4.いっぽうその頃
夜の団欒を引き裂いたのは、突如として発動された、――――おそらく敵側からの魔法だった。
「エイトが空間に引きずり込まれて、それをリューが追いかけた……?」
遠くで見ていたダイナちゃんも、術にかかったであろうエイトくんを抱きかかえていたフラワーちゃんも、驚きの表情を見せている。
ローネスの『三大動じない組』の二人が驚くということは、それだけ大変な事態なのだと分かった。
「というか、アンタは動じないんだねぇセルマ?」
「それはキミもじゃないクリス?」
煙草に火を着けるアシメヘアー。
ふぅと煙を吐いた後。若干げんなりした表情で続けた。
「いや動じているさ。なんたって、私の契約者だし」
「そうだったね」
かくいうボクだって、十分に驚いている。
単純に気持ちの切り替えが早く出来ただけだ。
ダイナちゃんもそのあたりは早いと思ってたけど……、エイトくん絡みだと動揺が先に立っちゃうか。無理もない。
「フ、フラワーちん! エイちんは!?」
黒ギャル騎士のサユキちゃんも、さすがにコレには驚いたのか。普段のユルさや行き当たりばったり感は微塵も感じられなかった。
まぁ彼女は彼女で、エイトくんのこと好きすぎるからなぁ……。
「んー……」
「ちょっと……!」
「まぁ待てユッキー。オレも落ち着きてぇ」
眼帯を軽くごんごんと叩きながら、フラワーちゃんは思考を巡らせている。
でもさすがサユキちゃん。見た目以上に力がある。
一回りほど体の大きいフラワーちゃんの身体を、ゆさゆさと揺すれていた。
「……どうにか考えがまとまりそうなんだがなァ」
女性にしては低くかすれた声でつぶやく。
巨大筋肉バカに見えるけど、実は彼女は頭の回転が速い。
こんな風にボクが、筋肉バカに見えるけど~とか考えているんだろうなァ……と予見してこちらを睨んでくるくらいには回転が速い。
「よし、助け船だフラワーちゃん」
「ア?」
「思考を分けよう。今フラワーちゃんは、エイトくんがされた事と、エイトくんの身の安全と、エイトくんが飛ばされた先を、同時に考えようとしてる」
「……おー」
「だからまず、一つ消そう。
エイトくんはたぶん、安全だ。リューちゃんが一緒に飛び込んだから」
「よし、なら話は早え」
すっくとベッドから立ち上がり、フラワーちゃんは眼光鋭く言い放った。
「オレたちは魔王城に向かうぞ」
「…………ん!? どういう思考かなフラワーちん!?」
「今度は結論に飛び過ぎだよフラワーちゃん」
「おー、そうかァ?」
仕方ねえなとつぶやきながら、彼女は再びベッドにドスンと座った。
ベッドと共に床も揺れる。軽いリアクションだけで備品を壊さないようにしてほしいなあ。
「魔王城に向かうというのは、なぜだ? どこから出た決断だ?」
ダイナちゃんがフラワーちゃんに質問を投げる。
口数少ないタイプなはずだけど、やっぱエイトくんのこととなると必死になるなぁ。
そのことを分かっているからか、フラワーちゃんも「まぁまぁ」と手で制しながら、回答を口にした。
「オウ。エイトの元には、リューがついている。
ならきっと、『オレが魔王城に向かうだろうと判断する』――――と、判断するだろうからなァ」
「ややこしい言い回しだねフラワーちん……」
「信頼のおける技だねぇ」
「ボクとクリスもこんな感じだったよね?」
「まぁ近くはあったかな」
軽口を叩きながらも、ボクはそれとなくダイナちゃんの右側に回り、腰のあたりを手で支えて落ち着かせる。
「まず第一に、エイトくんは無事だよ。さっきも言ったけど、リューちゃんがついてるんだ」
「リューの強さは、アンタもよく知ってるはずだろダイナ?」
背中側に回り込み、クリスも肩を叩いた。
「それに知識もあるし、冷静でもある。頼れるロリお姉さんだしね☆」
サユキちゃんも、左側に立って腕を組んだ。
「なんだそのダイナを囲む会は。なんの儀式だァ?」
「フラワーちゃんもやりなよ。あと前が空いてるよ?」
「前に立ってどこ掴むんだよ。乳くらいしか残ってねぇだろ。……あ、それいいな」
「フラワーの掴み方は強いから嫌だ」
「カッハハハハハ! よォし、調子戻ったなァ!」
彼女の笑いと共に、ダイナちゃんの焦りも少しだけ解消されたようだ。
後ろ手に二人へとサムズアップをすると、ニヒルな微笑とウインクが返ってくる。
「――――さて、改めて。
目標は、魔王城だ」
仕切り直しの声と共に、フラワーちゃんは目標を告げる。
ボクらもそれに習って、首を縦に振った。
翌日。
ボクらは荷物をまとめ、既に船へと乗り込んでいた。
穏やかな空の元。甲板に出て作戦会議を行う。
「魔王城……というのは、そもそも『在る』のか?」
「オウ、『在る』ぜ。通称や俗称じゃァなく、物理で存在している」
「そうなんだ……。それはボクも知らなかったなぁ」
「危険区域の奥の奥。
更に認識阻害がかかっていて、そこに『在る』と知らないと入ることは出来ねェ」
フフンと立派な胸を張るフラワーちゃん。
「ボクも情報屋をやっていたけれど、主に人間関係だったからなぁ。
危険区域の奥のほうに関しては、戦力としての強さがなければ、そもそも探りに行くことができないよ」
「よくそんな場所、探り当てたねぇ」
「まぁこの一年奔走していたのは、それを突き止めるためでもあったからなァ」
