表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/7

咲き乱れる色とりどりの花

台詞など、少々直しましたm(__)m

そうして、いくつもの季節が廻り、世界地図からエッケルシュタイン王国という名が消えた。あの国の国王や王妃、王太子であったジェレミーがどのような末路を辿ったのか、リーゼロッテにはもはや興味もなかった。


そして今、ベオグラード魔道王国の王妃となったリーゼロッテは、王城の一角でため息を吐いていた。


「花がないのよね……」


リーゼロッテ付きの侍女であるカーミラが、午後のお茶を用意していた手を止めて、首を横に傾げた。


「え?『華がない』ですが?……うーん、王妃様がおっしゃる通り、我が国はきらびやかさには欠けますねえ。周りを見渡しても岩だらけっ!『創世神がうっかり岩を落として国が出来た』という言い伝えが残っているほどですからねえ」

「そうね、岩だらけよねえ。王の居城自体が岩山を刳り貫いて出来たものだそうね。ええと……分類すれば、火成岩に堆積岩に変成岩……かしら?おかげで宝石には事欠かないけれど……。創世神?そんな言い伝えがあるの?」

「岩に関する伝説は多いですよお。えーと、私たちの祖先の祖先のそのまた祖先、ドラゴンやドラゴンと人のハーフの竜人が暴れに暴れた末、火山からマグマが噴出したですとか、ドラゴンが吐き出した炎で国土が焼かれたとか……、まあそんな言い伝えがゴロゴロありますね。ホントのところはどうかわかりませんが。ただ昔の魔導士が調べたところによると、何万年も前に火山が噴火し、そこから噴出したマグマが地表で冷えて固まり、岩石となったようですよ。あ、じゃあ、その辺の庭の岩石、ちょっと割ってみましょうか?外側はゴツイ岩でも中身は綺麗な宝石の原石だったりするんですよね。えーと、あのあたりの岩、確か火山岩だから……、中身はペリドットかな?ルビーとかだと王妃様の御髪みたいで綺麗ですよね!あ、サファイヤでもいいかな?青の宝石に王妃様の緋色の御髪。コントラストが美しい!」


腕まくりをして、トコトコと庭の片隅へと歩き出すカーミラ。外見は幼女と変わりはないが、これでもドラゴンの血を強く引くものだ。火山岩程度、拳で殴れば一発で割れる。


「ちょっと待ってカーミラ。そうじゃないの。わたくしが言いたいのは花がないということで……」


リーゼロッテの制止は間に合わなかった。

どっごん、という音がして、庭一番の巨石が綺麗に二つに割れた。


「あー、薄い緑色ですからこれ、ペリドットの原石ですね。まあでも、緑色もきれいですよね。これでどうです?『華』あります?」

「ええ綺麗ね……って、そうじゃないのよ。わたくしが言っているのは慣用的な意味の『華がない』ではなくて、物理的にこの国には『お花がない』と言っているのよ。薔薇とかフリージアとか植物が……」

「ああっ!お花っ!そりゃあ、植物が育つための土なんてほとんどないですからね……」


国土のほとんどが岩。たまにある窪地にいくつか果実のなる草や木が生えていたりもするが、それも国土の一割程度。幸い国の南側は海に面しているので海産物は豊かだ。だから、食料的には問題はない。少ない窪地では小麦や柑橘類の栽培も盛んだ。だが、食用ではない観賞用の花など栽培する余地はない。

というよりも、祖先はドラゴンであったこの国の者達に、花を愛でるという感覚すらなかったのだ。当然花を育てる者など皆無である。


「うーん、王妃様お花が欲しいのですね?ええと、陛下に頼んでみます?」

「……前の繰り返しになるだけだと思うから、ドレイク様には頼めないわ……」


ドレイクとの結婚式の準備を行っていた当時のことを思い出し、リーゼロッテはそっとため息をついた。


そう、結婚式の直前、リーゼロッテはドレイクにたった一つだけ、願い事をした。


「この国にはそんな習慣はないと知ってはおりますが、わたくしやはり、結婚式の時にはウエディング・ブーケを持ってみたいのです」

「ブーケ……とは?」


ドレイクは首を横に傾げた。


「王太子殿下との結婚式の時には邪魔になることが分かっていましたので持ちませんでしたが。わたくしの国の花嫁の多くは、結婚式の時に花束を持つのです。花の種類は問いませんが、やはり白薔薇ですとか百合ですとか……そういうものがよろしいかと」

