11.ファナーディア
ケイレン伯爵家でのことはすぐに王室に伝えられた。
伯爵の要請により派遣され、魔物討伐や瘴気の浄化を終えた直後の聖女暗殺未遂事件は国民の間でも多大な怒りを買った。
恩知らずと罵り、嫌悪を露わにする国民を前に王家も伯爵に厳しい処罰をせざるを得なかった。
王家としては内々に処理をしたかったのだろうがなぜか国民や貴族の間で既に広まっており収拾がつかなくなってしまったのだ。
伯爵は財産の一部を王家に返還し、爵位を男爵に格下げとなった。
伯爵を隠居させることも案に挙がっていたが唯一の跡取りである息子のダミアンが心神喪失で部屋から出て来なくなったらしく今の彼では到底爵位を継がせることはできない。
そのため、しばらくはまだ伯爵が当主となって貴族の義務を果たし、息子の回復を待つことになった。ただこれを機にケイレン家を乗っ取ろうと分家が動き出すはずなので暫くは荒れることになるだろう。
ケイレン伯爵に与えられた処罰は多くの貴族を震撼させた。
なぜなら今まで聖女に無礼を働こうが多少の危害を加えようがお咎めがなかったからだ。後ろ盾となっている公爵家でさえ度を越さなければ目を瞑っていた。
こんなふうに公の場での処分は初めてとなり、多くの貴族が自分たちのこれまでの行いを振り返り、恐怖した。
一歩前違えれば自分達がああなっていたのだと。
side .ファナーディア
「最近、聖女の周囲が騒がしいわね」
「図に乗ったスラムの雑種にお灸を据えようとした伯爵が男爵に格下げされるなどの処罰を受けたので貴族が慌ただしくなっているようです。どちらにせよ、王女様のお気になさることではありませんよ」
「あら、私はカールマン王国の第一王女ですわよ、気にしなくてはならない話題ではなくって?」
「聖女は確かに国にとって重要な役割ではありますが、所詮はスラムの雑種。王家に飼い殺しにされるだけの駄犬ですよ」
そうね。それに、今の研究が成功すれば聖女などいらなくなる。
「その雑種、なんて名前だったかしら?」
「マリアローズ・ダーウィンです」
「マリアローズ?スラムの雑種にしては貴族令嬢のような名前をつけられたのね」
随分と身の程知らずな母親ですこと。
「元の名前は違うようですよ」
「あら、そうなの?」
「なんて名前かは知りませんが、今の名前はダーウィン公爵が自分の家に入れるからには恥ずかしくない名前にってことで変えさせたらしいです」
それもそうね。
王家の命令で仕方なく公爵家に迎え入れたとはいえ本音では断りたかったでしょうし。
「ダーウィン公爵には可哀想なことをしてしまいましたわね」
「仕方がありませんわ。誰かが泥を被らなくてはならなかったんですもの。かといって王家にあんなドブネズミの血を入れるわけにはいきませんもの」
それもそうね。
けれど、気になるわね。
急な専属護衛の変更。変更後の聖女の周囲の変化。
「さっ、王女様。準備が整いましたわ。お茶会へ参りましょう」
「ええ」
定期的に開催されるお茶会には貴族の中でも選ばれた者だけが参加できる。私の特別なお茶会。
そこでも今回のケイレン元伯爵と聖女のことが話題に上がった。それだけ貴族の中で衝撃的だったのだろう。
私は右手を頬に当てて少し考える。
「王女様、どうかされましたか?」
私の隣に座っていた令嬢がすぐに気づいて声をかけてきたので彼女に聖女の今の護衛について聞く。
「エーベルハルト様ですわ」
すると周囲の令嬢たちまで黄色い歓声をあげて浮き足立つ。
「あの優しげな微笑みに、気品に満ちたお姿。本当に素敵ですわよね」
「ええ!ええっ!あの方と結婚できたらどれほど幸せなことでしょう」
「あら、抜け駆けはダメですわよ」
エーベルハルト・ガートラント伯爵。
伯爵という地位は少し残念だけど王家が嫁げない地位ではない。彼の出自には少し問題があるけど。
「みなさん、エーベルハルト様がお好きなのね」
「当然ですわ。女性で彼のことを好きにならない人はいませんもの」
「騎士というのもポイントが高いですしね」
「私も、エーベルハルトのことがとても気に入っているの」
先ほどまで饒舌に話していた私のお友達は一瞬黙った。けれどすぐに私の言葉に共感を始めた。
これでいい。
私がそう言えば誰も無闇に彼に手を出したりはしないだろう。王女のお気に入りに横恋慕する馬鹿は貴族にはいない。
とはいえ、彼の出自には少し問題があるし私が伯爵夫人なんてあり得ないからエーベルハルトには私のツバメになってもらうしかないわね。きっと彼も光栄なことだと喜ぶだろう。
「それにしても、みなさんの好感を全てさらってしまうような方が聖女の護衛だなんて嘆かわしいですわね」
あの雑種は邪魔ね。
「そうですわよね!何様のつもりなのでしょうか」
「出自の卑しい方って身の程を弁えることを知らないから嫌ですわよね」
「あら。では、あなた方が先輩として教えて差し上げたらいかが?」
「えっ」
みなさん目を逸らしてしまったわ。王女である私の意見が聞けないのかしら。
ケイレンのことがあったから足踏みをしてしまうのは分かるけど、王女である私が許可しているのだから何も問題はないわ。
まぁ、お父様が彼女たちの行いにどのような評価を下すかは私の知ったことではないけれど。
「ケイレンは危害を加えようとしたからいけなかったのですわ。用はやり方の問題でしょう。みなさんは親切心から貴族社会の厳しさを教えて差し上げるだけなのだから何の問題があるというの?」
「そ、そうですわよね」
「王女様がそう仰るのなら」
これでいい。
本当に高貴な人間というのは自分では動かないもの。何もせずに周囲の人間が足元に転がる石も路傍の石も全て排除してくれるもの。