「そのついでに魔王にちょっかいをかけて、うちの寮を燃やされたわけか……」
操舵をするクリスが、げんなりとした表情を見せる。
ため息をつくクリスも珍しいと思ったけど。そういえば彼女は、精霊時代からため込んでたレアアイテムを、ギルドの倉庫に入れてたんだっけ。
ボクの工具関係はお金さえあれば買いなおせるけれど、土地に出向かないと手に入らないような物は、損失するとダメージがでかいよね。
「まァそう言うなやクリスエルトォ! そのお陰で、こうして魔王を弱体化できてるワケだしよォ!」
「いいんだけどねぇ……。
いいんだけど、全く反省せずに言い放たれると、ソレはソレで腹立つねぇ……」
「カッハハハハ! オレとお前の仲だろうが!」
「操舵中に肩を叩かないでくれるかい?」
自由人極まるうちの団長サマだった。
「クリスちんも、わざわざ操舵者買って出るだなんてね~」
「いや、コレはフラワーに頼まれたんだよ。私だって、やらなくていいならやってない」
「え、そうなの?」
「オウ。なんせ、これから向かうのは危険区域だからよォ。
操舵とはいえ、一般人を連れてくワケにはいかねえだろ?」
「そーいう理由だったの!? 人材ケチってたのかと思ってた!」
「オレが金持ってるの、知ってるだろユッキー」
「だったら作戦会議してる場合じゃないジャン! 見張りもしなきゃ!」
たしかにそうかもしれない。
本来なら船には、見張りや危険を知らせる人材もセットだからなぁ。
「そんなん、襲われてから考えればイイだろォ?」
「いやぁ、それはボクも遠慮したいかなぁ……」
フラワーちゃんの言葉に、サユキちゃんは「もう!」と言ってダイナちゃんの腕を掴む。
「ダイナちん、あたり警戒に行こ!」
「そうだな。
また『ロリ十二天魔団』のようなヤツらが来ないとも限らん」
「たまーにテキトーなんだからフラワーちんは!」
「お母さんみたいだな」
「年上の娘とか嫌すぎるんですケド!?」
愉快な会話をしながら、船の後方へと歩いていく二人。
「せっかくだから、ボクらもサイド側を警戒しに行こうか」
「だなァ。カッハハハハ! ユッキーの焦りようったら無いぜ!」
「ホント、どうなる事やら」
船出からコレとは。多難な旅になりそうだ。
「それじゃァセルマ。前方で何かあったら伝えろよォ」
「あぁ。何もないことを祈るばかりだよ」
言い残してボクらは船の右舷側へ。
海の風は冷たくて、どうにも苦手だ。
「ふぅ。さてと……」
波打つ海面を見ながら、ボクはフラワーちゃんに最終確認をすることにした。
「さっきの作戦会議の続きだけどさフラワーちゃん」
「ン?」
「この、ねぐらに奇襲をかける……みたいな勝ち方で、ホントにいいの?」
「オウ。勿論」
「ありゃ、即答だね」
「当たり前だろ。『気持ちのいい戦い』よりも『絶対的な勝利』にこだわる。
オレはそう決めて、これまで生きてきたからなァ」
「なるほどね……」
ボクの疑問を全て言い切りのかたちで打ち返す彼女の言葉は、むしろ清々しい切れ味を持っていた。
「それによォセルマ」
「ん?」
「オレはもう――――絶対に負けられねェんだよ」
言って。フラワーちゃんはの右目が、僅かにサユキちゃんのいる方向へと動く。
「フラワーちゃん……」
海上は風が強い。
言葉が海風に遮られると分かっているからこそ、口にしたのかもしれない。
それくらい、フラワーちゃんが弱い部分を見せるのは珍しかった。
「もしかして……、エイトくんと関わったからかな?」
「なんだって?」
「ありゃ、こっちの声も聞こえなかったかな」
「……ハッ」
彼はナチュラルに、人の心を刺激するところがあるからな~。
鋼鉄のような女にも、何かしら変化を与えたのかもしれない。
「お前とクリスエルトだけだ。オレの目の真実を知ってるのは」
「当人であるサユキちゃんですらも、半分だからね」
ボクらは誰にも聞こえない声で話す。
「今でも悪いと思ってるよ。フラワーちゃんの秘密を知っちゃったこと」
「だったらその、初対面の人間の心情を読むって行為、やめたらどうだァ?」
「ギルドのメンツにだけだよ。……ということだったんだけど、まさか二人も地雷がいるなんてね」
「二人? ダイナ……いや、エイトか?」
「おっと……。ノーコメントにしておくよ」
今のはマジで言葉が滑った。
余裕綽々で返答したけれど、一歩間違ってたら秘密の暴露と取られて死んでいたかもしれない。恐ろしい。
まぁともかく。
「フラワーちゃんのその右目は、膨大な魔力を内包している爆薬だ。劇薬と言っても良いだろうけど」
「カッハハハハ、言ってくれる」
その笑い方って、静かに笑うことも出来るんだね……。
「まァ、オレが抱えてる諸々もよォ。魔王さえ倒せば、全てが解決するンだよ」
荷物を降ろせるって言うかなァと言って、彼女は淵に身を預ける。
「そのためには、お前にも協力してもらうからよォ」
「ははは……。端からそのつもりだよ。
ボクはボクで、爆薬を手に入れたからね」
「アン? なんだそりゃ?」
「そのときのお楽しみサ」
ボクの言葉を受けて、フンと鼻で笑うフラワーちゃん。
そしてそのあと。重い口調で、
「まぁ前から話していたことだ。
魔王戦の鍵を握るのは、オレでもお前でもクリスでもリューでもねェ。――――サユキだ」
「……だね」
同意と共に、ボクらは目を合わせて。
改めて、彼女のことを思い返すことにした。