7話 シリアスさんは茶化したい
今日の授業は全て終わった、所謂放課後ってやつだ
待ちわびてたぜ、この瞬間をよーーー!だって朝言ってた根倉との待ち合わせがあるんだぜ、更に雪門の言葉から察するに、根倉は俺と付き合うのも時間の問題みたいだ
ならば今日のデートで、強気で押したら恋人になれるかも知れないじゃないか!
やるよ俺は、一気に大人の階段を登ってやる!
むふっ……むふふふふふふふふふふふふふふふふ
天国に居ないお父さんとお母さん、俺は今日幸せな家庭を築くよ、自宅の陰で見守っていてくれ
と、有頂天で根倉の席へと行こうとしたら、俺の前に杉田が立ち塞がった
「じゃあ行こうか、お触りはOKなんだよな」
「お前は何を言ってるんだ、触りたければ春田か雪門を触れよ」
悪いな杉田、この恋愛ゲームは二人用なんだ、邪魔だから退いてくれ
「お前こそ何を言ってるんだ、仔猫に会わせてくれるんだろ?ハルとユキから聞いたぞ」
「待て、確かに会わせるとは言ったけど、今日は無理だ!今から根倉とラブラブデートなんだから!」
「ら、ラブラブなのか」
「ラブラブだ!」
「ラブラブじゃありません!!」
「あいたーっ!」
スパコーンと後頭部にハリセンの直撃を受けて、涙目で振り返ると、根倉が真っ赤な顔で睨んでいた
「酷いじゃないかラブラブ」
「誰がラブラブですか!恥ずかしい事を大声で言わないで下さい!」
「俺は恥ずかしくないぞ」
「私が恥ずかしいんです!」
ふむ、恥ずかしそうに言っているけど、本気では怒っていないみたいだ、ならば止める理由にはならないな
だってさー、今まで根倉に教室で話し掛けなかったのは、根倉の彼氏に遠慮してたからだ
それが居ないと分かった今、俺は積極的にアタックするぞ、だって……根倉の良さを他の男が気付いたなら、絶対に惚れる奴が現れるからな!
「こら、あんまりラブラブを困らせないの」
春田が根倉からハリセンを返してもらいながら仲裁に入ったけど、まさかお前までラブラブデートを邪魔する気か
更に雪門まで俺の前に進み出て来やがった
「焦らない、ラブラブとのデートはまた今度……誰かがコーデしてあげないと、ラブラブは服のセンスが壊滅的だから」
「ラブラブを定着させようとしないで下さい!」
「別に俺は服くらい構わないぞ、というか、前回はもしかしてお前らが服を選んでくれたのか」
「肯定、まともな服がなかったから苦労した……高幡は一生の思い出が、キテレツな服を着た女への告白でもいいの?」
「……それは確かに嫌だな、思い出が汚されそうで」
「そこまで酷くありません!」
いや酷いぞ、普通の女子高生は火炙りキノコTシャツとジャージで電車に乗ったりしないからな、と言うか芋ジャージで出歩くなよ
はぁー、と盛大なため息を吐いて、俺は今日のラブラブデートを諦める事にした
「分かった、俺だけなら我慢出来るけど、後々根倉が後悔しそうだし、コーディネートを頼んでもいいか?」
「任せろ、最高の告白環境をセッティングする」
「ううぅ……誰も私の言葉を聞いてくれません」
根倉が一人落ち込んでいるけど、ここはスルーしてイジる空気だ、いじける根倉も可愛いけど敢えて無視する
さて、予定が無くなったから帰ろうかと思うんだけど、さっきから杉田が期待する眼差しで俺を見てるんだよな
仕方ない、協力すると約束したばかりだしな
「俺んちに行くか、言っておくけど猫に触る時には俺か根倉の指示に従えよ、じゃないと一発で出禁だからな」
「いいのか!」
「ああ、ただし命令には絶対服従だ」
「分かった、仔猫に会えるなら何でもするよ」
ん?今何でもすると言った?
