ベランダの視線
ここ数日のことだという。
キッチンで洗い物をしていたり、洗濯物を畳んでいたり。ふとした瞬間に、寝室の奥のベランダから、誰かの視線を感じるのだという。
初めの内は気のせいかと思ったが、数日の間、その気のせいは続いているらしい。ちょうど最近は、サクヤとのコミュニケーションが減ってしまっていたから、彼女も自然な流れでその不安を打ち明けるタイミングがなかったのだろう。少し反省するとともに、逆にたった数日の違和感で、確証のないことをちゃんと相談してくれたことを嬉しくも思った。
ローストビーフ用の肉に味付けをして寝かせている間に、詳しい話を聞くことにした。
「誰かヒトの姿は見たの?」
「見てない。変だなって思って、ベランダに出てみても誰もいないの」
「それは」
首を傾げる。
ヒトが居る方が、この場合恐ろしいことなのだけど。
ベランダを見ると、外には、少し離れたところに、マンションの壁があるだけだ。隣の建物まで距離があるので日当たりには困らないし、外から部屋の中が見えないので、なかなか過ごしやすい。
ベランダに出る。特に隠れる場所は見あたらない。寝室用のエアコンの室外機が一台あるだけ。隣の部屋との間は、防災用に、非常時に突き破って避難できる素材になっているが、別に穴が空いて通り道ができているなんてこともなかった。柵の向こう側には、地面まで二、三メートルの距離がある。運動神経が良ければ、飛び降りても怪我もしないだろうけれど、着地の時にそれなりに大きな音がなるはずだ。
「サクヤ、その時ってさ、何か物音とか訊いたりもしてないの」
「全然。ただ、なんか、寒気がするっていうか。そこに誰かが居て見ているなって思うだけ」
「気のせいなんじゃね」
と軽くおどけて見せるが、サクヤは、
「そんなんじゃ、ないと思う」
と尻すぼみに言うだけだった。
あまり見たことのない彼女の姿に、内心で少し戸惑う。
「だけど、ここ二階だぜ? 隠れる場所もないし、物音も聞いてないんだろ」
あまり深刻にならないよう、心掛けて喋るが、サクヤは浮かない表情だった。
「気にすることないって。気にしてるからそんな気がして来ちゃうだけだよ……まぁ、幽霊でも居るってんなら、話は別だけど」
「うん」
「……」
不安な姿を見ているとなぜか心が痛む。せめて俺は不安そうにしないようにしようと決め、サクヤが気が付かない間に何とかできないか考えた。一応、思い当たる可能性は、無くはない。
その日、近隣で起きている連続通り魔事件の被害者は八人目を数えた。今までの被害者は四人が死亡、三人が重体と報道されていたが、今日で死者は五人目になった。