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6話 真夏コートの変態

 日曜日に動物病院へとビアンカを連れて行こうとしたのだが……日曜日は定休日だった

予約してから行こうと電話しといてよかった、危うく無駄足を踏む所だったぜ

いや、無駄足にはならなかったか、この病院は緊急だけは受け付けるみたいで、電話が繋がったので試しに相談したい事があると言ったら、快く応じてくれたのだ


 それで早速ビアンカの魅了について話したのだが、そんな事はあり得ないとマジトーンで言われてしまった

……うん、全くもって納得いかないけど、偶々(たまたま)猫好きが周囲に集まっていたと言われたら、こちらは反論のしようがない

俺や根倉に動物病院のスタッフは魅了されなかったのだから、そんな超常現象は無いと言われたらそれまでだ


 反論する為に、SNSにビアンカの写真を公開してみたら証明出来るかも知れないけど、万が一本当に魅了していたら洒落にならないから止めた

世界中の人間が我が家に押し掛ける想像をして、怖くて止めたよ


……なんか否定されたから、悩むのが馬鹿らしくなって来た、写真とかを他人に見せなければ魅了されないのだから

多分成長してふてぶてしい顔になったら、その魅了も収まるだろう……そう信じたい

だから、ビアンカは普通の仔猫、いいね?と心に暗示をかける事にする

一応念の為に、家族や友人には写真をネットに上げるなと言っておこう

全人類が我が家に押し掛ける可能性はゼロにしたいからな


―――

――



 みんな忘れてるかもしれないけど、今の季節は夏真っ盛りだ

朝でも蒸せるような気温で、クーラーの効いた電車から降りると陽射しが憎たらしくなる季節だ

そんなクソ暑い通学路を、俺は黒いロングコートを着て歩いている


 根倉の推しキャラ、ハクセンの八百万の真似である

アニメの八百万が着ていたのはファー付きの黒いロングコートだったけど、流石に真夏にファーは無理だ、首元が軽く死ねる

だからお父さんが持っていた薄手のロングコートを着て、あとは前髪を降ろして髪型を真似るだけで妥協している


 歩くのも道路の白線の上……ではない、駅から高校までは国道だから歩道に白線が無いのだ

だからといって柵や塀の上を歩くのは普通に怒られるのでやらない


ふと冷静になって考えるけど


 ――何やってんだろ俺!


 根倉の理想の男になる為に試したんだけど、これただの真夏にコート着ている馬鹿だよな?

さっきからすれ違う人に二度見されて、同じ高校へと向かう生徒からは距離を取られている


 これで俺の言った言葉は正しかった事が証明されたな――リアルに二次元キャラの格好良さを求めないでくれ、これただの痛い人だよ!


「あの……高幡くん、ですよね、おはようございます」


 声に振り向くと、走って来たのか少し息が荒い根倉がたたずんでいた

どうやら髪型を変えていたので、一瞬戸惑ったみたいだ


 俺は朝の挨拶を返すべく、ザザッとファイティングポーズを取りながら距離を取った


「出たな元凶!」


「いきなり怒られた!……それ、もしかしなくても八百万くんの真似ですよね、そんなセリフありましたっけ?」


「ねーよ!くそっ、やっぱり常識がデッドボール女の言葉なんて無視しとけば良かったんだ」


「またデッドボールって言った!」


「根倉よ、常識が足りないなら俺が教えてやる、一般人から外れたらデッドボールになる常識をな」


「名言を改変しないで下さい!」


「どうだ、常識を感じたか」


「地味に傷付くから止めて!」


 うん、やっぱり楽しい

打てば響くようにツッコミが返ってくる、根倉とならこのまま漫才師としてデビュー出来そうだ


「冗談はこのくらいにして、そんなに急いでどうしたんだ?」


 仔猫を拾って顔見知りになったとはいえ、見かけたからといって走り寄って挨拶するような関係じゃなかったはずだ

だいたいそんな仲なら、教室で話しても問題ないように仔猫の写真作戦なんかしなかった


 そんな素朴な俺の疑問に、根倉はバツの悪い顔で答えた


「えっとですね……あれから友達に叱られたんです」


「あれってもしかして、俺の告白か?」


 こくりと頷く根倉

OH……速攻で振られたのが他人にバレたのか、キツいぜ


「そんな返答だと……その……振ったみたいにしか聞こえないって」


 もじもじしながら言ってるけど、聞こえないも何もバッサリ振ったよな?一応ワンチャンあるみたいにも捉えられたけど、あれは遠回しなお断りだろ


……って待て……今、振ったみたいにしか聞こえないって言った?


