最終話 その時ファミレスでは、みんな静聴していた
シリアスさんなら旅に出たよ、ここに俺の居場所は無いと言って
クーラーの効いたファミレスからこんにちは
聞いてくれ、あと数日で夏休みだ!順次夏休みの課題を出されているけど、俺は連日徹夜気味で片付けている
面倒なのは早目に終わらせるのが、俺のスタイルだ!嫌な事が残っていたら楽しめないからな!
杉田と春田に雪門に関しては、あれから順調だ
特に杉田は俺が冤罪気味に好意を暴露したのが効いたみたいで、二人を好きだという気持ちを認めたみたいだ
プールでは誤魔化しようが無いくらいに、二人を意識しまくってたからな
そんなわけであの三人に関しては、もう秒読みだと思っている、どちらを選ぶかもしくは両方選ぶかは知らないけれど、それは俺が関わっていい話しではない
問題は関係が一気に進んだので、根倉のコーディネートをやる暇がないくらいだ
今大切な時だから!と言われたら引き下がるしかない、流石に自分の恋愛をそっちのけにして手助けしてくれとは言えないからな
……後はビアンカだが……ワクチンを打ちに行ったら、一年に一回は打ちに来てくださいと言われて、俺の財布が泣いている
え、そっちじゃないって?知らんがな、俺にとっては出費の方が一大事なんだよ!
だいたい仮に俺がビアンカの魅了効果で根倉に惚れたとして、それに何の問題があるって言うんだよ!
魅了されなくったって惚れてたさ、早いか遅いかの差しかないだろ!
だから一晩寝たらアホらしくなって、悩むのを止めた
一応言っておくけど、何もしなかった訳ではないぞ
例えば家に客が来た時に、その客が家族に惚れたらヤバいだろ?だから簡単にだけど、いくつか実験はした
それで出た結論は――これ放置でいいだろ、だった
そんなわけで目下一番の悩みのタネは、根倉に元気がない事だ
休み時間に喋りかけても気のない返事だし、バイト先や家に誘っても来てくれない所か、志津が電話しても来てくれないのだから重症だ
俺何かやらかした?もしかして、杉田を冷やかしてたのがイケないかったのだろうか?
王様ゲーム、イエェェェーイ!杉田は爆発しろ、王様の命令は絶っ対!!とか言って遊んでたからイジメと勘違いされたのか?
でもあれは杉田が悪いんだぞ、三日に一度は俺んちに三人で来るけど、恋愛初心者で自分から積極的に動く勇気がないから、俺からカップルっぽい命令をされるのを期待してるんだよ
それを側で見続けなければならない、俺の気持ちも分かってくれよ!
兎に角だ、このまま夏休みに突入したら、ラブラブデートしまくるプランが破綻しそうな気がする
誘っても来てくれなくて、仕方なく積んでいるゲームを一人でやる日々……そんなの嫌だ、そんな寂しい夏休みは過ごしたくない!
今という一度しかない時を、俺は根倉と過ごしたいんだ!
という理由で、今日はちょっと強引に行こうかと思っている
春田と雪門に頼んで、ファミレスに根倉を連れて来てもらったんだ
本当は二人が根倉の悩みを聞き出せたら早かったのだけど、いくら聞いても教えてもらえなかったらしい
だから選手交代だ、ドリンクバーに行く振りをしてこちらに来た二人と入れ代わり、俺は根倉の隣に座った……へっへっへ、通路側を塞がれたら逃げれないだろ
突然の来訪者に驚いて……なんで俺を見て、そんなに苦しそうな顔になるんだ?
