアは私を殺しに来たのよ。もちろん殺されなかったけどね!」
「……セシリア」
見つめ合う兄妹。いい雰囲気なんだけど。
「だから、そろそろこの手をどけなさい」
私はカイルの手を首から離させた。
冷たい感触だったけれど、カイルの手には。
「あら、指輪?」
「ああ」
ナイフとか、刃物系じゃなかったのね!
じゃあ、そもそもカイルは。
「……やっぱり僕にはクリスティナは殺せないみたいだ」
「じゃあ、暗殺者には向いていないわね」
「……うん」
カイルが目を閉じて、困ったような表情を浮かべる。
「兄さん……」
「暗殺家業はやめて。クリスティナの言うように人を助ける道を、僕は選びたい」
「なれるわ、カイル。私が信じてあげるから」
「……ああ」
どうやら説得成功みたいね! これにて一件落着!
そうして私たちは、また旅を再開することになった。
「で」
リンディスが不満げな顔をしながら、口を開く。
「どうしてこうなりましたか?」
リンディスの視線の先には私と、恭しく私の髪を梳かすセシリア。
「何か? お嬢様のお世話は今日より私が致しますが」
「…………」
「リンったら嫌そうな顔して」
「セシリア嬢だけじゃありませんよ」
リンディスが視線を動かす。
「ん。これからよろしく頼むよ、リンディス殿」
カイルが当然のようにそこにいて、旅の準備を進めているわ。
「いや、なんで普通についてきているんですか? 貴方たち」
「医者が同行していた方が旅は安心だろう?」
「それはそうですが、そうではなく」
「なに、今回の暗殺依頼が正式なものではなかったとはいえ、だ。僕たち兄妹は、どうにもバートン家に向いていないらしい。なので家を出ることにした」
「……貴方はバートン家の当主という話ですが?」
「そうなんだよ。継いだばかりなのに、その当主が家出だ。ははは、面白いだろう?」
「そんな軽いことじゃないでしょうに」
「そうだね。でも決めたんだ。そして、これからはクリスティナについていく」
「いえ、そこがつながるのは変でしょう! なんでお嬢についてくるんですか!」
「そうかな? セシリアはどう思う?」
「私はお嬢様に忠誠を誓います。これからもメイドとしてお嬢様に尽くす所存です」
んー。たぶん、セシリアはメイドというより侍女の方が……。
あ、でもセシリアって名家の出だけど貴族爵位はないんだっけ。
「バートン家って貴族ではないのよね?」
「ああ。バートン家は表向き、ただの医者の家系だよ。それなりの名家だけどね」
「セシリアを雇うなら普通は侍女かなって思うんだけど?」
「なにかとメイドの方が潜伏して動きやすいんだよね。ほら、侍女はどうしても目立つだろう? どちらの職務もこなせるように教育は受けているんだけどね」
目立つのかしら?
私付きの侍女とか、マリウス家にいたことがないから微妙にわからないわね。
仕事内容はメイドと侍女でかなり違うのは知っているわ。ああ、でも。
「待遇的なことを考えてみたけど、よく考えたら今の私に侍女なんていても仕方ないわよね」
髪の手入れも、入浴の手伝いも、ドレスの着付けも頼る機会はない。
マリウス家でも元から似たようなものだったのはさておきよ。
「でも、セシリアが軽く見られるのはどうかと思うから侍女兼メイド?」
「では、そちらで。お任せください。たとえ旅路の荒れた毎日でも、完璧にお嬢様を仕上げてみせます」
仕上げるってなに? それ、私はどうなるの?
「……それでカイル殿は?」
「僕もセシリアと同じさ。人生を救ってもらった、道を示してもらったクリスティナに仕える。もちろん、少しだけ下心はあるけれど」
あら、下心?
「クリスティナ」
「なぁに、カイル」
「僕は君が好きだよ」
「あら、嬉しいわね。私もよ、カイル」
「……本当?」
「ええ、幼馴染として。セシリアも、ヨナもね。リンディスのことは信じているわ」
「「「「…………」」」」
うん? 何かしら、この、みんなの微妙な視線は。
「カイル兄さん、まだ諦めるには早いですよ。お嬢様はこういった情緒が育ち切っていないと見ました。積極的に押せばいけるものかと」
「何をアドバイスしてくれているんですかね、セシリア嬢は。やめてください」
「そうだね。まずは、じっくり、お近付きになるところからだね」
「クリスティナお姉ちゃんって僕より子供なところがあるよね」
何かしら、この生温かい空気感。まぁ、別にいいけどね!
あと、ヨナは少し生意気になってきていない?
私はそんなふうに育てた覚えはないわよ?
「何はともあれ、先へ進むわよ!」
私たちの旅にカイルとセシリアの二人が加わったわ!