「わかった。薔薇や百合という花だな。うん……隣国のラントヴィルトシャフトまで飛べばきっと花くらいあるだろう。あちらは農業大国だからな」


ドレイクは、ドラゴンに変化すると、即座に花を求めてラントヴィルトシャフトへと飛び立った。岩場と海しかないベオグラードとは違い、隣国は温暖な気候の丘陵地帯である。

確かに、ラントヴィルトシャフトに花はあった。あったにはあった。だが、ドレイクが持ち帰ることが出来たのは、花束の残骸……花も葉も落ちた茎のみだったのだ。


「あの陛下が全力で隣国から飛んで戻ってきたものですから、仕方ないと言えば仕方ないのですよねー」

「ええ……。たった一枚の花弁すら残らなかったわ……」

「陛下も飛んでいる最中に気がつけばよかったのに、全力出すから」

「……わたくしに、早く花を見せたいというドレイク様のお気持ちは……嬉しかったのよ……」


あの結婚式から既に五年。

申し訳なさ過ぎて、あれ以来ドレイクに花をくださいとは言えないリーゼロッテだった。


岩山と鉱石やら宝石の原石だらけの国を厭う訳ではない。


ただ、岩だらけの王城を見てると、不意にハイデルベルグ侯爵家の……生まれ育った屋敷の庭を思い出してしまうのだ。


色とりどりの薔薇の花のアーチが晴れわたった空を彩る。それはまるで薔薇の天蓋のようだった。うっとりするほどの甘い香りを胸に吸い込みながら、石畳の小道を散歩する。少し歩けば刈り込まれた低木や、涼し気な小川が見えてくる。小道に咲く、季節ごとの可憐な花。地面に敷き詰められた芝生……。

それなりにこの岩だらけの国に慣れたとはいえ、やはり、慣れ親しんだ花のあふれる庭が恋しくなる時もある。


「こうなったらローズガーデンでも造ってもらう他に手はないのかしら……」

「ええっと、王妃様。造園の心得もお持ちなのですか?」

「完成した花園を堪能したことはあっても造園などしたことはもちろんなくてよ。この国には庭師は居ないの?」

「広い場所が欲しければ岩を粉砕すれば問題ない……という国民性ですからねえ。そもそも庭を造るなんていう発想すらないので、庭師……うーん、農夫ならおりますけど」


そもそも耕作可能な土地が少ない。そしてそのわずかな土地は畑か牧草地か果樹園だ。城も岩山をくり貫いて作ったものであるし、貴族の屋敷も平民の家も同様だ。食用でない花などこのベオグラード国の者達は興味すら持っていない。

リーゼロッテのような純粋な人間と、この国の大半の者のように半分ドラゴンである者の気質の違い……なのかもしれない。




さて、どうするべきかとリーゼロッテが考え始めた時、「失礼いたします。王妃様に来客が……」と、カーミラではない別の侍女から、控えめな声が掛けられた。


カーミラが首を横にかしげる。


「え?王妃様の今日の予定からすると客などないはずだけど?急な拝謁希望の者なの?」

「はい。お約束はない上に紹介状もない、平民の旅の者のようなのですが、ただ……」


侍女は歯切れ悪く答える。


「ただ、何か?」

「はい。王妃様のご出身国からやって来た上に、王妃様にお返しせねばならないものを持っていると言っておりまして……」

「その者の名は何というの?」

「はい。ユリアーナと」


言い終わらないうちに、リーゼロッテは「会うわ。ここに呼んで。あと、お茶とお菓子も用意して」と勢い込んで立ち上がった。


「紹介状もない者なんて、面倒事を抱えているか、それとも間者かもしれません」


相手を疑うようなカーミラと侍女に対し、リーゼロッテの顔には期待が表れていた。




小さな男の子の手を引いて、ユリアーナはリーゼロッテの前にやって来た。


「遅かったじゃない」

「……申しわけございませんリーゼロッテ様。大変遅くなりましたが、お預かりしていたものをお返しにあがりました」


きちんとたたまれたヴェールとハンカチ、それからペンダントをテーブルの上にそっと置いて、ユリアーナは深々と頭を下げた。


「ふふっ!律義ねえ。持ち逃げしても良かったのに」


笑うリーゼロッテに、ユリアーナも笑顔を見せた。


「売ってしまえばお金にはなりましょう。ですが、それではリーゼロッテ様にお会い出来る伝手がなくなってしまいますし……。王太子殿下から贈られたドレスと宝石を売りましたので、すぐに金銭的に切迫はしなかったのです。それより……あたし、どうしてもリーゼロッテ様にお会いしたかった。会ってお礼が言いたかった」

