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超人、あるいは変化をもたらす者。  作者: えくり
サザブール王国編
38/40

36.客室、あるいは落ち着かないもの。

 遠くからは円形に見えたブレイデンの街も、実のところはもう少しだけ複雑な形をしている。中心をぐるりと一周していると思われたあの内壁だって、やはり中心からは少しずれた位置にある。

 ではどのような形かといえば、大きな丸の左右斜め上に、小さな丸が2つくっついた形、というのが最も忠実な説明だろうか。もっとわかりやすくいうのであれば、某ネズミのキャラの頭部のシルエットとか、水素分子のモデルとか、そういう喩えが出てくるだろう。

 いま、晴人たちが宿泊している宿(“環友館”というらしい)は向かって右耳の部分にあり、昨日通ってきたのが顔の部分である。

 どうやらざっくりとした区分けがなされているらしく、中央の大きな丸は冒険者のための街で(中央区というらしい)、右耳にあたる小さな丸は政治家のための街のようだ(そして、東区という)。

 少し粗野な人が多くてガヤガヤとしており、よく言えば活気に満ち溢れた中央区の雰囲気は、ひっそりとしておりどこかピリついた空気を感じさせる東区のそれとは、実に対照的である。

 確かに晴人たちが聞いた話では、真正同盟というのは、冒険者の憧れの場所ではあるが、同時に、これを取り囲む5か国によってつくられた政治的な会議でもある。だからこそオリヴィアもこれに参加するためにシュヴァール辺境伯領からわざわざ来たのだ。

 なるほど、真正同盟というのが、冒険者と政治家にとって重要な地であることは分かった。では残る1つの丸は誰のための街かといえば、当然、宗教家のための街である。

 そもそもの話をするのであれば、5か国が真正同盟を結成したのは、ソレア教に圧力をかけるためである。であるならば、同じく宗教をもって圧力をかけるのが理にかなっているというものである。もちろん、宗教的な対立の先に何が待ち受けているかというと、非常に恐ろしいのだが。

 そんなわけで西区には大きな教会と、その関連施設が建てられている。ソレア教以外の宗教は、比較的互いに寛容な状況を保てているらしく、同じ西区内に、細かく言えば違う宗派の教会が並ぶ。

 中央区を拠点とする冒険者にしても、東区に宿泊する政治家にしても、ある程度メジャーな信仰であれば、西区まで足を伸ばすことで、その信仰を全うできるという設計である。


「今日はどう動こうかしら」

 朱音がテーブルに地図を広げて、そう切り出す。

 彼女たちはいま、環友館の客室で作戦会議を始めたところだった。

 晴人たちに用意されていた部屋は3部屋。2人1部屋で計算されているようだ。さすがに護衛にも個室を、ということはないらしいが、とはいえ文句はない。何せ1部屋が相当に広い。

 寝室は各部屋に2つ用意されていて、それぞれにダブルサイズのベッドがある。さらに、大きな窓を備えたリビング的な場所が1つあり、それとは別に、談話室というのだろうか、テーブルを囲めるスペースがある。

 部屋の豪奢さでいえば、内装も重厚である。石造りの壁はタペストリーで覆われており、床にも厚手のじゅうたんが敷かれていた。寝室は深い紺を、リビングは白を基調としていて、落ち着いた様子である。

 暖炉が備え付けられているところをみると、この地域には寒い時期があるらしい。彼らが宿泊している間に、それを使うことはないだろうが。

 何より目を引くのは、壁に飾られた紋章である。どうやら真正同盟の紋章のようだ。

 天蓋付きのベッドでないだけましだが、十分に落ち着かない空間である。

 そして、3部屋ということは、1人の部屋が生まれるということだ。まあ、ダブルベッドに2人寝て2部屋にするという案もあったが、十分な休息のために却下された。

 そうなると、男子のひとりが一人部屋になるわけだが、晴人がこれに立候補した。当然、学年の違う和眞も真っ先に手を挙げたのだが、晴人がこれを端的に退けた。曰く、

「ここを拠点に地下迷宮に行くとなったら、貴洋と和真は同じ部屋にいたほうがいい。二人の連携が命綱みたいなものだからね」

とのことである。

 まあ、前衛と後衛に分けるとそうなるわけで、貴洋や和眞としても、あえて反対するほどの強いこだわりはなかった。

 そんなわけで、がらんとした晴人の部屋の、談話室での作戦会議である。

「とりあえず、当面の目標が、ブレイデンにいる部員を探すことっていうのは、共通の認識でいいわよね?」

「まあ、そうだね。魔王石云々は、そのあとにしよう」

 晴人たちが魔王石を破壊したとき、相当のスキルポイントを得た。まだ彼らは振り分けていないが、成長の効率としては、かなりいい。

 で、あるならば。彼らは慎重に考える必要がある。それらのスキルポイントを少数の人が寡占して最高火力をあげるべきか、その機会を平等に分け合って全体の底上げをすべきか。

