#19:ナヴィという少女
あの子が怪我をして帰ってきた。
まただ。
これでもう何度目になるだろう。
あの子は遊んでいて転んだと言っていたが、それは嘘だ。
きっと私たちを心配させない為に言ったのだろう。
あの子は優しい子だ。
なのに。
なぜ皆はあの子を受け入れてくれないのだ。
ただ、人より強く不思議な力があるだけなのに。
あの子は今までに誰かを傷つけた事なんて無いのに。
どうして、誰もあの子を受け入れてくれないのだ。
もう、どうしていいのか分からない。
あの子は外の世界を見るのが好きなようだ。
閉じ込めて置くことが正しい事なのだろうか。
わからない。
なら、せめて、あの子を守ろう。
私たちでは無理だった。
だから願おう。
あの子をただ守ってくれるように。
あの子さえ。
あの子さえ守ってくれればそれでいい。
――クエスト、魔女討伐の手伝い――
「またこーいうのかよ」
「聞くまでも無いと思うけど、『あの子』ってナヴィの事だよね?」
「…わからんぞ。ミスリードかもしれない」
「つーか、クエストの内容と、テキストがちがうくね?」
村長から依頼を受けた三人は【アカシック・ガイドブック】のクエストページでクエストの確認を取りつつ、首をかしげた。
依頼の内容とクエストに出ている情報がズレている。
依頼の内容は魔女の討伐だ。
だが、ページの内容はそうさせないような事が書いてある。
同情を誘うような事が書いてある。
「なんだろうね、これ」
「…これはあれか。どっちの味方をするかでルートが変わる感じか?」
「ゴーレムを敵にまわすルートと、人類を敵にまわすルートか」
クエストページの情報から察するに、視点になっているのはナヴィの親なのだろう。
最後の一文を見ると、ゴーレムを作ってナヴィを人の悪意から守ろうとしたらしい。
それが発端。
そして今は、人を害するゴーレムになっているということ。
「…人と敵対してゴーレムの味方になる展開ってのもよくわからないな」
ダークヒーローにでもなるのか。それとも悪役にまわるのか。
それに人と敵対した場合、道具や武具はどうなるのだろう。
どうやって入手する事になるのだろう。
店の人だけは中立な存在として残るのだろうか。
「根拠はないけどさ、どっちを選んでも、ラスボスはナヴィの親御さんになりそうな気がする」
「メタるな」
「本当になんとなくだけどね」
今出ている情報で推理するなら、ナヴィがボスになるか、ナヴィの両親が最後のボスになるのだろう。
早まった考えではあるが。
多分間違った考えである事もわかっているが。
そもそもナヴィの親はどうしたのだろう。
あの洞窟に一人になっているナヴィを見れば、何処かで離れ離れになったのはわかる。
わかるが、どうしてそうなったのかがわからない。
「ねえ。仮にルート選択があったとして、どっち選ぶ?」
「…、……またまた」
「なあ」
「…なあ」
その言葉をゴトーが言う時点で、茶番感が漂っていた。
聞くまでもない。
「…俺はどっちでもいいぞ。なんならこのまま放置でも良い」
「オレもどっちでもいいぞ」
イトーとサトーの二人はゴトーの顔を伺うように、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
ゴトーは居心地の悪さを覚える。
二人の性格は悪い。
もう少し言えば、三人とも性格は悪い。
「自分も別にどっちでも良いんだけど……」
「拗ねんなよ」
「…まあ、考えるまでも無いだろ」
聞くまでも無いなら、考えるまでも無い。
シナリオがどっちを選ばせたいかなんて。
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「準備が出来たら、ワシの所までくるがよい。……だってさ」
「そろそろ終盤か」
「…この村のクエストはな。いや、このまま引っ張る可能性もあるな」
クエストを受注した三人は、とりあえず道具の購入を済ませ、森に来た。
白樺のクエストを終わらせておこうと思ったからだ。
それについさっきボス戦終わったのに、すぐには切り替えられない。
気分転換を挟みたい。
「どーせ、この後ボス戦もあんだろ?」
「…そりゃあるだろ」
「絶対あるよね」
話の流れから考えれば、ここが山場なのだろう。
RPGで山場があったら普通はボス戦がある。
むしろ、無いと考える方がありえない。
「ナヴィと戦う事になるのかな?」
「わからん」
「…村人と戦う事になるんじゃないのか?」
「どうだろうね」
仮にナヴィの味方をするなら、敵になるのは村人で。
もしかしたら戦う事になるのかもしれない。
だが、その場合、本当に戦いになるのだろうか。
あんな雪だるま達に苦戦するようでは、例え数を揃えてみても三人からしてみれば雑魚の集まりだ。
人である。という一点にしか懸念材料がない。
それはさておき、三人は困った。
白樺が見つからない。
マップも森の中を詳細に表示してくれるわけではないので、おおよそ練り歩いた場所を覚えながら探すしかない。
探している。
しかし、三人が自分たちで言ったように迷いの森らしく、同じ場所をグルグル歩いているようでおぼろげだ。
進展してる感覚がほとんどない。
「やべー。思ったよりも10倍クソだった」
「かといって今更止めるのも……だしね」
「…俺はいつ止めてもいいぞ」
なんて言いつつも練り歩く三人。
誰かがはっきり言わないと何となく惰性で続けてしまう。
そしてイライラが募る。
「大体、ツボに枝を飾る文化がわからん」
「普通は花とかだよね」
「…花はすぐ枯れるだろ」
「ゲームの中なのに?」
「…なんでもゲームだからで済まそうとするな」