「まさか」


 実は振られてないのか俺!甦れ希望、この電撃でー!


「あ、あの!やっぱりここでは恥ずかしいので、放課後にいつもの喫茶店に来てもらえますか」


「待てぇーっい!そこまで言ったなら最後まで言ってくれよ、放課後までお預けとか悶絶死するわ!」


 勿体ぶった言い方に、つい俺の希望が暴走して根倉の肩を鷲掴みにしてしまった

静まるんだ希望、ここで暴走したら微かな可能性まで失くしてしまうぞ!

早く掴んだ肩を離さないと……ん?肩……ふぉぉぉぉ、根倉の肩やーらけー、指に感じるこの心地よさ、これはこのまま焦ったふりをして触り続けるしかないな!


 だが、そんな顔がニヤけるような至福の時間は、誰かの突進に寄って吹き飛ばされた


ドカッ!

「そこまでよ変態!」


「グッ、何奴!」


 肩の感触に全神経を集中していたので、無防備に体当たりを食らってしまった

なんとかズザッと滑ってバサッとコートをひるがえしながらも体勢を整えると、見知ったクラスメートの女子が胸を張っていた


「私だ!」

「玲奈の貞操は私達が守る、抜け駆けなんて許さない」


「お、お前らは……同じ男を好きになって必死にアプローチをしているのに、ツンが強すぎて全然気付いてもらえない春田と、女子なのに弟扱いされている雪門!」


「「処す!」」


 くっ、凄い殺気だ、これは油断したら殺られる!

こうなったら切り札を切るしかない、予定ではもっと効果的なタイミングで使うはずだったけど、命には代えられない


 二人は左右に別れて俺を挟み込むようにジリジリと移動し始めた

獲物は春田がハリセンで雪門が分厚い本だ、あれで叩かれたらただでは済まないだろう

だが俺には届かないぜ、見せてやろう、俺の真の力を!


 ポケットから携帯を取り出して電話すると、ワンコールで繋がった、運が良いことに相手は携帯を弄っていたようだ


「もしもし杉田か、頼まれていたチケット取れたぜ」


 杉田の名前でビクっと固まる二人……そう、相手はこいつらの想い人だ


『本当か、ありがとう!でもよく取れたな、ほとんどのチケットが関係者に配られていたから諦めていたのに』


「ああ、春田と雪門が協力してくれたからな、何とかなった」


 俺の言葉に驚く二人を見たら分かる通り、もちろんそんな協力はしてもらっていない

実際はお父さんに頼んで、モデラー事務所が所属している出版社から譲ってもらったのだ……この二人に貸しを作る為に頑張って頼んだ


『ハルとユキが手伝ってくれたのか、それは二人にもお礼を言わなきゃならないな』


「それなんだが、夏休みに二人とデートでもしてチケット代分奢ってやってくれ」


『デートって、俺なんかが誘っても迷惑だろ』


 黙れニブチン、お前のような男がいるからサンは救われないのだ!


「言い換えよう、おかしくない格好で買い物に付き合って荷物持ちしてやれ」


『ははっそういう事か、それくらいなら喜んでやるよ』


「なら日時とかは二人と相談して決めてくれ、じゃーな」


 電話を切ると、二人が神妙な顔で俺を見ていた


「タダでやった訳じゃないわよね?」

「対価を教えて欲しい」


 頭が良い奴は話が早くて助かる

俺はニヤリと笑ってから、話に付いて来れない根倉を横目に――二人に向かって綺麗なお辞儀をしてやった!


「根倉が好きな男のタイプを教えて下さい!ついでに付き合えるように協力してくれ!」


「こ、高幡くん!」


 一人慌てる根倉を他所に、春田と雪門は呆れた顔になる


「一歩間違ったらストーカーね」


「春田知ってるか、ストーカーって言葉が使われ初めた平成初期には、ストーカーと結ばれる恋愛ドラマが流行ったらしいぜ」


「す、凄い時代があったのね」


 どんな話かは知らないけどな、それに比べたら俺はまだかわいい方だろう……いや、ストーカー行為はしてないぞ!


