第六十七話 白石式子の訪問
藤色のワンピース姿の三日月姫は、昼間夕子の部屋で従者の未来を呼んだ。
未来は、若草色のワンピース姿で奥の部屋から三日月姫の元にやって来た。
「未来、ちょっと、変な感じがするのじゃが」
「姫さま、どういうことでござりますか」
「胸の辺りが締め付けられるのじゃ」
「姫さま、それは胸騒ぎでござります」
「左様か、未来。
ーー これからどうされると良いのじゃ、わらわは」
「何もすることは、ござりませぬ」
二人が会話している時、夕子のマンションのドアチャイムが鳴った。
三日月姫の従者未来が足早に玄関に行った。
忍び歩きとでも言うのだろうか足音がしていない。
未来は、“足音を立てるな”と言われ育ったのだ。
昼間夕子が顧問している文芸部の日向黒子が玄関先に立っていた。
両手には、三日月姫たちに差し上げる買い物袋をぶら下げていた。
日向は昼間夕子の不在中、三日月姫たちの面倒を率先して協力していた。
日向は、両手にぶら下げたスーパーマーケットのレジ袋を、未来に手渡してほっとする。
「黒子、いつも悪いのう」
未来は、黒子に毎回礼を伝えては、満面の笑みを浮かべ、日向を喜ばせた。
「昼間先生が戻るまでの間ですから、お気になさらないでください」
黒子は、照れ隠しに言って、頬を赤らめた。
「ところで、黒子、姫が胸騒ぎとか言っておるのじゃが」
「姫さまが、胸騒ぎですか。
ーー 私には、分かりません・・・・・・。
ーー 神社の安甲神主に、お尋ねしてみませんか」
「じゃ、黒子、案内してくだされ」
黒子は、自分の軽口を後悔して、未来に尋ねた。
「今、零さん、何処にいますか」
と、黒子が言うと、零が廊下の奥からやって来た。
「零さん、今日は神社じゃないのですか」
「なんとなく、行きたくなくて、迷っておったのじゃよ」
三日月姫が、外出着で黒子の前に現れ言った。
「零も、胸騒ぎじゃ・・・・・・」
「姫さまもですか」
「そうじゃ」
日向黒子は、どうしていいか分からず、酒田昇の携帯に連絡を入れてみることにした。
「もしもし、黒子ちゃん、どうされましたか」
「多分、なんでもないかと思いますが・・・・・・。
ーー 酒田さんにお願いしてみたいと思いまして」
「何をですか」
「神社で何かが、起きていないといいのですが・・・・・・」
「黒子ちゃん、じゃあ、僕が神主さんに聞いてみるから、
ーー そこで、動かず待っていてもらえますか」
「酒田さん、ありがとうございます」
酒田は、神社に連絡を入れた。
安甲神主から聞いたことに耳を疑う酒田だった。
前世の酒田である帝が、同じ時代に現れていると神主が説明した。
「神主さん、僕たちは、どうしますか」
「昼間先生の部屋で、待っていてください。
ーー 私も兄と一緒に急いでマンションに行きますから」
「分かりました。昼間先生の部屋でお待ちします」
酒田は、携帯を切ると日向黒子の携帯に掛け直し、神主から聞いたことをゆっくりと黒子に伝えた。
「黒子ちゃん、さっき、神社の神主さんに聞いてみたら・・・・・・。
ーー 大変なことになっているそうです。
ーー 黒子ちゃんも零も三日月姉妹と未来も、
ーー 昼間先生の部屋で待っていてもらえませんか」
酒田は歯切れの悪い喋り方で、黒子に手短かに伝えた。
「酒田さん、みんなに、そう伝えれば、いいのですね」
酒田は、帝と会えると聞いて胸の高鳴りが大きくなっていた。
同じマンションの自室に戻った酒田は、シルバーグレー色の新しいスーツに着替えることにした。
酒田は手土産を持って、昼間夕子の部屋のチャイムを鳴らした。
日向黒子が玄関に出て、酒田昇を招き入れる。
「酒田さん、その両手の手荷物は」
「今夜は歓迎会になると思うので、お酒を四升持って来ました」
日本酒の地酒が二本ずつ入ったレジ袋を両手で持っていた。
酒田は自宅の予備のお酒から四本を選んで持参していたのだ。
「じゃあ、黒子ちゃん、あとは食べ物だけど、
ーー なければ出前にしよう」
日向黒子は酒田に承諾を得て、近くのコンビニに買いに出かけエレベーターに乗った。
日向がマンションの玄関を出ると、前から、白石陽子、夢乃真夏、夢乃神姫、昼間夕子、星乃紫、朝霧美夏と神主さんの姿が見えた。
「日向、どうした」
「食べ物が足らないので買い出しに行こうかと思って降りた所です」
「そうか、援護部隊が必要ね」
昼間夕子は司令官のように役割分担を伝え指示した。
「神主さん兄弟は、帝と一緒に私の部屋で待っていてください。
ーー 白石さんと真夏ちゃんもね。
ーー 星乃先生、朝霧先生とヒメは、買い出し隊よ。
ーー 日向は大船に乗ったつもりになれたかな」
「昼間先生、戻るなり、いつもの調子ね」
「先生は、お酒とつまみには、うるさいからなあ」
「先生、酒田さんが地酒を四本持って来ていたわ」
「じゃあ、酒は、ワインにしようか。唐揚げも食べたいね」
と言って、大きな欠伸を繰り返す夕子だった。
東富士見町のスーパーマーケットに寄って、買い物を済ませた五人は東富士見町マンションに戻った。
ヒメは、呼ばれた理由に気付いて不機嫌なった。
「ヒメ、役に立てることは率先してもすることだよ。
ーー 人間の運なんて誰もそれほど変わらないが、遜色は目立つ。
ーー まあ、運の貯金をしていると輝きが変わって来るぞ。
ーー 内面の輝きだ」
夕子は、ヒメの冷えた心に、温もりのある言葉を掛けてみた。
「まあ、荷物持ちは大変だが、ヒメのお陰で、
ーー 星乃先生、朝霧先生、そして私は大助かりだよ。
ーー 日向も、そう思うだろう」
夕子の言葉が終わるころ、夕焼けが西の空を染めていた。
五人は、マンションのエレベーターを降り、夕子の部屋の前に到着した。
夕子を呼ぶ声に気づいて、夕子は振り返った。
少し後ろに、白石陽子の母、式子が立っていた。
「昼間先生・・・・・・」
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三日月未来