 なので、晴人たちが勝手に魔王石を破壊するのは得策とは限らないのだ。

「じゃあ、どうやって部員を探すか、ね」

「どうやっても何も、ふつうに街の人に聞いてけばいいんじゃねえの?」

「それは難しいんじゃないですかね。うちたちが探しているのが誰かも、うちらはわかってないですし」

「異世界から来た人を知らないか聞くとかっすかね」

「それはなしじゃないね。かなり早くヒットする可能性があるから。まあ、頭がおかしいと思われるのが嫌でないのなら」

 サザブール王国でのやり取り的に、異世界から来た人間がいることについて、知っている人はそう多くない。

 ウルムでは、狭くて人口も少ない環境だったからか、かなり身近な人は知っていたし、あるいは逆にそれ以外の人とはかかわらなかった。

 が、世界中からいろんな人が集まるここブレイデンでも、同じような確率で巡り合えるとは限らない。

 そして、異世界人のことを知らない人にそんなことを質問すれば、怪しげな薬をやっていると思われるのがせいぜいだろう。

「具体的な名前をランダムに聞く方法もあるな」

「というと?」

「もし仮に、ブレイデンにいるパーティがわかればどうする?」

「まあ、そのパーティの人の名前を出して、聞きまわるっすね」

「だろ? で、俺たちがブレイデンで探している可能性があるパーティの数は、6」

「そうですね」

「ということは、6倍聞きまわれば、普通の人探しと大差ないんじゃねえか?」

 いいやり方がないのであれば、物量で勝負すればいいという、かなりの暴論ではあるのだが。とはいえ、暴論には暴論の魅力がある。

「なるほどっす。オレは好きっすよ、そういうの。わかりやすくて助かるっす」

「そうですね。まあ、普通の人探しと同じって考えれば、動きやすいですし」

「私もいいと思うわ。けど、せっかくならもう少しだけ工夫して効率をあげたいわね」

「工夫?」

「ええ。ここに5人もいるんだもの。手分けしてもいいと思わない?」

「あー、まあ、確かに」

 頭の中で、分散するリスクと、目標達成の可能性とを天秤にかける5人。まあ、とりたてて治安が悪いという話は聞かないから、裏路地とかに入らなければ大丈夫だろうけど。

 とはいえ、春歌あたりを一人でうろつかせるのは躊躇われる。見た目が良いので絡まれそう、というのは朱音もそうであるが。

「まあ、可能性のあるパーティ数は6だから、僕たちが3つに分かれるというのでどうだろう」

「そうね。それが妥当なところね」

「各チームが2パーティを担当するって感じか」

 結局、バランスをとった案が採用される。まあ、どこに誰がいそうか、36人分考えるとなると大変だが、高々12人であれば、できないことはない。

 5人でぞろぞろ動くよりも2人ないし1人で回ったほうが、取り回しがきくというのもある。

 そう、必然的に1人になる人が出てくるわけだが。

「じゃあ、部屋ごとにチームということで」

「いや、そこはちゃんと考えたほうがいい」

 いつものごとく単独行動を名乗り出た晴人であるが、珍しく貴洋にとめられる。

 なんとなく貴洋が仕切っているので、晴人は表情で、その進行を再び貴洋にゆだねる。

「朱音、パーティのざっくりとした内訳、憶えてるか?」

「まあ、いちおう憶えてるわよ、たぶん」

「細かいところはいいから、そうだな、学年の構成だけ教えてくれ」

「1年男子だけのパーティと、1年女子だけのパーティがそれぞれ1つずつ。2年と1年の混成と、3年と2年の混成が1つずつ。それと、4年生パーティが1つ。あとは、私たちと同じように1年から3年のパーティよ」