「兎に角だ、根倉は俺が好みのタイプになったら付き合ってもいいと言ったんだ、なら、目指すのが男ってもんだろ」


「本人の目の前で言わないで下さい!」


 根倉が恥ずかしがってるが知った事じゃない

もう俺の気持ちは伝えてるんだ、話たっていう友達もこいつらの事だろうし、バレているなら構うものか


利用出来る物は全部使ってでも、根倉を振り向かせてやる!


 もっとも、さっきの「振ったみたいにしか聞こえない」って言葉が勇気をくれたんだけどな

本当はさり気なく協力を仰ぐつもりだったけど、根倉がまだ俺の告白を断っていないなら――全力でやるしかないだろ!


 そんな俺の男らしい言葉を受けて、春田と雪門がボソボソと相談を始めた


(初めから協力するつもりだったとは言い辛い雰囲気よね)

(私に妙案がある、任せて欲しい)

(いいけど……杉田に関しては抜け駆けは無しよ)

(……)←無言で目を逸らした

(ユキ、あんたねー)

(分かった、残念だけど妥協する)

(頼むわよ、まったく)


 相談が終わったのか、雪門が俺の前に進み出た

相変わらず無表情で何を考えてるか分からないが、こっちには杉田とのデート券があるんだ、下手な真似はしないだろう


「今回の分はもちろん協力する、でもそれ以上を望むなら、私達と杉田くんが付き合えるよう協力を続けて欲しい」


「最初からそのつもりだ、ならこれで商談成立だな」


 杉田ともだちを売るような真似だけど、あいつの無自覚っぷりはいい加減ウザいんだよな

だってよー、もし俺が根倉に何度もアプローチしたとして、それを本気と捉えてもらえなかったなら、とても辛いと思うんだよな

だから杉田には付き合うかどうかは別にして、ちゃんと想いを受け止めてから答えを出して欲しいんだ


 なんて良い話風の事を考えてたのに、雪門は更に言葉を続けた


「待って欲しい、それだけでは釣り合わない」


「は?お互い協力するんだから釣り合ってるだろ?」


「いいえ、私達が協力したら玲奈を確実に高幡の彼女に出来るけど、あなたは私達のどちらかを杉田くんと交際させる確約は出来ないはず」


「確実に根倉と付き合えるのか!」


「肯定、私達なら出来る」


 その顔は嘘を付いているようには見えなかった

おいおいそれはどんな魔法だよ、確かにそれが出来るのなら、俺の協力はまったくと言っていい程釣り合っていないぞ


これは腹をくくるしかないな……俺は財布を取り出して投げ渡してやった


「要件を聞こう、全財産までなら出せる」


「これはいらない、仔猫に会わせて欲しい、私達と杉田くんの三人を」


 投げ返された財布を受け取って考えるけど……仔猫ってビアンカの事だよな、正直魅了されてる三人を会わせるのは怖いけど、根倉と付き合えるなら犠牲も止む無しか


「しかし、そんなに猫に会いたいのか?」


「それもあるけど、本命は猫を通して杉田くんと親密になりたい……玲奈は猫を通じて高幡と仲良くなったと聞いた」


「確かに猫が切っ掛けだったけど……分かった会わせよう、ただし、連れ帰ったり長時間居座るのは無しだからな」


「ヨシッ!」


 雪門が小さくガッツポーズを取ったのとは裏腹に、俺はどうやって家族を説得しようかと胃が痛くなって来た

夜中に俺が世話をしている以外の時間は、誰かしら構ってるんだよな


「一つ忘れていた、チケット代はちゃんと払うから、いくらか教えて欲しい」


「貰い物だからチケット代はいらね、元より今回の前金代わりと思ってたしな、それより根倉と恋人になれるのは本当なんだろうな」


「任せる、玲奈の貞操を賭けてもいい」


「……あの、だから本人の前でですね……いえ、もういいです」


 根倉が恥ずかしいそうに何か呟いているけど、雪門の自信満々な顔の方が今は重要だ

これはもう勝ちでいいのではなかろうか、真の策士は戦わずに勝つと言うけど、今の状況は正にそれだ 



 気にするべきは一つだけ

すっかり辺りを歩く生徒の姿がなくなって、すでに遅刻が確定している事だけだ  


凄く書くのが楽しい回でしたw

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