「なあ根倉、何かあったのか?頼むから話してくれ、俺じゃ力になれないのか」
最初は茶化すような馬鹿な話をしようと思っていたのに、根倉の顔を見たら、似合わない真剣な口調で問い詰めていた
でも、そんな俺の問に、根倉は一層顔を曇らせた
「あは……ありますよ、私を嫌いになって下さい、全部嘘なんですから……」
自虐的に笑っているけど、意味が分からない
「何が嘘なんだ?俺は嫌いになんかならないぞ」
「……いいえ嘘なんです、考えてもみて下さい、私のような背が高くてスタイルも良くない女を、誰が好きになるというのですか」
「モデル体型ってやつだな、もう少し着る服にこだわれよ、根倉なら何だって似合うだろうから、取り敢えず芋ジャージで出歩くのは止めとけ」
「性格だって社交的ではないですし……」
「ボケとツッコミをやれるのに社交的でないと?ナイスジョークだ、その芸人気質な性格は希少だな」
「顔だって美人ではありません」
「それ大半の女性に喧嘩売ってるからな、自己評価が低いのは構わないけど、他所では言うなよ」
「趣味が漫画を描くことですし」
「一応言っておくけど、未成年が十八禁を描いて売るのは違法だと思うぞ、嫌だぞ俺は、根倉が成人向け同人誌を売ってるのがバレて退学とか」
「そこは大丈夫です、従姉妹名義で販売してますから……って、違います!高幡くんが私を好きなのが嘘なんです!」
慌てて言い直しているけど、良かった、ようやくいつもの根倉らしくなって来た
それにしても、好きなのが嘘ってどういう事だ?ビアンカが杉田を操ったと勘違いした時の俺じゃあるまいし……そういえば、その日に根倉も居たよな……
冷や汗がたらりと頬を伝った
やっべぇぇぇーーーーー!説明するのを完璧に忘れてた!
「杉田くんもそうです……私は見たんです……ビアンカと一緒にいるハルとユキを見た瞬間に……心を操つられたかのように、一目惚れしたのを……それまで、そんな素振りは一切なかったのに」
うん、あれびっくりしたよなー!
俺もあれ見た時には、本気でビアンカが魅了させたと思ったからな
だってクラスメート全員を魅了させた前科があるんだぜ、誰だってそう思うだろ!
「信じてもらえないのは分かっています、でも、ビアンカが人の恋心を操れるとしたら、色々と納得出来てしまう事が多いんです」
うんうん、実験してないとそういう結論になるよな
因みに俺は、そんなの信じられない!って意味で沈黙してるんじゃなくて、説明してなかったのをどうやって謝ろうと考えてるだけだからな
「高幡くんも操られているんですよ、そうじゃなきゃ、今まで碌に話した事もなかった女性に、告白なんかしませんから」
ごめーんしちゃったー、余りにもトキメイたから、告白しちゃったー
もう本当にどうしよう、上手い言い訳は思い付かないけど、これ以上黙っていても根倉が可哀想だから土下座するしかないかな
そう覚悟を決めた時、根倉から予想外の言葉が飛び出た
「だからきっと、私が高幡くんを好きになったのも、操られているからです」
……
………
――――っ!!
フリーズした思考はそれでも俺の身体を動かして、根倉の肩を掴んでいた
「根倉それは違う、ビアンカに人を好きにさせる力なんか無いんだ!それは実験で証明されている!」
「え?実験?」
「ああ、杉田の妹の京子ちゃんに協力してもらって、中学生の男女二十人にビアンカを交互に触ってもらった」
京子ちゃんに頼んだのは、中一の子供なら魅了されたとしても、力尽くでビアンカを守れると思ったからだ……案の定全員魅了されたから大変だったぜ、もう二度とやらない
「その結果、元々片想いしていたと思える奴らを除いたら惚れるような事はなかったよ、せいぜい普段よりは魅力的に見えるだけだったな」
これは別段不思議な事ではない
猫に限らず動物や人の赤ん坊を慈しむ姿は、とても神秘的で魅力的に見えるのだからだ
調べてないけど、心理学用語に○○効果と名付けられていそうなくらい、当たり前のことなんだ
ビアンカはその影響力がちょっと強いだけだ……クラスメートを魅了した件は知らね、あれは考えない事にする
「でも、それならなんで杉田くんはハルとユキを好きになったんですか!」
それは俺も思ったけど、考えたら至極単純な話だ
「杉田に関しては、元々二人を好きだったけど、自分では釣り合わないと思って表に出してなかっただけだな、これは杉田本人から聞いて裏を取っているぞ」
