14.エッチ・グランバルド(未遂)
フラワーさんたちと巡ったユリファス遺跡での戦いから、一日と半。
俺、ダイナ、フラワーさんの三人は、この大陸の最西端にあるタンケートの街に滞在していた。
というか、いる――――らしい。が正しいか。
「現在この大陸では私たちの他に、『ユッキー・クリス』組、『リュー・セルマ』組に分かれ、同じように魔王軍の封印拠点を潰しているらしい」
「そうなのか」
遺跡での戦いから二日が経過したとダイナは教えてくれて、更にこれが追加情報である。
「一週間以内に拠点を潰したら、再び中間地点の街まで合流し、情報を整理。問題が無ければ再び三組に分かれて各地域へ。これを、拠点を全て制圧できるまで繰り返すとのことだ」
「なるほど……」
つまり俺たちが潰している裏で、ユッキーさん組とリューさん組も、それぞれ動いているわけか……。
拠点は全部で九つと言っていたから、順当にいけば三回の合流で終わるのかな?
そう整理しつつも、俺はダイナの巨体を見る。
大きな身体を堂々と座らせ、いつものクールな表情を覗かせていた。
「あのさダイナ。その、」
「エイト。私も話がある」
「ダイナ……」
俺の言葉を珍しく遮って、ダイナは俺に言った。
どこか包み込むような、優しく安心する声色だった。
「エイト。先に言っておかないといけないことがある」
「うん」
頷くとダイナは、俺の頭に手をぽんと置き優しく撫でながら言った。
「私がこの先どんな風になろうとも……、決して、お前が不要になったりはしない」
「――――」
空いた窓から風が流れる。
爽やかで、透明な空気だった。
「お前が気を失っている間、フラワーに言われたんだ。諦める前に、もう一度気持ちを整理しろとな」
「諦め……」
フラワーさんはもしかしたら。
俺たちの間にある、『何か』の歪みに、気づいていたのかもしれない。
俺もダイナも気づいていなかった、何かの淀み。それが今、あの遺跡を通して分かってきた。
ダイナはずっと、俺が与えた近接弓のスタイルを貫いてきた。
俺に『でこバフ』を受け、身体能力をアップさせ、まるでボクサーのように近づき、ステップワークで回避しながら戦う近接弓という戦闘方法。
それが、強くなるために正しいことだと。信じて。
「……」
けれどダイナは前回の戦闘、つまり『ロリ十二天魔団』との戦いのさい。クリスさんから課された武者修行で、自分の中にある『歪み』に気づいているのだ。
クリスさんがホテルで教えてくれた、ダイナの思考の癖。悪癖。
しかしそれが取っ払われた今、ダイナの弓は、もしかしたら遠距離でも当たるようになっているのかもしれない。
けれどそれでも、近接弓にこだわるのは。
「ダイナは俺を……、大事に思ってくれてた、のかな?」
「当たり前だ」
そうか……。
いや、けれど。――――だからこそ、近接弓のスタイルを辞めることは出来なかった。
俺との繋がりを、失くしてしまうかもしれなかったから。
「だけどそれは、」
「あぁ」
独り立ちできるのに、あえてそれをしない。
それはもう、パートナーではなく、ただの依存関係だ。
「……そう、なったとしても」
彼女は珍しく、絞り出すような声で言った。
「私は、エイトと離れたくなかった」
「ダイナ……」
大きな身体をやや丸めて、ダイナはすまないとつぶやいた。
鉄面皮で、精悍な顔つきをする、すでに歴戦感を纏わせた女戦士。
けれど彼女だって、俺と同じ十八歳の人間なのだ。
未熟な部分や、折れやすい部分があって、当たり前だ。
そんなこと。弱さというものを体現した俺が、一番分かっていたはずなのに。
「そしてな。団長に言われたんだ」
「え?」
「思った事をまとめたら、そのまま口に出してみろって。たぶんエイトは、全部受け止めてくれるだろうから、とな」
「また無責任な……」
いや、どちらかと言えば過大評価か?
