予期せぬもの
俺は油断していた。
魔法対戦トーナメントは楽勝に勝ち進めている。このままいけば俺達のチームが優勝をするだろう。
後はイベントだと思って楽しむだけだ、そんな気持ちがあった。
勝ち残ったチームの2回戦目もすべて終了した。
次は俺達が出る準決勝戦だ。
俺達と次に戦うチームの3人はそれぞれ得意魔法が異なる混成チームだった。
火、水、土とそれぞれの魔法が使え割とバランスが良かった。
魔法にもある程度の相性は存在する。陰陽五行説みたいに相克というほどの事ではないが。少し有利に働くと言うくらいだ。
ただそれでも単一の魔法しか使えないよりは別の属性魔法を使える方が優位に立てることが多い。それだけ選択肢が増えるという事だ。そうすれば戦略も増やせる。そうやって相対するチームは勝ち抜いてきたんだろう。
それでも俺達に勝てるとは思えない。
チートである俺がいる限り同じ様な能力位を持ってないと、どうしようもないだろう。
俺達はこれまでの様に通路で待っている。
その間に今回の戦闘についての戦略を2人に伝えている。
最悪それが上手くいかなかったとしても俺が何とかするつもりだ。
今回も余裕だな、そんなことを考えていると目の前の扉が開いたので闘技場に入場していった。
俺達が闘技場の真ん中についても相手チームが誰一人として闘技場に入ってくる気配はなかった。
どうしたんだろう?体調が悪くなった?不戦勝か?
俺はそんなことを考えた。
観客達も今の状態を不審に思いざわざわとしてきた。
そんな中1人の男が相手チームが出てくるはずの扉から姿を見せた。
「ディーン先生?」
その男の姿を見たアーサーが小さな声を上げた。
そう、扉から闘技場に入ってきたのはこの学園から出て行ったはずのディーンだった。
しまったと思い俺はすぐさま【索敵】のスキルを発動する。
そして周りを確認する。
ディーンが入ってきた扉の奥には誰の気配もない。
俺達が戦うはずだった相手チームの気配すらない。
この時に俺は後悔した。完全に俺は油断していたんだと。
この学園にいる間は大したことも起きないだろう、学生生活を楽しめるのかもしれないと思っていた。
今までも少し色々とあったが学園生活をエンジョイしていた。
そうした考えが油断に繋がった。
ある意味平和に見えるこの学園にいても、世の中にはモンスターもいれば魔王も復活している。そして俺はその魔王を倒す為にこの地に来た勇者なんだ。
俺は今まで【索敵】のスキルは使っていなかった。
【索敵】自体には色々なスキルを使っている。ある程度の魔素を使うスキルも入っている。
今回の魔法対戦トーナメントには色々なところからお偉いさん達がやってきて、その周りには護衛の人間がいる。もしその護衛の中にそれなりの力を持った奴がいたら俺が【索敵】という普通では考えられないスキルを使っていると勘付かれる可能性がある。そうなると面倒ごとになる可能性があると思って【索敵】なんかのスキルは極力使わない様にしていたんだ。
しかし今回はそれが裏目に出たようだ。
もしも【索敵】を初めから使っていたら今の様な事態にはなっていないだろう。
目の前にいるディーンは昔見たディーンとは違っていた。
「これは一体どういう事でしょうか?」
フィリップ先生が不思議そうな声を上げた。
「ダイゴ様、これはどういう事でしょう?」
アリアも【念話】を使って俺に聞いてきた。
「いいか、アリア。奴を強力な魔法で閉じ込めろ、そしてこの会場にいる人間を避難させろ。」
「えっ、それはどういう事でしょうか?」
「奴はディーンじゃない。別もんだ。」
「わかりましたわ。」
アリアが【念話】でそう言うと魔力を集中し出し、魔法を唱える。
「【水の牢獄】」
ディーンの足元から水が噴き出してその体を包み込む。