最初はゴーレムとの戦いを回避して、逃げたりして、早めに終わらせようと思っていたのだが、ストレス発散の為にゴーレムを蹴散らすことにした。
それを何度か。
蹴散らされたゴーレムも心なしか、普段より派手に破損していた。
けれど気分は優れない。
三人が静かになると森の中も静かになる。
他に音を鳴らす存在がゴーレムくらいしか居ないからだ。
あるのは自分たちの足音位だろうか。
動物の鳴き声でもあればやかましくなるのだろうが、今のところ動物の姿は見えない。
森は静かであるべきとでも開発が思ったのか。
それとも動物を配置すると、ゴーレムとの見分けがつきにくくなるからだろうか。
先の見えない森で、敵とそうでない存在が混在すると、緊張感が高まるからだろうか。
なんにせよ、配置もなく音を鳴らすとなるとSEという形を取ることになり、没入感が薄れてしまう。
「どんだけ潰しても湧いて出てくんのな。コイツら」
「湧いて出てこなくなったら、それはそれで問題だよ」
「…これ以上レベル上げさせたくないとか、開発が面倒くさい所のゲームだとありそうだ。リポップ制限」
グチグチと文句を言いながらもやめられない三人。
「つーか、これ邪魔だな」
イトーは先ほど貰った体力計をさして、そう言った。
体力がわかるのは良い。
だが、いちいち確認しながら戦うのは楽しくない。
今まで体力の管理をゴトーに任せていたので、その工程を自分でやるのが面倒くさい。
それにイトーは、アクセサリーのような肌に付けるものが嫌いだった。腕時計とか。
「やっぱ、ゴトーに任せるわ」
せっかく貰った体力計をカバンにしまうイトー。
「別にいいけどさ。嫌々やってたわけじゃないし。サトーくんはどうするの?」
「…は?」
「なんで? なんで怒るのかわからないんですけど?」
サトーはゴトーの事を心から信頼しているわけではないので、自分で出来る事は自分でするつもりだった。
他人と比べれば信用していないわけではないが、信頼はしていない。
それにアクセサリーの類も別に嫌ではない。
今だってメガネをしている。
そもそもサトーは、昔から姉の手によって着せ替えられたりなど、オモチャにされていたのであまり気にしていなかった。
身体にごちゃごちゃ付いていても特に気にならない。
「やっぱさ。こういう上等なアイテムはクエストでもらうのかな」
「当たり前だろ」
「…むしろそれ以外があると思ってるのか」
「じゃあ、このクエストでも何かもらえたりするのかな?」
「こんなクソサブクエストでもらえるわけねーだろ」
三人のイライラは段々と自分の中で消化しきれず、口も悪くなってきた。
だったら止めればいいのにと思いつつも、誰もが自分からは言い出せず、惰性を続けている。
「…今更言うのもあれなんだが。これ、ヒントがあるクエスト……いや、なんでもない」
「うるせークソ」
「そんなのわかってるよ。わかってたよ。気づいたのはさっきだけど」
三人は薄々気づいていた。
普通に考えれば、景色が同じような広い森で、何のヒントもなく探し物のクエストなんてあるわけがなかった。
これはきっと何処かでヒントを聞くクエストだったのだと。
既に時間は30分を超えていた。
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「なんか、嫌な感じだね」
白樺を探すクエストは30分どころか、1時間以上の時間を費やした。
見つけたのは、おおよそ森の全体の5分の2位を散策した辺り。
マップで見て森の中心より少し右奥。
予想していた通り、一本だけ。
この白い世界で、茶色い木々の中で、一本だけの白い木。
そして三人は400G貰った。
気分転換にはなった。悪い意味で。
準備の出来た三人は村長にその事を伝え、さっそくとばかりにナヴィ討伐へと向かう。
なぜか村人を引き連れて。
その数は、村長を含めて20人。
子供の姿はないようだが、村長以外のそれぞれが武器を持っている。
ゆっくりと三人と村長の後ろについてくる。
まるで見張られているようだった。
なぜ、村人を引き連れて歩いているんだろう。
そもそも自分達は何をしているんだろう。
村人の視線が強すぎて、ゴトーはなぜこんな事をしているのかわからない状態になっていた。
イトーは、ただボス戦をしてみたいのだろう。
サトーは、よくわからない。目の前の作業を消化しているだけのように見える。
ゴトー自身は……。
助けたい。と思う。けど。
ゴトーは、サトーがいつか言ったように放置すれば良かったと、今更ながらに思った。
そうすれば現状維持が出来る。
ナヴィはずっとこのまま洞の中だが、村人達も手出しする事が出来ないままになる。
なんて。
いやだなと思う。
後ろの人だけでも消えてくれないかなと思う。
なんて。
村を出て、坂を上り、洞の前。
短い距離で気持ちを整理する間も無く洞に着いた。
ナヴィはこの奥に居る。
しかし例によって、黒い壁が立っている。
その黒い壁はいつもと違い、いつか見たイカの化け物のようなものが面に表示され、臨戦態勢なのが見て取れた。
「…そうかこいつ」
「ナヴィとゴーレムの関係を知った時点で気づくべきだったね」
「なんでもいいけど、コイツがボスなんだろ?」
始まりが洞の内側だったから思い違いをしていた。
このゴーレムはナヴィを閉じ込めているのではなく、外敵からナヴィを守っていた。
そしてふと、誰かが思った。
今まで出会った人の中で、唯一、ナヴィだけがゴーレムをモンスターと呼んでいたことを。
それはどんな気持ちで言っていたのだろう。
仮にも、親が自分を守るために用意してくれたものに対して。
――リサイクルモノリス・ブラックスクリーン――
黒い壁が再び、三人の前に立ちふさがっていた。