「え、じゃあ、あの時見惚れていたのは」
「抑えきれなくなっただけだろ、二人が普段見せない優しげな表情にギャップ萌えしたんだろうな」
「ギャップ萌えって……そんな馬鹿げた理由で」
なんか項垂れているけど、ギャップ萌えは恋人を作るサイトにも載っている、立派な心理学的手法なんだぜ
「まあそんな訳で、ビアンカに人の心を操る力なんてないんだよ、だいたい同じ場所に俺も居たんだから、もし強制的に好きにさせられるんなら、俺も春田と雪門に惚れてなきゃおかしいだろ?」
「それは……うう……今までハルやユキにさえ相談出来ずに悩んでいたのが、ギャップ萌えだったなんて」
あー、杉田が心を操られて好きになったかもなんて、そりゃ当事者で喜んでいる二人には話せないよなー
「ごめんな、あの日根倉が居て一緒に見てたのに、誤解してる可能性を考えもしなかったんだ」
頭を下げると、根倉は数瞬思案してから顔を赤くしてから背けた
どうやらやっと、自分が何を口走ったのか思い出したみたいだ
「いえ、私も一言相談するべきでした……では帰りますので退いてください」
「退くはずないだろ、むしろ本題はここからなんだから」
ニッコリと笑って、立ち上がろうとする根倉の肩を抑える
凄く恥ずかしそうに睨んで来たけど、逃がさないよ
「……痴漢よーと叫びますよ」
「甘いな、確かにそれを叫ばれたら俺は終わりだろうが、こっちも根倉を社会的に抹殺する言葉があるんだぜ」
「は、ハッタリです」
「俺よりアニメのキャラが好きでも構わない、半裸コスプレでもなんでもするから俺と付き合ってくれ、と叫ぶぞ」
「よし落ち着きましょう、その微妙に私が言いそうな言葉のチョイスは止めて下さい」
ようやく観念したのか、根倉から力が抜けたので、俺も肩から手を離してやった
そして、これから大事な話をするんだから前髪で隠れた目を見詰めたんだけど、恥ずかしそうに顔を背けられた
一瞬両手で顔を挟んでこちらを向かせてやろうかと思ったけど、そのままにしておく……自分の顔も熱いのを自覚しているから
「さて、それではさっき言った言葉の意味を知りたいのだが……俺のことが好きって本当か?」
「記憶に御座いません」
どこの政治家だ、だいたい顔を真っ赤に染めているくせに、絶対に覚えているだろ
はぁー、これは追求しても無駄っぽいな、ここは正直に心の丈を打ち明けるしかないか
俺は胸から溢れる想いを乗せて、根倉に語り掛けた
「なあ根倉、俺がビアンカを拾った時に言った言葉を覚えているか」
「ユハ○様、この子私にくださいな」
「うん、それじゃない」
ああこいつ、恥ずかしいからって誤魔化そうとしてるんだな、いい加減覚悟を決めろよ――俺は決めてるぞ!
「少女漫画の出合いのように、恋人が欲しくて捨て猫を拾ったと言ったろ」
「……」
「あの時はさ、誰でもいいから女の子と付き合いたかっただけなんだ、だけどさ……今は根倉じゃなきゃ嫌だ」
「っ!」
「こんなセリフは柄じゃないけど――俺は……君じゃなきゃ駄目みたいだ」
「っ―――〜〜〜‼⁉」
ゆっくりと根倉の手を取って、こちらを向かせてやる
その目を見詰めながら、想いを確認した
「俺は根倉と恋人になりたい、根倉はどうなんだ、俺では嫌か」
「そんな質問はズルいです」
ズルいと言いながらも、その顔は少しも怒っていない
なんだビアンカ、お前が居なくても根倉はこんなにも魅力的だぞ
俺は根倉の言葉をゆっくりと待つ
「……私も……私もあなたじゃなきゃ駄目みたいです」
感極まった俺は根倉を抱き締めた、服越しに感じる温もりが、これは嘘じゃないと物語っている
「ありがとう」
「それは何のお礼ですか」
優しい問い掛けに、俺は応える
「そんなの根倉に出会えた全てに決まってるだろ」
こうして、捨て猫を拾って恋人を作ろう作戦は、大団円で幕を降ろした
漫画のような出来事は一つもなかったけど、俺は最愛の笑顔を手に入れる事が出来たんだ
まるで春の木漏れ日のような暖かな拍手、ライスシャワーのように降りそそぐ「おめでとう」の声
杉田には忠告しといてやろう、告白するなら時と場所を選べと
あれだけ大胆に告白したから、春田と雪門の声を皮切りに、俺達二人はファミレス中から祝福されているのだ
縮こまりながら、俺と根倉は顔を合わせて笑い合う
「「根倉と出会ってから、こんなのばっかりだな」」
最後まで読んでくださりありがとう御座います。
少しでも面白かったと感じてもらえたら嬉しいです