水の魔法で、相手を水で包み込んで水圧をかけて動きを封じる魔法だ。
「なにを!?」
フィリップ先生が叫ぶ。
「皆様危険です。すぐにこの会場から避難してください。出口近くにいる教師は誘導をお願いします。」
負けじとアリアも大声で叫ぶ。
「はぁ?」
フィリップ先生が訳が分からないと言う顔をして声を出した。
会場にいる観客も訳が分からないのか誰一人席を立とうとしない。
どうする?ドンドン後手に回っている。このままだと取り返しがつかないことが起きるかもしれない。
俺がそう思っていると目の前の男が動いた。
ディーンを拘束しているはずの水の牢獄が大きく歪みだした。
今までは一辺が2m位の四角い箱の様な形をしていたが、それぞれの面がぐにゃりと突出したリ凹んだりを繰り返していた。まるで中で何かが暴れているように見える。
実際にはそうなんだろう。ディーン自体は指の一本も動かしていないが、水の中には緑色した何かが動いているのが見える。
そして全ての面が中から押し出された様に膨れたと思った瞬間に水の牢獄は破裂した。
バッシャッと音がして周りに水がまかれる。
ただディーンの足元には水だけではなく緑色をしたヌメヌメした物が広がっていた。
その光景を見て会場は水を打った様な静寂に包まれた。
「アリア、攻撃呪文をあいつに放て。遠慮はいらない。」
俺は【念話】でアリアに指示を出す。
「【氷の鉄槌】」
アリアが魔法を唱えるとディーンの頭上に大きな氷の塊が出来、そのまま落下する。
ディーンは動かない。
しかしディーンの足元に広がっていた緑色の物体がザワリ動き出し、ディーンの全身を覆っていく。
全身を緑の液体のような物に包まれたディーンに氷の塊が降ってきた。
大きな音を立てて氷の塊が地面に激突する。普通であればあんな大きな氷の塊が勢いよく振ってきて、その下にいたら人なんて潰されて終わりだろう。
だが今目の前で起きていることはそうではなかった。
目の前では大きな氷がドンドン小さくなっていっている。氷が溶かされて水になっている様だ。
そしていつしか氷はなくなり、緑の液体に包まれたディーンが先程と変わらず佇んでいた。
「ご覧の通りです。皆様避難を。」
アリアの言葉を聞いて観客達が悲鳴を上げ、立ち上がり出口に押し寄せる。
今の光景を見ただけで奴の異常さはわかるだろう。どうやっても普通の人間の出来ることではない。
「ナイト・・・どういうことなの・・・。」
アーサーが不安げに聞いてくる。
「ちょっとヤバい状況ってことかな。ベックと、アーサーは後ろにある扉から逃げるんだ。」
「何言ってんだ!?お前はどうするんだよ?」
ベックが驚いてそう言った。
「あいつの狙いは僕みたいだしね。」
俺は目の前の元ディーンを見てそう言った。
あいつはここに来てからずっと俺の事しか見ていない。ずっと俺だけを見つめている。
そしてブツブツとつぶやいているんだ。俺はこの世界に来てからステータス管理されている為か感覚機能が上がっている。その為奴が何を呟いているか聞こえていた。
奴はずっと「ナイト、お前のせいだ。」と呟いていた。
俺のせいだと言われてもな。奴が学園を追い出されたのは自分の責任だろうに。
そんなことを今言ったところで通じるとは思えない。
すでに目の前にいるのはディーンではない。全く別のものだ。
「そんな、早く僕達もここから逃げようよ。」
アーサーが泣きそうな声で、俺の手を取って言う。
「それは多分無理だね。あいつの狙いが僕なら一緒にいればアーサー達も襲われることになる。」
「えっ?」
「だから2人だけで逃げて。僕は僕で何とかするから。」
俺はアーサーの手を振り払って奴から目線を外さず言った。
「そんなの無理だよ。」
「アーサー、僕が今までに言ってきたことで無理な事なんてあった?」
