2.ロリと紐解き・1
静かに波音が流れる海岸沿いを、俺はリューさんとウディルルと歩く。
歩幅が違うからゆっくり歩いた方がいいだろうかと思ったが、むしろ二人ともサクサク歩いていて、何なら俺の方が遅れ気味だった。
幼女に見えても歴戦の戦士だ。
歩き方一つとっても差が出ている。
「エイトにもそこらへんは教えたじゃろ?」
「そういえば、ヘリオス学園在学中に稽古つけてもらいましたね……。アレも確か、最初は歩方からでしたっけ」
「冒険者はとかく、歩く場面が多くなるからのう」
魔力を込めたり疲労しない身体の使い方だったり。
懐かしくもあるけれど、アレからまだ半年も経っていないのか……。
まぁ感慨にふけるのもこのあたりにしておいて。
今はこの状況を把握するところから始めよう。
「リューさん。ここって、どこなんですか?」
「うむ。ここはトランウェルン地域じゃろうな。以前任務で来たことがあるわい」
「トラン……。うーん、俺は知らない土地ですね」
「わしらが先ほどまでおったところとは、全く別の地方という認識でよいわい」
「分かりました。
えっと……。海岸ってことは、島なんですか?」
「いや。トランウェルンが大陸の端なだけじゃ。木々林のほうは陸路で繋がっておる」
「なるほど」
よかった……。そこは一安心だ。
孤島なんかだったりしたら、脱出に船が必要になるところだった。
「フラワーさんとじゃれついていたら、俺だけがここに転移させられた……ってところですかね?」
「その通りじゃ」
リューさんが頷くと、ウディルルも「そうだナ」同じように首を縦に振った。
「急に転移させられたカラ、ワタシも大変だったゾ」
「え、どういうこと?」
「ワタシにはオマエからの従属が刻まれてるからナ
オマエがピンチになったトキ、同じ場所に転移するよう契約がかかるんダ」
「えっと……?」
「オマエがワタシのおでこを舐めまわしただロウ? そのとき、オマエとの主従契約が結ばれタ」
「えぇ……」
俺の『でこバフ』にそんな効果が……?
でも、未知数な能力だ。そんなこともあるのかもしれない。
「魔王からの『質問バフ』や『名乗りバフ』もなくなっタ。代わりに、ご主人サマのバフが常にかかっていル状態ダ。すごいぞコレ」
「すごい。どんどん知らない単語が出てくる」
ご主人からのバフっていうのは『でこバフ』のことなんだろうけど。
質問バフとか名乗りバフってなんだ。
「わしが必要か?」
「それはもう」
わけわからなさすぎるので。
「『ロり十二天魔団』は、戦闘開始時に名乗ってきたじゃろ? かつ、ぬしの質問に答えたはずじゃ」
「あぁそういえば……」
性感帯が太ももの内側だとか言ってたっけ。
「相手を有利にする代わりに、その分だけバフがかかるという仕組みなんじゃ」
「ふむふむ」
ハイリスクハイリターン……みたいなことだろうか。
まぁ、そういう使用のバフというのも、世の中にはあるのだろう(『でこバフ』があるくらいだから、だいたいなんでもありそうである)。
「そしてついでに言うと、『ロリ十二天魔団』の身体は使役者の危機や呼びかけに応えるよう調整されておるんじゃ。
本能的にぬしのピンチを感知して、体内の契約が発動したんじゃろうな」
「なるほど……。……なるほど?」
いや、いい。細かい事はいい。
とりあえずウディルルの現状は。
俺の『でこバフ』によって、今は仲間になっていて、戦闘能力も高いままと。
もしかして、前に戦ったときよりも若干気性がおとなしい気がするのは、支配権が俺に移ったことも関係しているのかもしれない。
「質問に答えてくれてありがとう、ウディルル」
「オウ。あとでいっぱいシツケをクレ!」
「問題発言!?」
「ウツブセになるカラ、背骨を足の指でそりそりしてホシイ!」
「歪んでる! かつ、そういうのを求めてくるのも意外だ!」
喋らせると危険だ。そしてお前の性感帯は太ももの内側なんじゃなかったのか。もしかして性感帯すらも、支配権が俺に移ったことで以下略か?
