第4話 占星術師は眠れない
宮廷占星塔の夜は静かだ。
王宮本館から少し離れた白亜の塔。
人払いの結界。
星読みのための巨大な天窓。
そして。
「………………」
机へ突っ伏した宮廷占星術師セレス。
死んだ目だった。
「無理でしょうこれ……」
誰もいない部屋に、か細い声が響く。
机の上には大量の星図。
散乱した羊皮紙。
冷え切った紅茶。
三日前からほぼ寝ていない。
原因はもちろん。
王太子と悪役令嬢である。
セレスはゆっくり顔を上げ、天窓の向こうを見た。
夜空には、無数の星。
その中でも特に強く輝く二つの星がある。
金色の星と、紅い星。
絡み合うように光りながら、王国の未来を示していた。
本来なら。
本来ならば、だ。
「……そこまで相性完璧で、なんで毎回喧嘩になるんですかね……」
セレスは遠い目をした。
初めて二人の未来を読んだ日のことを思い出す。
まだアルヴェインが十歳、リリアーナが八歳の頃。
国王に呼ばれ、“未来の王太子妃候補を見てほしい”と言われた。
そして見た。
星を。
結果。
ひっくり返った。
なにしろ未来図が凄まじかったのだ。
王国繁栄。
長期平和。
外交安定。
魔力流正常化。
歴史書に残る黄金時代。
全部、“二人が結ばれる”ことを前提に成立していた。
しかも星の相性だけで言えば、ほぼ運命級。
魂の結びつきが異常に強い。
互いに唯一。
唯一無二。
だからセレスは思ったのだ。
(あ、これ放っておいても結婚するな)
――甘かった。
めちゃくちゃ甘かった。
「なんであの二人、両想いなのにここまで拗れるんです???」
占星塔に悲痛な声が響く。
アルヴェインは不器用すぎる。
リリアーナは我慢しすぎる。
しかも互いに、“相手に嫌われているかもしれない”と思っている。
終わっている。
だが問題は、そこではない。
本当の問題は。
「直接言えないんですよねぇぇぇぇ……!」
セレスは机へ額を打ち付けた。
占星術師には制約がある。
未来視を、必要以上に明言してはならない。
特に。
“運命の伴侶”に関する天啓は最重要秘匿。
直接伝えれば、未来そのものが歪む危険がある。
だからセレスは。
ずっと。
遠回しに。
それとなく。
必死に誘導してきた。
『殿下、もう少し素直になられては』
『リリアーナ様は、殿下を大切に想っておられますよ』
『不安は言葉にしなければ伝わりません』
『嫉妬は恋愛感情の一種ですね』
『好きな相手ほど傷つけたくないものです』
なお。
全部。
全部。
察されなかった。
「なんでですかぁぁぁ!!」
半泣きだった。
特に酷かったのは先月。
アルヴェインへ、
“殿下はリリアーナ様を失いたいのですか?”
と聞いた結果。
『失いたくはない』
おっ、行けるか?
『だが嫌われるのも怖い』
おっ。
『だから距離を取った方が彼女のためかもしれない』
違うそうじゃない。
セレスは三時間机に突っ伏した。
さらにリリアーナ側も酷い。
『殿下は貴女を特別視しています』
そう伝えたら。
『王太子として当然の責務ですわ』
違う。
『他の女性には見せない顔をしていますよ』
『……気のせいでは?』
気のせいではない。
『殿下は貴女が傷つくと取り乱されます』
『優しい方ですもの』
お前も察しろ。
もう本当に無理だった。
「なんで両片想いって第三者だけこんなに分かるんでしょうね……」
セレスは虚無の顔で呟いた。
すると。
不意に。
星が揺れた。
セレスの表情が変わる。
「……っ」
急いで星盤を引き寄せる。
光の軌道を読む。
未来線を確認する。
そして。
「うわぁ……」
声が死んだ。
最悪だった。
婚約破棄運命、継続。
しかも強化。
現在進行形で未来が悪化している。
「駄目だこれ、早くなんとかしないと本当に取り返しつかなくなる……!」
セレスは立ち上がった。
ローブを掴む。
王太子のところへ行かなければ。
今すぐ。
何か。
何か言わなければ。
だが。
扉へ向かった瞬間。
星が、強く瞬いた。
セレスの身体が止まる。
頭へ直接流れ込んでくる、天啓。
『――未来を明かしてはならない』
冷たい声。
絶対の制約。
セレスは歯を食いしばる。
「分かってますよ……!」
叫ぶ。
「でも、だったらどうしろって言うんですか!」
返事はない。
あるのは静かな星空だけ。
数秒。
沈黙。
やがてセレスは、力なく椅子へ座り込んだ。
「……胃薬、増やそうかな……」
そんな占星術師の苦悩など知らず。
同じ頃。
王宮中庭では。
アルヴェイン王太子が、
偶然通りかかった騎士団長子息を見て。
「……お前、最近リリアーナと話していたな」
とか言い始めていた。
セレスは天を仰いだ。
「だからなんで悪化するんですかぁぁぁぁ!!」