「それは・・・。」
「だから大丈夫。ベック、お願いだからアーサーを連れて逃げてくれないかな?」
「そんなの聞ける訳ないだろ。お前が残るんだったら俺達も残るに決まってるだろ。
お前だけにいいカッコさせねぇからな。」
ベックがそう言った。2人共この場から動く気がないみたいだ。仕方がない。
「清き水よ、我に力を。その力で彼の者より我が身を隠せ。【深淵の霧】。」
俺は急いで魔法を唱えて【深淵の霧】を発動する。
今回は闘技場をほぼ包むくらいの霧が発生する。
一瞬で視界が奪われる。しかしすぐに霧はディーンのいるところから消えて行く。
そうして折角張った霧もすぐ消え失せ、何もなかった状態となった。
「折角ナイトが魔法を使ったのに・・・。」
アーサーが驚いた声で言った。
俺自身はこうなることが分かっていた上で魔法を使った。
俺はディーンの姿を見た瞬間に【索敵】の他に【鑑定眼】も使っていた。
そしてディーンの事を確認した。
名前:ディーン
年齢:34
種族:魔人
スキル:
【魔法攻撃無効】
【魔素分解 LV.6】
【吸収】
【物理攻撃耐性】
【粘液 LV.3】
【毒粘液 LV.4】
【物理運動操作 LV.4】
そのステータスを見て俺は驚愕した。顔には出さなかったが四神のステータスを見た時より驚いた。
ディーンのステータスは初めて会った時に確認していた。
火魔法と土魔法を中級レベルで使える程のスキルしか持ってなかった。
しかし今確認するとその頃とはステータスもスキルも全く異なっていた。
一瞬ディーンに化けた何かかと思ったがそうではない様子だ。それであれば【鑑定眼】で見破ることが出来るはずだ。目の前の存在はディーンであることには間違いないという事だ。
でも種族が変わっていた【魔人】だと?そんな種族がいるのか。しかも元々ディーンは普通の人族、人だったはずだ。途中で種族が変わることがあるのか?そんな疑問も沸いた。
それにしたって何がどうなっているかわからない。またわからないことが多すぎる。
だがどう考えても目の前の存在が俺達にとって敵じゃないなんて思えない。恐らくこいつの手で俺達が相対するチームのメンバーは既に殺されてしまったんだろう。
そこで俺もどうするか考えた。奴のステータスを確認すると魔法が効かないってことが分かる。
今の俺の姿では大した魔法は使えないことになっている。だからこいつを俺が何とかするなんてことは無理だろう。こんな場所で魔法以外の攻撃をすれば俺がただの生徒ではないことが盛大にバレることになるだし。またこんな制約を受けている時にとんでもないことが起きるもんだ。
だから俺はとりあえずの目隠しの霧を張った。奴には通じないことはわかっている。
目的は別にあるんだからな。
「畜生。焼き尽くす炎よ。我が前の敵に炎の一撃を。【炎の槍】。」
ベックが魔法を唱え炎の槍を発生させ奴に向けて放つ。
しかし炎の槍は奴の体を包む緑の液体に触れた瞬間に霧散する。
「俺の魔法が効かないだって。」
ベックが驚きの声を上げる。それはそうだろう。アリアの魔法ですら効果ないんだ。ベックの魔法が通じるとは思えない。奴は【魔法攻撃無効】【魔素分解】【吸収】のスキルを持っている。魔法は通じないと思った方がいいだろう。
奴はゆっくりと動き出し俺達の方へ向かってくる。
生気のない目をして、まるで映画などに出てくるゾンビが近づいてきている様だ。
「【岩の城壁】」
そう魔法を唱える声が闘技場に響く。
ディーンの周りに岩の壁が出来、取り囲み蓋をする。ガッチリとした岩の壁がディーンを閉じ込めた。
お読み頂きありがとうございます。
本当に時間が取れない状態です。
もう1つの小説なんて4月初旬の更新から止まったままだし。
ゆっくりと書く時間が欲しいとこです。




