22.二人だから
そもそもの話――――。
俺のこの状態も、悪魔・マグリから教えてもらったものである。
魔王城がある土地に侵入したさい。
見張り番をしている俺の元へとやってきて、マグリは言った。
『命を燃やして得られる姿があるんだけどサ』
元より命を賭ける所存だった。だから、悪魔の囁きは勝手に耳に入ってくる。
『わかりやすく数値で言おうかな。
キミの今の魔力を一だとして、スーパーモードになったら百になる。けれどどんどん魔力はなくなっていき、ゼロになったらキミは死ぬ』
「…………、」
『だけど、ゼロになるよりも前に解除すれば、ただのニンゲンには戻れるよォ。
まぁ、冒険者としての力や魔力が、どれくらい残るかはわかんないけど☆』
でも、
命だけは助かる。
そうマグリは言った。
『ま、使わないのが一番だけどネェ! なんたって、戦うのって、痛いし怖いしめんどいし?』
「そりゃあね」
でも、そういうわけにはいかないだろう。
だってこれは、討伐のための戦いだ。
冒険をしに行くわけではなく、戦闘をしに行くのだから。
『そう。だからキミは、戦うべきだ。誰かのために』
「……そういう話はもういいんだよ。とっくに通り過ぎてる」
『ありゃそうかい? ここから更に、なぜ戦うのかとか、キミは己のルーツを知るべきだ……! とか、意味深な問答をする予定だったんだけど』
「うん、そういうのももういい……」
そこらへんはフラワーさんとやったしね。
それに、俺だって馬鹿だけど馬鹿すぎるわけじゃないから。
道中いろいろ考えて、そこらへんは決着つけてるから。
「だからマグリ。俺に、攻撃手段を教えてくれ」
『……あのおとなしい子が、ずいぶん暴力的になったよねェ」
まぁいいよと、マグリは手をたたいて。
最終手段の『九ツ降ろし』と――――もう一つ。
真相を。
教えてくれた。
そう。まずもって。
この姿は、異質で歪だ。
マグリが俺の味方をするという言を信じるのであれば、エイト・ナインフォールドに見合う覚醒の力は、もっと他にあったのではないかと考える。
フラワーさんにも言われた、キャラブレ。
気持ち的な部分は定まったし、おでこを関連させての戦闘方法も身についてきた。
けれど俺の本質は、前衛職ではない。後方から攻撃するのも違う。
バッファーや、司令塔。
もしも俺の長所を最大限発揮させたいのであれば、そこを伸ばす術を教えてくれるべきではないのか。
例えば、ダイナを超強化する魔法を覚えさせるとか。『でこバフ』を更にお手軽に使えるようにするとか。
たぶんそういうの、マグリは知っているはずだ。
けれどこいつは、直接的な戦闘方法に。もっといえば、『知』ではなく『力』を与えた。
でも。それは。
「キミにはどうしても、その『力』を得させる必要があった」
きっと。
理由があるはずで。
「ヒトでなくなるとか、存在としてどうだとか、そもそもヒトではなかったとか。そういうのはひとまずおいておいて……。
目の前の一事。そのためだけに、キミはその力を、その姿を得る必要があったのサ」
魔力が滾る俺の背中。そこへぴたりと体をつけ、まるで密談のようにマグリは言う。
悪魔の囁き、上等だ。
元より悪いものだって信用している。身をゆだねる覚悟はできている。
ダイナを守るためなら、悪魔に魂を売る結果になってもかまわない。
「そうさ」
つぶやきは。果たしてどちらのものだったか。
それと同時に、俺の脊髄から『ずるり』と、ナニかが引き抜かれ手元に顕れる。
「くろい――――杖」
先ほど俺の肉体を再構築するさいに使った、中心部分の一。
しっとりとした質感が、あり得ないほどに手になじむ。
「もとはとある悪魔の脊柱でね? マァ僕のライバル的なやつだったんだがともかく。そいつが遺した脊柱を、神々が神造遺物に改造をした」
なんとなくわかっていた。
いや、他の神造遺物を知っているわけではないけれど。
コレはきっと、まともなモノではないのだということは。
「そして、気づいているだろう?」
「うん」
コレはそもそも。
杖なんかではないということも。
とっくに……気づいている。
「魔力は通る。だから魔法も出せる。
だけどそれは、あくまでもこの物体の機能の一部に過ぎない」
「うん」
黒い――――黒すぎる棒だ。
装飾としてか、上下に対照的な水晶のようなものがついている。
そこから同時に魔法を放ったりもした。
