38.詮索、あるいは冗長なもの。
「それで、最終手段って何だったんですか?」
3つの宿をまわって、いずれも空振りに終わったところで、春歌が晴人に尋ねる。
なんとなく2人のあいだで、ブレイデンにいるのは1年女子のパーティではないんだろうなという感触が共有されていた。
残る可能性としては、1年男子のパーティだが、それを探すには地下迷宮に行くのが一番有効と思われる。が、彼ら2人だけでは、さすがに迷宮に行くわけにもいくまい。
というわけで、およそ手詰りになっていた。
ちなみに、マップを見ても、門のところに向かっているような気配はない。
二人はなんとなく歩き続けている。晴人のほうが半歩ほど前を進んでいるから、彼の進路に合わせているような状況だろう。
「教会に行けば、この街に誰がいるかは、すぐにわかるはず」
「教会……ですか? でも、誰が聖魔法を使うかなんて把握してますか?」
「まあ、もちろんそれは把握してないね」
「じゃあ、教会に行く人がいるかもわからなくないですか?」
「いやいや、おそらくだけど、全員1回は教会にいたはずだよ。僕たちがそうだったように」
謎解きを楽しむかのように思考する2人。すぐに答えを教えてくれればいいのにとも思うし、自分で思いつきたいとも思う。
春歌は左サイドの髪を耳にかけ、そのまま流れるように手を顎に当てた。最近気づいたのだが、考え事をするときの彼女の癖らしい。
「うちらがウルムの教会に行ったのだって、街を出る挨拶をしたくらいじゃないですか。その前っていったら…………。あっ、なるほど。そういうことですね」
「そう」
「だから、ブレイデンにいる6人が召喚された教会に行けば、誰がいるかわかる、と」
「いまどこにいるかがわからないのが難点だけど、誰を探せばいいのかは、その方法でわかるはず」
そして、誰を探すかがわかれば、ギルドの偉い人にでも事情を話せば、おおよそたどり着けるはずである。もちろん、街中でばったり出くわす可能性もないではないから、必ずしも分散する方法が悪手というわけではないが。
「それで教会があるほうに向かってるんですね」
「あれ、バレてたか」
「ええ。環友館に行く道は通り過ぎてますから」
「ちょくちょく確認してたけど、朱音たちも貴洋も西区には行ってないみたいだったから。今日中に確認だけはしとこうと思って」
「そうですね。なんとなく地下迷宮があるせいか、中央区に意識がもってかれますよね」
ブレイデンに地下迷宮があって、マップ上ちょうどその位置に魔王石があるとなれば、これを破壊すべき友人たちもまた、その近くにいると。無意識にそう思い込んでいたとしても、誰も責められまい。
「もしかしたら、岩原さんがいたらもっと早く気づいてたかもね」
なんとなく、彼らにとって教会は、彼女の領分だった。
それこそ、召喚された以降、教会に行くことがあったのは彼女と、その付き添いだった朱音くらいである。
「美波は、元気してますかね」
唐突に出てきたその名前に、もう遠くなってしまった街に残した友人を思い出す。ウルムを出発したときこそ、頻繁に話題に出していたが、最近はすっかりご無沙汰であった。
冷たいものだなあ、と自嘲気味に思う。
「まあ、大丈夫だよ。田舎だけど穏やかな街だし、彼女、しっかりしてるから」
どこか遠い目をしながら、無責任に言い放つ晴人。
春歌は最近わかってきた。晴人が無責任そうに何かをいうときは、だいたい本心である。心の底から大丈夫なときほど、はたから見ていて不安になる言い方をする。
本当の意味で切羽詰まった晴人など、まだ見たことはないのだけれど。
「正直ちょっと、寂しいです」
「…………、うん」
「美波大丈夫かなあ、寂しい思いしてないかなあって思うのは、きっとうちが寂しいからなんです。それで、美波もおんなじ思いをしてたらいいのになあって。すごく自分勝手なんですけどね」
「……、僕は、それが自分勝手だとは思わないよ」
晴人には、その寂しさがわかるとは、言えない。
異性の後輩と遠く離れるのと、同性の同期がそうなるのとでは、少し状況が違う。あるいは、晴人にとっては、最も親しい友人が2人パーティ内にいるが、春歌からすれば先輩しかいない。
が、そんな違いは些細なことでしかなくて、単純に感受性の違いなのだろう。その点は、いつか晴人が、春歌に言ったとおりである。
そんなことを考えていると、すぐに彼女は、いつもの明るい表情に戻る。
「まあでも、これも美波が選んだことですからね。彼女を信じて、うちも同じように頑張るのが、友情ってやつですよ」
「春歌は……」
強いね。その評価を、何とか飲み込んだ。
たとえその評価が真実でも、いや、真実であればこそ、その言葉は彼女を縛ってしまうから。無理を、させてしまうから。
晴人は、自分が何かに縛られるのが、とても苦手だ。できるだけ自由でいたい。
