37.探索、あるいは長閑なもの。
「とはいったものの、どこに行こうか。……春歌はどこか、心当たりある?」
「なんか流れで1年の担当になりましたけど、うちそこまで同期のこと知らないんですよね。とくに1年だけで組んでる人たちは」
環友館を出て、とりあえず中央区との合流地点を目指して歩き出したところで、春歌がそう話し出した。
貴洋の、というか5人の想定では、それぞれがある程度親しい人の行動を予想すれば、見つけられる確率も多少はあがるだろうと、そういうことであった。
したがって、春歌としても、晴人に同期のことをあれこれと伝えることが求められていると、その自覚があったのだろう。
そして、それに足りる情報がないことに気が付いた、と。
「そんなもんだよね。まあ、最終手段もないではないし、てきとうに回りますか」
「最終手段、ですか?」
「うん。さっきみんなが話し合ってる間に考えてた。楽できる方法がないかなって」
「それでちょっとぼんやりしてたんですね」
「そんなぼんやりしてた?」
「はい。それで、最終手段って何ですか?」
「あー、まあ、少し探してみて困ってきたら教えるよ。貴洋もなぜか張り切ってたことだし」
「……晴人さんがそういうなら、いまは聞かないでおきます」
晴人にはこういう、情報を後出しにしようとする悪癖があるな、と春歌は思う。貴洋のいないこの場で何を話したところで、彼には伝わらないし、いずれ話すなら同じじゃないか、と。
春歌が同じことを自分で思いつけばいいということでもあるが、彼女にはその自信はなかった。晴人ほど怠けることに全力を注げない。
せいぜい、あまり仲良くない同期の行動を予想するので精いっぱいだ。
「これは、同期の誰それがどうって話じゃなくて、一般論的な予測なんですが」
そう前置きをして、春歌が提案する。
「1年だけで組むってことは、2択だと思うんです。自分たちの力でガンガン進んでいきたいって思ってるか、先輩たちにせっつかれずにのんびりやりたいって感じか」
「ずいぶん正反対の可能性だね」
「でも、特に男子なんですが、のんびりって考えたら、女子と混合のパーティにしそうというか。誰に彼女がいて、誰にいないかは把握してないですけど、まあ、そういう計算があってもいいのかなと」
「うーん。まあ、理論上は分からないでもないけど、僕自身にその発想がなかったから、何とも」
恋愛がどうとか、異性がどうとか、そういうのが全くないとは思わないが、生き死にがかかっている場面で、あえてねじ込むかといえば、かなり怪しい。
もうすでに付き合っているならわかるが、これからというならなおさらである。うまくいかなかったときにどうするんだという話になる。
「あくまでも仮説ですから、その辺は考えなくてもいいです。とにかく、大学1年生の男子だけで集まった場合、無鉄砲に突き進む可能性は十分にあるということです」
「なるほどね。まあ、その可能性については否定すべき材料がないね」
「とはいえ、困ったことが2つあります」
春歌が両手の人差し指を立てて、晴人に示す。晴人も理解しているようで、穏やかにうなずいてその先を促した。
「1つは、うちらでどこまで進むか、という問題です。男子がガンガン突き進み、例えば、地下迷宮内にキャンプできる場所がある場合、かなり深いところを拠点にしている可能性があります」
「そうだね。その辺は5人の会議で話すのを忘れてたけど、地下迷宮に深入りしないことは、たぶん暗黙の了解になってるはず」
「それがなくても、うちら2人は地下迷宮に向いてるとは思いませんから、できれば避けたいところです」
晴人は十分立派な戦闘要員だが、遠距離に特化した彼が、地下の、迷宮で、どこまで戦えるかは未知数である。春歌がどうこうするためには、使い魔を増やす時間が必要で、どちらにしても今日明日では難しいだろう。
「もう1つが、女子です。たぶん、彼女たちは男子と逆の戦略をとっているんじゃないかと」
「こういういい方はあれだけど、確かに一女だけで地下迷宮の奥底まで行っている気はしないね」
「はい。もちろん、彼女たちも自分らだけで組んだってことは、ある程度やる気があるんでしょうけど。でも、迷宮内で寝泊まり、とは考えられないですね」
そう考えると、春歌はずいぶんと勤勉というか、かなり無理をさせてしまっている気がする。
いちおうお風呂と布団は用意したものの、森のなかでキャンプする遠征もしたし、ウルムからブレイデンの長距離移動もさせてしまった。その間に泊まった宿場町は、必ずしも綺麗なところばかりではなかったわけで。
もし、ブレイデンで召喚されていたら、幾分マシな異世界生活だっただろう。
それとも、晴人たちとパーティを組んでしまった以上は、どこであってもタイトなスケジュールになっていたのだろうか。
「まあ、考え方は2つある」
今度は晴人が、両手の人差し指を立てて、春歌に示す。もちろん、春歌は理解しているので、いたずらっぽく微笑みながら、その先を促す。