杖自体の長さは、一メートルと……十センチか二十センチかだ。
そしてなるほど。
元は脊柱部――――背骨だったからか。
少し。
湾曲している。
それはまるで。
「キミもよく知る……」
「最もよく知る――――」
弓の、カタチだ。
「構え」
左手で杖の中央を握る。
後、そのまま弓の射撃体勢をとった。
よく見てきた、ダイナのように。
「よぉく狙うんだよぉ?」
上下対象の水晶から、光の閃が右手に伸び、弓弦となる。
中空より魔力を収束。
一本の
シャープな 滑らかな 神々しい
鋭くて 綺麗で 弓矢が形作られた。
「サァ、ひかなきゃね」
「――――ぐ、」
力を入れる。
そう。
だからこの姿が、この力が必要だった。
種族がどうとか、今後がどうとかではなく。
純粋に――――パワー。
魔力弦で弓を引き、この頑丈すぎる黒杖を、しならせるための筋力が、必要だったのである。
「LLrrrrgyyyyyyッッ!!」
迫りくるキッシャリアン。
しかし、弓は一向にしならない。
「……ぐっ!」
魔力は足りている。
弓もつがえている。
きっと射出することができれば、狙ったところへ矢は飛んでいくだろうという、革新もある。
ただ、パワー。
ヒトを超えたこの姿をもってしても、それだけがギリギリ足りない。
「さァて。僕の役目はここまでだ」
「……!」
「大丈夫だよぉ。面倒になって逃げるワケじゃあない。
キミの背中に立つ役目を、交代するだけサ」
言って、マグリはあっけなく姿を消した。
その直後。
前から迫るキッシャリアンと同じ、いや、それ以上のスピードで、背後に迫る人影があった。
短く刈られたスポーティな金髪に、輝く美しいおでこ。
屈強な筋肉は、腕も足も胸も腰も、全身のあらゆる部位を覆っている。
鋭い切れ長の目を釣り上げて、必死の形相で駆けつける巨躯は。
「――――ダイナッ!」
悪魔は笑って。
最後の導きをつぶやいた。
「大丈夫だよォ」
なんたって彼女は。
「力強き、女戦士なんだからさァ」
悪魔は去る。後、女戦士が俺を包み込む。
「エイトッ!」
俺と一緒に、黒い弓を持って。俺と一緒に、弓弦を引くダイナ。
迫りくるキッシャリアン。けれど俺に、先ほどまでの焦りはない。
こんなにも頼もしい、相棒が来てくれたのだから。
「手伝ってくれ、ダイナ」
どんなに強くなったとしても。
何かをできるようになったとしても。
「俺にはお前が必要だ」
「あぁ。ずっとそばにいる」
ひかれた弓に。
魔力が灯る。
黒い弓そのものと、俺と、ダイナの魔力。
「――――『姫風』」
俺たちの空間を包み込む、柔らかな風。
卒業試験のときと、アレファ山での魔王戦で見せた、ダイナから発される魔風だ。
「どっしりした魔力で、身体を落ち着かせてくれるな、これ」
「あぁ。落ち着くだろう」
魔王と最初に戦った時。ダイナは自爆覚悟で魔風を展開した。
けれど今のこいつからは、そんな気持ちを一切感じない。
さっきのさっきまで、自分の命を犠牲にしようとしてたけど。
でもそれは……俺もか。
「互いに、相手のほうが大事なんだよな」
「馬鹿な二人だ」
少し。
笑って。
「よくねらえ」
と。ダイナは笑って言った。
魔風の中でもよく聞こえる、巨木のような、どっしりとした声。
「うん」
ひとりではひけない。
ひとりでは踏ん張れない。
だけど、二人でならできる。
「射貫け」
真――――――――――――――――――――直ぐに射出される、
黒紫の波動。
空間すべてを侵食していくブラックホールのような一撃は。
キッシャリアンもろとも、あたり一面を消滅させた。
「は……ぁ、……っ、」
「……っ! ふっ……、」
さすがのダイナも限界だったのか、俺たちは二人して膝をつく。
乱れる呼吸。球のような汗。
――――消えていく、チカラ。
「エイト……」
「大……丈夫。死に、は、しないみたい、だ……」
だけど。明確に俺の力は失われた。
おでこに対するバフも、超強力な攻撃方法も。
冒険者の基礎である、速く歩くことですらも、難しいだろう。
「だけど、お前がいてくれる」
「あぁ、そうだな。――――そうだよ」
俺たちは固く手をつなぎあった。
熱は互いに伝わって。
生きていることを実感させる。
お疲れ様、エイトと。
包み込むような声が、聞こえた。
こうして。
エイト・ナインフォールドの、最後のバトルは幕を閉じた。
静かになった荒れ地への風は。
少し、くすぐったかった。