第八十八話 当機はまもなく羽畑空港に向かいます
「第八十八話 当機はまもなく羽畑空港に向かいます」
約二千四百文字になります。
昼間水戸保養所の庭に涼風が吹いていた。遠くから鈴虫の輪唱が聴こえている。昼間夕子は御坂恵子と保養所の裏庭で待ち合わせをしていた。夕子は恵子の後ろ姿を見つけ小走りに近付き声を掛ける。十三階から慌てて向かった夕子の息が上がっている。
夕子と恵子は、二人とも昼間財閥の紺色のスカートスーツにハイヒールを履いていた。
「夕子さま、どうしましたか? 」
「待ち合わせ時間を勘違いして、時計を見てーー 驚いたの」
「夕子さまにしては珍しいわね」
「私は御坂さんが思っているような女じゃないわよ」
「それは謙遜にしか聞こえませんわ」
「御坂さん、ここで何か? 」
「ーー ええとね。上だと子どもたちの耳もあるでしょう。だから、ここを指定したの」
御坂恵子と昼間夕子は庭の中央にあるアンティーク調の鉄製ベンチを選び腰掛けた。濃い緑色の小さなベンチの背もたれを太陽光が温めている。
「御坂さん、このベンチも今日あたりが最後ね」
夕子は御坂の顔に当たる午後の日差しを見つめながら言った。御坂は、やや眩しげに目を細めハンドバッグからピンクレンズのサングラスを取り出し顔に掛けた。ピンクレンズにピンクゴールドのフレームが御坂恵子を妖艶な女に見せている。
「御坂さんがサングラス掛けると、まるで別人に変装している見たいよ。
ーー 吸い込まれそう」
夕子は、そう言って御坂に笑顔を見せた。
「そんなお言葉ーー 才色兼備な夕子さまに言われると恥ずかしいわ。
ーー 今日は大切なお話があるの」
「御坂さん、それって富士保養所の件ですか? 」
「ええ、そうよ。結論から先に言うわね」
夕子は御坂の言い方に嫌な予感を感じて顔から血の気が引いて行くのを感じた。
「保養所の外壁は問題ないけど、インフラの損傷が想定を超えているのよ。
ーー 昼間グループの力でも復旧に半年以上掛かりそうよ」
「じゃあ、水戸にいる訳・・・・・・ 」
「それは無いわ、夕子さまのご自宅がある東富士見町も、神聖学園も無事よ」
夕子は御坂の言葉を聞いて安堵した表情を浮かべたが両手放しには喜ぶことが出来ない。
「分かったわ。それで私たちはーー どうするの」
「夕子さんたちは日程を調整して七日以内に水戸を離れます。
ーー そしてご自宅に戻れるわ。
ーー 私たちは富士保養所のインフラが復活次第ね」
「会長は、なんか言っていますか? 」
「昼間会長と社長、徳田理事長も、準備が出来次第、東都に戻るそうよ」
夕子は、御坂たちと過ごした日々を振り返り郷愁に似た感情が込み上げる自分を感じセンチメンタルだなと思って目尻にハンカチを当てた。
「そう、秋風が目に染みるわね」
「そうね、夕子さま」
「御坂さんが嫌じゃなかったら、私のマンションに住みませんか?
ーー 本社も近いし」
「それは会長に相談しないとーー ご返答出来ませんわ」
昼間秋生会長と夕子の父の昼間功社長が二人の背後に現れ笑っている。
「御坂君、私が何だって・・・・・・。
ーー 君はチーフディレクターと同時に私の秘書なんだから水戸に置き去りには出来ないに決まっているし。
ーー 春雄も君たちと一緒に東都に戻ることを決めている」
「じゃあ、会長、どこに滞在するのですか? 」
「御坂君と春雄は、夕子のマンションでいいじゃないか。もちろん、春雄は別の部屋だが」
昼間会長は上機嫌に笑いながら御坂の肩をポンポンと叩き、背中を向け保養所の中に消えた。昼間社長は夕子に手を振りながら秋生に随伴していた。
「お父さん、春雄兄さんは徳田財閥に行く予定ですが」
「功、今すぐじゃないだろう」
「はい、そうですが」
「そのあたりは、徳田理事長と調整すれば良い」
功は父の言葉を噛み締めながら昼間グループの将来を考えていた。
「お父さん、短期間に色々なことがありましたが、斉藤由鶴司令の処遇はどうされますか」
「昼間社長、斉藤君は我が社の宝だよ。水戸に置き去りはしない」
「じゃあ、御坂君と一緒でしょうか? 」
「その通り、それしか無い」
昼間会長は次男の功の質問を想定していたように答えた。夕子たちは、あとで昼間会長と社長の辞令を十三階の廊下で見ることになった。
夢乃真夏が春雄の本社復帰の辞令を見て、大騒ぎにはしゃいでいる。
「夕子先生、春雄さんが本社復帰で何処に滞在するのですか? 」
「一時的だがーー 仙台へ赴任するまでは東富士見町マンションだ」
「じゃあ、先生、春雄さんと会えるのですね」
「真夏ちゃんは、本当に困った子ね」
夕子は真夏のツインテールの髪を撫でる素振りを躊躇った。
「先生、私はーー 目に見えない赤い糸を感じるの。
ーー そして、私は娘を産むわ。
ーー その子を真冬と名付けるわ」
真夏の言葉にさすがの夕子も閉口した。
「真夏ちゃんの子は、真冬なのね」
夕子の言葉に真夏は小さく頷き夕子を見つめた。
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東富士見町に戻る日がやって来た。
富士保養所から水戸保養所の滞在生活最終日、夕子たちは地下の脱出カプセルに通じる廊下を歩いていた。
保養所スタッフは昼間財閥傘下の昼間ホテルへ分散移動が決まっている。
御坂恵子チーフディレクター、斉藤由鶴司令、昼間春雄前社長の三人が本社へ移動に栄転することになった。
昼間夕子、星乃紫、朝霧美夏、徳田理事長、秘書山下瑞稀は、神聖学園に復帰予定だ。
生徒たちの日向黒子、白石陽子、夢乃真夏、夢乃神姫[ヒメ]も神聖学園に復帰する。
三日月姫姉妹、従者未来と妹の零、帝の五人は夕子の東富士見町マンションに戻る。
夕子の母の昼間輝子、陽子の母の白石式子、酒田昇、安甲次郎神主、双子の安甲一郎、巫女の花園舞、レストラン部の吉田松江の顔もあった。
水戸保養所での長くも短い生活が終わりを告げる瞬間が近づいていた。
一同は地下の第二滑走路に待機している脱出カプセルに順に搭乗した。
「御坂恵子が、ご案内します。本日の天候は快晴。
ーー みなさんはシートベルトをご確認してください。
ーー 当機はまもなく昼間水戸保養所を離れ羽畑空港に向かいます。
ーー パイロットは斉藤由鶴司令が担当します」
夕子が突然、御坂に声を掛けた。
「御坂さん、忘れものありませんか? 」
「夕子さま、沢山の思い出が水戸保養所に残っています・・・・・・」
「第八十八話 当機はまもなく羽畑空港に向かいます」
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三日月未来