「1つは、女子がいる可能性が高いのであれば、街の探索をすればいいという考え。期待値的にどっちも2分の1であるならば、街のほうをとって怒られるいわれはない。そしてもう1つが、地下迷宮に行くわけには行かないから、街を探索するという考え。これもやっぱり、褒められることはあっても、謗られるような選択じゃない」
「どっちにしても、街を探すしかないってことですね」
「そういうこと。となれば、1女のパーティのほうが本命になるから、彼女たちが行きそうな場所を選ぼう」
ここまで話して、地下迷宮を除外しただけということであれば、それは振り出しに戻ってきただけなんじゃないかという気がしないでもないが。
とはいえ、男子が行きそうな施設と、女子が行きそうな施設では、おのずと違ってくるわけで。
「うちらもそうでしたけど、まずは宿を決めたと思うんですよね。綺麗なとこで寝泊まりしたいんで」
「そうだね。宿もウルムよりたくさんあるけど、どうやって決めたか」
「清潔で安全な宿、というのは間違いない気がします。あとはやっぱり、おすすめされたとこにしたんじゃないですかね」
「まあ、そうだろうね。あえて他のところを選ぶ理由もないし。じゃあ、おすすめの宿を聞きつつ、そこをあたることにしようか」
「はい」
1年生たちは、どこで情報を得ただろうか。晴人たちが召喚されたウルムには、それほど施設が多くなかったから、せいぜい市場とギルドくらいであった。
が、ブレイデンには、いわゆる娯楽施設も含めて多くの情報源があるわけで。
召喚された直後の思考をトレースする必要がある。
「そういえば、6人のなかで誰がリーダーをやりそうか、心あたりある? まあ僕はそもそも誰がいたかも怪しいんだけど」
ひとつ、晴人に言い訳を許すとすれば、別に1年生の女子が全員そのパーティにいるわけではないのだ。この世界に来たのは、あの日、合宿に参加していた42人だけである。
部員の数が多い彼らのサークルでは、合宿は1週間あり、それぞれが何日参加するかを自由に決められる。
したがって、夏合宿のあの日の時点で誰がいたかを正確に把握するのは、なかなか難しい。自分の部屋にいてレクに参加していない晴人には、なおさら。
「さすがに凛がリーダーだと思います。他にやりそうな人は……、我が強い人が多いので、まとめ役ってことで日奈って可能性もありますね」
春歌が名前を出した2人を思い浮かべる晴人。
田中凛は、確かに気が強く、物怖じしないタイプである。スポーティな服を好んでいた記憶だが、しかし同時に、1年生らしからぬ大人っぽい雰囲気があった。
もう一人の鈴木日奈は、どちらかというと世話焼きな優等生という雰囲気で、先陣を切ってどうこうというイメージはわかないが、頼まれればまとめ役くらいはしていそうである。
「なんとなくだけど、田中さんはその辺の人を適当に捕まえて情報を集めてそうだし、鈴木さんは信頼できる情報だけに絞ってそう」
「どうなんですかね。凜も大胆というか、思い切りがいいですけど、リスクの計算くらいはする気がします」
「なるほどね。まあいきなり異世界に来たってなれば、さすがに慎重になるか」
そんなことを話しながら、晴人と春歌が向かっているのは、冒険者ギルドの建物である。
ウルムの街に召喚された2人がそうしたように、1年生たちもまた、最初は冒険者ギルドを訪れたんじゃなかろうか、と。
「彼女たちの行動をトレースするっていう意味では、最初は登録センターですかね」
「そうね。こういうのは順序だてていったほうが最終的な効率は高くなるからね」
ブレイデンの冒険者ギルドは、4つの建物に分かれている。登録センター、発注センター、納品センターと、訓練所。それら全部が1つの建物に収まっていたウルムとはずいぶんな違いである。
登録センターなど、行くとして1回か、多くてもせいぜい数回なわけで、他の頻繁に使うであろう施設を訪れたほうがいいようにも思える。
が、あくまでも彼らの主たる目標は宿である。
定期的にギルドを訪れているかが謎というのが大きかろうか。まあ、最大効率をとろうとするなら、もっとやりようはあるわけで、そう急ぐものでもないのだ。
カランコロン。
木製の少し重たい扉を押し開けると、心地よい音が鳴り響く。
いくら冒険者の街といえども、新たに登録する人間は少ないのか、建物の中はガランとしている。あるいは、遠方から来た人がその足で登録に来るとすれば、もう少し遅い時間からにぎわいだすのかもしれない。
いずれにしても、待ちの列などはなく、すんなりと窓口にたどり着く。
「はじめまして。冒険者ギルドブレイデン支部、登録センターへようこそ。こちらでは新規登録と異動登録を受け付けております」
もはや定型文となっているのだろう、流暢に案内をするスタッフ。
晴人たちの目的はそのいずれでもないが、とはいえ気になることもある。
「異動登録……って何ですか?」
「冒険者としての拠点を変更する場合に行う登録になります。国をまたぐ移動では必ずしていただくことになっておりますので、他の国で冒険者をされていたのでしたら、異動登録をお願いします」
ウルムのギルドでは説明されなかったが、サザブール王国のなかでも国境から最も遠い田舎である。人の流入もなければ流出もないので、それを説明しなければならないことがなかったのだろう。