ならやってもらおうじゃないか杉田よ
「じゃあ取り敢えず、杉田には春田と雪門と手を繋ぎながら歩いているもらおうか、カップルっぽくな」
「なんで!」
「俺のラブラブデートが潰れた腹いせに決まってるだろ!」
「酷いとばっちりだ」
「うるせー、命令に背くなら猫に会わせないからな、嫌ならいいんだぜ嫌なら」
「くっ……すまないハルにユキ、俺が迂闊な事を言ったばっかりに」
済まなそうに春田と雪門に頭を下げているけど、当の二人は嬉しそうだ
こっそり親指を立ててGJしている
「仕方ないわねー、いい、これは仔猫に会う為なんだからね、勘違いしないでよ!」
春田がツンデレっぷりを発揮しながら杉田の右手を握る一方、雪門は無言で杉田の左手を広げてから自分の手を絡めて恋人繋ぎをしていた
「ちょっユキズルい!」
「高幡の命令はカップルっぽく、ならこれが最適解」
「そ、そういう事なら、私も……」
「もげればいいのに」
二人を侍らせる杉田を見て、つい心の声が漏れてしまった
でも当の両手に花の杉田は、照れながらも流されるままに身を任せているだけだ、女性からのスキンシップに弱い典型的なDT男子の行動である
協力すると言った手前、この初心な杉田に二人を恋愛対象だと意識させなければならないのだけど、正直難問だ
二人が下手に美少女なのがいけないんだよな、杉田は見た目平凡だから、自分なんかが釣り合うはずがないとか思ってそうだ
いっそ好かれてるとバラした方が早そうだけど、それを言って駄目だった場合、二人に泣かれそうだしな
取り敢えずは良い作戦を思い付くまで、杉田にはカップルっぽい事をさせてお茶を濁すしかないか
そんなグダグダな思案をしていたら、ちょいちょいと裾を引っ張っぱられた
振り向くと、根倉が不安そうな顔をして俺を見ていた
「ん、どうした?」
「あの、高幡くん……私も行っていいのですか?今日は三人の仲を取り持つんですよね」
ああなるほど、根倉は三人の邪魔にならないか心配なんだな
もしかしたら、今日で鈍感主人公を二人が攻略するとでも思っているのかもしれない
「あの三人に関しては長期戦のつもりだから気にしなくていいぞ、つか根倉は絶対に来てくれよ、じゃないと妹に叱られるからな、いつ来てくれるのかと言われ続けてるんだぞ」
妹が会いたがっているのは本当だ、一回しか会ってないのに懐き方がハンパない
バイトの度にケーキの差し入れをしてるんだが、毎回強請られている
「志津ちゃんが……そうですね、約束してましたからね」
ニッコリと笑顔になった根倉を見ていると、俺の心も笑顔になる
ああ、このまま時間が止まればいいのに……と、うっとりと眺めているのに、両手を拘束された杉田が耐えきれなくなって急かして来た
「な、なあ、早くいかないか?」
至福を邪魔するんじゃない小僧!
苛ついた俺は、更なる命令を下してやった
「分かった行く、ただし……お前ら三人は愛してるゲームをしながらだ」
愛してるゲームを雑に説明すると、相手を褒めながら最後に愛してると言って、言われた人が照れたら負けなゲームだ、詳細は各自検索してくれ
「高幡、それは本当に勘弁してくれ」
「だが断る!この高幡薫が最も好きな事のひとつは、自分が優位な時に「NO」と断ってやる事だ」
「それ、ただの最低な人間じゃないか!」
「いいから行くぞ、根倉の笑顔鑑賞まで邪魔しやがって、今日は容赦しないからな」
―――
――
―
家に着いて仔猫に会わせてやったのだが、案の定杉田が壊れた
さっきからビアンカの前で腹這いになって、微動だにしない
「この愛らしさをプラモデルで再現出来ないだろうか」
何か恐ろしい事を口走っているが、害はないので放っておこう
因みに愛してるゲームをしながら家まで来た女子二人は、放心状態だ
さっきから、春田はもう死んでもいいとか口走っているが、死ぬ気配はない
雪門に至っては、ちゃっかり録音していた杉田の音声を繰り返し聴いている
「で、根倉と志津は何をやっているんだ?」
「連絡先を交換しています、志津ちゃんに私が描いたイラストを送ろうと思って」
「お兄ちゃん聞いて、お姉ちゃん先生って凄く絵が上手なんだよ!」
すげー、こんな甘えまくっている志津は久しぶりに見た、根倉の腕に抱き付いているけど、どんだけ心を鷲掴みにしているんだ
「そういや根倉は漫研だっけ、今度描いてる漫画を見せてくれよ」
「え?高幡くんは成人してないので見せれませんよ」
「部活で十八禁描いてるんじゃねーよ!」
そういやこいつ猫の診察代を賄える貯金があると言っていたけど、さては同人誌売って稼いでやがるな!
