「綾と井上、医師としてではなく」
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ドラッグストアHOPE。
店の少し外れた場所、青いコンテナ。
人の流れはある。
でも、この場所だけ少し静か。
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綾は、そのコンテナが見える店内の少し離れた位置から世古を見ている。
動き。
呼吸。
立ち方。
全部。
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(……まだ、無理してる)
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分かる。
前より戻ってる。
でも、完全じゃない。
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そこに、井上が来る。初めて。
横に並ぶ。
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「……見て分かるだろ」
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綾が、少しだけ驚く。
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「……うん」
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井上は、壁にもたれる。
視線は、世古のまま。
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「アイツ、止まらねえからな」
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淡々と。
事実だけ。
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綾が、小さく言う。
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「……知ってる」
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一拍。
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「……だから、怖い」
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本音。
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井上が、少しだけ視線を向ける。
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「……だよな」
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否定しない。
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同じ。
分かってる側の会話。
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少し沈黙。
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綾が、少し迷ってから聞く。
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「井上さんって」
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井上が、軽く返す。
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「何」
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綾が、言葉を探す。
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「どうして、そこまで……」
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言い切れない。
でも、意味は伝わる。
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井上は、少しだけ笑う。
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「返せないほどでかい、借りがある」
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それだけ。
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説明しない。
語らない。
でも。
それで、全部分かる。
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綾は、それ以上聞かない。
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代わりに。
世古を見る。
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“同じ理由じゃない”
でも。
“同じ方向”にいる人たち。
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静かに、理解する。
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別の夜。
病院の屋上。
風が、少し冷たい。
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世古が、手すりにもたれている。
呼吸が、少し浅い。
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(……まだだな)
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分かってる。
戻ってないこと。
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でも。
止まらない。
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扉が開く。
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「……やっぱここか」
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井上。
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世古は、振り向かない。
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「なんで分かるの」
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井上は、短く答える。
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「分かる」
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それだけ。
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隣に立つ。
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しばらく、沈黙。
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でも。
この沈黙は、逃げじゃない。
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井上が、ぽつりと言う。
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「……無理すんな」
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世古は、少しだけ笑う。
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「無理してないよ」
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嘘。
でも。
責めない。
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井上が、少しだけ息を吐く。
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「してる顔だ」
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即答。
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世古は、少し黙る。
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逃げない。
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「……止まれないんだよ」
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本音。
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井上は、すぐに返さない。
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一拍。
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「知ってる」
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短い。
でも。
全部含んでる。
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「だから言ってる」
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少しだけ強く。
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「壊れる前に、止まれ」
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世古は、少しだけ笑う。
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「壊れても、戻るでしょ」
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井上、即答。
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「戻らねえ時がある」
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空気が、少しだけ張る。
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でも。
ぶつからない。
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世古は、視線を上げる。
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「……その時は?」
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井上は、迷わない。
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「その前に止める」
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静かに。
でも、絶対。
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世古が、少しだけ笑う。
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「頼もしいね」
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井上は、肩をすくめる。
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「借りだからな」
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それだけ。
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夜の風が、少しだけ強く吹く。
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二人は、並んだまま。
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何も足さない。
でも。
ちゃんと“守る側の関係”になっている。
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