33 コーヒーハウスの再会
当然だけど街には冒険者ギルド以外にもある。
宿場町であれば街にいくつかの宿があるし。
私には縁がないんだけど、エールハウスっていうお酒を飲む場所が市井では人気らしいわ。
同じようなお店があって、客層の違いでコーヒーハウスとかもあるみたい。
コーヒーハウスがあるのは領都とか大きい街ね。
だいたい繁盛している商会の人間や貴族の関係者が利用しているそうよ。
行き着いた街は大きめの街で、そのコーヒーハウスがあった。
旅の資金もそこまでない中で寄り道するような場所では決してない。
なにせコーヒーハウスの利用はお高いらしいから。入店だけで少しお金がかかるみたいよ。
「コーヒーハウス、ですか」
「そ。あそこね、あやしいのは」
「カイル兄さんが、あの店にいるとお考えなのですか?」
「そんな気がするわね! この街の中だと」
「どういう理屈なのでしょうか」
セシリアが困惑した顔してリンディスに視線を向ける。
「……お嬢は最近、よくこういうことがあるので」
「フフン!」
私の勘はよく当たるのよ!
全員で店に入りたいところだけれど、リンディスはいろいろな事情を考えて控えるみたい。
ヨナも同じね。
ヨナを馬車で一人にするのも微妙だからリンディスには一緒に残ってもらう。
セシリアを連れていくことに最後まで不満そうだったわ。
「……私を信用なさるのですね、クリスティナ様は」
「カイルと話しをするのに貴方を連れていかないでどうするのよ」
「兄さんがこの店にいるとは決まっていないと思いますが」
「ま、それはそれね」
セシリアを連れてコーヒーハウス前に来るとタキシードを着た男性が私たちを止めた。
「失礼、こちらは入店にリュミエール大銅貨が一枚、必要となります」
「わかったわ」
警戒していたより、ずっと安い値段だったので支払う。
中に入ると綺麗な内装に、華美過ぎない上等な調度品。
どこかの貴族屋敷の一室といってもいいくらいの整った雰囲気。
もっと、こうカフェテリアみたいな? 雰囲気かと思ったけど、微妙に違うわね。
長い共有机が中央にドーンとあって、そこには誰でも座っていいみたい。
小さなテーブルはないけれど、窓のある壁際にカウンター席みたいな形で長いテーブルが備え付けてある。壁際のそのテーブルは立って過ごすためにあるものっぽいわね。
中央の机に何人か座って話し合っている。
ああいう情報交換や議論をするのがコーヒーハウスでの楽しみ方って聞いたわ。
何人かが私たちに視線を向けてきたけれど、私はスタスタと壁際に移動する。
ここで彼らの話に耳を傾けるだけでも情報収集になりそうよ。
「こういう雰囲気の場所なのねぇ」
「こういった店に入るのは初めてですか?」
「ええ。セシリアはあるの?」
「……少しだけ」
あるんだ!
バートン家って表向きは医者の家らしいけれど。
流石は王家の影一門。そこらの貴族家よりも上等な教育を受けていそうよね。
普通に私よりセシリアの方がきちんと『お嬢様』だった可能性。
ありそうねぇ。
情報収集こそが本業だったりするなら、こういう場所にも来るのかしら。
「今はいないみたいね。少しだけ待ってみましょうか」
「……はい」
コーヒーハウスというからにはコーヒーを嗜むとしましょう。
ちなみに私は飲み物・食べ物に対して細かく判別はできないわ。
食べたり飲んだり、匂いを嗅いだだけで、どこそこの領地のものですわね? なんて芸当は無理。
おいしいですねー、甘いですねー、くらいの感想が関の山よ。
二人分の注文をしようと思ったけれど、セシリアが辞退したので私だけ。
しばらくすると温かいコーヒーが運ばれてきたわ。優雅なものね。
私は立ったまま、壁際の長テーブルに置かれたコーヒーカップを持つ。
「……新聞でも取ってきましょうか」
「ううん、それはいいわ」
コーヒーハウスには最新の新聞なんかも置かれている。
冒険者ギルドとはもう雰囲気がまったく違う空間ね、ここは。
喧騒もあるんだけど、種類が違う感じ?
静かな空間ではないわ。
「もっと静かな場所で、貴族ばかりがいるのかと思っていたけれど。なんだかそういうのじゃないわね」
「そうですね。商人か、貴族といっても自ら動いて情報を扱う者たちが集う場所です」
まぁ、静かに、優雅に交流を深めたい貴族なら、こういう場所じゃなくて自分たちの屋敷や社交場に出て交流するわよね。
「……ちなみにコーヒーハウスは、ほぼ女性の利用はありません」
「え、そうなの?」
「はい。商取引や、最新の新聞を読むために来る者。或いは政治的な……表では離せない議論をする場所となります」
「女性もそのくらいはするんじゃない?」
「もちろん、リュミエール王国ではそこまで男女差はありませんから。女性もそういったことはします。ですが、女性が行く店はもう少し雰囲気が異なるものとなります」
「へぇー」
「場所によっては入店禁止とはいかずとも、女性の入店は推奨しない、とされる店もあるとか」
「この店は女の私たちでも、すんなりと入れてくれたわね」
「はい。胸元の『貴族の証明』がありましたので、店側も入店を容認したのでしょう」
「ああ、これ」
王都を発つ時に支給されたのがこの黄金のペンダント。
『貴族の証明』と呼ばれていて、家紋のない貴族の印となっている。
これを持っているだけで私が『準男爵』以上の貴族であることを証明するものよ。
家紋が入っていれば、そのままどこの家の貴族かがわかるわ。
「あくまで他国ではそういうもの、ということもあります。リュミエール王国は三女神を信仰する国であるため、他国ほど男女の格差がありませんから」
「なるほど」
国教である三女神教。
王族の上に立つのが女性なんだから、そのあたりはね。
セシリアとそんな会話をしつつ、コーヒーハウスでの会話に耳を傾ける。
やっぱり話題になっているのはルーナ様たちの旅路よ。
現在、国で一番の関心事だものね。魔獣の被害はやはり広がっているみたい。
私も私で、それなりに対処しながら進んでいるんだけどなぁ。
今までは『王太子』『国一番の騎士』『予言の聖女』のネームバリューに押されていたけど。
その活躍が知れ渡るほど、ルーナ様への注目も上がっている。
エルトが率いる第三騎士団は、ルーナ様の活躍もあって大した怪我もなく快進撃を続けているそうよ。
予言の聖女が行く先を決めていることもあって、対処が後回しになってしまっている地域も不満を抑えているみたい。
聖女が言うなら、きっと大きな被害が起きるところから先に巡っているんだろう、ってね。
ルーナ様たちの進むルートが非効率的なことが、よりその話に信憑性を増している。
だって一筆書きみたいに一巡で国を巡るのが効率いいはずじゃない?
