19.勇者だったら
魔王と戦うギルド、『ローグズ・ネスト』団長。
豪傑にして熱血。傑物にして怪物の冒険者。
フラワー・サンビットという、情熱の女は。
魔力と共に霧散していった。
そしてクリスエルト・グリム。
ボクを長年支え続けてくれた、最愛の女も、また。
「感傷に浸ってる場合じゃない……!」
それを皮切りに、状況が一気に動く。
まず、背後で大きな音がした。
何かの炸裂音と、何かを切り裂く音。
「なに……!? あっ……!」
見ると、ケケキの放った巨大な触手が、ウディルルの身体を貫いていた。
しかし相打ちに近い。
ケケキの身体もまた、ウディルルの爪に切り裂かれている。
「キハ、ハハハハ、ハハハッッ……!」
「ケケキが!?」
壊れた人形のように嗤うケケキ。
そして一瞬輝いたかと思うと――――あたり一面を大爆発が襲った。
「――――ッッ!」
「うそ……!」
サユキちゃんのつぶやきだけが聞こえる。
広範囲の大爆発。
ダメージの入っている魔王も、この部屋にいる全員を巻き添えにする、大自爆技。
ケケキ自身のものなのか、それともエントルティンが仕込んだものなのかは不明だが。
これは致命的すぎる――――
「……あっ!?」
「仕方……ない、のう……!」
「リューちん!?」
その一瞬。
目の前に小さな影が躍り出る。
リューちゃんは槍を地面に突き立て、結界魔法を張っていた。
そのおかげで、ボクとサユキちゃんだけは大爆発から守られている。
だけど。
術者である、リューちゃんは……!
「ぐぎ……、ぎ……!」
爆発は続く。
一つの爆発がさらなる爆発を呼び、あたり一面は爆発魔法の嵐と化していた。
もうウディルルは助からないだろう。けれど、リューちゃんなら、まだ……!
「結界を解除するんだリューちゃん! そうすれば、キミのスピードならこの場から脱出できる!」
「そうだよリューちん! アタシおいて逃げていいって!」
「――――フ、」
ボクらの声を聞き、静かにリューちゃんは笑う。
「……元より、わしとウディルルはのう。死ななければならんかったんじゃ」
「え……?」
「道中話したじゃろう? 『ロリ十二天魔団』は、魔王の入れ物候補じゃと。
つまりこの場でわしとあやつが生き残っておれば、魔王はこの身体をよりどころにする……」
「そ……、それは、そうかもだけど……!」
「あやつとも話しておったんじゃ……。あとは、ニンゲンらに託すと、のう……!」
「リューちん……!」
サユキちゃんの目が涙で濡れる。
……だめだ。ボクだけは、冷静で……!
ここで感情に任せるワケには、いかない……!
ボクらをおいて逃げろ? リューちゃんに助かってほしい?
何を考えているんだボクは。
こんなんじゃあ。
地獄でクリスに顔向け出来ないだろう!
「……ありがとう、リューちゃん」
「……うむ」
静かに、一言だけうなずいて。
爆発が収まると同時。彼女は黒い魔力塵となって消えていった。
遠くでウディルルの消滅も確認。
……この二人の奇策がなければ、魔王の魔核は破壊できなかった。
「……サユキちゃん」
「……うん。……うんっ!」
涙を力づくで拭って、彼女は立ち上がる。
なんの運命か。
魔王の間にて。最後に対峙するのは、彼女。
勇者候補から外れ、
魔王に光を奪われた、女戦士。
眼帯黒ギャル剣士の、サユキ・テンペラントである。
「そんじゃあタイマン――――よろ!
魔王・ザキュラヴィエ……!」
「うん~~~~…………ッ! やろうかぁぁぁ~~~~……!」
ぼこぼこと、切られた腕が修復される。
おそらく見た目ほどの筋力はない。生命エネルギーは、ほとんど消費しつくしているはずだ。
「だいじょうぶだよ~。腕があれば、絞め殺せるから~」
「あはは~……。魔王の発言らしくなってきたジャン☆」
穴だらけの場内へ、外の光がまぶしく差し込む。
きらりと一筋、太陽が輝いて。
――――同時に、二人は動き出した。
「やぁぁ……ッ!」
「ふッ!」
拳と魔法剣が、ぶつかりあう。
鈍い音が何合か響き渡り、互いに再び距離をとった。
「はぁ……、はぁ……」
「あ……、あはは~……」
パワーでは魔王が上。
魔力ではサユキちゃんが上。
どちらかのバランスが一度でも崩れたら、それが致命打となることは間違いないだろう。
「ニンゲンって、すごいよね~……」
「は? なにが?」
「最初に戦ったときはあんなに弱かったのに、今はこんなに強くなってるから~。
前に山で戦ったときより、更にパワーアップしてるしねぇ。何があったの~?」
「さぁね! エイちんのおかげとだけ言っておくわ……よッ!」
「あの子か~」
酩酊状態に近い魔王だが、しっかりとサユキちゃんの魔法剣を腕で受けきっている。
稲光が部屋を包み、脆くなっている壁のほとんどを吹き飛ばした。
海岸沿いにあった部屋だったのか、ざざんと波音が聞こえてくる。
「強い……、のは……、イイよね~。楽しい楽しい~」
「こっちは……、カケラも楽しくないけどネ……」
今のサユキちゃんの心情はぐちゃぐちゃだろう。