俺だって、分かってあげられるところとそうでないところもあるんだけど。
「エイトは私の事なら、全力で分かろうとしてくれるだろうと。そう言っていた」
「見透かされてんなぁ……」
ガラにもなく、ニヒルな笑いをしてしまう。
はぁとため息をつくと同時。分厚いダイナの手が、ぎゅっと俺の手を握った。
「ダイナ?」
「エイト。頼みがある」
「……な、なんだ?」
本当に珍しく。彼女にしてはやや潤んだ瞳がこちらを見据えた。
これはアレか……? なんかこう、いい雰囲気になったときに訪れる、ロマンス的な、アレなのか?
「ダイナ……」
「あぁ。エイト」
息が当たるような距離に、彼女の顔が近づいている。
そして彼女は言葉を発した。
「べろちゅーがしたい」
「お前言い方ァッ!!」
情緒を大事にしよう!
普通こういうとき、「キス、していい……?」とか、「キスがしたい」とか、なんかこう、静かに言うべき単語のチョイスがあるだろう!
「エイト、べろちゅーがしたい」
「聞こえてるよ! はっきりと理解してます!」
「大丈夫だ。一線は超えない。その思い出だけで、三日くらいは持たせてみせる。……たぶん」
「短いよ! そして揺らぐのも早いよ!」
「エイト……。ん~……」
「お前正気か!? この雰囲気でその単語口にして、マジでヤる気なの!?」
マジかよ……。いや、いいけどさ……。
ギャグの空気もそのままに。
俺は彼女の手を、少し軽めに握り返した。
ぴくりと僅かに手が震える。そんな気がした。
口と口が混ざり合う。
最後までダイナと俺は、目を閉じなかった。
………………。
…………。
……。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
唾液音だけが、部屋にこだまする。
手は強く握られたままだ。
小刻みに互いの身体が揺れるのを、唇の肌触りだけで感じ取る。
「はむ……、エイ、ト……」
「はぁ……、ッ、ダイ、ナ……」
終わりはあるのだろうかという疑問と。
終わらないで欲しいという煩悩が、せめぎ合う。
次第にダイナは手を離し、俺の肩口へと手を伸ばした。
俺も彼女の身体を、必死でつかむ。
互いの体温はとっくに高い。
ずっとずっとこうしていたいという多幸感で、頭の中が支配されていく。
だから。
そんな煩悩を制御できるのも、彼女の強みの一つで。
俺は。
俺は、もう――――
「よし……。終わりだ。ありがとうエイト」
「…………………………ダイナ」
「好きあう者同士の、素晴らしいべろちゅーだった」
「…………………………ダイナァ!」
「何だエイト。これ以上続けていたら、更に先をしてしまいたくなるだろう」
「先……ッ! い、いや、そうじゃなくて……、情緒が、ちがっ、そして単語を選んで、もっと雰囲気、……お、お前ェ!」
言葉が感情に追いつかない。あ、いや、逆かな? ともかく。
これ以上の行為をしてしまうのではないかと、ある意味覚悟を決めかけた俺の乙男心を返して欲しい。
「そうは言うがエイト。お前も他の奴らに、似たようなことしているらしいからな?」
「え、そうなの!? っていうか、そういう情報って共有されてんの!?」
「ハーレムなんだから当たり前だろう」
「怖!? 俺のハーレム怖ッ!!?」
あ、厳密に言えば俺のハーレムではないのか。
ある意味ダイナのためのハーレムだった! それはともかく。
「じゃあ……。俺たちはそれぞれ、情緒を勉強するということで……」
「そうだな。ユッキーに習ってみよう」
「ん~~~~~~~? ………………ノーコメント」
聞かれたら「どういうことかな?」と怒られそうではあるリアクションだった。
俺がはぁとため息をつくと、「そういえば」とダイナがこぼした。
「どうした?」
「団長に、説明が終わったら風呂に来いと言われていたんだった」
「風呂、場……? 何だろう、掃除でもするとか?」
今頃になってようやく気付いたが、ここはどうやらホテルとかではなく、どこかの家のようである。
団長の家、なのか? それで、回復したら風呂掃除を?
「いや、入浴だ」
「にゅうよく」
「三人で一緒に入るぞ、とのことだった」
俺はべろちゅーの残り香に浸るまでもなく。
頭の中が、嫌な予感に支配された。