#17:イトーにとって大事な事
「え? 一人でやるの? まじで言ってる?」
「ダメか?」
「や、別にだめじゃないけど……」
スケールコングを一人でやりたいと急に言い出したイトーに、ゴトーは思わず聞き返した。
意図はわかる。理由も何となくわかる。
だが、前回あれだけ手も足も出なかったのに。一人で?
一応、聞いてみた。
「なんで?」
「なんで? って聞かれると困るんだが」
イトーにとっての大事な物は沢山あるが、一番意識して大事にするべき物はプライドだと思っている。
プライドとは胸を張る為の自信であり、見栄である。
努力と、試練と、達成によって得られるもの。
その為の根拠。
だが、それをそのまま口にするのは恥ずかしい。
それを抜きにしても友人にマジな感情を見せるのは、なにか恥ずかしい。
「あえて言うなら、みっともないのがイヤだからだ」
イトーには一人、年の離れた妹が居る。
親よりもイトーによく懐く可愛い妹だ。
最初、イトーはそんな妹が疎ましかった。
小学生になって自分の友達が出来るまで、いつもイトーの後をついてまわり、何をするにしても真似ばかり。
邪険には扱わないが、うっとうしいと思っていた。
目障りだと思っていた。
だが、それに慣れると段々と愛着へと変わっていき、いつしかイトーは背中を意識するようになった。
自分を見る誰かが居る。みっともないのは嫌だ。
他人にどう見られるかというのもあるが、自分が自分を見限りたくない。
「…なら、とりあえずそこまでの道は作ってやるよ」
「雑魚散らしは任せて」
イトーがどうするのかを、二人は見てみたかった。
きっと自分から言い出すのだから、イメージは出来ているのだろう。
戦う為のイメージが。
そのイメージがどこまで行けるのかを見てみたかった。
「…多分駄目だろうけど」
「ダメじゃねーから」
もちろんポジティブな期待はしていない。
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「…あの宿の、中身の無い壺って意味あったんだな」
「白樺の枝? この白い世界で白樺を探せ、ってのがまた悪意あるよね」
「採取系クエストってやつか」
三人は立ち寄った宿で、新しくクエストを受けた。
森に生えている立ち枯れした白樺の、傍に落ちている枝を拾ってきてほしいとの事。
それを宿の玄関にあった大きめの壺に飾るのだそうだ。
だから前回、あの宿に行った時に壺だけが置いてあった。
サトーは最初、RPGらしく中にアイテムでもあるのかと思ったが、そういう事ではなかったようだ。
壺だけを飾るということもあるが、サトーにとって壺は容器であって入れ物なので、それを飾るという文化がイマイチわからない。
「これさ、あれだよね。どうせ、一本しか生えてないんだろうね。白樺」
「木を隠すなら森の中をマジでやるヤツ」
「…どうせなら、レベル上げをする前に受けておきたかった」
白樺とは樹皮が白く、縦に伸びる落葉樹のことである。
日本の木の中で、最も幹が白くなる木である。
その白さから飾り物に使う場合もあるらしい。
白樺がどういう物かわからないなら図書館で調べろと言われた。
思ったよりも図書館が機能していて三人は驚いた。
「そういえば、白樺なんてレベル上げしてる時に見たっけ?」
「…そこまで意識してない」
「森の中で木の種類とか見てねーよ」
「…まあ、これはスケールコングやった後だな」
「下手にうろついてゴーレムと遭遇したら、HPの底上げが無駄になるもんね」
「すまんね」
三人共、一応白樺がどういう木なのか何となく知っていたので、図書館には寄っていない。
あるいは報酬も少ないので、知らなかったらそのままキャンセルしていたかもしれない。
準備を済ませた三人は森に来た。
イトーは松の部屋によるHPの上昇を済ませ――ポーションと、それからポーションポケットを購入した。
一人だけ着々と装備が増えていっている。そして金が減っている。
盛大に。
だがこれでイトーは、60ポーションが3つ。30ポーションが4つとなった。
90ポーションは買っていない。
90ポーションを無駄なく使おうとすると、体力が一割以下になった時に使う必要がある為、今のHPで考えると、5以下にまで下がるのを待たないと行けない。
一回のダメージで6喰らうであろう状況で、5以下に調整するのは難しいし危ない。
もちろん高くて買う余裕が無いと言うのもある。
「結局、盾買わなかったけどいいの?」
「いらん。盾、ジャマ」
「…そもそも盾買う余裕ないだろ」
邪魔以外にも、盾を持つとこの試練の難易度が下がりすぎてしまうような気がした。
受けるダメージが減りすぎて。9から6の現在から、3に。
イトーは勝ちたくてやるわけだが、勝つ為にやるわけではなくて。
引かなかったという事実の為にやるのだ。
それが達成感にも繋がると思っている。
それに、盾という選択肢が増えると、被弾も増えると思っていた。
盾で受けるか、それとも避けるかの判断が一瞬の遅れとなって。
それでは勝ったとしても意味がない。
「ということで、ゴトー、頼むわ」
「HPが半分以下になったら報告すればいいんでしょ?」
「オウ」
「…本当に駄目そうな時は横槍入れるから」
「いらん」
スケールコングの居場所は、レベル上げの時に何度か確認したので、大体わかっている。
森に入った所からまっすぐ進み、行き止まりに着いたら振り返れば良い。
そうしたら斜め前方、太めの木の凹んだ所に立っている。
敵の認識半径は10m。
それ以上近づかなければ、とりあえず何もしてこない。
「ワリ、ちょいと最終確認」
そう言ってイトーは武器であるハンマーを投げた。
ハンマーは放物線を描き、12mに達した所で蒸発したかのように消え、イトーの手元に戻っていた。
カバンの瞬間移動現象の応用だ。
何故かはわからないが、武器であるハンマーも手元に戻るようだった。
「…手品か?」
「本当にタネも仕掛けもない手品ってさ、それはもう魔法と言っても過言じゃないよね」
「マジック繋がりか」
「ネタの解説は恥ずかしいからやめて」
「…実は俺、タネと仕掛けの違いがわからないんだが。というかタネってなんだ?」
「え? そりゃ、……なんだろう?