 思い出すように話す朱音。あのパーティわけもすでに二か月近く前のことだ。うろ覚えなのも当然というものだ。

「なるほどな。じゃあまあ、春歌が1年の、和眞が2年がいるパーティをそれぞれ担当するのは確定でいいか」

「うち、同期の男子はそこまでわかんないですよ」

 とくに意見を聞くでもなく決めようとする貴洋に、おずおずとコメントする春歌。

 ここでいうわかんない、というのは、彼らの行動が読めないから探しづらいというのが半分と、偶然にもすれ違ったときに気付けない可能性があるというのが半分である。あるいは、見つけたときに何を話していいかわからなくて気まずいというのがもう半分かもしれないが。

 まあ、同学年だからといって全員と仲がいいということはあるまい。ましてや、その同期たちとパーティを組んでいないのであればなおさら。

「じゃあ春歌のペアを晴人に頼むことにしよう。多少はわかるだろ?」

 突然話題が飛んできた晴人は少し驚く。どうせ4年の担当になるだろうと思っていたというのもあるが。とはいえ、あえて拒否する理由もない。

「いいけど、僕もいうほどだよ?」

「もともとそんな奴の集まりみたいなパーティだからな。他よりマシってことで」

「まあ、貴洋よりは仲いい自信あるし、それでいいよ」

 貴洋だって後輩と仲良くないわけじゃない。練習にはそこそこ来ているから、話す機会も少なくないはずだ。練習にしか来ないから、コートでの後輩しか知らないというだけで。

 そのあたりは貴洋自身も自覚しているし、どうこうしたいというわけでもないだろうから、あえてフォローしたりはしないが。

「で、朱音には和眞のペアをしてもらって、俺が残りの2つを担当しよう」

 これまたサクサクと決めていく貴洋に、朱音が疑問符を投げかける。

「でも、1年から3年のパーティに貴洋一人で大丈夫? あそこには役員もいるし、私が担当してもいいのよ?」

 それは晴人も思った。もっといえば、後輩と仲いいイメージがないのと同じくらい、先輩と仲がいいイメージもないのだ。少なくとも、この世界に来ている先輩たちとは。

 だからこそ、1人で行動するのが貴洋というのは、やや不安である。

「いや、ほら、な」

 ある意味で当然のような朱音の返しに、少し口ごもる貴洋。ここまで話を主導しているのもレアだが、言いよどむ姿はもっと貴重である。

 もちろん晴人は、貴洋が何を考えているのかわかるが、だからこそ逆に不思議である。そんな気にすることだろうか、と。

「司のことだよ。でしょ、貴洋」

「まあ、そういうことだ」

「……。そんなの、今さら気にしないわよ」

 少し不満そうに朱音が返す。もう終わった、しかも朱音から終わらせた恋愛を引きずっていると思われているのが、面白くないらしい。

「お前が気にしなくても、司が気にするかもしれんだろ」

「まあ、気にするとしたら司だろうね。あとは、あのパーティにいる同期も。とはいえ、いずれどこかで再会するんだし、気にしてたらキリがない気もするけど」

「晴人のいうことはもっともだが、あえて担当にしなくてもいいだろ。むこうがどんな状態かもわからんのだし」

「……そう。まあ、そうね。じゃあいいわ」

 思い当たる節があったのか、なかったのか。

 朱音はそれ以上、反論しなかった。

 晴人がその話を知ったのは、合宿中に貴洋から聞いたのがはじめてだった。だから、2人が別れたことは知っているが、それ以上のことは知らないし、こちらに来てからあえて聞くようなことはなかった。興味がない、とまではいわないが。

 貴洋がそこまで躊躇するということは、あるいは、晴人が知らない何かが、そこにあるのかもしれない。貴洋は感情の機微には敏いが、必要以上に気を使ったりはしないタイプだ。

 朱音も、そんな貴洋が気にしているからこそ、食い下がらなかったのかもしれない。

「てなわけで、チームも決まったことだし、さっそく始めようぜ。部員探し」

 空気を換えるようにそういって、会議は終わりといわんばかりに、意気揚々と部屋を出ていこうとする貴洋。

 朱音が慌てて、それを引き留める。

「ちょっと。見つけたらどうするか決めてないじゃない」

「あー、確かにそうだな。じゃあ、昨日通った街の入り口の門に移動するってことで。他のチームは、マップを見て、門に人がいたらそこを目指す感じで」

 そう言い残して、貴洋は部屋を出て行った。一人で動く彼には、作戦会議の時間は、これ以上必要ない。

 合流の仕方も、悪いものじゃないからいいが、それにしたって貴洋は前のめりだ。その奇妙なやる気に違和感を覚えつつ、晴人と朱音はほとんど同時に肩をすくめる。

 その積極性が、裏目に出なければいいが。

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