だからこそ、彼の大切な人たちにも、できるだけ自由でいてほしい。少なくとも、彼が誰かの心を縛ってしまうのは、どうにも許せなかった。
「うちは何ですか?」
「いや、春歌がいてよかったなと思ってね」
その言葉のほうが、よっぽど彼女を不自由にさせるというのに。
そんなことを、彼が気付けるはずもなかった。
「急ですね。でも、……ありがとうございます」
もちろん、こんなことで春歌は赤面なんかしないし、胸が高まることもない。
それでも、その脳内をあれやこれやが浮かんだって不思議じゃないし、何かを疑ったって何ら不自然ではなかった。
「晴人さんには、いま会いたい人とかいないんですか?」
少し何かを考えるように、視線をあちらこちらにやった後、出てきた言葉がそれだった。
「どうだろ……。いってもまだ2か月とかそこらだしなあ。思いつかないかも」
「まあそんな予感はしてました」
「でも一生会えないとなれば、それは嫌だなって人はたくさんいるよ」
「それは意外ですっていうと、さすがに失礼なんですかね?」
「いやべつに失礼ではないんじゃない?」
「……他人事ですね」
「まあ、自分でも自覚があるからね」
どこか面白くなさそうな春歌。彼女の望んでいたリアクションではなかったらしい。地面に小石が転がっていれば、蹴とばして歩きそうな様相である。
と、思えば、落としていた視線を急にあげて、晴人のほうをのぞき込む。
「でも、よく考えたら、そんな意外でもないですね」
「もしかして気を遣われている?」
「いえいえ。……晴人さん、ふつうにイベントは来ますし、晴人さんがそう定義してるかはわかんないですけど、友達も多いじゃないですか」
はて。自分は友達が多いだろうか。
晴人自身、友達に恵まれているとは思う。このサークルでいえば貴洋とか朱音がそうだし、それ以外でも、中高の同期とか、バイト先とか、仲良くしてもらえている。ありがたいことだ。が。
「いま会いたい人がいない僕にいっても説得力がなあ」
「それは、晴人さんがドライなだけです」
「ドライか? ……ドライか」
「一人で生きていけると思ってるんですよ。自分も、他人も」
なるほど。そう言語化されると、否定できる材料は極めて少ない。
だが。もし本当にそうなら。人が、一人で生きていると考えているのだとしたら。
深く、息をつく。
こういう日は、テラス席のあるカフェで、あったかいコーヒーが飲みたい。ガレットなんかを食べるのもいい。
そのテーブルに、誰か一緒に座っているだろうか。読みかけの文庫本が、おかれているだけのような気もしてくる。少し前に話題になった作家の、ミステリ小説。書店でもらった無料のしおりを挟んで。
「晴人さん」
そんな想像をしていると、春歌の声に、現実へと引き戻される。ずいぶんと短いイメージだった。
「うん?」
「もしうちがこのパーティを抜けようとしたら、晴人さんはどうしますか?」
2人は、中央区に環状に走る大通りを離れて、西区へとつながる道を進んでいた。
中央区と西区との往来は少ないらしく、すれ違う人は少ない。日々魔物と戦って、ケガや死のすぐ近くにいる冒険者には、信心深い人も多くいておかしくないような気もするが。
あるいは、冒険者用の出張所的な礼拝所が中央区内にあったのかもしれない。重症を負った人が聖魔法による治療を受けるためにこの距離を移動するとも考え難いし。
「こんだけ人が少ないと、ちょっと不安になりますね」
その言葉とは裏腹に、少しうれしそうな声色で、春歌がそう呟く。
「たしかに。なんというか、澄み切った雰囲気というか、自分たちが場違いな感じがする」
白河の清きに魚も棲みかねて、とでもいうのだろうか。
しばらく歩いているうちに、気づけば街の雰囲気は一変していた。
粗野な空気感はどこかに消え、どこか清潔さというか、高潔さを感じさせる。
現に街並みとして綺麗になっているのか、晴人たちが教会にそういうイメージを抱いているというだけのことなのか。あるいは、白を基調とした建物が増えたことが大きいかもしれない。
宗教とはあまり縁のない20年近くを送ってきた彼らにとって、教会というものそれ自体がどこか新鮮である。
彼らの知識にあるのは、大学受験のために憶えたいくつかくらいである。あるいはヨーロッパ旅行をしたことがあれば、それらの実物を見ることができたかもしれないが。
ウルムの街で見たといえば見たものの、やはり田舎と都会の差なのか、様相がだいぶ違う。豪奢、というほど華美ではないが、ずいぶんと立派な作りである。
「ところで、春歌。ひとつ意見を聞いてもいい?」
「何ですか?」
「思ったより建物が多くてね。どれが召喚に使われたものか、アイデアがないかなと」