「いや、単純にキモチイイだけダ」
「よし、しばらく黙っていようウディルル」
言って俺は頭を軽く撫でた後(髪がトゲトゲしてて痛い)、今度はリューさんに質問を投げた。
「リューさんは、俺にかかった転移魔法についてきてくれたんですよね?」
「うむ。どうにか割り込んだわい」
「分かりました。えーと……、」
場所が分かって、リューさんとウディルルがここにいるのが分かって……。次は……。
「あ、今思ったんですけど……。
俺にかかった転移魔法って、常に発動されるおそれがあるんですかね?」
俺だけを狙った魔法なのであれば、目的はおそらく俺を孤立させることだろう。
色々なことが重なって、結果的にそうはならなかったとはいえ、もう一度その魔法を発動される恐れもあるのだ。
「いや、それは無いわい。
ぬしにかかった魔法は、秘中の秘。かつ、ぬしへの残り香が大量に残っておらんと出来ん」
「つまり、これから先は心配しなくていいってことです?」
「うむ」
リューさんは静かに笑いながら頷いて、言葉を続けた。
「こんなことが出来るのは、ロリ十二天魔団の第三位、エントルティンしかおらんのう」
まったく。昔に比べて、移動させられる距離が伸びおったわい」
「ん……?」
リューさんの口ぶり的に。
なんだか、その術者を知っているかのような。
「ん? あぁ……。
それは、わしがロリ十二天魔団だったからじゃ」
「――――、」
衝撃の発言に。時が止まる。
足も止まるし感情も止まる。
柔らかく吹く風で、背景だけが動いていた。
「『ロリ十二天魔団』、第一位。リュリュサルじゃ。よろしくのう」
「は、」
「ハ?」
その風に乗せて、リューさんの音は飛ぶ。
脳がその言葉を理解したと同時、叫ばずにはいられなかった。
「「は(ハ)ああああああああ!!!???」」
隣で静かにしていたウディルルも、同時に驚く。
この状況で、変わらず静かに笑うリューさんの心情が、あまりにも謎すぎる。
俺が困惑していると、ウディルルがずいと詰め寄った。
「オ、オマエが第一位だったのカ!? ン!? でも、ニオイが魔族ではないゾ!?」
「通常のエルフとして生きて、だいぶ長いからのう。あと、フラワーの体臭でもうつったんじゃろ」
「ニオイってそういう意味ではないと思うんですが……。い、いや、そうではなくて」
一瞬のツッコミにより少しだけ回復した脳で、俺も彼女に質問をする。
「ロリ十二天魔団って……、本当なんですか?」
「うむ。今でも籍はあるとは思うぞい。除籍されておらんければ、じゃがの」
「い、今の一位は、『決定的幕引き』だと聞いているゾ!」
「おぉワシのあだ名じゃ。
うむ、二つ名で呼ばれるといささかむず痒いのう」
「そんな……」
「ちなみに、『今の』というのは間違いじゃぞウディルル。今も昔も、一位と二位は不動じゃよ」
小さな指でウディルルの口に蓋をして、彼女は言う。
「『白昼夢』・エントルティン。そして、『決定的幕引き』・リュリュサル。
これが『ロリ十二天魔団』の――――脳と心臓じゃ」
「ほ、本当に……」
「フフ……」
そんなリューさんからは、敵意のようなものは感じない。
むしろ、『ローネス』で関わっていた頃よりも、味方側に感じる。
「魔王に反旗を翻して、十年。
そろそろ、反撃に打って出ても良い頃じゃろうと思うてな」
「え……」
彼女は、静かに月を見上げる。
それは驚くほど、柔らかな瞳だった。