「わたくしは何もしていないわよ」

「いいえ、あたしを地獄から助けてくださいました」

「違うわ。貴女が自分で歩いてここまで来たの。……大変だったでしょう?頑張ったのね」


ユリアーナが大きく目を見開き……そして、声を上げて泣き出した。男の子が「ママ?」と驚いて、ユリアーナを見上げる。


ユリアーナが泣いている間、リーゼロッテは何も言わなかった。しばらくの後、まだ止まらない涙をそれでもなんとかおさえ、ユリアーナは告げる。


「あ、あの後……すぐにリーゼロッテ様を追いかけようとこちらの国を目指しました。何故だか国境の検問もするりと抜けられて……」

「ああ、このペンダントにはねえ……、《録画》魔法とか《固定》魔法とか以外にも、色々一杯魔道が構築されてあるらしいのよね……。わたくし、詳しくはわからないのだけれど」

「おかげで国を脱出するのは容易だったのですが……。ラントヴィルトシャフトまで来た時に、産気づきまして」

「あら……」

「難産の上に、赤子の頃のこの子は……寝てもすぐに起きてしまうような子で。夜泣きも凄くて」

「それは大変だったわねえ……」

「なので、しばらくこの子が大きくなるまで、ラントヴィルトシャフトのいくつかの農家を転々としつつ、働かせてもらい……そうなふうにしてこの子を育てていたのです。畑の真ん中では子供が泣いていても誰も文句など言いませんでしたので」


ユリアーナの「農家で働く」という言葉に、ぴくりとリーゼロッテの眉が動いた。


「あのね、貴女。聞きたいのだけれど……その農家というところで何をしていたのかしら?」

「え?えっと……赤子だった頃のこの子を背負いながらの仕事だったので、たいしたことは出来ませんでしたが。水まきとか、収穫したものの選別ですとか、草むしり……」

「ボクも、お花に水あげたよね、ママっ!」


男の子がユリアーナの手を引く。


「そうね。大きくなってたくさんお手伝いしてくれたわね。ありがとう。でも、今はママ、リーゼロッテ様とお話ししているの。少しの間静かにしていられる?」

「うんっ!」


失礼しましたと頭を下げるユリアーナに、リーゼロッテも「ふふ」と笑う。


「ねえ、坊や。こっちに座りなさいな。お菓子、食べてていいわよ。わたくしはあなたのママにお願いしたことがあるから、話、長くなるの」


ユリアーナは「お願い……?」と首をかしげる。


「そうお願い。あのね……」


自分がリーゼロッテのために何かできることがあるのなら。ユリアーナは真剣な瞳で、リーゼロッテの願いを聞いた。





岩だらけのドラゴンと魔道の国、ベオグラード。

その王城の一角には色とりどりの花の庭園がある。


それはエッケルシュタイン王国からやって来た娘とその息子が、丹精を込めて造園したのだと伝えられている。


庭園には、今も美しい花が咲いている。



終わり




完結までお付き合いくださいましてありがとうございました!


誤字報告くださった方、いいねで応援してくださった方、

評価やブクマをしてくださった方々、皆様本当にありがとうござます!


日間異世界〔恋愛〕ランキング→2022年6月29日30位、6月30日17位、7月1日16位。

週間異世界〔恋愛〕ランキング→2022年7月3日時点37位 にランクインいたしました!


これもお読みくださった皆様のおかげです。ありがとうございます!!









もしも藍銅らんどう こうのお話をお気に召していただきましたら、


『  婚約破棄された被災令嬢はドラゴンに永遠の愛を誓う  』

『  さようならダニー様 ~ とっくの昔に解消した、元婚約者の結婚式に参列させられました ~ 』


こちらの作品もお読みいただければ幸いですm(__)m



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



新連載始めました。(2022年10月16日追記)



「転生前から好きだった。だから愛妾になれ」と国王陛下から命じられた転生伯爵令嬢の話


https://ncode.syosetu.com/n8580hw/



お読みいただけると幸いです☆


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