宗教家たちがいる地区ときいて、大きな教会が一つか、片手で数えられるくらいあって、あとは墓地があったり、田畑があったりするくらいの、ゆとりある空間をイメージしていたが、現実はそれとは違った。
いくつもの建物が立ち並んでいる。さすがに礼拝堂は、建築の意匠からこれかなと思わないでもないが、それ以外についてはさっぱりである。
よくよく考えたら、そこに住む人もいれば、倉庫も必要で、修行するスペースとか、まあ礼拝堂だけあるのでは不十分なわけだが、そこまでの想像力はなかった。
「確かに、こんなに建物だらけとは思わなかったですね。それにしても宗派の違う教会が並んでていいんですかね」
ある程度仲の良いというか、お互いに寛容な宗派どうしが並んでいるらしいとは聞いていたが、それは本当のようで、建築様式が少し違っている。
あるいはもっとわかりやすく、宗教のシンボルと思しきマークが、おおよそ似ているけれど、よく見ると少し違う。
六角形の中にアスタリスクが書かれており、その周辺に何か印が付いていたり、色がついていたり、縦横比が違っていたり。
「さあ。まあ、雰囲気が西洋に似てるからアレだけど、日本でいえば、寺社仏閣が密集している感じだから、京都とかに近いのかな?」
「あー、そうかもですね。じゃあ、良いんですかね」
京都もあの小さな場所に多くの寺社仏閣が並んでいるが、どれもがどれも同じ宗派というわけでもあるまい。
「僕らが召喚されたウルムの教会と同じ宗派の教会があれば、そこに話を聞くのが楽というか、事情を説明しやすそうだけど。どれがそれかわからないから、どうしたものかと」
ウルムの教会に描かれていたマークを憶えていたら、それと同じシンボルを探し出すことができただろうが、そんな必要があるなど、どうして思いつけようか。
「さすがに大きいとこから順に行くのがいいんじゃないですか?」
「その心は?」
「まあ、勇者を召喚するとなれば、それなりに大事じゃないですか。だとしたら充実した施設でやるんじゃないかなと。あとは、勇者を召喚するのが良いことだとすれば、その栄誉は、大きな勢力が持っていく気もしますし」
「なるほど。まあ、そう考えるのが素直だよなあ。とはいえ」
「リスクも大きくなる、と」
晴人がいいそうなことを先回りして言葉にする春歌。首を少し傾げて、得意そうに微笑んでいる。
「宗教どうしの争いに首を突っ込むのは、さすがに避けたいからね」
“勇者の取り扱い”などという話題事項のために国際会議が開催されているくらいである。それがこの世界にとってそれなりに重大事件なことは明白だろう。
だとすれば、晴人がはじめレオナルドを警戒したように、利害関係を持つ者の数も、決して少なくないはずで。
しかも、レオナルドの話では、彼のもとに勇者召喚の話を持ち掛けたのは、真正同盟とウルムの教会との連盟だったという。
であれば、政治家と同じか、下手をすればそれ以上に宗教家を警戒すべきことも、明白である。
「でも晴人さんは、そのリスクは乗り越えるべきだと思ってるわけですね」
「最近、考えてることがぜんぶ春歌に聞こえてるんじゃないかって気がしてきたよ」
「そうだったら、いまよりずっと楽なんですけどね」
そう。その程度のリスクは最初からわかっていたわけで。にもかかわらず、西区に来ている時点で、結論は決まっているようなものである。
リスクを自分に伝えるのが目的だな、と春歌は思う。直後、やはり思いなおす。リスクを越える後押しが欲しいのかもしれないな、と。
春歌としても、異論はなかった。
晴人がそういっているから、ではない。もちろん彼のことは信頼しているが、だからといってその判断を全部受け入れるほど、彼女は信心深くない。
やはり、ブレイデンにいるのが誰か、知りたいのだ。それが1年生だけのパーティじゃなさそうだとは思いつつも、あるいは、と。
まあ、リスクのことは何とかなるだろう、と。
「たぶんアレが、西区最大の教会みたいですね。位置も西区のほぼ中央ですし」
「みたいだね。いかにもって感じだし」
灰白色の切り石で築かれた壁面は、その高さよりもずっと高く、そして広く見える。正面には荘厳なアーチ状の門。それをくぐると、街中の密度とは打って変わって、開けた庭のような広場がある。バラのような花に彩られたその庭は、ずいぶんとメルヘンである。
広場の両サイドには、二本の塔が空を突き抜こうとするように聳え立つ。
建物正面の少し高い位置には小さな窓が付いているが、中の様子まではうかがい知れない。そして、ちょうど真下にある分厚い扉は、2人を待っていたかのように開かれていた。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
とはいえ、その大きな建物に、多少の緊張を見せる春歌。そんな彼女を、晴人は微笑ましそうに、横目で見やる。
「まあ、きっと大丈夫だよ」