恩人であるフラワーちゃん。同じギルドに所属していたリューちゃんとクリス。道中少しだけとはいえ共闘したウディルルを失った。
しかもエイトくんとダイナちゃんも、どうなっているか分からない。
そんな状況下で、対峙しているのは魔王なのだ。
……ボクが、動ければ。
いや……、ボクは。
来るべき時に、切り札を切らなければならない。
どんな状況でも感情で動くべきじゃない。
クリスに、みんなに報いるために。
冷静に。冷徹なほど、頭を冷やせ。
「……フラワーちんは、決戦前にアタシに言った。
あのときはどういう意味か分からなかったけど」
サユキちゃんは剣をぎゅっと握りしめて、涙ながらに口を開く。
「『最後はお前が勝て』って……! そう、言ってた……!」
「……!」
そうか、フラワーちゃん。
やっぱりきみは真の目的は、自分が勝つことでは無かったんだね。
一度敗北したサユキちゃんに、魔王へリベンジさせる。
そのためならば、どんな手段をも厭わなかった。
彼女は、このシチュエーションを想定して、動いていたんだ。
図らずとも――――ボクと同じような考えだった。
「だからアタシは……、勝たないといけない!」
「いいよ~……。サイゴ、マ、デ……、やりあおう、ね~……」
魔王・ザキュラヴィエは。
少しずつだが、崩壊が始まっている。
そもそもサユキちゃんと一対一になった時点で、相当なダメージを負っているはずなのだ。
それでもまだ立っているのは。戦えているのは。
頑強な肉体や強靱な精神力――――だけではないのだろう。きっと。
「エンちゃんが仕込んでくれた、魔力エネルギー……。
魔王城が破壊されたとき、このカラダに城中の魔力を取り込むコトガデキル……」
「……ッ! どれだけ……!」
とんでもないやつだエントルティン。
この戦場だけで、いったいどれだけの策を仕込んでいるのか。
フラワーちゃんと同じレベルの執念だ。
「それでまだ身体を保ってられるってワケ……。すっげーわ魔王」
「えへへ~……。エンちゃんすごいンダカラ~……」
世界で一番瘴気の濃い場所。
そのエネルギーを、あまりにも自在に操りすぎている。
「大丈夫。勝つから、アタシ」
「サユキちゃん……」
「つーかさ……。こんだけお膳立てされて、勝たないわけにはいかないっしょ……!」
涙はぬぐわず。
そのまま彼女は、悲しみを推進力に変えた。
雷鳴とどろく光の一閃。
空間丸ごとを削りきるほどの、超級の一撃が魔王に振り下ろされる。
「だァァァァァッッ!!」
「おぉぉAhhhhhッッ!!」
対する魔王も雄叫びをあげ、太い両腕で迎撃態勢をとる。
一撃。
対、一撃。
輝きの中――――魔王の腕は、両方とも消し飛んだ。
が、それと同時。
サユキちゃんの持つ剣も、根元からばきりと折れていた。
「相打ち……」
いや。でもだめだ。
サユキちゃんの有効打は剣による攻撃だけだけど、魔王は蹴りでも体当たりでも良い。
どうにか攻撃手段を用意して、今ここで、決めないと――――
瞬間。
サユキちゃんと、目が合った。
「そうか……! サユキ……ちゃん!」
ボクはとっさに、腰にあるナイフを彼女に投げる。
「ナイス、マーちん☆」
それを器用にキャッチして――――特有の魔力を流していった。
魔王の身体は。
今なら、空いている。
彼女が放てる、最後の有効打。
イフのルートの力が。
最後に彼女に力を貸した。
「『地に帰す……、」
「……っ!」
「きらきら蔦』ッ!」
それは。
本来勇者が放つ技。
選ばれし者、クラリア・ハートエイジアの必殺技である。
至極単純な動き。
ただ武器をとり、振り下ろす。
しかしそれを高水準で行うため、勇者の攻撃はすべて必殺技と同等になる。
「~~~~~ッッ!!」
「GII……yaああああああ~~~ッッ!!!
サユキちゃんは、常に彼女を追っていた。
自分とは違うと思いながらも。諦めながらも。
それでもすごいと、尊敬の気持ちを持ち続けていた。
勇者の技は単純な動きだ。
だからこそ、力を消耗しつくしたこの状況では。
その単純な動きこそ、最大の切り札となる。
「どうよッ……!」
恐ろしいまでの練度を帯びた一撃は。
魔王の肉体を消滅させるには、十分だった。
「うわぁ~……、つよく……、なった……。なったんだ……ねぇ~…………」
灰となり散っていく魔王の身体。
ここにリベンジは果たされた――――
「でも……、まだなんだサユキちゃん……!」
「え……? あっ……!」
そう。サユキちゃんはたしかに、魔王・ザキュラヴィエを倒した。
みんなの屍の上に、今代の魔王を討伐することに成功したのだ。
だけど。
「それは……、今代にすぎない」
「魔王は、復活するんだ……!」
リューちゃんたちは言っていた。
ロリ十二天魔団は、魔王の身体候補だと。
確かにこの場に魔団はいない。
けれどもし。
まだエイトくんらが、キッシャリアンを倒していなかったとしたら――――
消えていく魔王を見届けるのもそこそこに。
ボクらは、城の外へと飛び出した。