仕掛けは、あれだよね。出来て当然を無理っぽく見せる装置だよね」
「…タネは?」
「…えっと、……こ、小道具?」
「…?」
「?」
「イヤ、コッチを見られても困る。オレだって具体的な言葉にはできねーぞ」
三人は森に入り、まっすぐ足を進める。
目的はもちろんスケールコング。
道中、雪スライムに細心の注意を払う。
不意打ち上等、群れで襲いかかってくる雪スライムは、唯一注意が必要になる。
後ろで眺めていれば大丈夫、というわけにはいかないからだ。
イトーの高まったHPが、こんな所で消費されてしまっては溜まったものではない。
幸い、不意打ちを食らう前に気づく事ができ、三人は無事スケールコングへとたどり着いた。
「ウッシ。こんなもんだな」
イトーがカバンから木と皮の篭手を取り出す。
そして篭手を付け、その上からハンマーを持つ。
つまり篭手の上からハンマーを装備した。
「なにそれ? いつの間にそんなの買ったの?」
「単独行動ん時」
「…ロスタイムがどうのって時に買い物するって言ってたな。そういや」
これがイトーの出した答えだった。
もちろん装備をたくさんした所で数値上の意味は無い。
最後に装備したものだけが適応される。
それどころか、皮の厚みの分だけハンマーが持ちにくくさえある。
しかし、これで良い。
元々痛みは無い。
いざという時、篭手を使って捌けるというその意識がお守りとして、イトーにとっての拠り所となる。
恐怖というのは心の問題なので、拠り所があれば気持ちを強く持つことも出来る。
「じゃー行くわ」
「途中で雑魚が来ないか見張っとくね」
「…ゴトーはガイドブックだろ。そっちは俺の方でやってやるよ」
「すまんね」
なんだかんだで前回の失敗が尾を引いているイトーは、一気に距離を詰めた。
13mが9mになり、5mになる。
慎重になったら色々考えて、きっと怯む。
だから最初は勢いに任せる。
イトーに気づいたスケールコングが間合いに入るなり、その大きな腕を振り上げた。
よくよく考えてみれば、これ程予備動作の大きい攻撃も中々無い。
それを見てイトーは、横に跳ぶ。
続けてもう一度、斜めに跳ぶ。
直後。スケールコングの声が響き、ワンテンポ遅れてスケールコングの腕が飛んできた。
位置はおよそ、スケールコングが腕を振り上げ始めた時に居た、イトーの位置。
時間にしておよそ2秒前に居た場所。
これなら初動にさえ気づければ、避けることはそう難しくなさそうだ。
「って言ってるそばから。やっちまった」
だが、次のなぎ払いが避けられなかった。
ダメージを受けたイトーの身体がズレる。
しかし、どうやら前回と違ってノックバックは弱いようだ。
HPが上がったからか。
それとも防具を付けているからか。
「ゴトー! いくつ喰らった!」
「ろくーっ!」
事前の推測通り、6のダメージを受けたらしい。
イトーは攻撃する事を一時的にやめ、スケールコングの攻撃パターンを見極めることにした。
まず打ち下ろし。
腕を上げ、顔の横に持ってきた後、『ゴアッ』の声と共に打ち下ろしが飛んでくる。
おそらく、これが一番の圧力になる。
上から降ってくる圧力が、虚勢を押しつぶそうとする。
次になぎ祓い。
打ち下ろしの後に間合いに入ると来る攻撃。
外から内と、内から外への2パターン。
大体イトーの肩の辺りの高さで来るので、少ししゃがめば避けられる。
そしてスタンプ。
腕を振り上げた後、叩き潰すようにスタンプを仕掛けてくる。
回数は1~4回。
その数字はランダムなので、これは回避に専念した方が良いと判断した。
被弾によりダメージが膨らむと、イトーは遠くへ武器を投げた。
それから素早くポーションポケットに手を伸ばし、その中からひとつを選び、抜き、落とす。
ポーションに見合った色の煙がまとわりついた頃、投げた武器は再びイトーの手の中へと戻っていた。
12m。
先ほど確認した、カバンの瞬間移動現象の応用。
それを利用してイトーは回復を図る。
相手にぴったりと張り付いたイトーには、考える時間という猶予がほとんど無い。
相手の行動に対してのリアクションをあらかじめ決めておき、それを反射的にこなしていく。
体が覚える程の練習をしていない為、ミスも出てくる。
しかしミスをしても動揺はしない。反省もしない。
大きく調子を崩さないように、ただ集中する。
痛くない、大丈夫。
怖くない、大丈夫。
お守りひとつで恐怖が全て取り除かれるわけもないけれど、それは我慢する。
それでいい。
効果があるかもわからないが、イトーは左右のステップでフェイントを入れながら、少しずつワガママを押し通していく。
攻撃よりも回避を優先して。
だが、一歩も下がらない。後退しない。
なぜならその方がカッコ良いから。
後から小難しい理由を考える事も出来るが、つまる所それに尽きる。
カッコ良いのは良い。カッコ悪いのは良くない。
その基準は全てイトーの中で完結している。
誰かに理解してもらおうとは思わない。
ここは良い場所だ。
戦うという手段でもって挑戦する事が出来る。
それに多分、失敗しても取り返しがつかないという事もない。
そしてイトーは今、少しだけ、なりたい自分に成れたような気がした。