そうしないってことは、彼らの巡回は目的が明確なルートということになる。
「……あとは、マリウス侯爵令嬢だな」
あら。私の話かしら、ミリシャの話かしら。
「ああ、王太子から婚約破棄されたっていう」
「聖女様が、彼女がどうやら傾国になるって予言したって聞いたぞ」
そこまで知られているのね。まぁ、見ていた人も多かったし。
私が婚約破棄されたってことは大々的に告知しておかないと、あとでルーナ様と縁を結ぼうとした時に困るものね。
ところで『マリウス侯爵令嬢』って言われると一瞬『誰?』って思っちゃうのよ。
私もミリシャも同じなんだけど、なんだかしっくりこないのよねぇ、その呼び方。
私についての噂話はいろいろと出回っているみたい。
でも、王家から暗殺依頼が出たなんて話はない。
流石にそんなのは広まらないかしらね。
そうして噂は現在の私に移る。
「今は家で引き籠っているのか?」
「いや……。王太子殿下を殴ったとかで不敬罪で捕まったとか……」
「なんだそりゃ。じゃあ、牢屋か?」
「それがさ。王命が出たって話で、王都を出たところが目撃されたとか」
「ふぅん? 家に帰って新しい縁談とか探さねぇもんなのかね」
「勘当されたんじゃないか?」
「そういう話は聞かないなぁ」
「マリウス侯爵令嬢といえば深紅の長髪で、絶世の美女だっていう話……が……」
話題が私の容姿に差しかかったところで議論していた男性たちが私を振り向いた。
私は〝元〟未来の王妃スマイルを浮かべて、にこやかに返してあげたわ。
そうすると顔を赤らめる男たちがチラホラ。
あとは口をパクパクと開閉して、逆に顔を青ざめる男たちがチラホラ。
「気づかれたと思う? セシリア」
「おそらく」
そういえばコーヒーハウスに入ってから、セシリアが私のこと『クリスティナ様』って呼ばないのよね。こういうの、きちんと配慮してくれているみたい。
「……そろそろ出ますか?」
「そうしましょうか」
ここでカイルに会える予感がしたんだけどねぇ。
私って正体がバレたところで市井の民にどう思われるのか、わかんないのよね、実際。
セシリアと一緒に外に出ていこうとした、その時。
「興味深いですね。マリウス侯爵令嬢の話」
そこに聞き覚えのある声が響いた。
「……!」
セシリアが緊張したように息を飲む。
店の奥から出てきたのは黒髪に、黒曜石のような黒い瞳をした若い男性。
上等な衣服に身を包み、それでいて華美ではない、落ち着いた雰囲気。
微笑みを浮かべながらまっすぐにこちらへ歩いてくる。
「やっぱり、ここで会えたわね、カイル」
大人になったカイルが私の目の前に立っていた。
「……久しぶりだね、クリスティナ」
「ええ、とってもね!」
「僕のこと、覚えていてくれたんだね」
「まぁね!」
セシリアと話していて思い出したんだけどね!
「…………」
じっと見つめてくる大人カイル。背が伸びたわねぇ。
頭一つ私より上になっちゃったわ。昔は同じくらいだったのに。
私、これでも同世代の女性の中では背が高い方なんだけど。
カイルは、それよりも上なのよ。
「……ふっ。クリスティナは変わらないね」
カイルがそう言って笑う。そして、視線をセシリアに移した。
セシリアは怒られることがわかっているのか、沈黙して目を伏せる。
「セシリア」
「……はい」
カイルは何かを言おうとしてから周囲に目を向ける。
「……ここで言うことではないね。クリスティナ、外に行こう。付き合ってくれるかい?」
「ええ! でも、カイル。セシリアを怒るのはいいけど、ほどほどにしないとだめよ」
「……君がそう言うのなら」
「あら、聞き分けがいいわね!」
さて、コーヒーハウスでかなり注目を集めちゃったけれど。
彼らに向かって私はボウ・アンド・スクレープを披露する。
ちなみにこれは男性用のお辞儀と言われている奴よ!
コーヒーハウスは男性向けらしいから、礼を尽くさないとね!
「お騒がせしたわ、皆様。これからも、よき議論を」
元未来の王妃スマイルを浮かべると彼らは言葉を失ったみたい。
そのまま私たちはコーヒーハウスをあとにしたの。