「そんな事よりハルとユキのフォローをしなくていいんですか?」
「そんな事ってお前……フォローしようにも良い手が思い付かないんだよ、まさか二人に愛の告白をしろと言う訳にもいかねーし」
携帯で男の落とし方とか調べたけど、心理学的アプローチとかは雪門辺りが既にやってそうだしなー
「何々お兄ちゃん、もしかして京子ちゃんのお兄さんってモテモテなの!」
「モテモテだぞー志津、そこで固まってる二人に、上手く行くように協力してくれと頼まれたくらいだからな」
地味な性格のくせに気配り上手で行動力がハンパないから、他人を助けまくって無自覚に好感度を稼いでいるんだ
もっとも、自己評価が低いから自分に惚れる女なんか居ないと思い込んでる節があるんだよな……それはそれで、男女分け隔てなく接するから、モテる要因の一つでもあるんだけど
因みに京子ちゃんとは杉田の妹だ、志津の数少ない友達でもある
近所だったから、引っ越してから仲良くしてもらっている
「ならさ、プールとかどうかな?京子ちゃんが一緒に行こうってタダ券くれたの」
「プールか……さっき見たサイトでは、兎に角意中の相手を、恐怖でも興奮でもいいから、ドキドキさせるデートスポットに連れて行けとか書いてあったな」
「ならウォータースライダーもあるからバッチリだよ、お姉ちゃん達は綺麗だから、水着姿でもドキドキさせられるよ」
志津は自信満々に言ってるけど、この鈍感主人公が水着くらいで恋愛感情を感じるのであろうか?正直不安だ、普通に楽しんでお終いな気がする
もうひと押し欲しいな
「杉田が恋人を欲しがるような心境にでもなったら、また話が違うんだけどな」
つい溢れた小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった……一匹を除いて
「あ、おい、高幡!仔猫が歩いているぞ」
「そりゃ仔猫だから歩くだろ」
杉田の焦った声に振り向くと、ビアンカがよちよちと歩いていた
向かう先は愛してるゲームで今だにショック状態の二人みたいだ、丁度二人の中間まで行くと、ちょこんと座ってミーミー鳴き出した
「えっ……おかわわわわわわわわわわわわわ」
「はふん、これは死人が出る可愛さ」
まるで即効性の劇薬だ、ビアンカに気付いた二人がメロメロになった、流石化け猫仕事が早いぜ、放心中でもお構いなしに魅了しやがった
二人揃って聖母のような優しい顔になって、壊れ物を扱うようにビアンカを構い始めた
普段は騒がしいやら無表情やらなのに、こうやって改めて見ると、二人ともやっぱり美少女なんだよなー、めちゃくちゃ絵になる風景だ
志津も「これがてぇてぇって奴なんだね、まるで神話を見てるようだよ」とご満悦だ
カシャッ
などと俺が和んでいると、隣からシャッター音がした
不審に思い振り向くと、杉田が放心したかの表情で携帯を構えている、凄くデジャヴな光景だ
あれ?これって身に覚えがあるんだけど……まさかね?
まるで一目惚れしたかのように二人を見詰めているけど、そんなはず……ないよな
ちょっと怖くなってビアンカを見る、だけど俺には普通の仔猫にしか見えない
お前がやったのか?と冗談半分に念を送ってみるけど、何かを受信した様子もない
喉が渇く、猫と戯れる女性に見惚れる男、まるで少女漫画のワンシーンみたいな一コマなのに、怖い想像が止まらなくて嫌な汗が出る
「な、なあ、杉田」
やっと出た一言に、杉田は億劫そうに振り向いた
「どうした高幡、顔色が悪いぞ」
「どうしたは俺のセリフだ、その……見惚れているように見えたぞ」
危ういセリフと分かっていても、聞かずにはいられなかった
「え……ああ……ハルとユキって、あんなに綺麗だったんだと、改めて思ってな」
「……なんだ、惚れたか?遂に朴念仁にも春が来たのか?」
茶化すように言っているけど、顔が強張って仕方ない
そんな俺の言葉に、杉田は顔を赤らめて目を逸らした
「そ、そんなんじゃ……ないとは言えなくもない」
これは確定か、杉田は間違いなく……春田と雪門に惚れている
さっきまで友達としか見ていなかったのに、まるで俺のように一瞬で恋に落ちたんだ
ゆっくりとビアンカと戯れる二人を見る、その姿は確かに普段より可愛く見えるけど、それだけだ
俺はどうしたらいいんだろう……分からない……分からないから……俺は、今出来る最善を行う事にした
最善、それは……大声で暴露してやることだ!
「春田に雪門!杉田がお前らのこと大好きだってよ!良かったな、こいつ二股する気満々らしいぜ!」
「高幡おまっ!」
突然の暴挙に杉田が慌てふためくけど、お構いなしにニヒルな顔をして言ってやる
「ふっ俺はな、ハーレム野郎は死ぬべきだと常々思っていたんだ」
「それが親友にやることか!」
親友だと思っているから、お前らの恋を応援してやってんだよ!
これで誤魔化しは効かなくなったからな、今更やっぱりさっきのは気の迷いだったとか言わせねーよ!
「す、杉田、それ本当なの!」
「自分の口で言って欲しい、大好きだユキ、リピートアフターミー」
俺の胸ぐらを掴む杉田へ、春田と雪門が詰め寄って来た
ほら言ってやれよ逃げ場はねーぞ、苦い苦いコーヒーを注いできてやるから、甘い甘い言葉を紡いでやれよ
杉田にガクンガクンと揺らされながらも、顔を横に向けて一匹取り残された仔猫を見る
不思議そうにこちらを眺めている何の変哲も無い仔猫だけど、これが心を操ったのかと思うと……得体の知れない存在にしか見えない
なあビアンカ、お前は本当に何なんだ?
その日、恐怖を紛らわす為に自棄になった俺は……最後まで、根倉の絶望に気付いてやれなかった
自分で書いててあれだけど、雪門がかわいい、最初の毒舌設定は何処行った