「そうなんですね。では、異動登録をすることになりと思いますが、それは後日、他の仲間も一緒にしに来ます」
「承知しました。異動登録が完了していないとブレイデンでは依頼を受けたり、素材を売却したりできませんので、お気を付けください。……それで、本日は、どのようなご用件でしょう?」
「人を探しているついでに、宿のおすすめを聞こうかなと」
「そういうことでしたか。人探しのほうは、すいませんが、職務上冒険者の方の個人情報等をお伝えするわけにはいきませんので……」
「あー、まあ守秘義務はあるか、完全に意識してなかったな。……そこを何とかなりませんか? 彼女の同郷の友人なんです」
そういって、春歌にパスを出す。
「あ、あの。うち、田舎の出身なんですけど。友達と一緒に冒険者になろうって。でも、その、途中で魔物に襲われて逃げるときに散り散りになっちゃって……。いつかブレイデンの地下迷宮にって話をしていたから、彼女たちもここを目指すはずなんです。ここに来たかどうかだけでも」
春歌、渾身の演技である。
やはり、良い嘘をつくのに重要なのは、本当の話を織り交ぜることなのだろう。まあ、出身が同じ友達を探しているという根本的なところは真実なのだ、気持ちにも嘘は少なかろう。
あとは、異世界式のスーパー翻訳が、彼女の田舎訛り風のアクセントをどこまで反映してくれているか。
「そう……ですか。まあ、いちおう名前だけはうかがっておきます。もしかしたら、ぴったりの宿をオススメできるかもしれませんし」
どうやらこのスタッフの規範意識は、人としての優しさに勝てなかったらしい。
まあ、その同情を優しさと呼んでいいかは別として。
「リンと、ヒナです」
よく考えたら、このスタッフが異世界から来た人のことを知っていた場合、いま春歌が話したストーリーが嘘であることなど一瞬で看破されてしまうわけだが。
「ヒナ……という冒険者は聞いたことがないですね。リンという女性はいますが、あなたと同年代って感じではないので、同名の別人かと」
「そう……ですか」
「ま、まあ。私が知らないだけで、他のスタッフが担当したのかもしれませんし、まだ手続きができてないだけということも考えられますから」
「……そうですね」
「僕たちしばらくこの街に滞在しますので……」
「ええ。何かわかったら、伝えるようにしますね。あなたたち、お名前は?」
「……ハルカです」
「僕はハルトです」
「ピッタリな名前ね」
それがどういう意味かは、分からなかった。あるいは、彼女のなかで何かしらのストーリーが出来上がっている可能性すらある。
とはいえ、それによって怪しまれずに済んでいるのであれば、それは何よりである。
「……それで、宿のおすすめでしたね。どんなところをご希望で?」
「そうですね。できるだけ綺麗で、セキュリティのしっかりしたところがいいです」
「そうなると……、“柳亭”“宿星明り”“セントラルイン”あたりでしょうか。前の2つは少し街の中心部から離れているので、そのぶん静かで治安もいいですし、セントラルインは少し高いんですが、そのぶん警備がしっかりしているという感じです」
セントラルインだけ異世界みがないというか、地方都市の駅前にあるビジネスホテル感が強いが、この辺も翻訳の妙だろう。
日本でいえば、確実に“柳亭”のほうが高そうである。
「ありがとうございます」
「どれも満室ということはないと思いますので、あとはお好みですね」
「3つとも行ってみて、雰囲気で決めようと思います」
「はい、ぜひそうしてください。では、また登録にいらしたときに」
「ええ。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
晴人と春歌は踵を返して、その建物を後にする。
とくに怪しまれることなく情報を得られたので、上々である。情報がない、というのも立派な情報である。
とはいえ、冒険者以外の何かとして生活しているとか、ギルドに所属することなく冒険者をしているとか、そういう可能性は十分にあるわけで。
「それにしても、ちょっと懐かしかったですね」
「……そうだね」
何が? と聞き返さなかったことを、自分でほめたたえる晴人。
「今回も絡まれるかなとか思ったけど、すんなりいきすぎて逆に怖いね」
「いまならうちも、大人な対応ができる気がします」
「そうね。何なら僕よりよっぽどうまくできるんじゃない? さっきも名演技だったし」
「いきなりパスを出すなんて、晴人さんも意地悪ですよ」
「ごめんごめん。まあ、結果的にうまくいったから」
「ですね。ま、うちと先輩なら余裕ですよ。……とはいえ、凜たちのパーティじゃなさそうでしたけど」
「そうね。まあ、だとすれば他の3人が見つけてくれるから、気楽にいけばいいよ」
どうせ今日は街を散歩して終わる一日なのだ。
紹介された宿をめぐりつつ、のんびりと探していけばいい。
振り返ってみれば、この街にたどり着くまで、ずいぶんと急いできた。一日くらい、ゆっくりする日があったっていいじゃないか。晴人はそんな風に思っていた。
「ですね」




